2010年05月13日

かさぶたみたいなもの

今朝、ひかるが、自分が選んだ服が着ごこちが悪いと言ってきた。

とっさに、じゃあ違うのにしたら?と返す私。

そこでひかるは泣く。

うちではよくある光景。

なにがいけないのか、よくわかっていなかった。

前だったら、「自分で選んだんでしょ!」とか「時間ないんだからさっさと行きなさい!」とか、別の服渡しておしまい、とかだったし。

私にしたら、時間を過ぎてものんびり用意してるのを黙ってるだけでもかなり我慢してるのに、じゃあどう言って欲しいわけ?何が不服なの?ってイライラが出てくる。

今日ちょっと気付いたこと。

私の中では、

1.着心地が悪いのか
 ↓
2.着心地のいいにしたらいい

で、1をすっ飛ばして2を口に出してる。

でも、1の方が大事なんだ。

それに、ひかるにはうまく口に出せていない、「でも、この服がよくて選んだのに」っていう、悩む気持ちがあるんだ。

いや、悩みもこんなんじゃないのかもしれない。

でも何か、自分でもうまく捉えられていない別のことがあるんだ。

私はそのあたりをバッサリ切り捨ててたんだな。

それで私の正解を渡してる。

それはひかるの正解じゃないんだ。

ひかるは、ひかるの正解を探したいんだ。

その手助けをして欲しいんだ。




私自身も同じ。

ころんちゃんも、正解を探してる。

自分の進みたい方向はころんちゃんもまだ見えていないんだよ。

焦って突っついて、ひねり出そうとしてる私。

思考だけで出した答は、感情の答とは違う。

思考は後から。

感情が先。

ころんちゃんが先。

ころんちゃんの気持ちに沿って、思考に手伝ってもらって答を出すんだ。




難しいな。

思考で固まってる私のあたま。

カチンカチンに固まったかさぶたみたい。

しなやかな皮膚になって、感情の動きに柔軟についていけるようになりたい。



かさぶたはいつかはがれるね。

傷が癒されたら、すこしずつ離れていくね。

そして新しくて弱い皮膚が現れるんだ。

きっともうすぐ。

無理にはがさなくていい。

焦ってかさぶたをはがしても、また傷になる。

今はまだ傷を守っているところ。

大事な役目を持ったかさぶた。

まだ弱い感情を守っている。
posted by 蝉ころん at 09:31| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月12日

譲れない

今日ものぞむとケンカ。

私の取り合い・・・?

違うな。

ころんちゃんの相手が今日はうまくできていなかったから。

それでだな。

出かけようと思っていたことがあったのに、それが「出かけなきゃいけないこと」にすり替わった挙げ句、さらに、結局出かけなかった。

満足できてないころんちゃん。

私を独り占めしようとするのぞむ。

うん。

ころんちゃんも独り占めしたいんだよ。

私がうまくそれに付き合えてない。

ころんちゃんとうまく繋がれないから。

でものぞむは感情としっかり繋がってるからね。

ストレートにぶつかってくる。

「お母さん」を奪っていく。

のぞむのお母さんなんてなんないでよ。

私のお母さんでいてよ。



なんでなんで?

なんでいっつも私がどかなきゃいけないの?

私が譲んなきゃいけないの?

ずるい。ずるいずるいずるい。

あの子の方が大事なの?

私が大事って言ったくせに。

私よりもあの子ばっかり大切にして。

あの子が宿題をするために、私が我慢しなきゃいけないの?

ずっと我慢してきたのにまだそんなことのために私が我慢しなきゃいけないの?

いやだよ!

私はイヤだよ!

私はご褒美も何もなしで1人でずっとやってきたのに。

ずるいよ!

あの子ばっかり!

キライ!





・・・・うん。

ごめんね。

ころんちゃん最近おとなしかったから、つい違う方に気がいってたね。

そういうのがイヤなのにね。

今日はころんちゃんに我慢させてしまったね。

きっといい方法があったんだよね。

ひかるとのぞむの希望でいっぱいになっちゃって、簡単にころんちゃんを犠牲にしちゃったね。

気持ちを出してくれてありがとう。

もっと大事にできるように考えるようにする。

ころんちゃんを黙らせてしまわないように気をつけるね。

キライは私に向けてだね。

私は大好きだよ。

大好きが伝わるといいな。
posted by 蝉ころん at 20:00| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月11日

望まれていたこと

「男だったらよかったのにねえ」

と、よく言われていた。

私もそう思っていたから、違和感を感じていなかったけど。

この言葉で私は傷ついていたことを知った。

兄があまり実家の家業に対して意欲がなかった頃、特に「あなたが男だったら」と言われた。

あなたが家業をやれば兄には好きなことをさせてやれるのに、と。



小さい頃は、近所の人たちにも兄が女で私は男に見えていたらしい。

母は、よく言っていた。

お兄ちゃんは目がぱっちりして可愛くて、よく女の子に間違われたのよ。

あなたはお下がりばっかり着てたから、男の子に見られてた。

大きい目、まつげが長く、二重で整った顔立ちの兄。

私は一重で、ぱっとしない。

家の中で、私1人だけ一重の目。

ずっとコンプレックスだった。

誰も可愛いなんて言ってくれなかったね。

お母さんは私を可愛いなんて言ってくれなかったね。

私が褒められるのは、お母さんが気に入ったお出かけの服を着た時だけだった。

でもその服は、汚しちゃいけないから、といって私の行動を制限するものだった。

お出かけの服を着ると、私は兄たちと遊ぶことは許されず、お人形でいなくてはいけなかった。



私は私の望んだ生き方をするためには男でなくてはいけなかったし、女であるなら女としての生き方を望まれた。

男ではなくて女に産まれた私には、私としての生き方をすることは許されていなかった。

あの家では。

あの母の元では。

それがとても悲しかったことが出てきた。

女の子の私は望まれていなかった。



ねえ。

可愛いって言って欲しかったよ。

可愛い服を着てるからじゃなくて、ただ私を可愛いと言って欲しかったよ。

一緒に私の思いを叶える方法を探して欲しかったよ。

女ができないことじゃなかったよね。

男でないとダメなんて、そんな仕事じゃなかったよね。

なんでお兄ちゃんを立てるために私はずっと引きずり下ろされ続けなきゃいけなかったの?

私が私として活き活きと生きることがなぜ、お兄ちゃんの邪魔になるの?

私のせいにしないで。

兄が家業を継ぎたがらないことを、兄が私にコンプレックスを感じていることを、私のせいにしないで。

私が私として生きて何が悪いの?

あなたたちの望みを叶えるために私たち兄弟を道具にしないで。



私はずっと知っていた。

私たちが道具にされていることを。

ずっとやめてって思ってた。

私たちの思いをちゃんと見てって。

気付かないし、気付けない人たち。

子供を不幸にしても、全部子供に罪をかぶせる。



なんだかんだいって私には母の思いが残っている。

母ができなかった男としての生き方。

家から出て成功すること。

経済的に自立して生きていくこと。

それがどんなに私の望みの近くにあっても、それはやっぱり枷になっている。

宿題しろ、と言われると宿題したくなくなるのと同じ効果。

私が私の思いで動きたいのに。

余計なこと言うんじゃねーよ。

またそうやって自分の手柄にしようとしてんじゃねーよ。

なんであんたが楽になるために頑張んなきゃいけないんだ。

あんたのために生きてんじゃないんだ。

私は私が生きたいように生きるんだよ!

いいかげん私を手放してくれ!
posted by 蝉ころん at 18:54| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月10日

母の日

昨日は母の日で。

子供たちが計画して、1日私をもてなしてくれた。

朝ご飯から晩ご飯まで。

プレゼントもあった。

メッセージも。

とても素敵な子たちだな。

私はすごく幸せ者だな。

それでも、喜びの薄い私。

もちろん喜んでお礼をいった。

でもまだ心はしっかりこもらない。

こもってないのが自分でわかる。

ころんちゃんは白けている。

感情じゃなく、理性で喜ぶべきと思って喜んでいる感覚。

うつ状態だと喜びを感じる物質の出る量が少なくなるんだとかなんとか。

そういうことなんだろう。

でもそんな物質話はどうでもいい。

だって私は喜びが増幅される状態も知ってるから。

薬物的なことじゃない方法があるはず。

のぞむと笑い合った時の喜びの感覚が、そのことを教えてくれる。





喜んで欲しいのはまだ私。

ありがとうって言って欲しいのもまだ私。

私も、きっかけを見ては母にイベントを仕掛けていたな。

母の日にプレゼントもしたな。

でも、いつも忙しい母は、言葉だけでお礼を言うだけだった。

母は、私が何かしたことで嬉しそうな顔をしたことがない。

お礼じゃないんだ。

喜んで欲しかった。

いちいち評論しないで、ただ嬉しいって言って欲しかった。

私を見て笑って欲しかった。



ひかるものぞむも、「ご飯おいしかった?」「プレゼント、嬉しい?」とかって、何度も何度も聞いてくる。

そんなふうに何度も確認して、喜んでもらってることをしっかりしっかり確かめてよかったんだな。

喜んでもらえて嬉しいってことを自分に焼き付けられるくらい、しつこくしてもよかったんだな。

ストレートに表現できる子供たちが羨ましい。

羨ましい!



私ももっとストレートに出していいんだ。

しつこく確かめていいんだ。

子供を羨ましがるなんて、とか、思わない。

羨ましいもんは羨ましい!

羨ましいから、やる!

私も真似する!

真似だってしたっていいんだい!




いろいろ子供に助けられてるなあ。救われてるなあ。

きっと恩返しするからね。

こんなお母さんでも大好きでいてくれて、ありがとう。




あー。

いまごろやっと、嬉しいのが出てきたよ。

嬉しいちゃんはのんびりやさんみたいだね。

筋肉は長いこと使ってないと筋肉痛が遅く出るんだって。

嬉しいも使ってなかったから反応が遅いのかなー?
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2010年05月08日

気持ちを実現すること

子供のうちから大人の常識を実現できていなければならなかった。

マナーとか、非常識とか、行儀とか、外でも家でもきちんとできているべきとされてた。

自己主張とか悪いことだった。

全部ただのワガママとして処理されてた。

大人から聞かれた時だけ、希望を出していいが、返ってきたものが希望通りでなかろうがありがたく受けるのが素直な子供のあるべき姿。

自分を主張する前に他人を受け入れねばならない。

子供が大人相手に?

どんな世界だよ!って今なら思う。

そしてできてようが褒められるわけでもなく、できてなければ叱られる。

マイナスをもらわないために、ゼロを感受する。

どれだけ頑張っても避けることのできない小さなマイナスが日々蓄積していってた。

どんどん気持ちを封じ込める方向へ追いつめられてた。




気持ちを出すのがこんなに気持ちいいなんて知らなかった。

出しても出しても、全部マイナスが返ってきてから。

今はもうまわりの大人に頼らなくても自分で決めて受け止められる。

希望を実現することも自分でできる。

それがこんなに気持ちいいなんて。

昨日は、お菓子を作りたくなって、本を見てピンとくるものを探して、カップケーキを焼いた。

自分だけのために。

途中で、3つできるからみんなでわけた方がいいかな・・・ってでてきたけど、振り払った。

私が私だけのためにすること。

それで満たされること。

それが今の私に大切なこと。

お客さま用のティーカップにホットミルクを入れてシロップを垂らして。

不思議だな。

片付けもイヤじゃない。

ちょっと楽しいと思えたりもする。

それがまた嬉しい。



気持ちが根っこにあると、こんなに違うんだ。

自分に確かめるようになってから、毎日希望が違うことに驚く。

本が読みたいときもあれば、寝っ転がりたくなったり、踊り出したり、おせんべいが欲しかったり、サンマが食べたかったり、コーヒーだったり、グレープフルーツだったり、ピンクだったり黄色だったり。

こんなに色々あったんだ。

全然知らなかった。

気付こうとしてなかった。

「私が好きなのはこれだから」

って勝手に決めちゃってた。

それでいつもワンパターンで過ごしてた。

ワンパターンで惰性で通り過ぎないといけないほどエネルギーが足りてなかったんだね。

でもその間、気持ちは封じ込められてずっと我慢し続けてたんだ。



気持ちがベース。

子供と過ごす時も、うまくできたな、って思う時は気持ちをベースにできてると思う。

みんなが自分の気持ちを出す。

それをうまく叶えるにはどうしたらいいか考える。

叶えられそうにない時は、他に道はないか探す。

どの条件がいらないものか?

条件を満たすために譲れることはあるか?

みんながOKになったら、実行に動く。

保留になったことがあったら、条件が揃ったときに必ず実現させる。

どうしても無理なことは、嘆きたいだけ嘆く。

こういうことが今まではできなかった。

こんなやり方があることは知らなかった。

そうだ、知らなかったんだ。



今までは、誰かが我慢すればいいと思っていた。

1対1のときにうまくできてたのは、私が我慢すればよかったからだった。

3人以上になるともう1人我慢してもらわないといけなかった。

子供相手だとどっちも我慢したくないからうまくいかなかった。

無理矢理片方(大抵はひかる)に我慢させて、強引にことを進めて、みんなどこか後味が悪かった。

このやり方じゃうまくいかなかったけど、違う方法があったんだね。



それに、いつも時間に追われていたから、希望を出し合って作戦たてて決めるなんてやってられなかった。

いつ父が怒り出すか知れない。

いつ父がぶち切れて全部中止になってしまうか。

出発の時間、電車の時間、集合時間・・・

元夫ものんびりできない人だった。

ぴったりの時刻に現地に着くことばかり考えていて、いつも時間に余裕がなかった。

焦ってぎりぎりで、とにかく希望なんかより時間内にやるべきことだけ終わればそれでよしとするべし、で生活してきた。

学校では、私の意見はすべからく黙殺されてきたし。

話し合って、とか、経験なかったよ。



ゆっくり考えて、みんなが納得できるやり方を探していいんだ。

我慢しなきゃいけない人なんていないんだ。

大人だから、お母さんだから、なんて、ない。

私も希望を言っていい。

希望を叶えるために努力していい。

納得のいく方法を提示していい。

まだ上手くいかないことの方が多いけど、ひとついいことを掴みかけてる感じがする。



それから、ひかる。

のぞむは自分の気持ちを出すのが上手だから、率先してやりたいこともどんどん出せているけど、ひかるは小さい頃から気持ちを封じ込めるやり方を身につけてしまったから、なかなか希望を出せないね。

それに、ひかるが私を試してくるやり方が、引っかかる。

表現の仕方がのぞむのようにストレートじゃなくて、遠回しだったり、歪んでいたり、のぞむに代弁させようとしたり、で、イラッとくる。

まだ上手く受け止めてやれないね。

でもきっとできるようになる。

だってひかるを抱っこするのも、3年前にはすごく不自然だったけど、今は違和感なくできるもんね。重いけど。

ひかると私の関係も変化してきてる。

きっとできるようになるよ。

大丈夫。進んでるよ。
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2010年05月07日

親からもらったもの

たくさん残っていた元夫のものを、少しずつだけど順調に減らしているこのごろ。

子供たちはお父さんにもらったものとかは大切にしたいだろうな・・・って思いが出てきて。

この思いも私のものだなと思った。

でも、私には大切にしたい父からの贈り物に心当たりがない。

昨日も書いたけど、たいがいは私の希望から一番肝心なものが抜けていて、形だけ、喜んであげなくてはいけない贈り物になってしまっていた。

もらったもので、大切なものってなにかあるかな・・・・

洗い物をしながらぼんやりと思いを巡らせていたら


「私だな」


って思って、涙が出てきた。

これってどの感情だろう。

嬉しいのか寂しいのか、怒りたいのか怖いのか、よくわからないけど。

私は私が大切だなって思った。



小さい頃は、お父さんやお母さんが別の人たちだったらよかったのに、なんてよく思った。

もっと幸せな家庭で、仲のいい両親で、もっといい人生になったんじゃないかって。

大きくなって、知識もできてきて、私はこの父とこの母の子でなくては私として産まれることはなかったんだろうと思った。

そして兄のあとに、私の命が動き出すタイミングで動き出したからこそ私として産まれることができたんだと思った。

たとえ同じ父と母であっても、兄のタイミングでは私は産まれることができなかったのに、まして別の父と母から産まれていては、それはやっぱり別の人であって私になれるわけがない。

だから私はこの家庭で、この父とこの母の子としての人生を、私として生きていくんだと思ったんだ。



この世にたった1人だけのわたし。

物とか、形とか、愛情とか、うまく受け取ることはできなかったけど。

私は命をもらった。

命を生きる心をもらった。

私以外の誰かのために使いつぶしてしまう道を行きそうになったけど。

今は自分のために生きるってことを感じつつある。

私は、私の一番大切なものになったよ。

意図してくれたものではないとしても。

私にとって一番大切なものをもらった。



まだ、ありがとうまでいかないけど、この感じを書いておきたいなと思った。
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2010年05月06日

一緒にいたいんだよ

この連休は、久しぶりに実家に行かずに過ごした。

子供たちと3人で過ごす連休。

どれだけ爆発することか、と、不安を感じていた。

でも、思ったほどの問題は起こらず、出かけたり、のんびりしたりしているうちに過ぎていった。



最近、子供たちが家にいるときにでも罪悪感を感じずに1人になれるようになってきたから、それが大きいと思う。

でも、それは大きな壁でもあると思う。



私は子供から逃げている。

常に私と一緒にいたいと思われていることが苦痛でならない。



感情はまだ遠くにある感覚でうまく掘り起こせないでいる。

今日はここにチャレンジしてみる。



今までの経験から、たぶんこれは、ころんちゃんの嫉妬。

私がどういう状況にあろうがかまわず寄ってくるのぞむに対する嫉妬。

離れようとしているところに寄ってくるひかるに対してもイライラを感じる。

私の母は常に何かに忙しく、物心ついた頃には母には寄っていってはいけないと知っていた。

父はほとんど家にいなかった。

兄は、私を道具にしていた・・・。

私も常に一緒にいたかったんだろうって気がする。

誰か安心できる人のそばに。

ずっと一緒にいて欲しかったんだよ。私も。

でも誰もいなかったんだよ。

常にいなかったんだよ。

そこにいるのが見えていても、それは私が寄っていっていい相手ではなかったんだよ。

周りに誰がいようが、何人いようが、私と一緒にいてくれる人はどこにも誰もいなかったんだよ。





小学生の頃、一人っ子のクラスメイトの家にお邪魔したことがある。

その子の部屋にあった、大きなパンダのぬいぐるみに、目が釘付けになった。

背丈よりも大きいぬいぐるみ。

羨ましくて仕方がなかった。



そのあとしばらくして、珍しく両親と行ったおもちゃ売り場で、好きなものを買ってあげると言われて、迷わず「パンダのぬいぐるみ」と言った。

おおきいの、と言ったが、結局買ってもらえたのはその店で一番小さいぬいぐるみだった。

悲しかった。小さいのなら、いらないって思った。

大きいのがよかったのに。



当時はなんで大きいことにこだわっているのかわからなかったけど、私は、私を抱きしめてくれる私だけの存在が欲しかったんだ。

いつでも私を待っていてくれて、安心して抱きつける相手が欲しかったんだ。

手に入ったのは、小さな小さな存在。

抱きしめたら、手の中に収まってしまうくらいの、赤ん坊のような存在。



かわいがりたいんじゃないんだよ。

かわいがってほしいんだよ。

いつでも私を包んで欲しいんだよ。

そんな感覚だったなって思う。

自分でもなんなんだかわかってなかったから、表現できなくて誰にもわかってもらえなくて、ワガママの評価をもらったっけ。

ちょっと泣けるんだ、ここ。

ころんちゃんが反応する。

でもまだまだ根は深いのを感じる。

しっかり出てきてないんだ。




ぬいぐるみ買うか?

んーーー。

自分より大きいぬいぐるみはすでに着ぐるみだな。それはヤダな。

ちょっと相談しよう。ころんちゃんと。

ここはちょっと、乗り越えたいぞ。
posted by 蝉ころん at 21:50| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月05日

今日の買い物でのこと

今日は普通に近所のスーパーへ1人で買い物。

必要なものカゴに入れて、子供たちからの要望品も入れて、それから、自分が欲しそうなのを物色。

毎回、自分で食べる用のおやつを買うんだけど、今日はあまり希望が出てこない。

えーー。

せっかく1人で来たのになんか買おうよ〜。

と思っていたらば。

「ダメ〜、パソコンしながら意識しないで食べちゃうじゃん」

って、笑いながら、ころんちゃんが登場!

一瞬迷った。

これはころんちゃんみたいだけど?言ってることは私を制止してる?

んーと。

私が間食に走るのは依存なので。

もう間食に依存すんのやめようよってことなんだ。

そうだよね。

依存してるときは逃げてるとき。

ころんちゃんから逃げてるとき。

そりゃイヤだよね。

気持ちも動かないし、よし、今日は買わない。



で、店を出て、

自動販売機見て、ジュースくらいいいんじゃない?って思ったんだけど、

「私は別にいいよ?買いたいなら買いなよ」

ってこれまたニコニコ笑いながら登場!

んーーーー。

なにか買いたいとは思うけど、欲しいジュースがあるわけじゃない。

いらないってことだね。

うん。欲しくないな。買わない。

習慣とか、クセとかで買いたくなるけど、欲しいわけじゃないんだね。

自動的に動いちゃうのが楽だから習慣にまかせてたけど、楽でも楽しくないことだったんだ。だからエネルギーにもならないんだ。使うばっかりで。

そのときの気持ちに従えば、エネルギーになる。



なんか、ころんちゃん強くなってる。

育ってるイメージ。

この感じ。こんな感じ。

言葉にうまくできないけど、いい感じ。

こわいけど大丈夫だ、私。



そうだ。私の方が怖かったんだ。

でもころんちゃんがこんなに強いよ。

だからきっと大丈夫。

信じて進もう。

私は行けるよ。
posted by 蝉ころん at 20:00| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月04日

物欲とか

GW真っ盛り。

毎日子供たちと遊びに買い物に出かけています。

ショッピングモールにも2回ほど行って、いろいろと見て回って。

なんだか、欲しいと思わない。

本屋さんに行っても、デザート系のファーストフードでも。

我慢してるでもなく、諦めてるでもなく、心が動かない感じ。

そんでもって、子供が欲しいって言ったら、いいよ〜って、焼きもちも出てこない。

一個だけ、ここじゃないと食べられないってのがあって、お腹はいっぱいだったんだけど、ここじゃなきゃ買えないし・・・・って迷ったんだけど、気持ちは「いらない」。

買わなくても後悔も出てこない。



ははぁ・・・。

考えて、買いたい理由をつくって買ってたんだな。

買わない時も、買わない理由をつくって我慢してたんだな。

こんな感じでいいんだな。



いろいろ回ってる間も、「あれ見に行きたい」「ここ寄りたい」って言い合いながら、全部オッケー出して。

帰りも、もう買い物飽きた!と思ったら「おうち帰りたくなってきたー」って声に出して。

子供たちも「帰ろう帰ろう」って。

結局私のものは何も買わずに帰った。

家に着いて、自分のだけ何もないのがつまらなかったから、「お母さんだけ開けるのなくてつまんなーい」って言ったら、子供が自分の分を開けさせてくれて(というか開けさせられて?)それで満足できちゃったりして。



ちょっと不思議な感じを味わってます。
posted by 蝉ころん at 11:03| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月30日

外出してきた

今日は、純粋に自分のためだけに出かけてきました。

欲しい雑誌があったので・・・。

ただ、やっぱり出かけるまではなかなか腰が上がらない。立ち上がったと思っても、気がつけばまた定位置に座り込んでしまってて。

でも、「自分のために行動」で得られるものがわかってきたからか、私にしては余裕のある時間に家を出ることができました。

私にしてはかなり革新的なできごと。



お目当ての雑誌を買ってから、最近心がけているころんちゃんの希望聞きますタイム。

最初は「遊園地」が出てきたんだけど、時間が足りなすぎなので、連休中に子供たちと一緒でいいかな?って聞いたらOKでたので、そういうことで。

今日は公園でお弁当に決定。

お弁当を調達して、芝生にベンチのありそうな公園に目星をつけて行ってきました。

ハトに狙われながらランチ。ふふふ。あげないよーん。

ころんちゃん、今度はできあいのお弁当じゃなくて、家から持っていきたいって。

うーん。そうだね。それも楽しそう。

そんな感じで、ちょっと時間はぎりぎりになったけど、なかなか楽しかったです。



だんだんと色々見えてくる。

今までは、条件が先にあって、それに合うものを探してた。

でも、本当は希望が先にあってよかったんだね。

ずっと理性というか、理屈がまずあって、ダメなものをフルイにかけて、残ったものを提示して、さあどれ?って選ばせてた。

理屈を上位に立たせてた。

最近わかってきたのは、まず気持ちがあって、理性とか思考とかが手助けをして、気持ちに沿うように、叶えられるように工夫するってこと。

理屈で気持ちを封じ込めていたけど、気持ちをうまく実現するために考えるんだね。

敵じゃなくて味方なんだね。



どうやったら実現させられるだろう?
外せない条件はどれかな?
本当に外せないかな?
ここは譲ってもいいかな?

いちいち自分に確かめる。

気持ちと現実との兼ね合いってそういうことかな。

自分のために実現しようと動くことが、自分を認めるってことになってる。

どうしても無理だってわかったら、嘆きたいだけ嘆く。嘆いていいの。いつまでもぐずぐず言ってもいいの。

実現できなくても、できる限り動いて、悔しい気持ちを出し尽くせれば、気持ちは納得できるんだ。

どうせ無理だからって最初から諦めさせることが、1番自分を粗末にしてるってことなんだ。

やっぱり子供に対する時と同じでいいんだね。

決めつけないでちゃんと聞くこと。

ちょっとしたことでも、ちゃんと聞くこと。



今まで現実にばかり合わせて生きてきたね。

小学生の低学年くらい?の頃までは、頑張って声に出してたなあ。

大声で泣き叫んででも訴えてた。

あの頃はまだ気持ちと自分は同じものだったんだね。

でも誰も聞いてくれなくて、実現に協力してくれなくて、辛かったね。

だんだん、思考が育っていって。

先回りして考えるようになった。

ここで言ってもどうせ無理。辛い思いをするだけって。

私の方に合わせてもらえるようなことでも、声にも出さないで諦めてたね。

それで、張り裂けるような辛さは味わうことはなくなったけど、少しずつからっぽになっていく感じがしたね。

諦めるたびにむなしくなった。



どっちも辛かったよね。

まだうまく繋がれないことが多いけど、聞くからね。

また話してね。

私はまだまだ思考が強いけど、ころんちゃんの味方だよ。
posted by 蝉ころん at 21:48| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月29日

自分のために

昨日の昼ご飯にカツ丼を作った。

人生初のカツ丼つくり。

前日の買い物のとき、ころんちゃんに夕ご飯の希望を聞いてみたらカツ丼がでてきて、それはちょっと手間がかかるなって考えて、次の日の昼にって約束したから。

ちゃんと一人分、カツ用のお肉を買って。パン粉も買って。

いざ当日は面倒くさいが強くなってて、子供が帰ってくる間際まで動けなかったんだけど、他の用事を放り出して「カツ丼つくる!」ってやった。

ころんちゃんだけのために、ここ数年やってないトンカツを揚げて。

サクサクでおいしそうに揚がったトンカツ。

もうこれで食べちゃってもおいしそう!

でも卵でとじてカツ丼にして。



わくわくしてた。

手際もすごくいいの。いつものだらだら料理はどこへ?

出来はよくはなかったけど、楽しかった。

自分のためだけにやるってことが、なんとなくわかった感じ。

変な話だけど、臨場感があった。

自分がやってるって感じが強かった。

いつもはやっぱり動かされてる感じだったんだなって思った。



あと、私のためだけを思って誰かが動いてくれている喜び。

自分でしてるんだけど、だからこそ本当に純粋に自分のためだけってのがわかって、すごく嬉しかったんだ。

自分のために、面倒くさいを打ち破って動いてくれたんだよ。

ちょっと失敗したって、嬉しかったんだよ。

それで、やっぱりこっちが先ってことも実感できた。

この感じが欲しかったんだ。

こういうのなんだよ。



大事だから、きちんと話を聞いてあげたい。

希望を叶えてあげたい。

できないことはあるけど、できることなら手間をかけても叶えてあげたい。

そういう気持ちが嬉しい。

自分のことでも、それをやっていっていいんだなって思った。
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2010年04月27日

嘘つき

今日は上の子と問題発生。

毎日毎日手を変え品を変え・・・気が休まらない〜。



で、昨日約束したことを、しない。

とにかく怒りをぶつけちゃダメだーと思って、自分の気持ちを伝える。

したくなくなってできないならちゃんと伝えて欲しいこと。

守ってもらえなくて悲しいこと。

謝って欲しいこと。

上の子はちゃんと謝った。

今にも泣きそうなのを堪えて頑張って謝った。

もういいよ、って伝えた。コレはコレで終わり。って。



でも。

気持ちが収まらない!

そのあとものんびり鼻歌うたったりしてる上の子に煮えたぎる怒りを感じる。

許せてない。

私は全然許せてない。

ずるい!

私はあんなに待ったのに。やるって言ったくせに。やりもしないくせに、なんで平気で楽しそうにできるの?

おかしい!ひどい!

私の気持ちなんて全然わかってくれない!

って、ああ。

子供に対する気持ちじゃない。

しかも上の子が楽しそうにしてるのは、逃避行動だってのもわかってる。

上の子は私がピリピリしてるのも感じてるし、自分がやるって言ったこともわかってるから、プレッシャーなんだよ。

そんなのも全部わかってる。

だから余計、私も苦しい。



でも私の気持ちは、許せてない。

嘘つきって思ってる。

言ったくせに。やるって言ったくせに。嘘つき!

あんたなんか嫌い!




そうだよ。嫌いまで行っちゃう。

子供とおんなじ。

許せなかったら、嫌いまで行っちゃう。

気持ちはそのままでいい。

でも子供には向けちゃいけない。



難しいよ。

どうしたらいいの?

子供に向かえないよ!

ぶつけちゃうよ!

ぶつけたくないのに!





見るんだ。

できることは、自分の中。

見るんだ。

手がかりから伝っていくんだ。

やるっていったことをやらなくて、嘘つきって責められたことがあるね。

すっかり忘れてて、わざとしなかったわけじゃなくても、嘘をついたわけじゃなくても、事情があってできなくても、全部、嘘つきって言われたね。

私が言われてたね。

私はいろんなレッテルを貼られてた。

そのうちの1つ。

私は嘘をついたんじゃない。

私は嘘つきじゃない。

約束しても、できないこともある。

できなくてもいい。

有言実行って、かっこいいことだね。

でも、それがかっこいいことだってことは、普通はできないってことなんだよ。

できないことがあってもいい。

ちゃんと状況を把握したり、事情を聞いたりできる大人がいなかったから、誰にもわかってもらえなくて、辛かったね。

嘘つきってみんなに言われて責められて、すごく傷ついたね。

とっても悲しかったね。

それで、やるって言わなくなったよね。

約束が怖くなったね。

今でも忘れてると血の気が引くもんね。

どんな小さなことでも、一瞬体温が下がる気がして、すごく疲れるね。

怖いんだよね。

責められるのが怖いんだ。

がんばってもがんばっても、1つ失敗すると全部水の泡。

それでも認めて欲しくて、また1からがんばって。また崩れて。

どんなに口をつぐんでも、約束は向こうから降ってくる。

押し付けられる理不尽な約束ごと。

守れない自分。

怖かった。

毎日毎日。怖かった。朝が来なければいいと思った。

いつでも、その時その時が早く過ぎ去ればいいと思ってた。

過ぎ去っても過ぎ去っても、毎日が追ってくる。

果たせていない約束の山を背負って追ってくる。

そんな恐怖をずっと感じていたんだった。

見ないようにしているうちに、感じなくなっていたけど、今でもその感覚は持ったままだった。

下ろしていいよね。

今いる世界はそんな世界じゃないよね。

うん。

でもまだちょっと難しいかな。

下ろすのも怖いね。

下ろせると思ったときにね。

うん。

できるときでいい。

それでいいよ。
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2010年04月26日

今を生きたい

ここを読んでくれている人は、過去ばっかり見ているように見えるでしょうか。

今日、ころんちゃんの希望を聞いてみて感じたのは、逆でした。

私はいつも、未来を見ていた。

いつか訪れるはずの未来、抜け出した先の未来、そこを夢見て、本当にただ夢見て、そこで生きている自分を空想して、未来の自分を生きていた。

体は今ここにあるのに、今の自分のために生きず、未来になるであろう自分を見つめて生きていた。

辛い今を見ないために。辛い今を乗り切る希望のために。

未来の自分に恥ずかしくないように。未来の自分がしまったと思わないように。

したいことを全部後回しにして、したくないことばかりやっていた。

希望のない現在より、明るいはずの未来をより明るくするつもりで。

辛い時期は抜け出したはずだった。

でも、未来を見て生きるやりかたは変わらないまま、今を生きないままだった。




今日やっと、今を楽しむことがわかった気がする。

無難じゃなく、打算じゃなく、惰性じゃなく、誰かのためでもなく、ただ自分が今欲してること。

後に何が来るか、そんなことを考えずに過ごしたのは初めてかもしれない。

今の自分のまま。

ただそれだけのことが、やっとほんの少し実感できた。

そう簡単にクセは抜けないのも知ってるけど、今に意識を向けていきたい。

それが軸になるんじゃないのかな。
posted by 蝉ころん at 22:31| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

聞いてみる

今日は久しぶりにちゃんと外出した。

朝から家を出て用事を済ませて、フリーの時間。

さて、何をしようかな?

のんびりウィンドウショッピングかな、映画見ようかな、本屋に行くのもいいな。

ふと、ころんちゃんに聞いてみた。

「何がしたい?」
「どこに行きたい?」

・・・・

「ぜんざい」

は?

えっ。

ぜんざいなんだ?

びっくりしたけど、よし、ぜんざい、行こう。って、行ってきました。

イメージ的に、観光地のお茶屋さんなかんじだったから、観光地まで足を伸ばして。

普通の観光地の、ぜんざい。おいしかった。気持ちが喜んでた。

観光地でこういうのって、食べれなかったしね。食べたかったんだね。嬉しかったね。

おいしいねって食べた。




それから、まだ時間があったから、ぶらぶら歩きながら、また聞いてみる。

「次はどこいこうか。何したい?」

・・・・

「ここ歩きたい」

はっ?

まじですか。

歩いていた道の横の、花壇の縁石の上を歩きたいんだって・・・・。高さ1mほどあるんですけど。

えっと、酔っぱらいですか?私。

えーーーっと。

わかった。

やっちゃえ!

さすがに恥ずかしいから、人の少ない時を狙って。思い切って。

ああ、なんか楽しいこれ。

わーい。



そんなかんじで、帰ってきました。

なんかスッキリした。

それから、ビックリした。

全然予想もしてなかった望みがでてきたこと。

カフェでミルク飲みたいって言われたりとか。普段そんなの飲まないのに。外でも家でも。

私がそんなこと望んでるはずがないって、最初からありえないことにしてることがたくさんある。

狭い狭い自分で決めた枠の中でだけ選んでる。

自分で決めてるつもりの、したいことと、本当のしたいことが、ちゃんと繋がってないんだ。

繋がっていくといいな。



それから、ころんちゃんが気持ちを出してきたときの私が、下の子の自由奔放発言に対したときと同じだった。

予想外の言葉に対して、びっくり、困惑、ちょっと考えて、腹を決めて、やってみたら案外いい感じで、これでよかったんだなって思うとこまで。

下の子に鍛えられたおかげで、ころんちゃんにも対応できたのかな。

いろいろ影響し合って、進んでる。

こんなかんじで、ちゃんと聞いてみて、決めていこう。
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2010年04月24日

会いたいよ

今、飲み会のお誘いメールに返事をしていて、普通に「いきます」って書いたんだけど、送信したあとで、なんか物足りなかった。

なんだろ?って思ったけど、まあいいや、会いたいんだもーんって。

それだ。

会いたいんだよ。

話したいんだよ。

聞いて欲しいんだよ。

そんでハグしたいんだよ。

それそれ。

行くんじゃなくて、行きたいんだよ。



そだ。

ずっとOKもらうの待ってた。

会いたくても迷惑だから会いにいっちゃいけない。

話したくても迷惑だから話しちゃいけない。

聞いて欲しくても相手が話してるんだから聞いてなくちゃいけない。

行きたくても相手が無理かもしれないから諦める。

ハグなんて、気持ち悪がられるから絶対ダメ。

そんなの。

たくさん、たくさん。

私がどうしたいか、より、相手がどうされたくないか。

自分の気持ちより、全部相手の都合が優先。

先回りして先回りして、最初から諦めてた。

私の気持ちなんて、相手の人から見たらちっぽけなものだから。

ちっぽけな私だから。もっと大切な人がたくさんいるから。

そうやって遠ざかって。順番待ちして。

誰も私をふりむかない。

どんどん自分が消えてくみたいだった。



会いたかった。

話したかった。

遊びたかった。

笑い合いたかった。

訴えたかった。

いろいろ。

たくさんたくさん。

私のしたいこと。

人と関わりたい。

自分を認識してもらいたい。

大好きって言いたい。笑って受け止めてもらいたい。

笑って欲しいよ。

甘えたいよ。

もう頑張りたくないよ。

頑張りたくないのを許して欲しいよ。

会いたいよ。
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2010年04月23日

嫌いな年頃

最近すごくすごく家事が嫌。

特に料理。

手抜きの手抜きの手抜きなのに。

ご飯とおかず1種類とかだよ?

でもイヤ。

すごくイヤ。

それでもなんとか気持ちを向けて、やっと動き出すと、下の子が寄ってくる。

「私もお手伝いする!」

普通は嬉しいところのはずなんだよ。

ほほえましい1シーンのはずなんだよ。

素直に受け入れられない。

まだお片づけすんでないでしょー。とかいって、逃げる。




いらいらーーーー

むかむかーーーー

嫉妬だな。

素直に無邪気に寄ってくる。

私が、必死で、頑張って、やっと気持ちを向けて。

よしって思ったところに。

やっと歯車が回りだしたところに。

横からぴょいって入ってきて。

横取り。

しかも、私がサポート。

ずるい。

横取り。

悔しい。

なんで横取りされなきゃいけないの。

私ががんばって始めたのに。

やんなきゃいけないからって、がんばってやり始めたのに。

さっきまで部屋を散らかしまくって遊んでた子がなんで横からかっさらっていくの?

なんでそれがまかり通るの?

私ががんばったんじゃん!

あの子なんかなにもしてないじゃん!

なんであの子が独り占めすんの?

そんで後始末まで私がしなきゃなんないの?

もうやだ。

こんなのやだ。

こんなのばっかり。

ひどいよ。ひどいよ。

私が喜ばれたいのに。

私が褒められたいのに。

全部あの子が独り占めするんだ。

何をやっても横取りされてばっかり!

こんな役ばっかりもうイヤだよ!!!

もうイヤだよ!!!







途中から、ターゲット変わった。

下の子じゃなくなって、誰かクラスメイト。

そか。

そうだ。

私子供嫌いだった。

ちょうど下の子くらいの子が嫌いだったんだ。

自由で、好き放題。

横入り、横取り、イヤな言葉、なんでもあり。

いじめではなく、悪意なくただしたいことをしてるだけの自由な子供。

大人は、そんな子供が大好き。

元気でのびのびしてていいねって、目を細める。

でも私はその影で傷つきまくってた。

誰にも気付かれずにずたずたになってた。

誰もあの子に注意しない。横入りしたよって。この子が先だよって。

私が言っても誰にも聞いてもらえない。

下手をすれば、私が横取りしようとしてるみたいに取られる。

誰も私を信用しない。

みんなあの子の味方。

あんな子だいっきらい。

大っ嫌い!

そんなこと言うと、ひねくれてるって言われるんだ。

知るもんか。

私はあの子も、あの子の味方ばっかりしてる奴らも、みーーんな大っ嫌いなんだから!

だからつまり、みんな嫌いなんだから!




そうだね。

嫌いなんだね。

イヤなんだね。

取り上げられるのイヤなんだね。

それが誰にもわかってもらえないのもすごくイヤなんだよね。

それがイヤで、なにもやりたくなくなった?

そうだ。

途中まで描いてた絵。

先生にちょっと修正入れられただけで、やる気なくなったのも、横取りされた気持ちだったんだ。

そういうのにすごく敏感になった。

なんでも1人でやらないと気が済まなくなったね。

手伝ってもらうなんて、絶対無理だった。

どうぞ横取りしてくださいっていうようなものだった。

もうそれは私がしたんじゃないから。




下の子の無邪気さは、私にとっては攻撃と同じに感じてしまうんだね。

数少ない、成果を感じるチャンスを、そんなに簡単に奪わないで欲しいんだ。

そうだね。イヤだよね。

下の子、嫌いかな?

あの子は嫌いだけど、下の子はどうかな?

下の子は、あの子じゃないよね。

仲間だよね。

全部あげなくていいからさ。

うまく分け合って、できないかな?

今なら、きっとできるよ。

仲良くできるよ。

大丈夫。一緒にやってみようよ。

一緒だよ。
posted by 蝉ころん at 20:54| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いらいらーー

下の子がーーーー

いらいらするーーーーー

いらいらするーーーーー

なんなの?

なんでなの?

なんでそこまで癇に障るの?

あーーーーー

いらいらーーーー

もーーーーー

いらいらーーーー




だからね。

自由奔放なの。

下の子。

やりたい放題。

だからって別に悪いことしてないわけ。

そのままなだけ。

イヤなことをイヤと言い、やりたいことをやりたいと言ってるだけ。

それがすごく癇に障るだけ。

つまり私の問題。

わかってんだ。

理屈では。

感情はね。納得しない。納得できない。

好きなようにしやがってーーーー
勝手ばっかり言いやがってーーーー
こっちばっかり我慢させやがってーーーー
いい加減にしろーーーー
がーーーーー
ってなる。

でもなんで今なの。

今までだったらいいよって言えたようなことなのに。

小学校に入っただけで今までと何がそんなに違うの。

小学校に入っただけでそんなに違うの?

そこなの?

小学生だからなの?

私が、小学生になったら何か変わったの?

小学生になってたくさん押し付けられ始めたの?

小学生になったからって無理しだしたの?

自分で頑張ってたの?

頑張らなきゃいけなくなったの?





わからない。

反応しない。

反応しないけど、遠くなった。

現実が遠くなった感じ。自分から離脱しようとしてるかんじ。

きっとこのへん、何かある。

山ほど埋まってる。

たぶん。



詰め寄っちゃダメなんだな。

自然に出てくるまで。

やっぱり待つんだな。

その間、下の子とのやりとりに耐えるのか。

出てくるしかなくなるまで子供に追いつめられろってことかーーー?

それもキツいんだけどーーーー。




とにかく粘ってみよう。

うん。
posted by 蝉ころん at 17:59| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

さみしい記憶

まだ、自分のことについて深く探り始める以前、まったく自分の問題について意識していなかった頃、ときどき、子供の頃の記憶の残る場所に行ってみたくなったことがあった。

学校や、通学路、お気に入りだった場所。

年数を経て戻ってみたら、さみしさだけを感じた。

学校も、通学路も、もう私の場所じゃないんだな。
お気に入りの場所も、こんなにさみしいところだったっけ。

大人になって、上からの視点で見るとこんなものなんだな。

そんな風に思ったことを覚えている。



その時の感覚を思い出してみて、そうじゃないな、って思った。

もともと、さみしい場所だったんだ。

記憶は、辛いことは奥深くへとしまわれていく。

学校も、通学路も、もともと私の場所だなんて感じてなかった。
辛い経験だけの場所。

お気に入りの場所は、誰も来ない秘密の場所。
痕跡さえ残さず、ただひっそりと隠れる場所。
そこにいながら、どこからもいなくなれる場所。

私が、私のままでいることを誰にも察知されないですむ、そんなところ。

よく、夏休みになると預かられていた母の実家は、自然がいっぱいの場所だった。
川で遊ぶのが大好きだった。
だから夏休みが楽しみだった。
でも私はそこでも人間社会には入れてもらえなかったね。
兄は従兄弟たちと毎日遊び回っていたけど私はひとりぼっち。
行動範囲も、ものすごく制限されていた。

心のふるさとのつもりでいたけど、やっぱり居場所はなかった。

どこにいっても、さみしさが埋まってる。

ひとりぼっちで、周りに誰もいないイメージ。誰かがいても、透けてるイメージ。声を出しても、叫んでも誰にも届かない。
さみしいんだよ。さみしかったんだよ。

私をいないものとして扱わないで。

私は見えるよね。透けてないよね。

私はいてるよね。存在してるよね。

怖いよ。

怖いよ。

怖いよ。

怖かったよ。

怖かったよ。

怖かった。





うん。

怖かったね。

大丈夫。一緒にいるよ。ほら。

抱きしめるよ。ほら。抱きしめられるよ。あなたはちゃんと、ここにいる。

聞こえるよ。聞いてるよ。

もっと話して。聞いてるよ。

泣きたいんだね。泣いていいんだよ。声だして泣いていいんだよ。
posted by 蝉ころん at 10:47| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月22日

だまされるな自分

「心配してる」って。

本当はグラついたんだ。

心配してくれてるって。

愛してくれてるから心配してるんじゃんって。

何がうざいの?

なんでうざいの?




心配してればいいじゃん。

心配しとけよ。

答を出すのは私。

苦しんでるのは私。

黙って見てろ。

先走って答を渡してくんな。

人の問題を横取りすんな。

口出ししてくんな。

いっつもいっつも人の問題に介入してきやがって。

手柄まで横取りしやがって。

うっせーんだよ!!

うぜーんだよ!

そんなやつに見せられっかよ!

疎外感でも味わっとけ!

人のことさんざん疎外してたくせに!

嬉々として入ってくんな!




だまされない。

こうやっていつもいつも、私の隙をつこうとするんだ。

心配という名の槍でぐさぐさと入り込んできたんだ。

ずっとその攻撃にさらされていた兄貴がどうなった?

だから、ずっと心配かけるようなことができなかったんだ。

だから、反抗期もできなかったんだ。

わかってたんだ。




私を中には入れてくれないくせに、私の中には入ってくるんだ。

私の愛情だけ奪っていくんだ。

許せない。

許せない。

もうあんたにあげすぎて、残ってないんだよ!!

私にも、子供にも、愛情が必要なんだよ!

なんでこの期に及んでまであんたに分けてやらなきゃいけないんだよ!

絶対にやらねえーーー!
posted by 蝉ころん at 11:22| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「お母さん」って

私は母に「お母さん」を求めていた。

私の「お母さん」のイメージは、あるがままの私を受け入れてくれるもの。
光のシャワーのように、受け止めきれないくらいの愛情で満たしてくれるもの。
安心して全てをさらけ出せるもの。
私になにも押し付けてこないもの。

それを、私は母に感じられない。

「お母さん」という人は、お母さんしかいないのに。

私はお母さんに「お母さん」を感じられない。

お母さんに「お母さん」をしてほしかった。

でもお母さんはいっぱいいっぱいだったから。

お母さんは「大好きな人」「仲良しな人」。

お母さんに「お母さん」を求めても、お母さんにはできなかった。

それで、私の「お母さん」を無意識に探し続けてた。



人じゃないものに安心感を感じたりもする。

椅子だったり。
部屋だったり。
ものだったり。
自然だったり。

でもやっぱり、何も返ってこないんだ。
ただ私のままでいることに反論してこないだけ。
私のアクションに対して、なにも返ってこない。

それであきらめきれずに人を捜し続けてたんだ。

やっぱり私しかいない。

私に応えられるのは私しかいない。

違う。

私だけが、できる。

私だけが、私に、ころんちゃんに応えられる。

ころんちゃんが、光のシャワーを感じられるようになるまでにどれだけかかるかわからないけど、私は応え続けよう。

わたしの「お母さん」はわたし。
posted by 蝉ころん at 10:56| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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