2010年03月16日

上の子に現れていること

上の子は、甘えるのがうまくない。

もちろんこれは、甘えてくるのをシャットアウトして私が育てからなんだけど。

構って欲しいときは「ん〜〜〜」とか「はあ〜〜〜」とか、ギリギリ聞こえるくらいの声で呻きだす。気付いてよ、のサインを出してくる。

これがどうしても鬱陶しい。

あーもう。

言いたいことがあるならはっきり言え!
ぐずぐずぐずぐず・・・何がしたいわけ?何が言いたいわけ?
何をして欲しいわけ?
いちいちいちいち、こっちが察して動いてやんないといけないわけ?
いつまでもいつまでも・・・鬱陶しい!
はっきりしないなら黙っとけ!!
なんでもかんでも人に察して動いてもらおうなんて、甘ったれんな!!

とかとか。

こんな言葉がぐわわわ〜〜〜っと溜まってくる。

これは・・・・・・私が言われてたことだね。

はっきりなんか言えるわけなかったんだ。

要求は全部否定されてきたから。否定されるのがわかってるから。怖いから。

はっきり言わないでいれば、傷つかずにすむ。だって、言ってないもん。ていうか、自分でも何をして欲しいかわかってないもん。

自分が自分の要求を知らなければ、かなえられなくても当たり前のことだから。

だから、やりたいことなんてわからない方がいい。

して欲しいことなんて気付かない方がいい。

誰かが何かを提案してくれたら、それに乗ればいい。

してくれるというなら、してもらえばいい。

そしたら、違ってても当たり前だから。

誰も気付かなければ、それでいい。

小さい声で呻いてるのなんか、気付かれなくて当たり前。

当たり前だったら、納得できる。傷つかずにすむ。

もう嫌だもん。何かを伝えて拒絶されるの。否定されるの。



私がなくなってく。

ひとつひとつ、表に出して、ダメって言われるたびに。

私がひとつずつなくなってく。

もう私、あとちょっとしか残ってないの。

もう出したくないの。

怖いの。

私、消えちゃう・・・。

怖いよ。怖いよ。

怖い・・・・













んーーーーーー

うまく声がかけられない。

なぜだろう?

まだこれだけじゃ足りない?

難しい・・・

せっかくここまできたけど。焦ってもよくない気がする。



もうちょっと時間をちょうだいね。ころんちゃん。

必ずまたくるからね。
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2010年03月15日

ちびころん改めころんちゃん

私は小さい頃から、ほとんど愛称というもので呼ばれたことがなかった。

親は、呼び捨て。母はときどき、さん付けで呼ぶ。

学校では、名字にさん付け。幼稚園でもそうだったかなあ。

さん付けって、子供の頃けっこう堪えた。一人前扱いされている感じが。

しっかりしなきゃ。

子供でいたら、ダメなんだ。できる子でいなければ。

そんなプレッシャーを、背負ってしまってた。

相手との距離も感じた。

ドライな関係に感じた。



「○○ちゃん」って呼ばれてる子が羨ましかった。

かわいくていいんだなって。みんなが、その子をかわいく思っているみたいで。

自分のままできゃあきゃあ楽しんでていいんだなって。

私はそんな風にはなれないんだなって、自分の周りだけスースー風が通っていくみたいだった。

前の職場で、「ころちゃん」(正確には本名ですが)って呼んでくれた人がいて、それが嬉しかったんだ。私もその人のことをちゃん付けで呼んで。憧れてたんだ。こんなのに。

この職場は去りがたくして去ったんだけど、この関係が捨てがたかったんだな。



封じ込められた小さい私は、「ころんちゃん」なんだ。

きゃあきゃあ笑って楽しんでみよう。

わんわん泣いて悲しもう。

気持ちのままに。

ころんちゃんと一緒に。



===============================

というわけで。

今日から「ちびころん」→「ころんちゃん」に変わります。
posted by 蝉ころん at 10:54| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月13日

優等生でた

週末になって子供とべったりになると、いつものようにモヤモヤ・・イライラ・・ピキピキ・・

離れて、視点を変えてみると確かに親にぶつけたい思いが見えてくる。

実家には細かいルールがたくさんたくさんあったんだ。

子供はこうでなきゃダメ。大人はいいの。
女の子はこれをしなきゃダメ。男の子はいいの。
下の子はこうでなきゃダメ。上の子はいいの。

もちろん逆もあった。

一生懸命訴えてた子供の私。
頑張って従ってた優等生。

だんだん優等生が強くなって、家の中で、学校で、大嵐をかわしてかわして、生きてきた。



今、子供たちがそんなルールは全部クズだと突きつけてくる。

衝動的に従わせたくなる。ルールを押し付けたくなる。

でも違ったんだ。私だってそんなルールは嫌だったんだ。

ルールはいらないんだ。いらないんだ・・・・



あんなに頑張ったのに?

やっとやっと身につけたのに?

あんなに苦労したのに?


全部、いらないっていうの?

捨てるっていうの?


ひどい。

ひどいよ。

頑張ったのに。いつか、きっと認めてもらえるんだって。頑張ったのに。

ひどいよ。

せっかく頑張ったのに、壊さないでよ!

いらないなんて言わないでよう!






うん。


そうだ。頑張ったんだ。

優等生も必死だったんだ。

試行錯誤しながら、工夫しながら、挫けそうになりながら切り抜けてきたんだったね。

誰の助けもなしに。

たった1人で道を探して切り開いてきたんだ。

本当に頑張ったよ。すごいよ。

そうだよ。頑張ったよ。

ありがとうね。ちびころんをたくさん守ってくれたよね。

ちょっと休もうね。

もう休んでいいんだよ。

あなたも、ちびころん。一緒に休もうね。

もう頑張らなくていいんだよ。頑張ったあなたの記憶は、壊したりしない。一生私の中にある大切な宝物だよ。


たくさん休んだら、今度は一緒に、楽しいことを工夫していこう。楽しもうね。

これからずっとも一緒だよ。大好きだよ。
posted by 蝉ころん at 11:43| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月12日

こんなん出た

そうだそうだ。

私は大人になったら子供をしようと思ってた。

本気でそう決意してたんだ。

そんなにはっきりそう思ってたわけじゃないけど、父がわがまま放題、やりたい放題なのを見て育ったから、私も大人になって自分でお金を稼げるようになったら好きなことをしまくろう、って思ってた。だから、子供は産まないって決めてた。子供がいたら、お母さんみたいになっちゃってわがまま放題なんてできっこないと知っていたから。

それが、元夫と結婚して、結局好きなことできなくて、「やりたい」って言っても、バカにされたり、やらしてもらえなかったり。じゃあ1人でやる、ってやろうとしたらふてくされながら無理矢理一緒にやり始めたり。

楽しめなかったんだ。

それで子供を産んで・・・・

そしたら、なんと私がさせてもらえなかったことを、夫が子供にはどんどんやらせるやらせる。

どっかーーーんっていったんだ。限界超えたんだ。

私がやりたかったのにーーーーーー!!!

やりたいって言ってたのに!!!

私が先に言ったのに!!!

ずるいーーー!!!

本当の子供だからって、ずるいーーー!!!

私はずっと我慢してきたのに!!!

やっと大人になって、好きなことできるはずだったのに!!!

ずるい!ずるい!ずるい!

嘘つき!

大人になったらできるって、大人になったら好きなだけやろうって言ったくせに!

嘘つき嘘つき!

もう絶対言うことなんか聞かないんだから!

大っ嫌いーーーーーー!!!





でも私はそれも封印したんだよ。「いいお母さん」でいるために。

あーーーー・・・・・・



そうだったよ。私が閉じ込めたんだったよ。

ごめん。ごめんね。ちびころん。

そうだった。ずっとそうやって我慢してもらってたね。大人になってからもずっと我慢させちゃってたんだね。気付かないまま閉じ込めてたんだ。

本当にごめんね。



やっぱりまずは私なんだな。ちびころんなんだな。
posted by 蝉ころん at 19:41| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

どんな気持ちも私のまま

陶芸教室、行ってきました。

感想は、

「あんまり面白くなかった・・・・」

という、残念な結果に。

あーあ、楽しみにしてたのに。せっかく予約して、ルンルンで行ったのに。



・・・・・・・・・・



あっ。



これじゃん。

私がいっつも封じ込めてた気持ち。言っちゃいけない、思っちゃいけないって押さえてた気持ち。

「楽しみにしてたけど、面白くなかった」

これだよ。

そうだよ。面白くなくてもありなんだよ。

せっかく予覚しても。
とっても楽しみにしていたことでも。
一所懸命楽しもうとしたとしても。

楽しくないことは、楽しくないんだーーーーーー!

楽しくなかったんだよーーーーー。

わーい。

楽しくなかったです。思ってたほど。

割と放ったらかしな感じだったしー。あんまり構ってくんないしー。他の生徒と雑談ばっかりしてるしー。先生も先生の作業してるしー。

何やっていいかわかんないよーーー。もっと構ってよーーー。もっと褒めてよーーー。もっと教えてよーーー。

アットホームな感じでいいところだとは思います。

でも私には合わなかったんだな。

それでよし。

つぎ行こ、つぎー。

合うところを探せばいいのだ。



でも焼き上がりは楽しみなんだな。ふふ。

土の感触。

少し乾いて固まってきたひんやりした手触り。

出来上がった作品んがちょこんと置いてあった佇まい。



ふふ。



やっぱり楽しかった。こんなくらいでいいんだ。

ちびころんの「楽しい」はこんな感じなんだな。

ほらやっぱり涙が出てくる。そうかそうか。

控えめで、誰にも気付かれないけど、「うふふ」って。

じんわりじんわり遅れてくるの。

なんかかわいいかも。

思ったより楽しくなかったけど、でもちょっと楽しかったねって、目を合わせて「うふふ」って笑うんだ。

そんな感じ。

そんなかんじが嬉しいんだね。



私も楽しかったよ。また2人でどっか行こうね。

2人で楽しいを育てようね。

先生の前で無理して楽しいフリさせて、ごめんね。
posted by 蝉ころん at 16:00| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一歩

今日は陶芸教室に予約してきました。

陶芸、小さい頃にテレビで見てからずっとやりたいなって思ってた。

「やりたいな」って何度か言ったことはあったけど、連れて行ってもらえたことはなかった。

遠いところでしかやってないと思ってたし、自力で調べてまで・・・って感じだったから、きっと私はそんなにやりたくないんだなって思ってた。

予約して帰り道、ちびころんに、「お母さんと一緒に行こうね」って声をかけたら、小学生のちびころんと、手をつないでるイメージがぱちっと出てきて、同時に涙がぼろぼろぼろぼろ出てきて。

家に着くまで泣きっぱなし。

一緒に行きたかったんだね。お母さんと行きたかったんだね。

一緒に行こう。ちびころんを放って行かないよ。一緒に行こうね。きっと楽しいよ。

なんとなくのばしてた爪を切って、行こう。



今日のお昼から。行ってきます。ちびころんと一緒の第一歩。

楽しんできます。
posted by 蝉ころん at 10:23| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月11日

すがりつきたい

あーもう。

毎日毎日振り返ってはたくさん泣いて。目がふやけてない日がないってくらい。

おとうさーーーん

おかあさーーーん

怖いよーーーー。

寂しいよーーーー。

結局はこれなんだ。

受け止めてもらえなかった悲しみ。ぬくもりが欲しかったよ。抱きとめて欲しかったよ。話を聞いて欲しかったよ。

カーテンのかげで泣いてたっけ。

「いつまで泣いてるの」
「しつこい」
「諦めなさい」
「わがままなんだから」
「せっかく〜してあげたのに」

うるさいうるさいうるさいうるさい

声が聞こえないくらい、泣き叫んでいた。

聞きたくなかったんだ。

私の気持ちは受け入れないくせに。泣くくらいもしちゃいけないのか。うるさいうるさいうるさい!こんなお父さんなんか、こんなお母さんなんかいるもんかーーー!どっかいっちゃえーーー!

大っ嫌い!大っ嫌い!



でもやっぱり、抱きしめて欲しかったんだ。

今もやっぱり、しがみつきたくなるよ。

子供がしがみついてくるたび、ざわざわする。

私もこんなふうにしたかったんだって。

抱きしめられながらでも「お母さんのバカ!」ってポカポカ殴ってくる。「お母さんなんか嫌い!」ってしがみついてくる。

これってアリだったんだなあ。子供ってこんなことにしてよかったんだなあ。



今でもまだ探してるんだ。私のお父さんとお母さんを。

私の話を聞いてくれるお母さん。受け止めてくれるお父さん。

無意識に。

友達になりたい女性は、いつもみんな母に似ていたと気付いた。
男の人は、お父さんと同じくらいの背丈の、大きな声で笑うひと。

ふー。

私は私のお母さんになれるかな。お父さんになれるかな。

ちびころんを抱きしめたいな。

怖いよー。寂しいよー。って声が出てくる。

受け止めたいな。
posted by 蝉ころん at 15:51| Comment(2) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

したいことをする・・・

したいことをする。

何がしたいんだろう、とずっと考えている。

本当にしたいことって、何だろう。

私は、たとえばなにかの集まりがあるなら、自分の意見は言う方だと思う。

じゃあ、やりたいことがあるのかっていうと、そうじゃなかったんだ。

こんな目的があるなら、こういう方法がある。この方がもっと簡単。

そんなのばっか。

「こういうふうにやりたい」

そんなこと思ったことないな。

「私ができるところを見せたい」

ならあったかもしれない・・・。

あとは、

「みんなやてることだからやりたい」

ってのと、

「みんなやってるからやっても意味がない」

ってのと両方ある。



私の希望は本当に受け入れてもらえなかった。全部兄が優先。父がいれば、父が最優先。逆に、父がなにがいい、というと、やりたいことなんかなくてもやりたいって言わなきゃいけなかった。楽しくなくても楽しくしなくちゃいけなかった。父の自己満足のために。

なんでお兄ちゃんだけさせてもらえるの。なんで私はダメなの。なんで女はダメなの。なんで昨日はダメなのに今日は突然やらされるの。私がやりたくなくなっててもやらされるの。やったら必ず楽しくなきゃいけないの。

うまくできないとすぐお兄ちゃんに横取りされるし。ダメだしばっかりされるし。私が夢中になってるとみんなどっか行っちゃうし。

全然楽しくなんかない。やんなきゃよかった。言わなきゃよかった。

そうだよ。楽しくなかったよ。なにをやっても、やりたくってやっても、結局全然楽しくないことになっちゃうんだ。



今、子供が何か一所懸命やってるとき、私が見てると、ときどきぱっと顔を上げて、目が合うととっても嬉しそうな顔をして、恥ずかしそうに「見ないで〜」って隠すの。嬉しいんだよね。それがとってもかわいくて。

私も、こんなふうに見守られていたかったよ。

見守ろう。ちびころんを見守ろう。

楽しいを積み重ねていくんだ。

少しずつだ。
posted by 蝉ころん at 13:51| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月10日

恐怖に囲まれていた

朝、起きるのが嫌だ、と書いた。

昨日、子供が寝付いた後、布団でそのことを掘り返してみた。そしたらやっぱり「怖い」が出てきた。



朝起きても、何もいい出来事は待っていない。子供の頃からそう知っていた。

夜眠るのも嫌いだった。眠ってしまえば今日が終わる。また朝が来てしまう。

朝が来なければいいのにと思っていた。



朝になれば学校に行かなくてはいけない。

学校ではいじめが待っている。

私は堂々と当然のようにいじめられた。明らかな暴力が、クラスメイトの周知のもとで行われた。

帰り道では、大人が行き交う中で公然と暴力が振るわれた。

死んじゃうと思ってた。

「このまま死んでも誰もなんとも思わないんだ」とも感じていた。

怖かった。

私のことは誰も、人だとは思っていない。いじめられて当然、死んで当然の紙くずみたいな軽い存在でしかないんだ。

このまま、なにかのはずみとかしょうもないことで殺されるんだ。誰にも悲しまれずに簡単に死んでしまうんだ。私なんてそんなもん。

怖かったんだよ。ずっとずっと怖かったんだよ。

なんで?なんで?なんでなの?

なんでみんな笑ってるの?なんでみんな笑ってる横で私だけ泣き叫んでるの?私だけおかしいの?私だけなんでおかしいの?私はダメなの?

家に帰ればお父さんはいつキレるかわからない。いじめられてるなんて知られたらどうなるかわからない。学校に怒鳴り込んだりするかもしれない。嫌だ嫌だ。怖い。

家でも、学校でも、道ばたでも、ずっと恐怖におびえていた。いつでも、1人になれる場所を探していた。1人でないと怖かった。でも、1人じゃ淋しかった。でも誰が周りにいても私はひとりぼっちだった。

怖かったんだよ。本当に怖かったんだよ。本当に寂しかったし悲しかった。

誰かに聞いて欲しかったし、わかって欲しかった。辛かったねってぎゅっと抱きしめて欲しかった。ただそばにいて欲しかった。

大人は話なんか聞いてくれない。

「いつまでもいじめられっぱないしで情けない」
「いじめられる方にも問題が」
「友達も作れないひっこみじあん」
「泣き虫」

うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい

なんでみんないじめっ子の肩を持つんだ。そんなに私はみんなにとって意味のない子か。私がいじめられとけばみんないつも通りでいられるからか。

私は生け贄だったのか。



ちくしょーーーーーー!!!!

なんでもかんでも私に押し付けやがって!みんなひどいよ!

今ならわかる。いや、そのときからわかってた。私がおかしかったんじゃないんだよ。

怖かったよ。怖かったよね。とってもとっても怖かったよね。

よくここまで辿り着いたよ。

生き抜いてくれてありがとう。私はちびころんに会えて嬉しい。私の大切な大好きなちびころんだよ。

私が抱きしめるよ。まだヘタクソだけど勘弁してね。

ずっと一緒にいようね。
posted by 蝉ころん at 11:45| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月09日

崩してみる

完璧主義なところがある私です。

すっかり家事ではぐーたらが板についてきましたが、「やり始めたことは毎日続けなければいけない」という価値観はなかなか抜けてくれず・・・ついつい続きだすと「毎日」にこだわらなければ気が済まなくなります。

このブログも例外ではなく、最近続きだしていたら、書くことが浮かばないようなときでもモヤモヤと・・・

「書かなければ」

出たー!!

なので、日曜日は意識して更新を飛ばしてみました。

ザマーミロ!

飛ばしたって平気だよ!また書けるよ!

書きたいときにだけ、書きたいことを書きたいように書くんだも〜〜〜ん。

やり直すんじゃないんだ。また始めるんじゃないんだ。続いてるんだよ。ずっと、続いてるんだよ。

何も後ろめたいことなんか、何もないんだよーーーー!



文体が記事ごとにばらんばらんで読みにくいだろうなーと思います。心のままに書いているのでご勘弁くださいませ・・・。



で、今書いていて気付きました。

毎日続かないこと=悪いこと

と思っていたこと。

1日空いたって続いてるんだよ。

たったこれだけの事実で涙が出てくる。たったこれだけのことにどれだけ縛られてたんだろう。

もういいよ。私の思うように、続けようよ。止めようと思ったら、そのときが止めたとき。ただ間が空いたって、私が続けてると思っていれば続いてるんだよ。1週間空いたって、1年空いたって、続いてるんだよ。

ちくしょう。馬鹿な奴らの口車に乗せられてずいぶん自分を縛ってた。

掘り返せば掘り返すほど、いろいろと悔しくてしょうがない。

全部子供の頃に植え付けられた価値観じゃないか。
大人の言うことを聞いて生きていかなきゃ仕方なかった頃じゃないか。

大人だからって子供を好きなように振り回していいと思うなーーーー!!!!
posted by 蝉ころん at 15:56| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月08日

嫌なんです

最近、気持ちで動こうと意識している私です。

そしたら、なんだか、逃避行動が前よりひどくなってる感じで、逃げたくなる気持ちをよくみてみたら、生活全てが「嫌」に染まっていっています。



朝起きるときも嫌。

子供を起こすのも嫌。

子供を保育園に連れて行くのも嫌。

ご飯作るのも嫌。

部屋を片付けるのも嫌。

掃除も嫌。洗濯も嫌。

買い物に行くのも嫌。

外に出るのも嫌。

子供を迎えにいくのも嫌。

お風呂に入るのも嫌。

他にも色々・・・・



何もできないじゃん!って状態。

「やらなきゃいけない」と思っていることばっかりなんですね。

生活の中に「やりたい」ことってなにもない。

そしてさらに、今まで自分が好きなことだと思っていたことが、全て逃避のためのことでしかないことがわかってきたんです。不安な状態から逃げるためにやっていたことばかり。

「やりたい」こと、ないんです。

あらー。

そこまでだったのね。

そーかそーか。

そんなに嫌だったんだ。辛かった。怖かったんだ。

きっと、自分を取り戻したら自然に沸いてくるんだな。やりたいこと、なくてもいいよ。今はそれでいいよ。

ゆっくりいこう。
posted by 蝉ころん at 18:17| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

料理について

昨日、夕飯の支度をするときになって、ふと

「ご飯、なに食べよう」

って声に出してみたんです。

そしたら、今まで、「何を食べたいか」を人に聞いてばかりで自分で何を食べたいかってほとんど考えて作ったことがなかったことに気付きました。

先週かな?「お腹がすいた」と思ったら体が動いた、と書きましたが、これも関連しているようです。

「そろそろ食事を用意しないといけない時間だから」「みんなが食べてくれるものを」「なるべく手間のかからないものを」嫌々作る、のが料理だったみたい。

実家ではメニューの選択権は父と兄だったし、結婚してからは何を作ってもなにげなくマイナス評価をされてたし、子供ができてからは、とにかく子供が食べてくれるものでないと、食べてくれないと不安だったし。料理が楽しいなんてありえなかった。

私が食べたいものを食べたいから作る。おいしく食べるときを楽しみにして作る。

そんなふうになったらいいのかもしれない。作りたくて作るようになれるのかもしれない。道のりは遠そうだけど。

まずは、私は何を食べたいのかなー?
posted by 蝉ころん at 17:57| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月06日

今日の集まりから

コメントいただいていますが、こちらから先に書かせて頂きます。ごめんなさい。



今日、保育園関係で集まりがあったんですが、いつも集団の中で必ず一人は見かける、私を除外しようとするタイプの人がいました。

こういうタイプの人のターゲットになりやすいのは変わってないなー。と思いつつ、でも私もまだそういう行動をとる人のことが気になりました。

今日は、この人のことを気にしてしまっている状態に気付いたので、「自分がやりたいこと」の方に注意を向けるようにしてみて、わりとうまく行きました。そっか、これでよかったんだ・・・。

で、帰る道すがら、なんでこういう人のことが気になるんだろう・・・・と。

なんかあるんですよね。絶対。

でも今日は疲れたので明日にします。忘れないように書いておきます。

未発掘カテゴリとかいるかしら。
posted by 蝉ころん at 22:35| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月05日

虐待からモラハラ発現まで

私が虐待行為から足を洗う決意ができてくるまでの過程を書いてみたいと思います。久しぶりに長いです。

加害者側の心理が出てきます。読む方の状態によってはキツい内容かもしれません。辛くなったら無理して読まないようにしてくださいね。



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子供に虐待の影響が表れてきたとき、まず浮かんだのは「隠すこと」だった。

漏らすことを怖れるあまりトイレから出られなくなる、という状態。

とにかく子供の問題行動(そのときはそう捉えていた)が表に出ないようにしなければならない。早く。早く。

「一回出たらしばらくでないんだから早くトイレから出なさい」

と、押しつけようとした。

でも治らない。

明らかに、本人の意思に反してどうしようもなく行動が出るようだった。押さえつけようとすればするほど、影響は大きくなり、パニック状態になるようになっていった。

無理矢理引きずり出そうとしたこともある。すると尋常じゃない声で泣き叫ばれる。まずいまずいまずい。バレる。バレる。見つかる。黙れ。黙れ。黙れ!叫ぶな!泣くな!

これはもう、やらせておくしかない。こんなに叫ばれたら絶対近所にバレてしまう。

とにかく本人が大丈夫と思えるところまでやらせよう。本人がトイレから出たくなるまでトイレにこもらせよう。幸い今は昼間しかこの状態にはならない。周囲に、夫にバレる前に治ってくれ。頼むから!

好きなだけこもらせるようにしてから、少しずつトイレから出られるまでの時間は短くなっていき、何日か後には普通にトイレに行けるようになった。

私は心底ホッとした。子供のためでなく、自分のためにホッとした。



このころ、近所ではよく虐待のニュースについて話題にのぼることがあり、私は内心ヒヤヒヤしていた。そして、「虐待なんて信じられない」「あんなことするなんて親じゃない」などの言葉を聞くほどに苦しくなっていった。

自分のしていることが虐待の一歩手前だと思っていた私。虐待をしているとは思っていなかったけど、いつ虐待をするようになってもおかしくないと思っていた。私はこの人たちとは違う種類の人間なんだ。私には虐待をしてしまう人たちの気持ちが理解できる。私は虐待をする側の人間なんだ。普通の、子供を愛せる人たちとは違う人間なんだ・・・。



子供の状態は、トイレについてはなんとか解決したようだったけれど、他のことで問題は続いていた。なにげないこと、つまらないことで(これも当時はそう思っていた)パニックになり、全く言うことを受け付けなくなる。これは夫の前でも出ていたが、夫は全てを子供の問題にして、無理矢理言うことを聞かせていた。

どんどんひどくなる・・・。このままではもっともっとひどくなる。私がちゃんとできていないことが見つかってしまう・・・。

「怒らない育児」というものを頑張ってやってみようと思った。

あまりこのときの行動は具体的には覚えていない。ただ、怒らない→見ない、にするしかできなくて、怒らなければいけないような行動をしている子供を見ないようにする、無視する、それでなんとか怒ることから自分を遠ざけていた。

うまくいっているような気がしていた。

でも、そのうち私は、なにかのきっかけで怒ってしまうと、それまでとは比べ物にならないくらいの激しさ、しつこさで怒ってしまう、怒鳴ってしまう、暴力を押さえるのがやっと、という状態になっていることに気がついた。

怒るのを無理に押さえても溜め込んでしまうだけだ。これでは逆効果だ。

「子供を怒る必要なんてないんですよ」
「ただ見守ってあげていればいいんですよ」
「怒りたくなったら深呼吸して落ち着いて」
「怒っている自分の顔を鏡で見てみたら嫌になってやめられますよ」

育児の専門家とかいう人たちが余裕の笑顔でそんなことを言う。

じゃあなんで子供を抱きしめながら歯ぎしりをするほどの怒りがわくの?
今にも子供に向けてしまいそうなほどの力で握りしめてしまう拳をどうしたらいいの?
口を開けたら自分でもびっくりするほどの子供を傷つける言葉が溢れ出るのにどうやって「大好き」なんて言えるの?

そんな答えは誰も語ってはいない。そんな人間の存在は認められていない。やっぱり私は、普通に母親ができる人たちとはどこかが違うんだ。キレる側の人間なんだ。

誰にも理解してもらえない。バレる。はじき出される。二度と受け入れてはもらえない・・・。

なんとか取り繕わなければ。ちゃんとした親のままでいなければ。

子供にぶつけたくなる怒りは、自分で解消するしかない。他で発散させるしかない。子供といたらどんどん怒りが増えるだけ。1人にならなければいけない。自分の時間を持ってストレス発散するしかない。



ここでやっと、夫に私にも休みが欲しいことを訴え、月に1度、丸1日を休みにすることにする。自分の子供に対する怒りについては、誰にも相談できないままに。

そしてこのころから、夫からのモラハラに苦しむようになっていった。

モラハラが苦しかったのは事実だけれど、他の苦しみまでを全て夫との問題にすり替えて、全てを夫のせいにしたかったのかもしれない。

でも、モラハラを知れば知るほど、加害者は私のことだった。

被害者から脱しただけでは、私の問題は終わらない。加害者からも脱しなければ。

そこから、やっと自分の問題として観念し、覚悟を決めて取り組みだすことができた。

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これも棚卸しの一環です。こんな状態のときもすべて自分の一部です。

虐待をしてしまうのも、エスカレートさせてしまうのも、「自分が周囲に受け入れられることのできる人間」であり続けるため。

受け入れられないことへの恐怖が全てだったと思います。

虐待をするのは、「子供のしつけもできない人間」と思われたくないため。
虐待をエスカレートさせるのは、「虐待をしている人間」だということを隠すため。
さらにエスカレートさせるのは、「虐待をしている人間」になった責任を子供に押し付け、「虐待をしたくなかったのにせざるをえなかった」と周りに理解してもらうため。

全部自分のことのようで、周りの目が全てです。

そしてその「周りの目」というのは、ほぼイコール「親の目」だといいます。
親に受け入れられなくなることへの無意識の恐怖が自分をここまで突き動かすんだと思いました。

自分が子供を虐待しているのに、そのとき私は恐怖に震えていたんです。

恐ろしくて、とても冷静になんかなれない。こんなに怖いのに、なんで押さえなきゃいけないの。早くなんとかして!怖い!怖い!早く!早く!

今、こんな気持ちがあったことが見えてきました。でも、その当時には見えていません。封じられていたんですね。



虐待は人の心に傷を残すこで、許されることではないです。

でも、虐待してしまう人を周りの人が責めても、被害者には益はないんですよね。

責められると知れば、加害者の無意識の恐怖は膨らんでいきます。そして虐待がどんどんエスカレートしたり、見えない形に変わっていったり。被害者にとってはさらに辛い苦しみが続いてしまいます。

恐怖から解放されれば、よくなるのかな。加害者の救済は難しいと言いますけど、なんとかなったらいいのにな、と思います。

被害者も、加害者も、辛いです。

ちょっと、余談になりました。
posted by 蝉ころん at 11:12| Comment(6) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月03日

「怖い」が出てきた

昨日は、振り返りでたくさん泣いたので、疲れて早く寝ました。

そして夜中に、下の子が通っている保育園が空っぽになっている夢を見て、怖くて目が覚めました。

今年卒園なので、それでこういう夢になったんだと思うんですが・・・。

保育園には結構お世話になって、ずいぶん受け入れてもらっていたので、拠点がなくなる怖さがあるんですね。

それで、過去の怖さも刺激されて出てきたようです。

拠点がない、心もとない感じ。手探りしてもどこにも手応えがない、足元に地面があるかどうかも見えないところに足を踏み出さなければいけない感じ。

しばらく不安に包まれていました。昼間泣いたのに負けないくらい涙がでてきて。

「怖い」「怖いよね」って声を出して、怖い気持ちを認めてあげる。

自分で自分を抱きしめて・・・大丈夫って声かけて・・・。

ようやく落ち着いて寝付けたのは明け方。すぐに目覚ましがなりました。

で、今日は寝不足です。

寝不足だけど、ちょっと今日は自分から逃避せずに過ごせたかも。

「怖い」はまだ何回でも出てきそうだな。いろんなタイミングで感じたいろんな「怖い」がきっとたくさん埋まってるんだろうな。



感情を受け止められてるのか、認められてるのか、あまり自信はないけど。でもきっとこれでいいんだなって思って、今はこんなふうにやっています。

うすーい、うすーいフィルムを一枚ずつはがしていくみたいに。変わっているのかいないのか、よくわからないときもあるけど、きっと前進してるから。
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2010年03月02日

生まれたくなかった

昨日の、石や、葉っぱを触ってざわざわした気持ち。

甘えたい。包まれたい。そんな気持ち。

抱きしめられたかったんだ。受け入れられたかったんだ。

お母さんにだっこしてもらった記憶は今のところはない。幸せなこともあったのかもしれない。記憶が封印されているだけなのかもしれない。でも今はそんなことはまったく浮かんでこない。

小さい頃の記憶はほとんどなくて、幼稚園か小学生が一番昔の記憶。そのころの私のイメージは、昼でも暗い部屋で電気を付けずにソファの座面と背もたれの間にうつ伏せでうずくまって泣いている。

学校ではいじめられ、地域にもなじめず、家族も誰も私に注意を向けない。

誰も受け入れてくれない。

こんなところに生まれたくなかった。

なにも拠り所がなかった。手応えもなかった。明かりも何も見えなかった。それでも手探りで生きていくしかなかった。

家にいるのに「帰りたい」って思ってた。

お腹の中に戻りたかったんだね。抱きしめてくれないなら、ずっとお腹の中にいたかったんだ。

辛かったよね。怖かったよね。寂しかったよね。

私が抱きしめるからね。大好きだよ、ちびころん。生まれてきてくれてありがとう。
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生まれたくなかった

昨日の、石や、葉っぱを触ってざわざわした気持ち。

甘えたい。包まれたい。そんな気持ち。

抱きしめられたかったんだ。受け入れられたかったんだ。

お母さんにだっこしてもらった記憶は今のところはない。幸せなこともあったのかもしれない。記憶が封印されているだけなのかもしれない。でも今はそんなことはまったく浮かんでこない。

小さい頃の記憶はほとんどなくて、幼稚園か小学生が一番昔の記憶。そのころの私のイメージは、昼でも暗い部屋で電気を付けずにソファの座面と背もたれの間にうつ伏せでうずくまって泣いている。

学校ではいじめられ、地域にもなじめず、家族も誰も私に注意を向けない。

誰も受け入れてくれない。

こんなところに生まれたくなかった。

なにも拠り所がなかった。手応えもなかった。明かりも何も見えなかった。それでも手探りで生きていくしかなかった。

家にいるのに「帰りたい」って思ってた。

お腹の中に戻りたかったんだね。抱きしめてくれないなら、ずっとお腹の中にいたかったんだ。

辛かったよね。怖かったよね。寂しかったよね。

私が抱きしめるからね。大好きだよ、ちびころん。生まれてきてくれてありがとう。
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2010年03月01日

歩いていたら

今日はちょっと出かけてきました。

橋を渡っているときになんとなく欄干をなでてみたら、古いコンクリートのざらっとした感触がちょっと気持ちよくて、あれ?って。

なんだろ?って思って、その先で、植え込みの葉っぱを触ってみて。「はっぱ」って声に出してみて。そしたら涙がでてきて。

よくわかんないけど、なんかじわじわときました。

なんだろな。この感覚。

木とかに抱きついてみたいような。地面に寝っ転がってみたりとか。

子供の頃は自然にそういうことをしてたような気がする。

今度どこかの木に甘えてみようかな。
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2010年02月26日

私と作文

今年は下の子が入学です。

ということは卒園でもあり・・・・卒園・入園がらみのあれやこれやがのしかかってきています。

期限付きの提出物、めちゃくちゃ苦手です。特に作文系のもの。
今日はそのうち1つの期限でした。朝からいろんなものに逃避しつつなんとか向き合おうとしていたら・・・。

うまく書けないもん。
うまく書かなくてもいいんだって。
書きたくない。
いやだいやだ。
別に気にしないで適当に書いちゃえばいいんだよ。
いやだいやだ。
書きたくない。
どうせ誰もちゃんと読まないって。

・・・こんな感じに頭の中で会話が出来上がってきました。

そしたらば。

「どうせ読んでくれない」
「どうせ伝わらない」
「どうせわかってくれない」

こんな感情が出てきました。涙とともに。

そうでした。私は本当は、

「ちゃんと読んで欲しい」
「ちゃんと伝えたい」
「ちゃんとわかってもらいたい」

気持ちを伝えるために書きたいんです。

文章でも、声に出しても、私の思いはいつも意図しない方向に解釈され、人を怒らせたり、的外れに褒められたりしてばかりでした。

誰も伝えたいことを理解してくれない。

言いたいことはそうじゃないということさえ理解してくれない。

じゃあどうしたら伝わるの?どう表現したらいいの?

そんなことは誰も教えてくれなかった。学校の作文は、伝えたいことを伝えるためでなく、文章らしく書けているかどうかしか見てくれなかった。

だんだん、それっぽい文章を書く技術だけが身に付いていったけど、本当の気持ちを表すことはもっとできなくなっていった。

なにをどう書けっていうの?
感情なんて、どうやって文章にするの?

ここのところ、気持ちを出していこうとしてるから、余計にできなかったのかもしれない。

今日の分はなんとか書くことはできたけど、気持ちを表現する点についてはクリアにはなってないな。

文章も今までよりまとまりがない自覚があったのは、こういうことだったからなのかな。

さて、この感じ、伝わっていますか?
posted by 蝉ころん at 21:49| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月19日

きっかけは、子供

ずっと、ただ必死で生きてきた気がする。何かに追われながら、恐怖から逃げるように。

好きなことをすることさえも、言い訳をつけて、「だから、権利がある!」と、自分にいい聞かせなければできなかった。人目を怖れて、受け入れられなくなることを怖れて、生きてきた。

うまくいってると思っていた。うまくやれていると思っていた。

元夫からのモラハラを受けて、生活が、自分が壊れたと思っていた。

でも違うことがわかってきた。

ただ元夫がモラハラ体質だっただけじゃない。私が変わったから、元夫がモラハラを仕掛けてきたんだ。変わらないように。引き止めるために。

きっかけは子供だった。

私は子供を虐待していた。

最近まで忘れていた、決定的な証拠を思い出した。子供が、漏らす不安のためにトイレから離れられなくなったとき、私は思ったのだ。

「マズい。バレる」

私が、子供を虐待していることが、とうとう明るみに出てしまう。そんな恐怖だった。

子供のためなんかじゃない。明らかに自分の保身のためだった。私は、自分の悪事を隠蔽するために、なかったことにするために、優等生の仮面をかぶり続けるために、子供を回復させる方法を模索し始めたんだ。

そして、これが、私自身が回復するための道につながっていた。

子供が、サインを出してくれたんだ。子供がハラスメント界から脱出するきっかけをくれたんだ。

そして、私が子供への対応を変化させ、ハラスメント界から徐々に離れて行きだしたことで、元夫のモラハラが悪化して行ったんだと思う。私を引き戻すために。

モラハラ最盛期のころ、「私が変わっても何も変わらないじゃないか」と思っていた。

でも違ったんだ。既に状況は、元夫は、変わっていたんだ。

元夫は、一緒にハラスメント界から脱することよりも、自分はそちらに残ることを選んだんだ。

私は私の信じる道を進んできた。これからもそうする。
間違うこともあるけれど、私は自分の道を進んで行く。

まだまだ加害者としての火種は自分の中にたくさん残っている。ちょっと息を吹きかければあっというまに燃え上がるだろう。

でも、一つ一つ、掘り起こして消していこう。ときどき間違えて大火事になってしまうこともあるかもしれない。でも、もう消すことができるから。怖くなることもあるけど、もう気付くことができる。大丈夫だから。



ありがとう。できるとこまで、進んでいくね。
posted by 蝉ころん at 13:22| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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