2007年07月14日

狭い世界

夫は昔から、私の話をあまり聞きませんでした。

話をして盛り上がることと言えば、同時に体験したことが話題に上がっている時か、同じような体験の話、共通の友人の話。あとは、夫だけが体験したことの話をただ肯定して聞いているだけのとき。

私だけが体験したことを話しても、視線があったことはないし、いつも何かをしながら気のない相づちが返ってくるだけでした。

そのうちに思うようになったのは、私の体験なんかつまらないことだから仕方ないな、という自己卑下。

そして私は夫に体験を話さなくなっていきました。

それでも夫はなにも変わらなかったので、やっぱり私の体験は夫には不要だったんだな、と思っていました。そしてますます話さなくなっていきました。



ちょっと前に思ったことは、この人は私に興味がなかったんだな、ということ。

私が何を体験していようが、楽しんできたんであろうが、つまらなかったんであろうが、そんなことが問題なんじゃなくて、夫にとって私自体がつまらないものだったんだな、と。

実際、夫が私に望んでいたのは、家政婦、娼婦、チャイルドシッター、妻、という役割だけ。そこに「私」という個性はいらなかったといっていいです。

だから私がその役割を満足に果たせなくなったら、あきらかに行動がおかしかったはずの私の心配よりなにより、家をまわす機能の回復だけにやっきになっていました。そこにあるはずの「家庭」という箱さえちゃんとしていれば私なんてどうでもよかったんでしょう。

最後に少しでも私の心の回復に援助しようとしていたのさえも、それが回復すれば家が回るからであって、私の心配などこれっぽっちもしていません。それが証拠に、私が心は回復し出しているけど実務能力まで回復するにはさらに時間がかかると言った次の週に離婚話です。この人は本当に私の心はどうでもよかったんだなと。



そして最近気付いたこと。夫は、自分が今まさに感じている世界以外にまったく興味がないということ。

それはなにも私に限ったことでなくて、今まさに一緒に遊んでいるはずの子供に対しても、子供が自分の世界に集中していて夫との接点がなくなれば一瞬で夫の世界から外されるんです。

今パソコンの情報に集中していれば、そのまわりで起きている全てのことが夫の世界から抹消されます。パソコンから目を離して意識を家族に向けた瞬間に、彼の世界に家族が登場するんです。

新聞に集中したい時にテレビの音がうるさければ、その時見ている周りの人たちはすでに夫の世界にはいませんから、考慮する瞬間もなくテレビを消せます。そこで誰かが夫に対して苦情を言えば、その声が聞こえた瞬間に発言者が夫の世界に登場するのです。

そんな世界に、彼は生きているように思います。



彼から子供たちに興味を示す時は、子供たちが楽しそうにしている時ではなく、自分が子供たちに笑顔を見せて欲しいとき、それだけ。しかもそれは、子供たちが自ら楽しんでいるとか私と楽しく遊んでいる場面ではなく、夫が楽しませた時の笑顔に限ります。あくまで自分の周りで自分が関わって起きている場面でなければいけないんです。

子供たちは、泣いていても無理矢理笑わせられて、泣き止ませられます。夫は泣かれているのがいやだから、なぜ泣いているのかよりもまず笑わせようとします。子供の気持ちは見ていません。

気持ちは見えないものだから。

笑っている顔が見れたら、それは楽しいからのはずだから。俺があやしたら笑った、俺があやしたら泣き止んだ、それでいい。

そして私のことは、見える範囲に入れる意味がないから見ません。私からは何も得るものがないからです。私を見る時は、家が回っていない問題を解決させるために視界に入れるに過ぎないんです。



表に見えているものしか見ない。自分に接触してくる人間しか世界として意味がない。意味のない世界は見ない。見たい世界がない時は、寝てしまえば、世界を抹殺できる。



こんなふうに書くと言い過ぎのような気もしますけど。この人は実はものすごく狭い世界に生きているんじゃないだろうか。そんなふうに感じるんです。

私はこんな世界に登場したくないです。
posted by 蝉ころん at 23:55| Comment(12) | 夫を読み解く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月26日

押し付けてくるもの

また間があいてしまいました。(^^;

以前、ネット上で日記を公開していた時は、更新ができないと変な罪悪感とともに焦りが出てきたものですが、ここではあまりそれがなく、安心して「更新できない状態」のままでいることができています。

これは実は私にとってはすごいことなんです。

その正体は、安心感です。日記を公開していたとき、日記コミュニティみたいなものがあって、そこについていくために、取り残されないために頑張っていました。脱落することをとても怖れていました。二つ前の記事に書いた、「仲間はずれ不安」のためだったようです。

今は、この不安が出てきません。ここも、「モラハラ被害者コミュニティ」のようなものに属しているという意識がなんとなくあるんですが、「置いていかれる」「ついていけない」なんて不安はいっさいありません。むしろ、ここにくれば、書き込めば、誰かが見ていてくれる。書けなくても、私のことを覚えてくれている、という安心感があるんです。

今までの私は、「仲間に入りたい」という欲求のために、でき上がっているコミュニティに加わりたいがために、そのコミュニティの話題を追いかける、という行動をとっていたような気がします。本来は、まずしたいことがあって、それからそのことに関するコミュニティに属していくはずなのが、私は目的と手段が反対だったんです。

でも、このブログでは、私が自分を振り返りたい、夫婦関係を見直したい、という気持ちがまずあって、それからいろんなかたと知り合いました。それがまず今までと違いました。それに、ここでは私は無理をしていません。ただ自分のペースで考えたことを綴っているだけで、それでもコメントをくださる方々がいて、私からのコメントも私が思っている以上に受け止めてくれます。べったりとくっついているわけじゃない、でもじんわりと見守り合っている、そんな安心感を感じます。

私はここで「仲間が欲しい」という欲求をかなり満たされているってことに気付きました。

なんていうか、知り合った縁はちょっとあまり嬉しくない状況が元ではあるし、「仲間」なんて勝手に感じてて悪いなあと思うんですけど、ありがたいなあ・・・って、ほんと、思いました。

改めて、みなさんありがとう。これからもよろしくお願いします。(^^

ってこれは前置きでさらっと書くつもりだったんですけど、思いがけず長くなっちゃいました〜。でも私の記事が長いのは今にはじまったことじゃないんで、気にせず本題いきます。(^^)/

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他の方のブログを拝見していてなんとなく考えたんですが、モラハラって、投影が元になっている場合が多いようだということ。では、夫が私に夫を写している、その時、夫は誰なのか?私が夫なら、夫は、同じ行為を受けた相手、つまり、夫の家族の誰かなんだろうと。

夫は、私に嫌がらせをしている自覚はないです。つまり、夫自身も、自分がされたことが「嫌がること」とは受け止めていないってこと。

むしろ、夫はそれを「愛情」として受け取っていたんじゃないか、と思ったんです。

だからこそ、私がいくら嫌がっても、むしろ、愛情とはこういうものだ、これを愛情と受けとれられないお前は未熟だ、とでも言わんばかりに押し付けてこれるんだと。

夫の中で、家族愛とは上から押し付けられるもので、受け入れるだけのものなんでしょう。

そして、夫が私に写しているのは、押し付けられた家族愛を受け入れることができなかった頃の夫。私が今の夫と同じ人間になれるように、夫に家族愛を押し付けた側の人間になって、私に成長(夫から見たら、です)することを求めているように思います。

そして、それを幸せだと思って欲しいんだろうと。幸せになれるんだよと訴えているように見えます。

それは、夫が幸せであることを証明するため、なんじゃないか。私が夫と違う価値観をもち、夫と違ったことに幸せを感じることは、夫にとっては夫の幸せを否定されること、夫の家族の家族愛を否定されること、につながっているのかもしれないなあ・・・なんて。

私が私であることが、相手が相手であることを否定しているなんて、そんな受け取られ方をしているとしたら。私をまるまる自分と同じに感じる人間しようとするのが愛だと思っている相手。

そんな人と暮らすのは嫌だなあ。と、思いました。
posted by 蝉ころん at 15:44| Comment(8) | 夫を読み解く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月21日

夫のセルフイメージ

夏臭さんや、他の方のブログを読んだり本を読んだりして、やっと納得できるようになったことを書きたいと思います。


夫と話し合いをしていて、言われること。

「お前は悲観的すぎる、俺も昔はそういうところはあったけど、今はそんなことはないぞ」
「きれいにしようと思わないのか?」
「なんで今の自分に安住して上を目指そうとしない」
「仕事を舐めてる。甘いことを言ってる」

こういうことを言われて、いつも疑問に思うのは、あんたにもそんな時期があったでしょう?ということ。そういう時期があったことを、私はこの目で見て知っているし、余計になんでそこまで自分はそうじゃないと思えるのかが不思議だった。

夫は、昔の自分に思いを馳せて、こういう時期もあるんだよな、なんて人を見ることができない。

夫には、現在の自分、未来のあるべき姿の自分しか見えていなくて、過去のちっぽけな自分、栄光から取り残されていた頃の自分は受け入れることができないように見える。そして、また一歩前進したら、今の自分さえ切り捨てるんだろう。

私は過去の夫を投影されているんだな、と思うようになった。

夫が攻撃しているのは、過去の夫。捨て去りたい、恥ずかしい自分。夫は、昔の自分を自分として認められていないんじゃないのか?と、思う。頑張った自分、成功した自分、楽しかった自分・・・そんな部分だけを大切にとっておいて、怠けていた自分、失敗した自分、悲しかった自分、そんなものを全部なかったことにして生きているんではないか、と思う。

自分の弱みを認められないから、人の弱みも認められない。そして、そんな、弱みを認められない自分さえ、私に投影して、こんなことを言う。

「お前はもっと、できないことはできないと認めて人に頼れ」

それ、あんたのことじゃないの・・・?

夫が何かに苦労しているとき、私が横からアドバイスをしたら睨みつけられたり、手伝おうか、と申し出てもはねのけられたり。自分ができないということを認められないのはあんたじゃないのか・・・。

こうやって、自分のいやな面、見たくない面を私に押し付けることで、夫は自分のセルフイメージを保っていたんだな。妻がどうしようもないから、それに影響されて俺までどうしようもなくなるんじゃないか、お前が悪いんだ、と。つまりは、私に勝手に投影しておいて、私の中に見える本当の自分の姿を見たくないと、そういうことなんだ。俺はそんな人間じゃないはずなのに、と。

なんとなく、私のことを言われていないような、私を見ずに私を論じているような、妙に論点がずれている感じがしたのは、夫のことだからだったんだな。

夫自身はどんどんセルフイメージを理想化している。私と言う投影対象がいなくなったら、理想的でない部分を夫はいったいどうして処理するんだろう。子供に向けるだろうか、母に向けるだろうか。それともあくまで私に向け続けるのだろうか。興味はあるけど、これは私が考えることではないかな。
posted by 蝉ころん at 09:35| Comment(4) | 夫を読み解く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月16日

モラチェック

夏草さんのブログで、昨日のスーパーモーニングでやっていたチェックリストを載せてくださったので、やってみました。

夫のことをストレートにチェックすると、ほぼノーチェックになります。でも探ってみると・・・




1、出された食事が気に入らない時、別の物を食べる。

気に入らないより、足りないと食べます。子供が食べ終わっていない横で、一人で新しいものを出してきて。子供が欲しがるとあげたりします。子供は私の食事より夫の出してくるものの方がよくなってしまうので後が大変。でもこれは嫌がらせではないですねたぶん。


2.妻の趣味、特技が理解できない。くだらないと思う。

始めたばかりの趣味だったり、もの集めの趣味なら、一緒にやります。自分が始めたかのように熱中して、すぐ飽きます。飽きると私を「まだそんなものやってるのか」呼ばわり。
最初から太刀打ちできないと思っている分野の趣味は、完全にスルーされます。「俺には理解できないから」だそうです。ばかにしているつもりはないと思います。


3.「どうして?」「こんなことも分からないの?」と言う。

雑学はどうやら私の方があるらしく、普段は私の知識に頼っていたりするのであまりこの言葉に出くわしたことはありません。たまに夫の方が知っていることがあると、鬼の首を取ったようにこのセリフを言われることがありました。

ただ最近は、「なんでこれくらいのことをしないんだ」「こんなことができないんだ」系のことを言うようになりました。


4.体調は、悪くても妻なんだから家事は、すべき

体調が悪いと、食事の用意はしてくれます。何回も指摘して、洗い物もしてくれるようになりました。ただし、熱があっても脂っこいもの。うどんといってもこってり具沢山。しかも、私から何も言わずに寝込んでいると、不機嫌に「何をして欲しいのか言わなきゃわからないだろ!」なんて言われる。

となりの部屋で寝ているのに、大音量でテレビをつけ、大音量で笑います。寝られないので本なんか読んでいると、「具合の悪いヤツが本なんか読むな、寝てろ!」と言うし、うるさくて寝られないんだなんて言おうものなら、当てつけに乱暴にテレビを消して、こんどは乱暴に食事の支度をしたり。安心して寝られる環境にはしてくれません。

どうも、一般的に「妻が体調が悪いときは夫がしなければならない」ことになっているからしているだけのようなんです。それくらい当てつけがましいです。それに大抵は「お前が病気なら俺も病気♪」が炸裂するので、いきなり寝込んでいないとやってもらえることはありません。


5.言い訳、反論されると「そうやって俺を非難するのか?」と言う。

非難されたと思っているかどうかが疑問です。「お前はまず言い訳だな」とか「なんでもかんでも俺の意見に反論するな」とかは言われます。

テレビを見ていて、夫が何か感想を言う。そして私が「そうかそういう考え方もあるね。私は〜〜だと思ったけど」と言ったら反論だそうです。これで私は自分の意見を言いにくくなりました。


6.家の中がきちんと片付いていないと不完全なところを探し「一体毎日何をしているのか」と皮肉、嫌味を言う。

皮肉、嫌みの類はあまりいいません。

「今週は何回掃除機をかけた?」とか、あくまで具体的に不備を指摘されます。夫は事実を聞いているだけで、私が勝手に負い目を感じるわけです。「何回は掃除機をかけろ」なんてことは言いません。目標設定はあくまで私のすることで、達成できたかどうかを夫がチェックする。達成できないでそれでいいと思っているのか?と、あくまでこちらの問題として責めてきます。

なんか書いていてムカムカしてきました・・・。


7.妻の前でため息や舌打ちをする。

しないです。でもしてる気配はあります。そういうときはぱっと私が視線を投げると妙な笑顔になったりするのできっとしているんでしょう。


8.妻が楽しそうにしていると不愉快になる。

基本的に私の機嫌には無関心です。

ただ、夫がプロデュースした企画では楽しくしてないと不機嫌、でも夫より楽しそうだとアウトです。私が企画したものだと、どっちにしても不機嫌。私が楽しめないようにしてるのか?というくらいの不機嫌で、でも「言わないようにしてやっている」という態度です。

ああこれ、被害妄想だと思われないか不安です。本当に当てつけがましいんですよ〜!


9.妻に長時間、説教することがある。

あります。でも本人は会話しているつもりだから、説教とは思ってないでしょう。こんなにコミュニケーションに時間を割いているいい夫とでも思っているんじゃないかな。


10.「誰のお陰で生活できるんだ」と言う。

それを言ったらいけないという知識はあるので、口が裂けても言いません。

でも態度はどうみてもそうなんですが・・・。夫の金の使い道は私にはほとんどわからないのに、こちらの使い道は知っていないと気がすまないところとか。たぶん自覚してないんでしょう。

夫の姉は平気で口にしているし、素養はあるかと思います。




こうして、私視点で見るとオールチェックに近くなります。そういう目で見てるからそう見える?

・・・やっぱり隠れモラなんでしょうかねえ。
posted by 蝉ころん at 14:17| Comment(4) | 夫を読み解く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月06日

甘え

夫は、付き合いだした頃からおかしなところがありました。

私たちが付き合いだしたきっかけのサークルがあって、ときどきそのサークル仲間での集まりがあったんですが、そこに二人で参加すると、彼は必ず私を軽く扱うのです。彼が他の人と話している会話に入っていくと、いつのまにか彼が抜けてどこかにいっている。必ず私から離れた席に座る、私に対して嫌がらせまがいのことをする・・・と、いろいろな形がありました。

そのころは、みんなに仲のいいところを見せるのが恥ずかしいんだな、と考えて自分を納得させていました。


でも後に少し、変だな、と思うことがありました。

他のイベントなどで、初めて参加するグループに入っていくとき、必ず私をそばに連れていて、何かあると話しかけてくるのです。サークルや、知人、友人たちといるときとはまるで正反対の行動です。

今でもそれは変わりません。こんなに夫婦仲が冷めていて、私は夫に対して恐怖さえ感じていると言うのに、夫が馴染んでいない状況、知らない場所に行くと、彼はとたんに私に話しかけてきます。

と言っても、なんでも話しかけてくるわけでなく、ずっと無視に近い状態が続いている中で、話したい出来事(大人にしかわからない面白いこと、子供には言えないような恥ずかしかったこと)が起こると、突然に、普通の仲の良い関係だった時のように話しかけてくるのです。そして会話が終わって満足するとまた、何もなかったように無視状態に戻ります。

子供なら、肉親相手にならこういうこともあるでしょう。普段は「自分でやりたい」からお母さんは邪魔。でもわからないことがあると頼りにきて、用事が済んだら「もうお母さんはいいの」って。でも他人、先生相手なんかにはよほど打ち解けない限りそこまでしないのが普通だと思います。子供でも。

夫にとって、私はやっぱり母親としてのイメージが強いのでしょうか。

友達にお母さんといるところを見られるのは恥ずかしい、というような。初めてのオツカイはお母さんにそばにいてアドバイスして欲しい、というような。

話しかけられれば無視をするわけにもいかず相手はしますが、思春期の拗ねた息子みたいな態度をされても、私は夫を育てたわけじゃないし、ほとほと困ります。
posted by 蝉ころん at 13:43| Comment(2) | 夫を読み解く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月01日

気持ちは見えますか?

結局昨夜は3時ごろまで起きていて、朝は6時に目が覚めました。明日からの週末が恐いです。こんなにも巻き込まれてしまう自分が悔しい。少しでも書いて、自分を落ち着けようと思います。

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私がずっと夫に対して希望していたことは、「私の気持ちをわかって欲しい」さらには、「私の気持ちをわかろうとして欲しい」ということでした。

夫は、何事も自分の気持ちだけしか見えていないように思えました。ただ、一般に、これをしたら別れる原因になる、と言われているようなことはしませんが、それは私の気持ちを考えてのことではなく、自分に非があって離婚になってしまう状況を避けたいだけです。

今回はすこし性的なことを書きます。

夫は、セックスの強要をする人ではありません。ただ、私が断ることで不機嫌にはなるので、罪悪感を持たせることで「応えなければいけない」状況には追い込まれました。

行為も、私にとって気持ちのいいものではなく、ただ夫の知識上、「女はこうすれば喜ぶ」ということになっていることを一通りして、私にも奉仕させて、最後はどっかり私の上に乗っかっておしまい、呼吸が整うまで私は押しつぶされたままというものでした。

それでも私が満足していないことには不満があるようでした。これが原因で不機嫌になることがわかってくると、あとの面倒臭さに負けて、だんだん、満足している振りをするようになりました。私にとって苦役でしかない性生活でした。


それから、夜寝る時のこと。

夫は、私の胸を触りながら寝るのが好きでした。私がいくら気持ち悪くて寝付けないからやめてと言っても、同じ布団で寝ている間中、やめてくれませんでした。夫が寝付くのを待って、手をどけようとしても、すぐ気付いて戻されます。夫自身が寝苦しくなって手を放すのを待って、それでやっと私は眠ることができました。

これも、強硬に拒むと機嫌を損ねるので、しぶしぶ付き合わされていた習慣でした。

一度は、こうでもしないとわからない、と、夫の局部を触り、「こんなことされながら寝られる?あなたがやっているのはこういうことだよ」と訴えてみましたが、「それは話が違う。お前はこんなところを触りながら寝たいか?」と、まるでわかっていない返答が返ってきました。

もう今は別々の部屋で寝ているので、こういった苦役からは解放されましたが、この、私の気持ちを無視した行動は、他の面にも現れています。

テレビにしてもそう。私が見ている番組は勝手に変えて平気だし、それを指摘すると乱暴にチャンネルを戻してふて寝する。どうしてもこれは見たいから、と先回りして言っておいても、リモコンを放さずザッピングし続けたあげく、その番組が終わった頃になって「なんにも面白い番組なかったな〜」なんてことを平気で言う。

出かけるにしても。私が体調が悪くてもハイキングに行くし、食欲がなくてもこってりステーキハウスに連れて行くし、子供と離れて一人の時間が欲しいと訴えているのに、気晴らしに家族旅行に行こう、となります。それなら行きたくないと言っても、行ったら楽しいから、とにかく行こうと連れて行かれます。当然満足できない私に、夫は、せっかく来たのに楽しもうという気がない、お前は楽しませてやろうという人の気持ちがわからないのか、連れて行くんじゃなかった、と、不機嫌の始まりです。

夫が行こうと言ったら、もう私には選択の余地はなく、行かなければいけないのです。そして、楽しまなくてはいけない。そして、連れてきてくれてありがとうと思わなくてはいけないのです。楽しめないかと思っていたけどやっぱり楽しい、無理矢理にでも連れてきてくれてありがとう、やっぱりあなたは正しかった。そんなふうに私が思うというのが夫の筋書きで、それにそわない私が変なのです。私は気持ちまでコントロールされなければいけないのでしょうか?

こんなことは、近所で愚痴っても、「連れて行ってくれたんだからいいじゃん」「そりゃ、せっかく連れて行って楽しくしてくれなきゃ嫌だよね」なんてセリフが返ってきます。愚痴さえ言えません。

義実家との付き合いにしてもそう。私が、義母の話し相手になっている間、子供の相手もせずに平気で寝ている。義母からしつこく遊びにきなさいコールが来て辟易していても、自分からは行こうとせず、私がなぜか間に立たされる。夫抜きで来いと言われて仕方なくお邪魔しても、私が好きで勝手に行っていると思っている。

そして、例え話を試みます。義家族との付き合いを、会社の上司や先輩に例えて話をしても、「家族は会社じゃない。そんなのは例えにならない」と言われる。私の父母のことを引き合いに出して、「あなただって私の父母と私抜きで会うのは嫌でしょう」といっても、「そんな状況にはならないから考える意味がない」などと、はなから聞いてもらえません。わかるように、わかるようにと考えてもどうあがいても理解してもらえない。

そこまできて、やっと、私の気持ちを理解しようという気持ちがまるでない、ということに、結婚後7年目くらいでやっと気付きました。この時点で既に遅すぎです。私も、そういう傾向に気付くことから逃げていたんだと思います。


夫にとっては、世間一般で「やっちゃいけないこと」さえしなければいいのです。「やったらいいこと」だけしていればいいのです。そこには私の希望の入る余地はほとんどありません。ときどきは希望を聞いてくれることがあっても、それは、「ときどきは希望を聞いた方がいい」からであって、私の希望を聞いてあげたい気持ちからでは決してない。

なまじ、「やっちゃいけないこと」はしない、「やったらいいこと」はする人だから、表面だけ見ている人にとってはいい人にしか見えません。そこがまた、周囲に理解してもらえず辛いところです。夫の立場で見れば、周囲はみんな理解してくれるわけです。「ほらみろ、おかしいのはお前だ」ということになります。


私は、夫に心から愛されたかったし、心から愛したかった。そういう関係になりたかった。はじめはぎくしゃくしていても、お互いに相手をしっかり見ていれば、年数が経てばそういう関係になれると思っていました。世間から見たらおかしい夫婦でも、私たちは私たちなりに居心地のいい夫婦を目指すんだ。そんな風に思っていました。でも、夫は私自身よりも、周囲の反応で私との関わり方を決めていました。私は夫を理解したかったけど、夫は私を理解するなんて考えはひとかけらも持っていなかったのでした。

夫にとって、私の感情というのは、夫とは違い過ぎて理解ができそうだという希望さえ持てないものなのかもしれませんが・・・。
posted by 蝉ころん at 13:43| Comment(2) | 夫を読み解く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月03日

夫の母

昨日は、なんだかすごく不安定でした。

そろそろ月のものがくる頃だから、なんでしょうか。昔はあんまりこういうものの影響がなかったと思うんですけど、最近ほんとにメンタル面が弱くなってます。

それでも、日記(ここではなくて、プライベートでつけています)を書いたことで、少し自信を取り戻して落ち着くことができました。やっぱり書くことってすごいです。


さて、今日は夫の母のことを書きます。

あまり色々ほじくり返しても、なんだか責任転嫁しているみたいでいやだなあ、と思って書かないようにしていたんですが。

やっぱり、書いておいて、記憶にとどめておかないと、また流されることがありそうなので、書いておこうと思います。

私は夫の母が苦手です。最初は仲良くなりたいと思っていたんですが、付き合うにつれて、だんだん距離を置くようになりました。

義母は、何かを私に決めて欲しい時、「○がいい?それとも△にする?」というふうに、二者択一で聞くことが多いです。

そこで私が、「○にしましょうか」と答えると、私が選んだ方を褒めちぎり、反対に選ばなかった方をこき下ろします。

「そりゃそうよね!○がいいに決まってるわ!△なんて絶対変だわ!こんなの選んだらおかしいわ!」

という具合に。

最初は、私の選択に賛同を示してくれてるんだ、ちょっとオーバーで苦手だけど、お義母さんが思っていたのと合っててよかったな。と、好意的に受け止めていました。

でも、毎回毎回この受け答えをしていて、だんだん不思議になってきました。とにかくいつでも私に賛同、反対意見はこき下ろし、です。私が△を選んだらなんて言ってたんだろう・・・?と。

実際、私がどっちにしようか決めかねていても、必ずどちらかを選ばせて、そしてもう一方を無茶苦茶にいうのです。さっきまでそちらにしようか悩んでいたのを見ているのに、です。なんか気持ち悪いものを感じてました。

まあこのくらいならなんてことなかったんです。私だけのことだし。


子供が大きくなってきて、お行儀が問題になるような年頃になってくると、この感覚はしつけにも現れてきました。

子供が、何かいいことをします。すると、とてもオーバーに褒めたたえてくれます。それはいいと思うんです。ただ、その時に必ず、これができない子はどうしようもない、いけない子だ、というようなことを付け加えるのです。他に子供がいると、その子のことをこき下ろす役に使ったりします。

例えば、外食をしていて、うちの子がぱくぱくなんでも食べる。すると「すっごーいね、もう食べたの、ひょっとしてお父さんに食べてもらったんじゃないの?えっ違うの、自分で食べたの?ほんと?ほんとに?ま〜〜〜なんて賢いのこの子は!」のような感じで褒めたあと、「あそこのテーブルの子はあんなに残して、本当にどうしようもない子ね、お行儀も悪いし。あなたはそんなことないよね、これだけちゃ〜んと食べて、ほんと、あんな子じゃなくてよかったわ!おばあちゃんは嬉しいわ〜!」と来るのです。

これって、褒めてるつもりかもしれませんけど、なんだか変な意識を埋め込みそうで、嫌だったんです。褒めるなら、褒めるだけでいいのに。なぜわざわざ比較対象を見つけて、こき下ろす必要があるんでしょう?

子供の幼稚園の入園式の日にもありました。

「うわ〜おつかれさま!あなたえらかったね〜シャキッと前向いて、かっこよかったわ〜!隣の子なんか、ず〜〜っとママ〜ママ〜って泣いてばっかりで、かっこわるかったね〜!あんなに泣いてるの、恥ずかしいね〜、あなたはきちんと前向いて先生の話も聞いててさすがおばあちゃんの孫だわ!」
みたいなかんじです。義母がくさしている相手、これからクラスメイトになる子です。今から友達になろうという子のことを、なんでそんなふうに言うの?そして、夫、横で聞いててなんで指摘しないの?

私も指摘してないから一緒ですけどね。一応後で子供にフォローはしときましたけど・・・。

そしてそれから、ことあるごとに、褒め&こき下ろしトークは続きました。

運動会や発表会。仲良く一緒に遊んでいるクラスメイトのことを平気でこき下ろします。だんだん行事に呼ぶのが嫌になり、子供を会わせるのが嫌になりました。

こんなことをずっと言われていたら、お友達を見下すようになってしまう・・・。



そこで気が付きました。夫は、ずっとこうして育てられてきたわけです。夫が人付き合いが苦手なのも、変に自信満々なのも、なんでも人のせいにするのも、ここに根っこがあるんだ。そう確信しました。

夫は明らかに私のことを見下しているのに、自分では全然そのことに気付いていません。そして、私が冗談ででも夫を軽く扱うと、猛烈に怒ります。夫にとっては周りの人間を見下している状態が普通で、周りから見下されるなど許されないことなんでしょう。

夫がやることは全て正しく、夫がしていないことをする人は、みんな間違っているんです。だって、ずっとそう言われて育ったから。幼い頃に植え付けられた価値観は、ここまで重いんだと思いました。

うちの子達は、ずっと義母と一緒にいるわけでないから、そんなに影響は出ないかもしれませんが、やっぱりあんまり近寄らせたくないなあ〜と思ってしまいます。
posted by 蝉ころん at 10:37| Comment(2) | 夫を読み解く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月12日

優等生

夫を、子供だと思ってみて見ると、かなりの優等生だ。親から見たら理想的な子供じゃないかと思う。

朝は目覚ましが何個もいるし、起床予定の1時間も前から目覚ましをたくさんならさないと起きれないものの、自分で起きてくるし、朝食は食べないけど、ちゃんと間に合うように出て行く。
成績は優秀で、評価もいい。
家庭も構えて、一軒家もローンを組んで購入、子供も二人の理想的な家庭像だ。
家庭内暴力もなく、家のローン以外に借金もなく、浮気もしない。
仕事熱心で必要とあれば家事もこなす、子供とも楽しく遊べる父親だ。
母親の言うこともよく聞く。遊びに来る時は何も言われなくても駅まで迎えに行き、車で家まで送る。

お義母さんは、「理想の男性像」に育て上げた自信があるだろう。

でも、何かがおかしい。夫は、仕事ではそんなことないのだろうが、家庭ではマニュアル人間のようだ。

私が熱がある、と言うと、しんどいなら寝ていろ、と言って食事を作ってくれる。でも、その料理は油こってりの炒め物だったりするし、寝ている横の部屋でガンガンにテレビをかけて大声で笑ったりする。
そして、私がつわりでしんどくて寝込んでいた時には、「なにをしてほしいのかいわなきゃわかんないだろ!」と怒鳴りだした。

応用が利かないのだ。

しんどくて寝てるなら、うるさいと寝れないから静かにしていてあげよう、とか、食事はもたれるといけないから軽いものを、とか、気が回らないだけじゃない。
熱で寝てる時は看病するものだけど、つわりで寝てるのなんかどうするか知らない!ということだ。
そもそも、つわりがしんどいものだ、ということが理解できていない。熱だったら、自分が体験してしんどいのはわかるから、寝ていられても我慢できる。でも、つわりは経験してないから、はなから疑っている。本当にしんどいのか?と。

自分が経験していないことは、理解できないのだ。私なら、自分が経験してないことは、わからないんだからこちらから勝手なことは言えない、と思うところだけど、夫は、「経験してない=ありえない」だった。

これでは人付き合いはできない。相手の状態を推し量ろうとできないで、気持ちを理解できるわけがない。そして、家庭は人付き合いで成り立つところだ。心通わない家族が家族だろうか?

会社の評価で、ほぼパーフェクトな夫が、いつも人間関係は△だった。
夫が、自分の評価を自慢したくて、私に見せていたこの評価表。皮肉にも、この評価が、私の目を覚まさせてくれたのだった。夫はやはり、どこか成長し損ねている。普通に人と付き合うことができないのだ。

夫自身も悩んだのか、対人関係のハウツー本ばかりを読みあさっていた時期もあった。私はちょっぴり改善を期待していた。でも、今はもう諦めたようだ。どうやら、夫はうまくいく方法を探していたのではなく、自分の付き合い方が正しいと後押ししてくれる本を探していただけのようだった。

私も、もう諦めるべきか。夫が子供だと気付いて、ひょっとしたらまだ育つ余地があるかもしれない、私が育て上げれば可能性はあるかもしれない、とも思った。でも夫は、もう頭が固まってしまっている。きっと私の力では変わらないだろう。

夫はこのまま、自分が優等生であることを信じて、優等生のままでいくんだろう。周りの人を傷つけていても、それは関わりのないことなんだろう。だって、夫はちゃんとやるべきことをやっていて、悪いことなんかしていないわけだから。

優等生ってのもたちが悪いなあ。
posted by 蝉ころん at 13:25| Comment(8) | 夫を読み解く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月10日

大人と子供

るんたさんからコメントを頂いて、返事を書いた。その中に、ふと引っかかる言葉があった。

「夫は、思春期の子供のようです」

この言葉にずっと引っかかっていた。夫は、確かに子供みたいだ。

思い通りに事が運ばないとすねるし、ゲームで負けると機嫌が悪くなるし、嫌なことはやらない。食べ物の好き嫌いも多いし、起こしてもなかなか起きないし、人の話聞かないし・・・。
お母さんの言うことはよく聞く。お姉さんに対してはすごく背伸びしている。いつもふんぞり返って自分を大きく見せようとしている。
自分の至らないところは認めないか、許容を求めるのに、人の欠点には正論で責め立てる。自分からは決して謝らず、へりくつでごまかそうとする。
自分から無視し始めておいて、放っておくと、そのうちこちらの機嫌をちらちら伺いだす・・・。

ほんとう、子供そのもの・・・・。父親って言うより、うちの子供そっくりじゃないか。

ふと、夫って、子供みたいじゃなくて、本当に子供なのか・・・?と思った。

それで全部、説明がつく。

夫に責任感が感じられないことも、スキンシップは甘えてくるだけなことも、人の話を聞かないところも、言ったことをすぐ忘れることも、起こしても起こしても起きないことも、なにもかも。

夫は、私に母親になって欲しいんじゃないのか?無意識に、母親にするように接してきてないか?

ぷいと機嫌を損ねて、ご機嫌を伺ってくれるのを待っている子供。悪いことをしても謝れず、怒られることにおびえながら生活が普通に戻ってくれるのを待っている子供。新しく仕入れた知識を、とっくに知っている人に向かって偉そうに披露する子供。自分はできてなくても、お母さんはできていて当たり前。わがまま言っても、お母さんは受け止めてくれて当たり前。言うことを聞いてくれなかったら、ごねればいい。叱られても、人のせいにすればそれでいい。人の気持ちはわからないけど、自分の気持ちはわかってもらって当たり前。

この人は、子供の心のまま、体だけ大人になってしまったんだ。

よく、男はいつまでも子供、とか、少年の心を忘れない、なんて話がある。私は、大人でも子供の気持ちもわかるし、たまには子供のように思いっきり楽しめるのも素敵だよね。なんて思っていた。まさか本当に本当の子供だとは・・・。理解不足だった。まいった。

ああ腑に落ちた。私はずっと子供を大人として扱って、大人にしか通じない言葉で子供と話をしていたんだ。大人同士の暗黙の了解を、子供に求めていたんだ。ただのわがままのへりくつを真に受けて、大人として誠実に対応していた。大人として、判断を尊重していた。

そりゃ空回るわ。相手、子供なんだもん。なんでも周りが解決してくれると思ってるんだもん。

脱した。

これで締め付け地獄も怖くない。私は私でよかったんだ。

まだ、言葉に揺れることもあるだろう。体調がすぐれないときは心も弱くなるし、態度に傷つくこともあるだろう。自信だってまだあやふやだ。問題は山積みだ。

でも、光は見えた。私の道は、私が決めるんだ。私も人のこと言ってないで大人にならなきゃ。まずはそれからだ。
posted by 蝉ころん at 13:32| Comment(2) | 夫を読み解く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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