2007年04月20日

新生活のいろいろ

下の子が保育園に通い出してから2週間が経ちました(正確には慣らし保育を含めて3週間)。

今日はやっと下の子のお昼寝用に出しっぱなしだった布団をしまうことができました。

しまう気になれなかったんですよね。

それから、昨日までは1人の時間も付けっぱなしだったテレビ。今日は、送って帰ってきてからも付けないでいられています。

やっと、家で1人になったことを受け入れることができたみたいです。思っていたより影響が大きくて、自分でも驚いています。1人でのびのび色々するようになるかな、と思っていたんですけど。

子供と離れるって、こういうことなんですね。淋しいと思っているつもりもないのに、何も手につかないまま、時間の進むのが異様に遅く感じたり。それでいて、上の子が学校から帰ってきたとたんに別人のように元気になるし。ぽっかり穴があいた、とよく言いますけど、大きな穴、という感じもないし、どっちかというと自分がスポンジになったみたいな感じ?自分で自分が不思議です。

でもそんな不思議な私もそろそろおしまいみたいで、ちょっとホッとしています。



当の子供たちはすっかり新生活にも順応して、元気に通っています。

下の子は、一日だけ泣いた日があったものの、こちらが拍子抜けするくらいあっさり溶け込んで、すっかりリラックスして過ごせています。お迎えにいっても帰らないと言い張るし、家に帰ってもとくにぐずったりもせず、以前のまんま。1ヶ月くらい泣かれるかも、って覚悟してたのがバカみたい。でもいい方に裏切られた感じです。そうそう、もうお気に入りの男の先生もいるらしいです。(^m^)ププ。やっぱりこの子は心配ないわ〜。

上の子は、学力がもともとわりと付いていたので、開始早々、授業が面白くないようです。(^^;; 宿題も既にやる気なしだし・・・ちょっと困ってます。でも、つまんないとか、やりたくないとか、言うようになっただけでもよかったなあって気持ちもあって、どうしたらいいか、複雑です。学力があるだけにね、しなくてもまあいいけど・・・と思ったり、いやいや、学習の習慣付けは大切だし!と思ったり。追いつめない程度にせっつくくらいかなあ・・・難しいです。

それでもクラスメイトとも仲良く出来ているようだし、今のところは順調です。もうすぐ参観とか家庭訪問とかあるので、どんな先生なのか、様子を見て相談してみようと思ってます。



夫はまあ、新生活関係なしでいつもの通り。

といっても、卒園、入学、入園の時はいろいろやらかしてくれました。

式の前夜に飲み会で、深夜に酔っぱらいを連れて帰って寝かせるって、あり得ませんよね?朝起きたら玄関に見覚えのない靴があって、夫が寝ている部屋と別の部屋に人の気配が・・・。あり得なさすぎてきちんと問題にしなかったのが悔やまれます。きっとOKにとられちゃってるよ(><) しかも式当日は二日酔いで酒臭い上に寝不足で居眠りまでするし・・・。所詮こんな男だったんだ。立派に式に臨んだ子供に恥ずかしいと思えーーー!

ああもう、はっきりガツンとしてやれなかったのが悔しい!おめでたい日でさえなければ・・・って、絶対狙ってやってますよねヤツは。

なんか最後にいらんこと書いたら記事が台無しだわ。ごめんなさい。(^^;
posted by 蝉ころん at 09:33| Comment(4) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月16日

モラルハラスメント被害者同盟さんよりお知らせ

モラハラ報道関連のお知らせを頂きました。

注目度が上がってますね。私は被害者側の方にも、加害者側の方にも、気付きへの糸口となる報道を期待しています。

被害者が加害者に気付かせることはなかなか難しく、最終的に離れる選択肢しか残されない場合が多いと思いますが、第三者からの、加害者の思考を理解し、受け入れてくれる情報なら、加害者側も受け入れる可能性が高くなると思うんです。

加害者側が気付き、自分を変えたいと思わない限り、加害行為は治まりませんよね。加害者がいる限り、被害者は減りません。

加害者を追いつめる結果にならないよう、加害者の気付きを促すような報道を望んでいます。


以下モラルハラスメント被害者同盟さんより
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みなさまへ

昨年10月、「週刊ポスト」に短期連載された「離婚までの昨日今日明日」が大好評
につき、
小学館より4月12日、「男と女の離婚格差」というタイトルで出版されました。

http://skygarden.shogakukan.co.jp/skygarden/owa/solrenew_detail?isbn=9784093797498


これに伴い、4月16日(月)発売の「週刊ポスト」にモラハラ特集記事が掲載され
ます。今回は被害者3名が取材に応じて下さり、「我が家のモラハラ」について語っています。

ライターは本と同じ石坂晴海さん。前回の記事ではモラハラ以外の夫婦問題にもふれていましたが、今回はモラハラ一本!気合いを入れてご購読下さい。

ひとりでも多くの方にモラハラを知らせるため、コピペは大歓迎です。

よろしくご協力をお願いいたします。
posted by 蝉ころん at 13:43| Comment(0) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月06日

夫の役割・子供の役割

前回、私は子供と支配被支配の関係にしてしまっている、と書きました。

私が加害者側に立つ時、その衝動は子供のころの恨みが原動力になっている実感があります。子供に対する時、「私だってこうだったんだから子供だってこれでいいんだ」のような考えが浮かびます。「なんで子供だけこんなことが許されるんだ、私はダメだったのに!」という怒り、恨み。

私が子供に向けている恨みの対象は、親や、私が育った社会だと思います。私は、自分がされて嫌だったこと、辛かったことを、それで当然と思い込むことで何事もなく過ごしてきたので、それを当然のこととして子供に連鎖させてしまう思考パターンを持っているようです。

親への怒りは、子供に向けずに、親に向けるべきものです。でも私はまだできません。私はずっと、親の親代わりになっていたから、親を傷つけたくないんです。それで、今度は子供に私の親代わりをさせようとしてしまっています。

やはり、この恨みは、親に返すなり、消化させるなりして、チャイルドを癒していきたいです。



そしてもう一つ、私は、親以上に、学校でのいじめ問題に深いしこりを持っています。

このことについての恨みを一手にぶつけているのが、夫だと思うのです。

対等であるはずのクラスメイトから支配された。対等であるはずの夫から支配された。

仲間であるはずのクラスメイトから裏切られた。仲間であるはずの夫に裏切られた。

平等に回ってくるはずの権利をクラスメイトに、夫に奪われた。

仲良しだと思っていたクラスメイトから、夫から、無視された。

私は、夫から逃げてしまえばいいはずでした。こんなことするやつ嫌い。それでいいはずでした。

私は、夫に、昔受けたいじめ行為をされ、その夫と仲良くなることで、失った学校生活を取り戻そうとしたし、それがかなわないとなると、今度は、過去のいじめの分まで夫を恨んでいる気がするのです。



私の中に、自分がされたことを相手にもやり返してやりたいという復讐心が存在しています。私をいじめたあのクラスメイトたちを、今でもまだ、許せていません。今でも、いじめ返してやりたいという思いがくすぶっています。

当時、私と一緒にいじめられていた子がある日突然いじめる側に回ったとき、なんて情けない行動だ、私は絶対にいじめる側には回るまい、と思いました。あの時から、私は、自分の復讐心を見てはいけない汚いものとして封印したのかもしれません。でもその気持ちは確かに存在していて、報復する対象を探しているのです。

私はあの子たちを無理矢理許したことにしてきたけれど、そのことがかえって関係のない人を対象にして恨みを晴らそうという衝動になってしまっています。

私は、私をいじめた子たちをいじめ返したいという欲求を持っています。そのいじめの背景に何があろうと、私がいじめられて苦しんだ事実は変わらないし、同じ思いを味わわせたい、そしてその罪を償わせたい。そんな気持ちを認めようと思います。恨んでいいし、許さなくていい。償ってもらっていないものを許さなくていい。受けた痛みは、ちゃんとその相手に向けたままで、持っていようと思います。



私が受け入れた親からの行為は、子供に受け入れさせようと連鎖させています。連鎖させてくれない夫への恨みも生まれてきました。

私が受けたいじめ行為は、いじめられない、いじめない子になって欲しいという、子供への縛りになっています。夫へは、実際に夫がした行為以上の罪をかぶせて恨みを晴らそうとしています。

私にとっては、夫が私を癒せる人物でないならば、いっそ悪い人間でいてもらう必要があったんです。外に向けて発散できない恨みをぶつける相手として。私には、恨む対象が必要なんです。そのためには、夫に私が恨めるようなことをしてもらう必要があったんです。

そして夫が私にしているモラ行為も、同じようなことです。自分の中の抱えきれない負の感情をぶつける相手として私が選択されたんです。

一度ターゲットになったら、えくぼもあばたにしか見えません。どんな行為でも、屁理屈をこねれば不当なものとして断罪できるんです。不当なものを断罪することは、当然のこととして正当化できます。相手のためとして自分をごまかしてしまえば、どこまででもエスカレートできます。

そういう心の中の動きが私にあることを、意識してみています。私が逃げ回っていた自分自身の心です。
posted by 蝉ころん at 11:03| Comment(11) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月25日

どちらの問題か

久々にモラっぽい行動がありました。

行楽地で帰り際、私が携帯をなくしたことに気付いたので、落とし物として届いていないか、確認にいくことにしたときのことです。

子供も疲れているし、夫と子供たちに先に車に戻っておいてもらい、私は心当たりの場所の係の人に聞きにいきました。

ある程度探してもらってなかったとき、ふと、「車にあるかもしれない」と気付いたけど、確認しようにも携帯がないので夫とも連絡が取れないし、まあ、紛失記録を残しておいてもらって害はあるまい(係の人に手間はかけるけれども)、と思って、とにかく手続きだけはすませました。

さて車に戻ろうと、急いで駆け出したとたん、突然後ろから肩を叩かれ、振り向くと夫が真っ赤な顔をして携帯を突きつけてきました。そして私の言葉も聞かず、どすどすと不機嫌丸出しで先をずんずん歩いていきます。

ああ、このパターンもあったと。



夫に縛られていたころの私なら、焦って追いかけて、謝り倒していたでしょう。そして、いかに私が間抜けで冷静な判断が下せないどうしようもない人間かということを滔々と説教されていたでしょう。私は反論もできず、なぜ車に忘れたと言う可能性を思いつかなかったのか、と自分を責めていたことと思います。夫が怒るのは当然のことだと。

さらに昔の、夫には縛られてはいないけれど攻撃性の強かったころの私なら、勝手に追いかけてきて、なに勝手に怒ってるんだ、走って追いかけてきて不機嫌になるくらいなら何もせずに放っておけ、と怒鳴っていたでしょう。夫が怒るのは筋違いだと。そして当然のように、せっかく人が親切でやってやったことにいちゃもんを付けるとはどういう神経だ、と、人間性を否定されていたことでしょう。

どちらにしても、説教されることには変わりなく、少しずつ自分に疑問を持ったり自分を責めたりする思考パターンが作り上げられるカラクリだったんだなあとわかります。



昨日の私は、冷静でした。子供がその場にいなかったおかげもあると思います。夫が怒る気持ちはわからなくもない。でも、この夫の怒りは、夫の問題であって、私の問題ではない、と思えました。それで、怒りでわなわなしている夫の後ろ姿を見ながら、状況分析していました。

車に子供たちを待たせておいて追いかけるほど、逼迫した状況ではありませんでした。私は大人で、この問題に対して自分で対処できるくらいの処理能力はあります。もし立場が逆なら、私は、車で子供たちと遊びながら待ったでしょう。そして帰ってきた夫に、「車にあったよ〜」と気楽に伝えてみんなで笑っておしまい、それですんだだろうなと思います。たぶん夫はそんな状況でもプリプリ怒ってるだろうとは思いますが。

夫は、車に戻って私の携帯を見つけたとたん、テンパってしまったんだろうな、と思いました。なくした、落とした、と私が言った携帯が、そこにあった。勘違いしている私に知らせなければいけない、と思ってしまったら、動かずにはいられなかったんでしょう。そして、走って追いかけながら、なんでこんなことをしなければいけないんだ、あいつが車に忘れていって、それを気付きもせずにいるからだ、なんて私に責任転嫁をしていたんだろうと思います。

それは、あなたの問題です。

私が車に携帯を忘れていって、それを敷地内で落としたと勘違いして、家族を待たせたり、係の人の手を煩わせているのは、たしかに私自身の責任。

でも、私が車に戻ったときに、「車にあったよ」と言えばいいことを、わざわざ走って追いかけて、疲れたとか、むかつくとか、そういう感情は、あなたの責任です。

私はそこまで責任を取る義務はない。

だからといってね、待たせたことを悪かったとは思うし、走ってまであったことを知らせてくれようとしたことは、嬉しい気持ちもあるわけです。

じゃあ「ごめんね」とか「ありがとう」とか言えばいいんでしょうか?普通の人、たとえば、本当に親切から走って追いかけてきて、笑って「車にあったよ〜」なんて言ってくれる人になら、言えます。むしろ言いたいです。

でも夫は、そういう人じゃないです。待たせたことだけのつもりにせよ、一言でも謝れば夫が感じている不快感全ての責任を私が負ったことにされてしまうし、お礼を言えば、自分で判断して走って追いかけたにもかかわらずそれで生じた不快を私に押し付ける行為、にまで承認を与えたことになってしまいます。

色々考えた結果、「なかったことにしてあげる」という選択をしました。

承認を与えられる行為ではなかったこと。こちらが全ての責任を負うわけにはいかないこと。そして、そのことについて私の考えを冷静に伝えたとしても、夫は議論に持ち込んでくるだけだし、それではどのみち理解はしてもらえず、私がダメージを受けるだけ、と判断してのことです。

人として、イヤ〜〜な対応です。それはわかってます。でもこれが最善だったと確信しています。そういう相手だから、しかたないです。



あとからの様子を見るに、夫自身もなんとなく「しなくていいことをしてしまった」ように感じているふうがありました。たぶん夫は、私が勘違いで夫を待たせたことに猛烈な怒りを感じて、私の過失を目の前に突きつけずにはいられなくなったんでしょう。ふくれあがった怒りを正当化するためにわざわざ追いかけてやったという事実まで付け足さなければ気がすまなかったんでしょう。

夫が私を分離できていないから、我がことの恥のように感じていたたまれなかったんだろうな、と思います。

相手が他人だったら、きっと夫は待っているだろうと思います。「ほっとけ」って。それか、親しい友人なら、追いかけていっても笑って渡せると思います。「バカだなぁ」って。どちらも、自分の問題としてとらえていないからできることなんですね。

今でもまだ、夫は私に家族の役をさせたいんだな、と、思いました。



ここまでの分析も、共存する意識があったら辛かったかもしれません。心を離しているからこそ、冷静でいられたのかも。解決しようとしていないから。ただ事実を見ようとしているだけだから。

昨日の私は、自分を我慢させずにいられたと思います。夫の挑発に乗らず、議論になることを防げました。新しいチャイルドをつくらずに済んだと思います。
posted by 蝉ころん at 17:15| Comment(4) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月20日

今思うこと

コメントの返事が遅れていてすみませんが、先にこちらを書かせてもらいます。なかなか、勢いがないと書けないので。(^^;



気付かないうちに、ブログを開設した日を過ぎていました。この一年間、ブログを続けて、自分のことを振り返り、夫のことを分析してました。

自分のことを考えた時間も長かったけど、夫のことを考えた時間も長かった。

夫のことを軽く見ようとしたり、夫の被害者としての一面を考えたりしてきたけど、夫のことを考える時間にしていたことは、小さいころからの習慣の延長だったと思います。

「逃げられない今の状況」を少しでも楽に乗り切るために、自分を騙す、そういう行為だったと思うんです。

先週末、夫を「ボクちゃん」と呼ぶことでダメージを減らせるか、と考えました。でも、心の緊張は同じでした。たとえ夫の本質がただのおこちゃまだとしても、夫は実際には大人の体を持ち、大人の知識を持ち、大人として稼ぎを得ている、社会的には大人と認められる人物なことには変わりがなく、夫自身が大人の自分に自信を持っている限り、私がその夫から傷つけられて、そこから逃れられない状況に苦しんでいる、ということには変わりはないんだと言うことが、あらためてわかりました。

そして私が夫を「ボクちゃん」と呼び、夫からの影響を過小評価することは、自分を追いつめることに他ならないんです。

私の弱点は、ついつい相手の立場に立ってしまうこと。冷静に分析しているつもりで、うかうかと共感してしまい、自分の苦しみを忘れて相手の苦しみを優先してしまうこと。そうやって自分を騙して、ごまかして、その場を乗り切ることだけで解決したような気になってしまいます。傷ついている自分は放ったらかしで。

子供の頃はこれでよかったんです。家からは、いずれ独立できると思っていたし、学校には卒業という終わりがあったから。自分をごまかして時間をやり過ごせば、そのうちその環境から脱出できました。だから、ただ時間切れを待つだけの対処方法でやってこれたんです。

でも、結婚には、自動的にやってくる終わりはありません。

夫が変わることを望むのも、夫から離れていってくれることを望むのも、夫が裏切り行為をしてくれることを望むのも、夫に死んで欲しいと思うのも、私が消えたいと思うのも、全部、自分で終わりを設定できない私の弱さから来るものです。

状況が勝手に変わってくれることを、まだ待っているんです。

そのあとの現実にどんなものが待っていても、それは状況が変わってしまったから仕方のないことなんだと、言い訳がきくから。子供が不幸を感じても、私がそこに責任を感じなくて済むから。

私は、自分で責任を取ることから逃げています。子供の人生にも、自分の人生にも。

でも、夫と同じ時間を過ごすたび、私のどこかで悲鳴を上げているのを感じます。私は本当は、逃げたいんだ。でも逃げることで襲ってくる現実を思うとひるんでしまう。だから準備が整うまで、と自分に言い訳をして、先延ばしにしてしまう。ただの現実逃避です。実際、ここのところ現実逃避的な行動ばかりしていました。

そろそろ現実を見たい。冷静に前を見たい。



この週末、また夫は金銭的な締め付けを強めてきました。家の中の私の私物も、断りなく捨てました。2人の部屋だったはずの場所も、勝手に模様替え。私はダメージを受けてしまうことがわかっているので、ノーコメントで通すしかできません。相手は私に何か言われることは予想済みで、ダメージを与える返答を既に用意しています。

こちらがやり過ごせばやり過ごしただけ、向こうは間合いを詰めてきます。残念ですが、まともにやり合ってかなう相手ではありません。ずっと認めたくなかったことですが、それは私が一番よくわかっています。

一方が、自分の稼ぎを盾に断りもなしに生活を管理しようとしている。他方は、ダメージを怖れて、言いたいことも言えない。これが今の私たち夫婦の現実。(夫婦と書いてものすごく違和感がありましたが・・・)
posted by 蝉ころん at 12:44| Comment(2) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月11日

中休み

今日は夫が子供(だけ)を誘っていたので、これ幸いと家に残りました。三連休はキツいので正直助かりました。

昨日は夫の買い物に付き合って出かけたんですが、新たな発見。

夫との買い物がなんであんなに疲れるのか。こっちに主体性がまるでないから。

子供の遊びに付き合っているときと同じような感覚です。よく、男の子のお母さんは特に、子供がうろちょろと動き回るのを追いかけて疲れきってしまいますが、その感覚と全く同じだったんだと思いました。

ただ自分の行きたいところに、説明もなくずんずん進んでいく。後ろを振り向きもしないから、子供がごねでもしたらすぐ見失ってしまう。

以前は、なんて自分勝手で無責任なんだろうと思っていました。

昨日は、ああ、「ボクちゃん」だから仕方ないな。って、放っておきました。それでもずいぶん疲れました。子供は一応お父さんについてきたがるし、そうするとずっと夫を見張ってなきゃいけませんから。


夫の世界観は「母」か「息子」。とすると、夫はずっとこんな行動を許されて育ってきたんでしょう。むしろ姑は「自分から行くところをどんどん決めて頼れるわあ」なんて思ってたフシありなのです。姑自身が主体性がない人ですから。ということは夫が人を主体性のないものとして扱うのはごく自然なことなんでしょう。

で、こうやって主体性のないものとして扱われているうちに、私自身の主体性も、だんだんなくなっていってたんだろうなと思います。

主体性があるのに発揮できない状態はストレスが溜まりますから、主体性をなくしていったほうが楽だったんですね。


それで、昨日の買い物。わりと夫にとっては思い切りのいる買い物だったようで、私がノーコメントを貫いたら、結局決まらず何も買いませんでした。子供に意見を求めてましたけど、子供は私に聞いてくるし、私ははっきり意見言わないし、私に直接聞きにも来れないし困ってたみたいです。ボクちゃん、自分で決められないんだね。頑張ってね。と、思いながら傍観してきました。

ちょっとだけボクちゃん効果あったかもです。明日にはどうなってるかわかりませんが。(^^;
posted by 蝉ころん at 13:18| Comment(3) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月09日

呼びかた変更

私、ここ4年ほど、夫のことを心の中で「クソオヤジ!」と呼んでいました・・・。

今日から、呼び方を変えることにしました。

「ボクちゃん」

です。

「クソオヤジ」では大人だということを認めている!しかも、虐げられている人間が、悔し紛れに憎まれ口きいてるみたいだ!これでは夫にコントロールされているのを認めているようなものだ!

ということで。

所詮おこちゃま。私と同じ大人としては見ない。発言は所詮大人の事情のわからない知ったかぶりの子供の発するものである。子供たちの遊び仲間であることは認める。

などの意味を込めました。

「クソガキ」でもよかったんですけどね。子供の友達をそんなふうに思ってるのって子供心に感じるかな、と思って。

ちょっとした言葉の変化で気持ちってかなり変わるもんだと実感しているので、これで少しでも夫のモラ行為で受ける衝撃がやわらぐんじゃないかと期待しています。

明日からの3連休、「ボクちゃん」効果は出るでしょうか。

あ〜ヤダヤダ。連休なんて。

みなさんもお気をつけて。m(_ _)m
posted by 蝉ころん at 15:19| Comment(2) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月06日

調停委員に関するアンケートのお知らせ

モラルハラスメント被害者同盟の管理人様より掲載の依頼がありました。(メール取り込んでなくてすっかり遅くなりました。この場を借りてごめんなさい(^^;;)

調停委員のうわさは私もよく目にするところで、実際調停となったら私はしっかり自分を主張できるのかしら?と不安になったりもしています。

問題意識が高まって少しでも改善されるといいんですが。

↓メールより転載です。



日頃よりモラハラ被害者同盟の活動について応援いただき、ありがとうございます。
この度、北海道新聞より依頼を受けて、「調停委員に対する不満アンケート調査」を
行うことになりました。

調停の時に感じたあの怒り、あの憤り、あのむなしさ。

調停委員の無理解に対する不満をお持ちの方は、ぜひご意見ご感想をお願いします。
みなさまの声は2月下旬北海道新聞に掲載される予定になっています。

書き込みフォームはこちらから。

http://www.efeel.to/survey/hokkaido/


posted by 蝉ころん at 14:40| Comment(0) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月17日

最近の夫

前回の記事を書いてから、体調を崩しています。

といっても、そんなに深刻なわけでなく、なんとなくだるい、咳が出る、という程度なんですが、いつもに増してやる気が出ず、頭も回らず、だらだらと日常をまわすだけ、という日々を続けています。

年末年始の疲れが出たんだな、っと思ってます。

年明け早々の心療内科受診以来、夫は私を責める姿勢なしに進んで家事をするようになりました。進んで、というより、勝手に、と言った方が正しいかもしれません。「うつには休むことが大事だけど子持ちの主婦は休めない、見守ること」という医師の話から、今度は「何もさせない」くらいの勢いで家事をします。休日だけですけど。

それだけならともかく、家の中がどんどん夫仕様に変わっていきます。すっかり「家事は俺流で」ということになってしまいそうで嫌な感じです。

世間に言わせれば、そんな協力的な旦那様になにを贅沢を言っているのか、と言われそうですが・・・やっぱり「私のやり方を認めない」という気質が変わっているわけではないので、こちらにとっては嫌なんです。

今は私が「病気だから」夫が家事をするべき、だからやっている。それだけのことなんです。そこに思いやりがあるわけではない。

その証拠に、何一つ私に聞いては来ません。何がどこにあるかわからないとか、これはどこにしまうのかとか、普段していない人が手を付けるなら、当然している人に聞かないとわからないこともあるはずだし、私が管理しているということを尊重しているなら、聞いてこないとおかしい部分もあるんですが、なにも聞かずにいつのまにか家事を進めています。

結果、子供が大切に着ていたモヘアのセーターを乾燥機にかけてしまったり、私のものと子供のものが混ぜこぜとか、普段使いのものが屋根裏にしまい込まれているとか・・・。

プライドなんでしょうねきっと。「聞かなくても出来る」っていう・・・。以前、会社で新人のことを、「わからないなら聞けばいいのに!聞かずに勝手なことするからすっごい困る」なんて言ってた同じ人だとは思えません。そして、私がこれは縮むから・・・とか、これは今使ってるから出しておいて・・・などと言うと、「そんなこと言ってくれなきゃわからない」と言い訳。逆ギレにならなかっただけ進歩ですけど、それは「病人」相手だからなだけで。

これだから手を出して欲しくないんですよね・・・余計にややこしくなるから。だから手を出されないように全部抱え込んで自分一人でやっているうちに限界を超えちゃったんだなあ。

それにしてもやっぱり子供。幼稚園児くらい?せんせいがお母さんのお手伝いしなさいって言ってたからお手伝いする!何も言われなくても自分で出来る!でも失敗したらお母さんのせい!みたいな。

まったく変わってない・・・。

しかも、この年末年始にわりとマシに過ごせたのは、夫が私の状態に理解を得たから、だけではなくて、「おねだり」状態のご機嫌取りが混じっていました。むしろこっちの方が強いと思っています。

新しいゲーム機と、パソコン。二つとも何の相談もなく、突然家にやってきました。パソコンなんかは、去年秋に買ったばかりのものを下取りに出してのものでした。家事を片付けるだけ片付けて、私の機嫌を見計らって、嬉しそうに出してきました。

そういえば、秋にパソコン買ったときも機嫌が良かった。このパソコンと引き換えに私が仕事に行く話を受け入れたようなものでした。今では私の病状を理由にこの就職話も棚上げ状態ですが(棚上げできる口実が出来てさぞ嬉しいだろう・・・)。

夫は、まず私の求めるものを受け入れてから、自分がすでに買ったものを見せる、話す、ということをします。交換条件があるからこその気前の良さ。今回の年末年始がマシだったのも、心療内科のおかげではなく、これだけのことかもしれません。来週、来月くらいにはいつもの夫に戻っているんでしょう。



そろそろ体調もマシになってきたし、家事も、夫にかき混ぜられてだいぶ調子が狂ったけど、それなりにペースを取り戻してきました。他の色々も、またゆっくり進めていきたいです。
posted by 蝉ころん at 11:21| Comment(6) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月08日

年末年始のご報告

明けましておめでとうございます。

みなさんの年末年始はいかがでしたか?うちでは明日から夫も出勤で長い長い休みがやっと終わります。例年ならどれだけ休みが少なくても必ず一日は仕事に出ていたのに、なんで今年に限って休み中仕事もせずにうちにいるんだ・・・。(--;



さて、ご報告です。

結論からいうと、一進一退という感じです。

まず、私の状態は、かなり悪くなりました。泣き虫が再燃したし、「お母さん」の効き目も薄れてしまいました。改めて夫と長時間一緒に過ごすことの破壊力を思い知りました。これが一退の方です。

一進の方は、夫。心療内科で医師の話を直接聞いて、「俺が治してやるんだ」という変な目標を捨ててくれたようです。私も、医師の言質を切り札として使えるので、私のペースで回復することを責められたときでも心強くなりました。



さらに細かい話をすると、私は年賀状を刷りました。えらいえらい。(^-^) それを見せたときの夫のセリフ「そんなんでいいんじゃない?そんなことよりごはんつくって」→私がっくり。がっくりする私も相変わらずバカですが・・・。

夫は年末年始の間中、年が明けてからもず〜っとばたばたと家中を片付け、改造、掃除していました。姑とそっくりで、人が寛ぐタイミングで自分だけ忙しくしているのが大好きなようです。私は、自分が動かないのに人が働いている、という状況が苦手なので、年賀状で過小評価を受けたダメージに加えてこれだけでかなりプレッシャーを感じてしまっていたところ、動かない私にとうとう夫がキレました。

それで、子供のいる前で少し口論になったんですが、やはり夫には理解できるはずもなく、「頑張ろうという気がない、今日はここを頑張るとか宣言しろ」などと言います。それがプレッシャーになるんだということがわからないんですよね。この人は。

私が自力で回復を目指していることも気に入らないようです。素人判断で勝手なことをしていると。でも夫よりは私自身のことはわかっている。ということさえ、夫には理解できない。夫だって素人なのにね。

それで、ちょうど休み中に予約を取ってあった心療内科にとにかく一度一緒に行ってくれ、という話に持っていきました。私からの話は「ただのわがまま」としか捉えない夫も、医師からの話なら「権威ある専門家の対処法」として素直に聞き入れるからです。カウンセリングは受けないと言い張る夫も、医者には行けるんです。異常なのは私で、夫が異常だから受診するわけじゃないですからね。

結局、医師に「うつの治療は休養が一番」「子持ちの主婦は休むことができないので回復しにくい」「とにかく見守ること」ということを伝えてもらい(内容は全部私からも夫に口酸っぱく伝えていたことですが)、なんとかそれなりに納得したようです。

とりあえずこれでしばらくは時間が稼げるかな、と。



それにしても、私はまた少し自信喪失です。特に3が日あたり、かなりな不安定でした。子供たちと夫が別室で遊んでいる隙に、泣くわ殴るわ投げるわ、消えたくなるわ、死んで欲しくなるわ・・・。そして最後には笑い出す。「あっはっはっは!悪くなってるじゃん!ど〜するよ!」

甘かったとしか言いようがないです。

だからってこれ、抗鬱剤で治るとも思えないんですよ。この状況で、夫と暮らしている状況で、いくら薬で症状抑えたってダメなんじゃないかと。鬱を進行させる薬を打ちながら抗鬱剤を飲むようなものじゃないですか。風邪ひいてる人間に薄着で雪の舞う中に立たせたまま風邪薬飲ませりゃ治りますか?ってことですよ。

私は雪の舞うところに、必死で厚着をして布団をかぶってやり過ごそうとしているわけですけど、年末年始の暴風雪には布団も厚着も役に立ちませんでした。治りかけた風邪もまたぶり返した・・・そんな感じです。

完全な健康体に戻れば、風雪をしのげる小屋でも建てられれば、しばらくはもちこたえられるのかもしれません。10年結婚生活が続いたように。でもやっぱりこの雪山で暮らすのは私には厳しすぎるし、得るものも何もないよなあ・・・そのうちまた風邪もひくよなあ・・・とつくづく思いました。



そういうわけで、相変わらず行きつ戻りつするだろうことを予感させる2007年の始まりでしたが、こんな私を、今年もまたよろしくお願いします。m(_ _)m


つけたしです
posted by 蝉ころん at 15:05| Comment(8) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月28日

今年一年

ことしもいよいよあと3日。
子供も休みに入ってなかなか書くこともままならない状態なので、年内はこれで最後の記事としようと思います。

思えば、夫への恐怖のようなものを感じてから一年、ネット上のモラハラ情報を漁り、カウンセリングに通い、自分でもブログをつけるようになって、回復を目指す仲間とのつながりを得て・・・。

結婚生活を振り返り、自分を振り返り続けた一年でした。そして、なかなか見えてこない未来を探し続けた一年でした。

今、まだまだ回復途上ですけど、去年の自分からはかなり変わりました。



なにかスイッチが入ると涙が出て止まらなくなっていたのが、泣かなくてすむようになった。

夫の気配を感じる、帰ってくる時間が近づく、それだけで胸の辺りがキュ〜ッと締め付けられるような感じがして焦りでいっぱいになっていたのが、あ〜やだな〜くらいになった。

夫を前にすると頭が回らなくなって、夫の言っていることを理解する(したつもりになる)だけでいっぱいだったのが、一歩引いて聞けるようになり、夫のペースに巻き込まれなくなった。

子供に対しても、いっぱいいっぱいで無理矢理いいお母さんをしようとしてはしょっちゅう空回りして爆発いたのが、そこそこのお母さんでいいや、と思えるようになって、爆発が小規模になった。

主婦としても、夫の求めるものと私の限界とのギャップに振り回されていたのが、私の求めるものを優先しても罪悪感を感じずにすむようになった。



外から見たら、家族の形はなにも変わっていないし、、むしろ私は怠惰になっただけに見えるくらいかもしれません。

それに、これから年末年始、私はまだ夫実家に行くということを拒否できる自信がないので、行くことになるでしょう。あのモラ全開の夫実家で、私を保っていられるか、正念場だと思います。どこまで回復できたかがわかるかも、とも思っています。

この変な挑戦心が私を追いつめたようにも思うんですけど・・・この気持ちが出てくるほど元気になったんだ、と思うようにします。

私は回復しだしている。それを信じようと思います。

年明けにまた、報告しますね。



みなさん、今年一年読んでくださってありがとう。暖かいコメントも、本当にありがとう。

共存している人も、離れられた人も、来年は心の平穏を手に入れられますように。良いお年を。
posted by 蝉ころん at 09:06| Comment(9) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月08日

励ましてもらってきました

今日、子供関係の相談室みたいなところに行ってきました。

で、現在の夫婦状況を話して、もうたぶん離婚しかないんですという話になったとき、あなたは覚悟はできてるの?と聞かれて、

「はい、いっそ今すぐ家を出たいくらいです」

と言ったら

「出たらいいじゃない」

とあっさり言われて拍子抜けしてしまいました。

こういう方もいらっしゃるんですね〜。珍しいリアクションで、方の力が抜けました。



昔は経済力がなかったら子供は夫側に取られるケースも多かったけど、最近はそうでもなくなってきていることとか、納得のいく条件に落ち着くまで絶対にはんこを押しちゃいけない、とか、いざとなったら裁判所に行きなさい、なんて、力強く応援してくれました。

調停も裁判も知識としては知っているけど、やっぱり生の声ではっきり言い切ってもらって力がわきました。ぐっと現実感が増した感じです。

なかなか身近な人には悩みは話せないけど、相談できる場所があるのは心強いです。やっぱりいいところだなあ、ここ。離れたくないなあ。でも逃げる先としては近場は危険ですよね。

住みやすそうなところを探しておかないとな、と思ってます。でもどうやって探したらいいんでしょうね?

物価の安さ、職場(予定地)からの便の良さ、子供にとっての住み易さ・・・

あんまり考え過ぎても仕方ないですけどね。


それにしても、人の言葉に弱い私ですね。力づけられれば前向きになるけど、批判されれば後ろ向きになってしまう・・・まだまだ自分の気持ちで進んでないからなんでしょうね。
posted by 蝉ころん at 14:22| Comment(0) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月01日

診察してもらいました

心療内科に受診してきました。

一通り状況を説明して話を聞いてもらった後、薬の処方についての話がありました。ここで、私から、薬に対しての不安があること、服用の習慣がないので、薬が効きすぎる傾向があることを話しました。それから、夫と接触のある時に精神的な動揺がひどくなる以外は割に普通に過ごせるので、できれば夫と過ごす時間だけ薬で動揺を抑えることができたらいいのに、と思っていることも。

この日、前日に夫が早く帰ってきたり、いろいろあって精神的に参っていたようで、家を出るときからすでに気分が重くて、肩は凝るし、電車でも酔っちゃうし、待合室ですでに涙が出てくるし、診察のときも当然泣いちゃうし、もう状態は最悪でした。普段ここまでひどくないのに!ってくらいでしたけど、医師に一番ひどいくらいの状態を診てもらえたのでかえってよかったかもしれません。

医師からは、抗鬱剤、抗不安剤の説明を受けて、本来なら、今の状況からすると抗鬱剤を処方したいところだけれど、薬に対する不安がある、依存傾向があることから考えて、より依存性の少ない抗不安剤を処方して効果を見てみる手もあります、という提案があり、まず抗不安剤のみで様子を見ることを選択しました。

この抗不安剤、24時間の持続時間で、即効的な聞き方でないので、効き目がはっきりしない分依存性は少ないとのことでした。実は薬に対して依存するかも、という不安は持っていなかったので、そういう可能性もあるんだと再認識しました。確かに最近依存傾向あるし・・・。それから、抗鬱剤はある程度飲み続けないと効果が現れないのに対して、この薬は飲み続けなくても、単発で服用しても効果があるというのも私の目的に合っているかな、と思いました。

早速飲んでみましたが、就寝前に服用して次の日、朝、夫が起きてきても私は起きる気にならず、そのままだらだらと布団に入り込んでいました。目が覚めているのに。

起きれない、じゃなくて、起きない、という感じでした。起きれないことに不安を感じてない、そういう感じかな?と思いました。これ、ちょっと意外で、私は、「夫がいる空間で過ごすこと」が平気になればいいな、と思ってたのが、「朝だけど寝ていること」が平気になったみたいでした。夫がいようが寝ていることに罪悪感を感じていないのが、効き目なんでしょうか。

それとも、薬を飲んだことで大丈夫だって暗示にかかってるのか?そんなふうに思ってしまうくらい、違和感がありませんでした。これなら、ためらわずに服用できそうです。

ただこのあと、いろんなことに全然やる気が出ません。たいがいは家事ですけど。やる気が出ないことに危機感を持たなくなったような・・・それも困るんですけど。(^^; しかし、ということは、そんなに普段の私は不安から動いてたってことなんでしょうか。それはそれでショックかも・・・。
posted by 蝉ころん at 22:55| Comment(4) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月09日

カウンセリング

カウンセリングに行ってきました。

今回は、心が重くもならず、軽くもならず、家を出たときの気分のままで帰ってきました。こんなことは通い出してから初めてです。これはどういうことなんでしょう?

前回のカウンセリング後にあったことを話し、それからの心の変化、発見したことを話して・・・そういえは、いつもなら話しているうちになにか気付くことがあったりして、自分の立ち位置を動かす発見があったのに、今回はそれがなかったです。

病気通院に例えたら、処置もなく、処方箋もなく、経過観察、という感じ?

カウンセラーさんの手を借りずとも、自分で課題に気付けるようになってきた、ということなのかもしれません。

それにしても、気分がどんよりしています。カウンセリングで少しはスッキリするかな?と期待していた部分もあったので、少し落胆しています。どちらにしろ、自分でなんとかしないといけない問題なんだから、カウンセリングに頼り過ぎてはいけませんね。

2週間前の夫の「子供はもらう」発言ではじまった緊張状態の影響が出ているのかもしれません。体中がアンテナを張っているような感覚で、確かにこれは体に負担がかかってるぞ・・・と思っていましたけど、それでこんなに落ち込むもんなんでしょうか。

もうすぐ心療内科に受診するので、このへんのことも話してみようかと思います。
posted by 蝉ころん at 13:33| Comment(0) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月08日

まだまだ悩む

ここのところ、少しマシになっていたネット依存と間食依存が復活しています。

昨日も、あちこちのブログにお邪魔してコメントさせてもらったりして。だからって自分のところで記事を立てれるほど書きたいこともなく・・・という状態。拠り所を求めている感じです。

こういうときは、やっぱり心に負担がかかっていて、私なりに辛いんだなあ(なんか人ごとっぽいなあ)と思うんです。何が辛いかと言うとそれはやっぱり夫との会話。会話しているうちに、夫の領域に引き込まれて行くあの感じ、そしてそれに抗いつつも、抵抗していないように見せなければいけないこと。

夫も欺き、自分も追いつめている、そんな罪悪感でしょうか。

やっぱり職がなくとも飛び出すべきなんじゃないのか。いや、それでは子供に対して無責任だ。でも夫も子供も騙している今の状態はやっぱり辛い。

こんなふうにずっと思い悩んでいます。結論は出していても、やっぱり苦しいのは、それが私の本当に望んでいる答とは違うからなんだろう、と思います。一日も早く離れたいという気持ち、少しでも有利に別れなければという計算、子供のために少しでも望みをつなげたいという気持ちだってまだ完全には捨てきれていない。

まだ時間は稼げているんだから、もう少し自分について悩んでみようと思っています。



今思っていることは、やっぱり私は姑が嫌いなんだな、ということ。正直、夫の第一位の人間になれないことからくる嫉妬もないとはいえないんだろうと思います。でも、とにかく人間として付き合いたくないんです。

かなりの2面性のある人で、他人はおろか身内にまで内面と外面を使い分けるわりに内面部分を平気で外に出していたりする方で、どこに本音があるのかが全く理解できないんですよね。かわいい息子の子供たちとの約束より自分が見下している人達とのおつきあいが優先だったり・・・

はっきりいって好きになれません。

夫と姑の境界線がマーブルのように混ざり合った関係である限り、私は夫を受け入れることはできないでしょう。すっかり姑色に染め上げられている夫はもともとの夫に戻ることはもうないでしょう。

私たちははなから無理な関係だったんだ。夫が心に姑を住まわせている限り、姑と結婚したいというくらいの気持ちでなければ結婚してはいけなかったんだ。一緒に子供を育てて行けるかも、なんて、甘いことを信じた私が馬鹿だったんだ・・・。

なんどもなんども、考えても考えても、無理だという結論に達すると、そこには姑の影があります。結局私は姑が嫌いで、姑に操られている夫が嫌いなんです。夫は私がいると親孝行できないと言います。逆なのに。姑に縛られているから、自分自身の家庭の問題に本気で取り組めないのに。

夫と姑の関係を考えるとき、いつも感じるのは「気持ち悪い」という感覚。私は彼らとマーブルの関係にはなりたくないんです。



書いたら少しすっきりしました。
posted by 蝉ころん at 15:49| Comment(0) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月06日

それなりに前向きに

夫との関係は、一応小康状態を保っています。

一触即発の気配は抜けないものの、お互いに、一応改善の道を探っている形で生活しています。

相変わらず夫といる時間は神経がピリピリしていますが、この2年間でした量よりも多い会話をこの2週間でしたくらいで、このペースでいくなら本当に関係改善できてしまうんじゃないかと錯覚しそうなほどです。

でも実際は、夫の得意分野から逸脱しないように私が気をつけているだけのことで、夫が姑を見ていることに変わりはないし、夫には自分が変わろうという意志は全くなく、私の方をこそ変えようとしているということも、なにも変わっていません。

それでも、このまま進めれば、私が仕事に就くくらいまではなんとか保たせることができそうだし、思いがけず、違った視線で私の過去を振り返ることができているので、利点もある、という判断をしています。



今、夫から課題として、「仕事がしたいって、いったい何がしたいんだ?」と言われて、そこを突き詰めるという作業をしています。

こちらにしてみれば、子供たちと生活するのにはお金がいるから、そのために仕事がしたいんであって、何かしたいことがあるから働きたいというのではないんですけど。でもそんなことを正直に言ったら、別れる気があるならもう別れよう、お前は生活できないんだから子供はもらう、となるのは目に見えているわけで・・・言えるわけないですよね。

それで、まあついでに自分の本心を覗いてみよう、と始めてみたら・・・何もないんですね。したいことが。ただやってみたいことならいくつでもあるんです。それこそなんでも経験したい。でも、それに一生を捧げるんだ!と思うようなことって一つもない。で、以前も書いた、「順番待ちをしているうちに大人になってしまった」感覚と似たものがあることに気付きました。

自分がしたいことを判断できるほどの経験がないんですね。親にはバイトもさせてもらえなかったし、とにかく自分でしたいことは独立してからでないと無理だ、と思って生きてきた。独立したと思ったら既に夫の手中にいてしまっていたわけで、思う通りに自由になにかを経験したことがないんだと、あらためて知りました。

今好きなことも、それしか自由にできなかったから好きなのかもしれない。今苦手なことも、やってみたら大好きになれるのかもしれない。何でもやりたい。でも自分に向いているのかどうかの判断もつかない・・・などということを、考えています。



・・・こういうことを、夫と話しているわけです。そこにあるのは、夫の主導で、私を仕事のできる人間にしてやろうという構図。あきらかな上下関係です。

我ながら、バカなことをしてるな〜と思います。夫に弱みをさらけ出しているようなものだし、こんなふうに関係改善の努力をしているように見せながら脱出の準備をしている自分にますます罪悪感を持ってしまいそうなのに。

だから、ここにしっかりと書いておかないと、と思うんです。本来の目的を忘れないように。

今は時間を稼いでいるだけ。とにかく少しでも条件のいい職に就いて、準備が整うまで。夫が姑を喜ばせるための道具に成り下がる気はありません。
posted by 蝉ころん at 15:03| Comment(5) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月03日

わき上がる罪悪感

私は夫を裏切ろうとしている。

いつか突然、家を出る。夫の愛する子供たちを連れて。

子供はもらうと脅されて、私にとってはやむを得ない行動なんだと理解してはいるけれど、やはり感情はあとから沸いてきた。

私はどうも、現実への認識にとても時間がかかるようだ。話し合いで衝撃を受けると、わけが分からなくなって感情的になってしまうのに、3日くらい経つと、その時の相手の気持ち、状況などがじんわりと理解できてきて、相手の身になって辛くなってくる。ここが私の弱いところだ。「相手も辛かったんだし」と思ってしまう。相手は私についてそんなこと微塵も考えていないのに。むしろ、「あいつはこんなに悪いのに」なんて思われているのを知っている。私はそんなお人好しだったのか?

せめて、その場で理解できたらまだ利用のしようもあるのに。



少しずつ準備を進めている。心の中では、「ごめんね」「ごめんね」と思いながら。夫に対して、子供に対して。

前々回の話し合いで、私が「鬱なんじゃないか」という話になったときの夫の顔が目に浮かぶ。謎が解けたような、心底ほっとしたような、一遍に警戒心がとけたような顔だった。私を抱きすくめて泣き止ませようとしたのは、自分が抱きしめられたかったからだったんじゃないのか。夫も苦しんでいたんじゃないのか。

夫も私を怖いと言っていた。私に批判されるのが怖くて何もできなかったと。私も同じだった。私も子供に心を開くまでは、夫と同じような人生観をもって生きてきた。本当に良く似た二人。私は夫に自分を重ねているんだろう。だから夫を捨てることにこんなにも罪悪感を感じるんだろう。私を捨てるようなものだから。

でも、私に似ているという人のためだけに私を捨てることはできない。子供たちを捨てることはできない。たとえそれが夫の自己防衛の盾だとしても、子供を奪うと言っている人に心は許せない。包丁の先をこちらに向けている人に抱きついてはいけないのだ。



もう決心は揺らがない。

でも、「ごめんね」と思うことくらいは自分に許してやろうと思う。私は彼を嫌いにはなれないんだから。
posted by 蝉ころん at 08:56| Comment(2) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月01日

戦闘態勢

すっかり夫のことは「敵」認定しました。

正確には、夫の中に住んでいる「姑」が敵のような感覚はありますが、混ざり合って一体化しているあの状態では、夫=姑と思って間違いない。夫の血族との戦いだと思っています。

彼らは、本当に自分たちの血族以外を認めません。

一度、姑に彼の幼い頃の写真を見せてもらったことがありました。

その写真は、あきらかに父親が写っていたと思われる部分が全て切り取られ、夫の頭の一部を切ってまで、父親の片鱗さえも残らないようにされていました。

相手の非が大きくて恨みが消せないような離婚の場合、そういうことをしてしまう心理が理解できないわけではありません。でも、それを嫁に見せるのはどうか?

そして、姑は、なにかの機会に思い出しては、夫の父親の悪口を言うのです。口汚く、汚らわしいと言った顔つきで。夫や夫の兄弟も同席している場所でもおかまいなし。それはまだいいかもしれない。姑が離婚したのは夫たち兄弟がかなり大きくなってからで、事情も飲み込めていただろうから、共通の話題なのかもしれない。

でも、私の子供がいる場所でも平気でするのです。

そして、夫の兄弟にも離婚している人がいるのですが、この人は、まだ小学校入学したての自分の子供の前で、元配偶者のことを罵倒します。その上「お前のそういうところ、○○(元配偶者)にそっくりだよ!」などと子供に言ったりします。

こんな人達の住処に、子供たちを置きざりにできるでしょうか?



私は任せられない。こんな感覚に子供たちを染めたくない。

私は、姑のいいところも、夫の兄弟のいいところもたくさん知っています。甥や姪のことも大好きです。子供たちのこともずっとかわいがってくれました。だから、子供たちには、自分たちをかわいがってくれたおばあちゃん、おじちゃん、おばちゃん、いとこたちのイメージをずっと持ち続けて欲しいし、お母さんお父さんが敵対している姿なんか知らせたいとも思いません。

でも姑は違う。夫も違う。子供たちからお母さんの思い出を消し去ることさえ容赦ないでしょう。夫はそうして育てられて、情の全てを姑と兄弟達、つまり、姑の認めた人間のみに向ける人間になったのです。

私は子供たちをそんな人間にしたくない。



きっと裁判までいくと思います。姑が気に入っている孫達を、夫が簡単に諦めるはずがありません。でも私は負けない。弁護士に頼んでも、子供たちだけは、渡しません。
posted by 蝉ころん at 15:03| Comment(4) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月30日

決断

この週末の話し合いで、心が決まりました。私は離婚を目指します。

書くべきかどうか迷いましたが、決心が鈍らないように書いておきます。でも危険なことに変わりはないので、少し経ったら非表示にするつもりです。

いずれ、ここのブログも閉鎖することになるかもしれません。その時は突然になるかもしれませんが、ご了承下さい。



夫は、以前の話し合いで私が見せた本を、私からの絶縁宣言と受け取っていました。「心の暴力 夫婦という密室で」という本では、確かに被害者に逃げることを勧めています。私も軽率だったかもしれません。でも、私は、「私の苦しんでいる状況はこんな状況」だということを理解して欲しい、だから読んで欲しいと言ったはず。それを、本が別れることを勧めているから、別れたいんだろうと理解したようでした。

そして、俺が変わらなければ暮らせないというならもう無理なんじゃないのか?俺は変わらないぞと。

さらに、俺はお前より母親をとる。それでダメなら無理なんじゃないか?とも。

決断はこちら任せでした。その冷静な話し振りに、私もそれでは無理だと言ってしまいました。

話はこれで決まりかと思って、私が生活力をつけるまではここにいたいと言おうとすると、「金はやる」と。そして「子供はもらう」と。夫はいとも簡単にそう言いました。まるで子供がものであるかのように。金で子供を買うと言うのか?

冷静さを失って、「そんなわけにいくか!」と怒鳴ってしまいました。

罵り合いになりそうになり、このままではまずい、と思って、とにかく私は一旦退き、関係改善への努力をまずしようじゃないか、という話に持っていきました。カウンセリングを受けると言う約束をまず果たしてもらわないと納得がいかないと。

なんとか場を冷静に戻し、カウンセリングを受ける引き換えに夫の要求も受け、なんとか収めましたが・・・。

とにかく、夫が私を「子供を産む機械」くらいにしか思っていなかったことが改めてわかりました。夫の大切な子供達、その子供達が大切に思っている母親だと言うことさえ、夫の頭にはない。私と夫の目指す道が違うものならば、別れればいいと。いともあっさりと言ってのけました。

私がこの何年かずっと悩み続けていた、「子供から大切な父親を奪っていいのか?」という問いは、夫にとってはたった3週間で答えの出せるものでした。もしかすると一瞬さえ頭に上ってないのかもしれません。

子供の気持ちはどうなるの?自分の子供の気持ちでさえ、夫は想像することができないの・・・?



私の心は決まりました。ずっとつかず離れず子供の面倒を見ている、その母親を子供から奪うことに対して躊躇も見せない人間に、子供を任せるわけにはいかないと。

そして、夫の条件は私が夫のやり方に従うこと。それでなければ金を払って子供も奪って追い出すということ。これは脅迫ではないでしょうか。

子供を連れて脱出するしかない。もうそれしか道はない。そう決意しました。

そのために私は夫に従います。逃げるために。なんとしてでも逃げてやる。そう決意しました。子供は絶対に渡さない。



そして、今日はやっと保健所のDV相談に行ってきました。男の相談員さんの前でぼろぼろ泣きながら現状を伝えるのは恥ずかしくもあり、理解してくれるかどうかの不安もありましたが、まずは第一歩だ、と、話をしました。それから、受けられる助成制度や、相談先などについて教えてもらってきました。

次は法律相談に予約を入れて行ってきたいと思います。

話し合いの日から、睡眠時間が減っています。夜中に目が覚めて寝付けません。体中がピリピリしています。

でも今は、せっかくスイッチが入ったこの勢いを逃したくない。とにかく突き進もうと思います。
posted by 蝉ころん at 15:09| Comment(12) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月28日

間があきました

2週間ぶりになってしまいました。

途中、書きたいことも沢山浮かんだんですが、子供が体調を崩したりして時間がうまく取れなかったりしているうちに、タイミングを逃してしまったような感じです。またぼちぼち書いていきたいと思います。

といいつつ、使える時間でスキンを新しくしてみました。まだいまいちしっくりきていない部分もあるのでまたいじるかもしれません。

こういう作業は構えずに出来るのでたのしいです。楽しいからとはまりこんでしまって、記事を書く方に使う時間がなくなるのが困りものですが。おかげでちょっと安定していた精神状態がまた不安定になってきたような・・・これでは本末転倒ですね。(--;



楽しいことを楽しむのと、落ち着いて自分を見つめることと、書いて整理すること、日常生活、いろいろと平行してこなしていくことがまだまだむずかしい状態です。

相変わらず夫と時間を過ごさなければいけない時には動悸が激しくなったり、冷静な気持ちが吹き飛んだり、帰宅拒否もあり。まだまだ以前の自分を取り戻したとは言い切れないなあと思います。

それから、夫婦の問題と関係なしに、子供との問題、というか私の子供への感情に問題があることもはっきり自覚できるようになってきたので、このあたりも綴っていかなければいけないと思っています。


ちょっと表面は変わったもののあまり進歩のないこのブロク、またこれからもよろしくお願いします。m(__)m
posted by 蝉ころん at 00:44| Comment(2) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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