2007年08月24日

ひとりぼっちの世界

職について、実家に里帰り、そして仕事を辞めて。

なんとなく心に積もったものがあったようで、しばらく放心したように過ごしていました。時間はあるのに、ブログを書くでもなく、家事をするでもなく、ボーっとネットに向かっていました。

久しぶりに記事を書いて、コメントを入れたり貰ったり、メールをかいたり、昔の友達と連絡を取ったり・・・いろんな人に寄り添ってもらっているうちに、また少しずつ元気が戻ってきました。

実家では得られない心の繋がりを感じました。

何が違うんだろう。実家だって、私のことを全く考えてないわけじゃなくて、気にはしてるんですよね。

私にとって何が違うのか・・・。

ふと、箱庭でうろうろしている私を上から覗いている母のイメージがわきました。

ああなるほど・・・同列として考えてない、自分のもののように見られているのか・・・。

そういえば夫も、私をそんなふうに見ていた。

私が欲しいのは、横の繋がりですね。立場は違っても、境遇は違っても、同じ仲間として一緒に前を目指せる人との交流なんですね。自然な自分の力で歩いていける感じがします。



夫の世界はこうじゃなかった。夫の世界には、上か下かしかなかった。夫自身は、ものすごく孤独だったんじゃないか・・・と思います。たぶん深層では同列の仲間を求めているのに、仲間が出来ると、やっぱりそこで上下を分けちゃうんです。

上を見ては置いていかれたくないと気負うし、下を見てはああはなりたくないと焦る。

誰も横に並ぶことはないんです。抜いてしまえは下に行くだけ。抜かされれば上に行かれるだけ。ずっと1人。

淋しいし、怖いだろうなと思うんです。ずーっと焦り続けてる感じがします。

でもこれじゃ誰もそばには近づけないから。自分で首を絞めてることにいつか気付けたらいいねって思います。

もう見守りもしませんけど私は。自分のことで精一杯ですから。

私もそういうときがありました。男社会で生きてやると気負って生きていたとき、こんな世界にいたなあと思います。

今は・・・一緒に歩いている仲間、だいぶ増えてきたと思います。ときどき、自分の殻に入ってしまって仲間が見えなくなる時があるけど、自分をとりもどす手助けをしてくれる仲間がどこかにいてることは、忘れないでいられています。

上とか下とか、私の中ではもともとあまりなかった概念かもしれません。ただ、相手に上に見られたり、下に見られたりしていることはよく見えます。上とか下とかで見ている人と関わっていると、「ひとりぼっち感」が出てくるみたいです。

上で居ることも、下で居ることもしんどいこと。社会に出たらある程度は仕方ない面もあるけど、やっぱり対等で居られる関係が一番自分のままで居られる、大切な場所ですね。

そんな居場所を作り上げていきたいなあと思います。
posted by 蝉ころん at 11:56| Comment(4) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月17日

受け入れる・諦める

私自身が子供に向けてしまう激情を分析するようになって、見えてきたこと。

「当たり前のこと」「みんなしていること」「常識だから」「当然」

こんな言葉で納得したつもりになっていたことが、すべて子供たちに向いているということ。

これらの言葉は、自分自身だけで完結できる説明にはなっていないということです。平等だと思うからこそ我慢しているだけで、その平等が幻だったと気付いたとたん、溢れ出すんだと。

私と同じようにモラハラの被害に遭っている人が、過去にも同じようないじめ体験を持っていて、生育環境もむしろ私より過酷で、それでもご自身は加害者にはなっていない、という方がたくさんいらっしゃいます。なぜ私は加害者側にも身を置いているんだろうという疑問がずっとありました。

加害者側にいってしまう人と、いかないでいられる人との違い・・・。

この、押し付けられた役割への納得の仕方に一つ、ヒントがあるかもしれないと思っています。

私はずっと、みんなしていることだから、いずれ私にも順番が回ってくるから、ということで、ただ我慢をしていました。諦めていなかったんです。ずっと不満を持っています。でもみんな我慢をしているんだから、私も我慢をしようと。それだけでした。

加害者になってしまう人は、この不満を持っている人だと思うんです。本当は嫌だけど、「当然のこと」だからやってやってる、という。だから、「当然のことじゃない」人がいると、怒りが向くんじゃないでしょうか。「当然のこと」だからお前も従うべきだと。ずっと信じて従ってきたことは「当然のこと」であり続けてくれないと許せないんです。

加害者側にいかない人は、なんとなく、「当然のこと」という納得の仕方をしていない気がします。みんながそうだから、ではなく、「私はそういう人」という風に思っている感じがするんです。自分の特性として、受け入れている、だから、周りの人と違っても、いつでも「私はそういう人」で矛盾が出てこないから、怒りも出てこないのかな、と。

兄弟と扱いに大きな差があるとして、それにたいして「長女だからこんなもの」と思っているのと、「私はこういう役割」と思っているのでは、かなり違うと思うんです。同じ長女なのになんであの子はいいの?なんて怒りが出るか出ないか。

私の家はモラハラ家庭でしたけど、そのことに関しては、他の幸せな家庭に育った人たちに対して腹が立つなんてことはありません。自分の家が異常だという自覚はあったし、「うちはこういう家庭」として納得していたからです。「みんなこんなもの」とは思っていなかったから。だから、仕方ないって、諦められていたんです。うらやましい気持ちはありましたけど、それは諦めているからこそ出てくる自然な感情ですよね。

どうでしょうね。

自分がはめ込まれた役割に対して、自分が受けられなかった愛情に対して、本当に受け入れられているのか、本当に諦められているのか。

そんなところに、分岐点があるような気がします。



私も過去の記憶を一つ一つ発掘して、丁寧に一つずつ受け入れて、諦めていくことができたら、子供に向ける激情も減っていくのかもしれません。
posted by 蝉ころん at 11:10| Comment(5) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月14日

子供を諦める覚悟

私が、決断した、心は決まった、と何度も言いながら、後は準備をしないと・・・と言い訳がましくこの家から出られない理由があります。

子供です。

子供を連れて出る、それくらいのことはできる自信があります。

問題はその後。

「お父さんの方が良かった」

そういわれることに耐えられないという予感があったのです。GW前半の、子供が夫にベッタリになった時の私の精神状態で、それがはっきりしました。

そして、私が娘に依存していることをはっきり自覚したあと、認めることができたことがあります。

私が、子供を信頼していなかったということ。

子供たちが、夫の元に残る結果になったとして、それで一生会えなくなるとか、子供たちが歪んで育ってしまうとか・・・。今までそう思って、私から話すわけにはいかないと思い込むようにしてきたけど。

私が育てても、夫が育てても、実はそう変わらないんじゃないか・・・。

そう思うようになってきました。

子供たちにも、自分で自分の人生を生き抜く力が備わっている。私はそれを信じていなかったんです。

もし離れて暮らすことになっても、私がしっかり子供たちを信頼して、子供たちとのつながりを絶たず、私自身がきちんと自立して生きていれば、私が必要ならば私を頼ってくることもできる。

傷つけるだろう。恨まれるかもしれない。私はそれが耐えられないんです。お母さんのせいでお父さんと一緒に暮らせなくなったと言われることが。思われることが。



子供を手放したいわけじゃない。でも、夫と別に生きることを望む限り、子供と離れて暮らすことになる可能性はなくならない。子供に恨まれる可能性も消えない。

この事実を受け入れて、前向きに向き合うことができるようになったら、やっと私は進めるんだと、思います。

恨まれても、会えなくなっても、子供たちはしっかり生きていける。私もきっと、なんとか生きていける。きっと子供たちにも私自身にもものすごい傷になる。それでもきっと、乗り越えられる力を持っている。それを信じられるようになるまで。もう少し時間が欲しい。

自分が子供たちに傷つけられたと言われて傷つきたくないから、だから夫に傷つけられるままでいる・・・今の私の状態です。
posted by 蝉ころん at 12:00| Comment(5) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月12日

怒鳴られた時には

昨日怒ることについて書いてから、なんとなく線引きが出来たので、夫が怒鳴りだしたら・・・というシミュレーションをしてみました。



・夫が怒りを向けてきて、怒鳴る、威圧するなど、冷静な話し合いが出来なくなったら。

とりあえず話の内容はもうどうでもいい。夫を軽視する態度をとってもいいんだけど、それでは子供がいる状況では子供に変な理解をさせてしまうかもしれない。だから、子供に規範を示すつもりで毅然としていよう。
「落ち着いて、普通の声で話してくれる?充分聞こえるから」
と言おう。

・それでも怒鳴るなら。

「そんなふうに大声を出されたら、話し合えないから、気持ちが落ち着いてからまた話そう」
と言おう。

・それでも怒鳴るなら。

「大声を出されたら恐いよ。いくらあなたにその気がなくても、私や子供はとってとても恐怖を感じるんだよ。あなたは私たちを怖がらせたいんじゃないでしょう?落ち着くまで待てるから、まず気持ちを鎮めてちょうだい」
と言おう。

・それでも怒鳴るなら。

子供を連れて、違う部屋に行く。

・それでも怒鳴るなら。

お金、通帳、着替えの入ったカバンを持って出て行けばいい。そのための用意を、しておこう。



対処方法として具体的に思いついたので書いてみたけど、これだけ書いただけで、恐怖で体が震えます。夫がブチ切れる様子が目に浮かびます。

まだ脱しきれてはいないんだなあ。

だいぶ、感情を置いてけぼりにして分析ばかりが先行してしまったかもしれません。それとも、震えるほどの恐怖を感じるのが正常なことなのかな?
posted by 蝉ころん at 16:30| Comment(2) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月05日

キーマンとその周辺

こんにちは。この週末は二日とも、朝晩を除いて夫と離れて過ごしたので少しマシな週明けです。

といってもモラ行為自体は再燃してきているので多少のダメージは受けましたけど・・・まあ大丈夫です。

さて今日も「仲間欲求」について考えたことを。



三つ前の記事の、集団の中で嫌がらせをする人の行為が何かに似ている・・・と考えていたんですが、これは兄弟が産まれた時の上の子の反応、か?と思いました。

下の子にお母さんをとられたと思って取り返しにいく行為です。「赤ちゃん返り」もこれの一種ですよね。下の子より手がかかるようになってお母さんを取り返す、みたいな。

上の子があるていど大きくて素直に赤ちゃん返りできないときの行動が、集団の中で経験する嫌がらせにとても似ている気がします。下の子とお母さんの間に入って、自分しかお母さんの視界に入れないようにするとか、下の子がお母さんと会話している時に用もないのに割り込んでくるとか。

焼きもちって言えばそれまでなんですけど、根っこはここにあるのかなと。

そして、私が感じる不快感も、根っこはここにある気がします。

私自身は覚えてないんですが、母から聞いた話では、私に授乳する時の兄の赤ちゃん返りがひどく、私に授乳するのを断念したといいます。そして、なににつけ兄を優先されていたらしい。

赤ちゃんのころの記憶はないけど、子供時代の記憶はあるし、こういう、赤ちゃん返りをしていた兄を優先された記憶が、必要以上に嫌がらせに反応してしまう面につながってるかも。



そしてキーマンとなる人物についても考えてみたら、母親的な、資質を持つ人ばかりだったんです。どこの集団でもそうなっているわけじゃないです。「私の好む集団」のキーマンです。

ようするに私は、母親を中心として和気あいあいとしている集団、つまりは家庭の一員になりたかったんです。それで、母親に褒められたくて自己主張しているうちに長子に疎まれて居所をなくす・・・と、まんま、実家での経験を繰り返していました。

そういえば、仕事とか、一つの目的に向かって団結して事に当たる、というような集団では、私は父親的キーマンが好きでした。職人気質で、頑固で、技は教わるより盗め!というような人。これも、実家の父かも・・・。

そんなに私は家族からはみ出していたことに縛られていたのかなあ。それとも、みんなそんなもんなのかしら。

そういえば集団で意見を通すことに自信が持てないのも、家で私の意見が通ったためしがない、ということが関係あるかもしれません。家庭ってほんと、社会の縮図、社会活動の最初の一歩なんですね。

これから少し集団で過ごす時の見方が変わりそうです。
posted by 蝉ころん at 15:04| Comment(4) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月02日

感情移入

ちょっと思いついたので、忘れないうちに。(^^;

私は、昔からものすごい感情移入する子でした。今もそれは変わりません。ドラえもんで泣き、大草原の小さな家で泣き、サザエさんでしみじみとし、名作劇場で理不尽にのたうち回る子供でした。

感情移入ってなんでしょう。

相手の立場になって考えること?相手の身になって考えること?相手そのものになったように感じること?

私は、なんていうか、その人の考え方に染まってその状況にはまり込む・・・みたいな感じ方をします。でも、私ではない人だ、私はなりきれはしない、全部は理解できてない・・・という感覚は持っています。

「ああ、それは辛いよね」「悲しいよね」と感じつつ、こんなふうに同情されたら嫌だろうなって思っていました。だから普段はかなり抑えて表現します。

でも、コメントを頂いたり、コメントを返したり、していて、これってひょっとして同情じゃないのかしら?って思いました。共感に近いのかな?って。

それで、もう一つ連想したのが、私が自分に感情移入してるみたいだ、って思ったことがあること。そのときは、なんだ自分の不遇に同情して変なヤツって、ちょっと恥ずかしく思ったけど、ひょっとして私は自分に共感してたのかも。

チャイルドの癒しで「お母さん」を出してくる時、このときも、私はチャイルドに感情移入してます。それで、共感して、心からの言葉をかけている・・・それで、チャイルドが泣き止んでいました。

感情移入でいいのかしら。

と、なんとなく。

私は悲しいお話は嫌いじゃないです。よく読んだり観たりして、泣きます。これはひょっとして、感情移入することでチャイルドを引き出してるのかも?それで癒してるのかも?チャイルドを出せる場面を欲してるのは私なのかも。癒すために。

なんか、そんなふうに思いました。

ちなみに、夫は悲しい話が嫌いです。フランダースの犬とか、蛍の墓とか絶対ダメ。観ないし、観たとしても評価しません。暗いから嫌いだそうです。彼の家族もです。まるで、悲しいことを感じるのを禁じられてるみたいだなあ・・・って思いました。暗いなんて言われたら、こっちは好きっていえなくなりますよね。そこはモラ。

そして夫家族は、ギャグものも好きだけど、頑張って成功する話が大好きです。成し遂げた!みたいな瞬間に感情移入して泣くようです。それも気持ちはわかるんですけど、なんだか、かなり激しいです。夫の子供時代を象徴しているような気がします。

夫は、頑張って成し遂げることを褒めたたえられて、悲しいことはなかったことにして、見ないようにして生きてきたのかな。確かに今もそんなところがあるし。

なんか、感情が入る部分ってその人の象徴的なものなのかも。



どんどん感情移入したらいいのかも。自分が見えてくるみたい。映画見て泣けるなら、どんどん映画見よう。そこにきっとチャイルドがいる。小説読んで泣けるなら、どんどん読もう。漫画でもいいや。

どんどん感情移入して、見えてきたチャイルドに感情移入しよう。

そんなふうに思いました。
posted by 蝉ころん at 20:16| Comment(8) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ちょっと整理

どうも忘れっぽいです。

忘れっぽいのも、昔に獲得した能力だろうと思います。だって、昨日いじめられたことを覚えていたら、学校に行けなかった。昨日待ち伏せされていたことを覚えていたら、学校を出られなかった。だからいつも、何かある直前ギリギリまで出来事を忘れていて、いざ、同じ場面に出くわした瞬間にバアッと思い出す、そんな状態でなんとか乗り切ってきたと思います。

私が直前にならないとやる気が出ないのとか、事前準備が下手なのもこれが影響しているのかなあ。

ということで今の堂々巡りの状況を書き記しておこうと思います。



1・私はやっぱり夫とは暮らしたくない、暮らせない
  ↓
2・別れるなら、子供はどうなる?今のままでは養えない
  ↓
3・仕事を手に入れてから別れたい
  ↓
4・それまで一緒にいなければならない
  ↓
5・一緒にいるストレスを少しでも感じないために、改善の努力をする
  ↓
6・夫への理解が深まり、同情が湧く
  ↓
7・なんとなく楽に過ごせるような気がする
  ↓
8・子供のためにもこのまま過ごすべきか?
  ↓
9・夫の行動が変化し、ストレス増大
  ↓
(1・に戻る)



この思考サイクル、生活サイクルをず〜〜っと、続けてここまで来た気がします。これ書いて、DVのサイクルを受ける側の心理に置き換えた感じになるのかなと思いました。

で、私の特性の忘れることが絡むと、段階を進むごとに、3つくらい前の段階のことは感覚を忘れ去ります。すると、「絶対もう、何が何でも別れたい!」から「共存できてるんじゃないの?」と極端から極端へと揺れ動いてしまうんです。

忘れたからこそここまで生活を続けてしまったし、忘れるからこそ次にくるダメージが増大してしまう。しかも私が平然と生活しているのを見て不可解なものを感じて余計に攻撃してくる、という悪循環です。

長く続ければ続けるほど私のダメージが蓄積するのは必至。

忘れてしまうという行き癖は、たぶんそう簡単には治らない。だから、書いておくことで少しでもそのときの段階を確認できないかな?という試みです。

どこかに書き出しておこうかな?
posted by 蝉ころん at 15:51| Comment(0) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月30日

母と父の関係

私が子供の頃から、家の中では口論が絶えませんでした。

父が何か母に無理を言う。母が理を説く。父がへりくつを言う。母が諭す。

全て、大声で交わされる。私はこれが嫌でした。

なんでお母さんはお父さんを焚き付けるんだろう。素直に聞いていればお父さんも機嫌よくしていてくれるのに。(この時点で既にモラハラにつかまりやすい思考形態になっていた)

ときどき、私は仲裁役を買って出て、父母双方に、お互いの立場を説明したりしていました。大人気取りで。私はこんなに家を平穏に保とうとしているのに、みんな自己主張ばかりして、勝手なことばかりして!と怒りさえ持っていました。



最近、夫が、モラが、子供だということに気付いて、もう一度子供時代をふりかえってみたら、母と父の関係が、ただ口論ばかりしていたわけでないことに気が付きました。

母は、父を子供として扱っていました。それはもう、かなり小さいころから一貫して、です。

どうやら母は、父が子供であることを理解した上で、覚悟の上で結婚したらしい、ということがやっとわかったんです。母は、生きるために、父の妻として生活することを受け入れたのでした。

母はずっと父にものの道理を噛んで含めるように説明していたし、何度同じことを繰り返されても、諦めず何度でも同じことを教えていました。

母は、父を育てていました。

幸運なことに、父は母親を亡くしていて、帰るべきところがありませんでした。それに、自分より弱いものに暴力は振るわない、というプライドも持っていました。だから暴力的な問題も起こらなかったし、父の依存対象は母しかいませんでした。

母は、家の中で1人だけ、大人として、家庭をまわしていたのでした。

母の生家は大家族でしたから、いろんな年代の男性女性がたくさんの中で育って、自然と知っていたのかもしれません。心が子供のままで大人になってしまうにとがいることを。

父と母の関係は、そういうものでした。父は母を妻だと思っていたけれど、母は父を子供として見ていて、それで、両親の関係としては、うまくいっていたらしいのです。私が夫を大人として見ていたから生じた葛藤、苦しみは、母にはほとんどないようでした。もともと理解して、対処していたから、想定済みのことだったんでしょう。



問題は、そこが子供の生育環境だったことでした。

母は、自分は一貫して父を子供として扱っていたにもかかわらず、私たち子供には、父を大人として、威厳のある父親として見せようとしていました。

私たち兄弟は、母も、父も、大人として認識するよう育てられました。母は女性代表、父は男性代表ということになります。母のように男性を扱う人を大人の女性と思い、父のように女性を扱う人を大人の男性と刷り込まれてしまった面があると思います。

母は、「心が子供な大人」のことは、私たちに警告することはありませんでした。自分が教えられずに身に付けたものは、教えるべきことだとも気付かないものなんでしょう。昔は本当に常識だったことなのかもしれないし。

でも、私は、「心が子供な大人」を「大人」の代表として認識してしまいました。

「父のような人とは暮らさない」と固く誓っていた私が、夫のような人と暮らすことになったのは、父の表面的な行動に捕われて、もっと深く問題にするべき、「子供の心」のことを理解していなかったからでしょう。父のようにはっきりした自分勝手をする人だけを避けて、そのくせ、父のような心を持っている人に警戒心を持てなかった。警戒すべき性質と認識していなかったからでしょう。

私は、母の行動も父の行動も、その表面しか見ていませんでした。私は母が頑固だからいつまでたっても同じことで父と口論をするんだと思っていました。譲ってあげれば済むことなのにって。でも、母は父を子供として見ているからこそ同じことを粘り強く教えていただけだったんです。身に付くまで、諦めずに。

それから、私は父のことを、働いていて疲れているんだから、多少は我侭を言うものだ、それくらいは許されることなんだ。でも私たちにとばっちりが来るのはなんとかして欲しいな、くらいに思っていました。でも父は子供だったから我侭ばかりで母に偉そうにしていただけでした。自分が新しく知った知識を、他に誰も知らないかのように吹聴するのも幼児的でした。

母の、父に対する対処は間違っていなかったんだと思います。父の行動もかなり沈静化したし、今は母と父なりに仲良く落ち着いた生活をしています。

母は、とっても頑張ったんだなあ・・・。母だけ、意志の強い大人として、選べなかった人生を、母なりの工夫で乗り切って生きてきたんだなあ。私は、母のことを恨んだりもしたし、母のような人生は送りたくないとは思っているけど、でも、母のことはやっぱり大好きで、誇りにも思っています。

父のことは・・・まあ、憎めないヤツです。子供だし。離れているから言えることですが。(^^;

きっと夫のことも、憎めないんだろうな。死んでくれと思ったりすることはあっても、憎んだりはできない。そんな気がしてます。

それで、私はどうするんだろうなあ・・・と、ぼんやり。
posted by 蝉ころん at 11:08| Comment(4) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月09日

今読んでいる本

ワークをさぼってこんな本を読んでます。

「心からのごめんなさいへ ー一人ひとりの個性に合わせた教育を導入した少年院の挑戦ー」

これは一人の母として、子育ての参考になるかも、という気持ちもあって選びました。自分の過去や最近のニュースを思うと、いつ子供が犯罪者になっても不思議はないと思うので・・・。

犯罪を起こす少年達は、やはり問題のある家庭で育った子達が多いようです。そして、発達的に障害を持っている可能性のある子達も。

でも、宇治少年院では、自分育てや、カウンセリングの手法は、時間のかかるもので、最後までサポートできるのでない限り安易に手を出してはいけないと、少年院のようなすぐに出院してしまうところには向かない手法だとして、別のアプローチをされています。

過去に焦点を当てて癒すのではなく、未来に焦点を当てて、今この時点から育てることを実践されている・・・そんなふうに捉えました。

行動療法的なアプローチということです。できないことをできるまで徹底してやる。なぜできないかを考えて、個々に合わせて取り組む。成功体験を積むことで、自信をつけていく。そして教官からの励ましと受容・・・。

厳しい規律と規則正しい生活の中、子供たちは、確実に変わっていっていました。自発的に学習に取り組み、目標を持ち、ルールを決めて生活する。普通に学校に行っている子供たちよりよほど前向きです。こんなところなら入りたい!って思ってしまったくらいです。



子供を育てるとき、大切なのは母性と父性だと言いますね。このときの母性父性は象徴的なもので、女であること、男であることは関係ないという話です。体や心を守り育むのが母性、外から家庭を守り、社会を体現するのが父性だと、私は理解しています。

この宇治少年院での取り組みは、父性を象徴しているように思いました。厳しい規律で、仲間から脅かされることを防ぎ安全を保障する。教官が手本を示し、首尾一貫した指導をすることで、社会規範を示す。そして少年達は、私語を禁止された中で自分のことをじっくり考える時間を得る。少年達は、自分たちができないと思っていたことができるようになるにつれて、自信をつけていきます。

カウンセリングは、どちらかというと母性からのアプローチなのかな。育ち損ねた心をほぐして、絡んだ感情を解きほぐしていって、もとの素直な感情を引き出して、もう一度自分を受容することができるようにする・・・。否定している自分を解き放ってやる。

向き不向きがあるし、状況によって使い分けるべきことのように思いますが、どちらも、やはり自己評価を高めることに鍵があるんだな、と思いました。



それから、少年達の言葉に出てくるもので、私の心に残ったのは、未来、将来への夢でした。一瞬先のことさえ考えられず衝動的に行動していた少年達が、この本で語っていた全ての少年が、未来の自分像を語っていました。

これも回復のバロメーターだなって思いました。

私は、まだ未来の自分を見ることができていません。少年たちに追いつかなくっちゃ。
posted by 蝉ころん at 20:17| Comment(3) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月01日

言葉が届く時

夫との関係がおかしくなってから、いろいろな言葉にヒントをもらい、知識を得てきました。

なぜこんなにタイミングよく、ピッタリの言葉と出会えるんだろう、と思うこともありました。

でも違うんですね。言葉は常に私のまわりに情報としてあふれていて、必要のない時には素通りしているだけ。私がそういう知識を必要とするようになったから、私の気に留まるようになってきたんでしょうね。私も知らず知らずに情報を選んでいたんだな、と思います。

子供としっかり向き合わなければ虐待の真の意味はわからない。

人間関係に真剣に悩まなければハラスメントの意味もわからない。

逃げ続けていたら、気付けなかったこと、目にとまらなかったことが沢山あります。私が気付くことのできた最初の子供からのサインを、今はとてもありがたく思います。気付くことができた幸運を感じます。



夫は、気付きの機会があったのに、そこから逃げることを選びました。

仕方のないことなんだろうと思います。

私は生育環境を否定して育ってきたから、私に根付いている常識を疑うことに抵抗は少なかったけど、夫は何の疑問も持たないように育っていますから、言葉が届かないんですね。逃げていた方が楽だから。自分を疑わずにすむから。

もともと自分を疑っていて、それを認めている私より、言葉を受け入れるためのハードルが高いんでしょう。



私は好運でした。子供を育てなければ、一生気付かなかったかもしれない私の一面を知ることができました。これからも、言葉をキャッチするアンテナをうまく使っていきたいな、って思います。
posted by 蝉ころん at 10:32| Comment(2) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月13日

親になってた?

昨日はカウンセリングでした。

今までで一番、言いたいこと言って帰ってきました。カウンセラーさんの言葉をさえぎってまで喋っている自分に、これってなんか「私」じゃない・・・元気すぎる・・・という変な違和感がありましたけど、いっぱい喋って、すっきりしました。自然に笑ってカウンセリングルームを出られたのは初めてかも。

そのあと、道を歩いている時にも、意識していないのに背筋が伸びていたりして、ちょっと出来過ぎな感じでした。(^^;

またそのうち落ち込む日もくるんだろうなあ〜。でも、今はせっかく元気な自分を楽しんでもいいかな、って思います。少し前はこんなことにさえも罪悪感を持っちゃってましたけど。




それで、昨日のカウンセリングの後で考えたこと。

やっぱり夫は私に「母」を求めているんだろうなあ・・・ということ。そして、会社では「父」を求めている。

夫はまったく私との間の境界線を意識していません。私はときに夫の保護者になり、ときに子供になり、ときには恋人になることも、あります。でも、その都合のいい役割って、幼児期の子供が母にわがままを言うさまと同じなんです。

私が髪を切ると不機嫌になるのも、知り合いのそばでは私の近くによってこないことも、知らない環境では逆に私から離れないことも、自分の思い通りに家の中が動いていないのが気に入らないのも、全部私を母だと思っているから。

もちろん、夫自身は意識していないし、指摘しても理解はしないだろうけど。でもやっぱりそういうこと。

でもこの要求は大人同士と思うととても変なことだから、大人として夫を扱ってきた私は、ずっと突き放してきたんですよね。でも、子供が母に対してしている要求だと思えば、突き放されて、それは傷ついただろうなと思います。

だから、夫も私が母じゃないということを知らずに私を傷つけたけど、私も、夫が大人だと信じ込んで夫を傷つけていたのも事実だったんだなあと思います。

ただ、これは仕方ないこと。だって、大人の相手を見て、子供のつもりで付き合うことは出来ませんから。子供だとわかっていたら結婚なんかしません。意図しない結婚詐欺のようなものだと思います。相手が騙しているつもりがないから騙されたと言ってもわからない。

でもこれは、夫側の問題です。いつか、夫自身が自分で気付いたら、きっとその時は夫は成長するでしょう。もともと素直なところのある人(子供なだけに(^^;)だし、きっと劇的な変化をしそうな気がします。

もしその時にまだ私が側にいたら・・・?と想像を膨らませてみました。きっと、母である私はいらなくなるんだろうな。夫は親離れして去っていくかもしれないな。

そのとき、私は?

寂しい?悔しい?取り残されたような気持ち?

なんとなく、そのときこそ夫を晴れがましく送り出すような気がしました。もうこれで悔いなくさよならできるって。さばさばと、元気でやれよ、って・・・。

ん?

それって、子が立派に育って満足している母のような・・・。

私はすっかり夫の母の立場に収まってしまってたんでしょうか。夫を突き放してみたりしていたのも、夫を成長させようとしてやっていたんでしょうか。なんだかそんな気がしてきました。

母として、便利な身内として扱われていることに憤慨しながら、実はなかなか巣立とうとしない、自立しない夫に、親としての視点でイライラしていた?

なんとなく、これ、今すごく納得がいくんです。皆さんどう思われます?(^^;
posted by 蝉ころん at 12:50| Comment(6) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月22日

見守ること、見張ること

子供に何かをさせるとき、どうしても、他のことをし始めた子供につい口を出してしまいます。

何時までに家を出なければいけない、だからそれまでに食べさせて、用意をしなければ。なかなか食べてくれない。一口食べるごとに遊びだす子供に、「ほら、口空いてるよ!」と次を入れさせる・・・。毎朝の風景です。

こんなとき、私は子供を「見張っている」んだと思う。

時間がないから仕方ない、そんな面ももちろんあります。でもできるだけ、これを「見守っている」に変えていきたいと思っています。

見張られていては本当の力が出せないのは、今、私自身が身にしみて感じていること。夫は、私本人にはまるで関心がないから、私に興味はありません。でも、家事の出来にはうるさいです。夫は、私の仕事状況を、常に見張っているのです。

見張ると言うことは、結果にしか興味がないといっているようなもの。

私は子供に食事をさせているとき、食事を楽しんでいるか・おいしいか・お腹いっぱいか、という状態・気持ち、ではなく、食べるべき物をちゃんと食べたか、時間までに食べたか、という結果にしか目をやっていないのではないかと思います。

他のときも同様です。

これには、将来の子供が幸せになれるように、という気持ちももちろん含まれているんですが、今の子供が幸せか?という観点がすっぽり抜けています。いつも、5分先、10分先、20年先の子供の気持ちにばかり目がいっていて、今現在の子供の気持ちを置き去りにしてしまっている。

見守ると言うことができた時、子供はわりと素直です。見張ってしまったあとは、少し離れることで、回復も出来るようです。

私はほとんど見張られることがなかったかわりに、見守ることもされずに育ってきました。だから、見守る子育てがどんなものなのか、実はわかっていません。

だから子供との関係は、悩みつつ、試行錯誤しつつ、探りながら進んでいくしかないと思います。



夫との関係は・・・

考えてみたら、夫は、私を見守っていたことがありません。興味を持って、好感を持って私に目を向けていたことがまったくないんです。興味があるのは結果だけ。部屋が片付いている、食事が出来ている、服が畳んでしまってある、頼んだことができている、そんな結果だけを見ていました。熱で動けないときでさえ、つらいかどうかはどうでもいい。食事が作れるのか無理なのか、食べられるのか食べられないのか、そんな情報だけが欲しいようでした。

夫は私の行動だけを見ています。私は見張られています。

でも夫自身に見張っている意識はありません。私と言う人物に興味がないということも自覚はありません。きっとこんなことを言っても夫には何のことだかさっぱりわからないでしょうし、理解しようとも思わないでしょう。



結果だけを見張る夫のような人間にはなりたくない。結果を出さないといけない時にでも、経過を見守る目をもてるようになりたいです。
posted by 蝉ころん at 14:09| Comment(3) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月10日

謝らせたい心理

「ごめんなさい」は大切な言葉ですね。

でもな〜んとなく、使用方法に違和感がありました。

「ごめんなさい」は、「ご免なさい」で、「許してください」って意味なんですよね。私はこの言葉に、ずっと「悪いことをしたことにたいする反省」の意味が入っているものだと漠然と思ってたんですけど、言葉だけを見ると、そんな意味はまったくない。

このへんが、ずっと違和感があるところでした。

悪いことをしたのを反省してなくても、怒って、今までのように接してくれなった相手に対して、「もういいかげんに許せよ」というふうに使われるわけです。

少なくとも、夫みたいな人は、こういうふうに使っていると思います。

一般的には違うと思います。やっぱり、反省の意味を込めて、自分が悪いことをした、もうしないと思っている、だから、「許して」なんだと思います。そして、それは、悪いことをしたほうの人間が、許してもらうために、「自分のために」使う言葉で、相手のために使う言葉ではないんですね。

悪いことをした報いとして、以前のように接してくれなくなった人に対して、また元の関係に戻ってもらいたい、仲良くして欲しい。だから、「ごめんなさい」なんですよね。関係がこじれたままでいいと思うなら、「ごめんなさい」を言う必要はないわけです。


じゃあなんで、謝って欲しいと思うのか。「ごめんなさい」には反省の意味ないんです。反省がないなら、謝ってもらう意味もないんです。そこまでして謝ってもらって私の手に入るものは、仲直り、つまり元通りの関係です。

私は、私が元の関係に戻りたくて、私自身が許したかったんです。でも、形だけでも謝ってもらわなければ許せなかったから、「ごめんなさい」が欲しかった。そして、いやなことをされても、謝らせることで終わったことにして、元の関係に戻っていました。いやなことをしないで欲しいと思っているくせに、反省もしない男を許したがっていたのは私です。元の関係に戻りたかったから。

だから、元通りの関係を望んでいるのが私と言うことは、私が「ごめんなさい」を言ったのと同じことなんです。これでは、夫が反省するわけがないし、むしろ私が反省したかのように、夫の要求がひどくなるのも当然です。関係継続を望んでいるのは私なんだから。

なぜ元の関係に戻りたい?一緒に暮らしていて、無視、無言は辛いから。家族なのに、家の中で会話がないのは嫌だから。えーっと、会話がないような男と一緒にて幸せ?幸せじゃない。じゃあ、そんな男、わざわざ許してあげてないで別れちゃえばいいんじゃない?

許す必要なかったんですね。夫の「ごめんなさい」は夫のための言葉であって、私のための言葉じゃないんだから、そこで「いや、許さない」という権利は私のものだった。謝られたら許すべきということにとらわれていました。

私は家族であるということに縛られていました。夫と家族でいるために、自分を納得させるために、とにかく「ごめんなさい」が欲しかった。そんな心のこもっていない一言だけで、人の気持ちが変わるわけはないのに。家族という形態に縛られている限り、夫からは離れられない。離れられないのは、夫のせいではなくて、私の気持ち。

「円満家庭」にこだわっている私が、「ごめんなさい」を求めていたんです。



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子供を育てていると、公園などで、自分の子が他の子を傷つける場面が当然出てきます。そこで、やっぱり悪いことを説明して、謝らせるわけですが・・・ときどき、どうしても子供が納得しなくて、とりあえず「ごめんなさい」をさせてしまうことがあります。こういうのもよくないんだろうなあ・・・でも、相手の子も「ごめんなさい」してくれないと納得してくれないだろうしなあ・・・と考えているうちに、この記事になりました。
「ごめんなさい」を受け入れられる心は大切だけど、「ごめんなさい」を期待するのはちょっとちがうな・・・と。

「ごめんなさい」を期待するのは、相手に依存している心の現れなんですね。
posted by 蝉ころん at 17:52| Comment(0) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月08日

人格障害についてのかじり知識

今日、夏草さんのブログを読んでいて「境界性人格障害」の文字にはっとした。

実は、私も自分がこれに当たるのではないかと疑っていた時期がありました。今も、この考えはくすぶっています。ずっと書こう書こうと思いながら、なかなか書けなかったこと。夏草さんに便乗して書かせていただきます。


ただし、これはあくまで私個人の考えているところで、根拠として医学的な裏付けがあるわけではありません。ただ読みかじった知識をつなげたらこうなっただけで、私がこのように思っている、というだけだとご承知下さい。


私が、夫との仲がおかしいことに気付きだした頃、入り浸ってた掲示板で出てきたこの言葉。なになに・・・と関連サイトを検索して特徴を読み進めていくと、どうも、私にあてはまることが多い。夫にも若干、当てはまっていたけど、どうも私の方が多いようでした。

そこで、これは私にも関連のあることだと思い、回復に向けて努力されている方のサイトを読みあさりました。

そのサイトで、「境界性人格障害からの回復が進むと、自己愛性人格障害的特徴が出てくる」とありました。

その時はなるほど、そういうものか、くらいの気持ちでした。モラハラ情報を探るまでは。


そしてしばらくたって、私の境遇を説明するモラルハラスメントという言葉に出会って、また色々と情報を漁りました。そしてそこにあったのは、モラハラ加害者のほとんどは自己愛性人格障害の特徴があると言う情報。

境界性人格障害から回復することによって、自己愛性人格障害に移行し、モラハラ加害者になる・・・。

私には実は思い当たるフシがあります。夫が実は、そのような経過を辿っているのです。もともとは自分に自信のない人で、自分に責任のないことまで負い目を感じるような人でした。そして、負いきれない部分を私にかぶせてきているといった感じがありました。それが、仕事で自信をつけるに従って、だんだんと私にかぶせるものが増えてきたのです。自分のことが嫌いだ、と言っていた夫は、今は自分が大好きなようなのです。

実は私にもそういった傾向がありました。自分を嫌いだった。でも、社会に溶け込んでなんとかやっていけるようになって、自信をつけていったら、自信を持てないで苦しんでいる人たちを、責めるような気持ちが出てきたのです。自分で頑張らないから道が開けないんだ。ぐずぐずしてないで動けばいいのに。私はちゃんと自分の道をえらんでやってきたから、あんな人たちとは違う。

この考え方は、実は母の受け売りだったことが最近わかりましたが・・・。

とにかく、私もモラハラ加害者になっていたんではないか、という疑いがでてきました。そして、自らも人格障害であるなら、他人を人格障害と、加害者と責めるのは、なにかお門違いのような、自分を棚に上げて何を言っているんだというような罪悪感に苛まれました。

最近、思うことは、この人格障害というものが、回復の見込みがあるものだということ。境界性から自己愛性、さらに回復すれば、また違った状態へも移り行くことができるわけです。

精神の発達上、普通なら得られるはずのものを欠いていたために成長が途中で止まってしまっていた状態だというなら、まだまだ成長の過程なんだ、ということです。完成していないんだという自覚があれば、ここでよしとしなければ、一時期モラハラ的な言動をとってしまうことはあっても、そこで留まっていることはないはず。

なんとか、留まらずに成長していければと思います。自分の身体的な老化に騙されないで、子供な精神を成長させていけたら・・・。
posted by 蝉ころん at 14:10| Comment(0) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月18日

うちの食器

結婚してから、私の食器がよく欠けるんです。割れる、じゃなくて、欠ける。

不思議なことに、夫のもの、共有のものは、潔く割れていくのに、私のものだけが、欠けるんです。ほんのちょぴっとだけ。

お揃いで買った夫婦茶碗、湯のみ、ペアのマグカップ。必ず私のものが先に欠けてしまいます。欠けてたって、使えないわけじゃないから、そのまま使うんですけど、なんとなく居心地が悪い感じ。そのうち夫の分が割れて、新しく揃えますが、また私の分が欠けます。使えるし、買い替えたばかりだし、結局なぜかいつも私は欠けている食器を使っています。



いつも、揃えて使う食器は、夫の趣味で選んでいました。選ぼうとすると「なんでもいい」という夫ですが、私が「これはどう?」と気に入ったものを見せると、「え〜ダサッ」「へんなの」等々と言って、結局は夫が選ぶのです。じゃあなぜ「なんでもいい」なんて言うの?と思ったものでした。私の趣味を否定したいだけだったんでしょうね・・・。



去年の冬、夫の趣味や貰い物に埋め尽くされて私の好きなものがほとんどない食器棚を見て、なんで私はこんなところで楽しくもない家事を毎日しているんだ?とはっとしました。

それで、思い立って欠けたマグカップを捨て、私用のものを新しく買いました。いつもなら、夫の気に入りそうなものを選んで、夫用の色違いのカップも一緒に買っていたところですが、私だけの趣味で選んで、自分のものだけ買いました。

そして思いました。欠けていく食器たちは、私の気持ちみたいだって。夫に合わせて、自分の考えはとりあえず置いておいて。でも、不満は心に残っている・・・。満たされていない気持ちと、端っこの欠けた食器が、シンクロして見えました。

今のところ、このカップは欠けずに使っています。このまま長く使えるといいなあ。
posted by 蝉ころん at 17:00| Comment(0) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月08日

同類

合わない人と一緒にいて、合わせてくれ、合わせてくれ、と願っている私。夫が、合わせろ、合わせろ、とオーラを出しているのと、何が違うんだろう。私は、夫に変わってもらうためには私がまず変わらなきゃ、と、変わったフリばかりしていた。そして、私はここまでしているのに、なぜ夫は変わってくれないのか、と思っていた。

私は、夫の行為にショックを受けて悲しむことで、辛そうにすることで、自分から笑顔を向けることで、夫を操作しようとしていなかったか。

私の行為も、モラハラに似ている。心からの行為でなく、相手を操作するためにしている行為。ただ、相手が堪えていないから、加害者になっていないだけ。いや、夫にしてみたら、私に対抗するためにより強い行為で私の行為を封じ込めているだけかもしれない。実は先にモラハラをしていたのは私かもしれない。

夫にしてみたら、笑顔を向けられること、会話を求められること、それが当たり前だと言う態度をされることは苦痛だったかもしれない。理想的な家庭像の押しつけに思えたかもしれない。たとえそれが私の苦痛から出た要望だとしても。私が、夫に理想的な妻像を押し付けられていると感じているのと同じなのかもしれない。

だからと言って、私が反省すればいいのか?というとそうではないとも思う。夫の行為も私を傷つけている。夫は既にこのやり方を身につけているし、私が下手に過去を反省すれば余計勢いづいてしまうだけのこと。

夫も、私も、自分からこの状況から抜け出そうとせず、相手に「じゃあなんで離れようとしないの?」と思っている。相手に責任を押し付けている。同じ行為だと思う。不幸だ不幸だと思いながら、その不幸を相手の責任にしている。

最初から、合わない二人だったんだ。楽しかったのは、二人を取り巻く環境、二人で経験した出来事であって、二人で過ごすこと自体は楽しくなかったじゃないか。それを、気付かないフリをして、相手にも理由があるんだから、と自分をごまかして、わかったフリをしてきた。そして、不幸だ不幸だと思っていた。一人で勝手に。

子供がいるから、隣近所がいい環境だから、物価が安いから、持ち家だから、せっかく一緒になったから。そんな理由を付けて、離れようとしないのはただの打算だ。打算なら打算なりに打算的な家庭で満足すればいい。満足できないなら、打算的な家庭を捨てて出て行けばいい。責任を相手に押し付けるのはやっぱり間違っている。

全てを手に入れたい?なら全てが手に入るように行動しなければ。今の立ち位置で満足できないなら、一度ここを手放して、一からまたつかみ取らなくては。それを面倒くさがって、相手が悪いから不幸なんだと言っている責任転嫁は、私だ。

私は何を求めている?
posted by 蝉ころん at 08:22| Comment(0) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月05日

5日あったら?

まっち〜さんのブログでモラハラ被害者に対する問いかけがありました。

「残り5日しか生きられないとしたら、何をしたいですか?」

実は私も、以前からこういうことはよく考えています。

テレビのドキュメンタリーや手記などで、実際に余命を宣告された方の生き方をかいま見たとき、私はいつも自分のわがままさに罪悪感を抱きます。

手記や、ドキュメンタリーで見られるもうこの世にはいない方々の生き方は、とても潔いものです。残りの人生を、家族の人に感謝して暮らし、最後には幸せだったと、ありがとうという言葉を残して去っていきます。

私はどうだろう?といつも思うのです。私だったら、とことんわがままをするだろうと。お酒も飲み、お金も使い、夜更かしして遊んで、無茶苦茶をするだろうと。

そして、そんな自分を恥ずかしく思い、家族に、夫に、感謝できない自分を責めていました。

でも最近、夫のモラハラに気付き、自分を見なおすことを続けてきたことで、変わってきたように思います。





今、あと5日の命だったとしたら、どうするか?

まず夫と別れる。と思いました。

夫の家族については、ここでは義母についてほんのちょっとしか書いていませんが、かなりのモラハラ家族です。私は、この家族に子供たちを託すことができないのです。

私の家族にもモラハラ父がいて、確かにあまりいい環境ではないかもしれない。

でも、実際に、義母のもう二人の孫が、責任を押し付け合われながら自信を喪失して育てられています。義母に預けられたり、また親が見たりしていて、誰もまともにしつけをしない、甘やかすか、萎縮するほど怒るか。そして、だんだん言うことを聞かない子に育つにつれ、出来損ないとして扱われているのを見ていると、とてもじゃないけどあちらに子供は渡せません。

実家の母になら、託せます。かわいがってもしつけはきちんとする人です。モラハラ父も、孫はとてもかわいいようだし、私や兄が相手の時とは違うだろうと思います。

私は子供の将来のために、親権を取るために、残りの時間を使うだろうと思いました。ただ、親権をもらって離婚することを思うと、5日では成立しないでしょうね。残念ながら・・・。




そしてこの問いかけについて考えていて、重大なことに気付きました。今、私が死んだら、子供たちはこの義家族の手で育てられることになるということ。

夫になら、夫が一人で責任を持って育てるというなら、託せるかもしれない。でも、自分で上の子の面倒を見ると言っていた下の子の出産時にさえ、夫は義母に預けていました。この夫が義母に頼らないとは思えません。義母自身も、手を、口を、出してこないはずがありません。そうなると先は同じこと・・・。

やっぱり夫には任せられない。

私自身のことを考えても、子供のためを考えても、結論は同じところに辿り着くことになりました。
posted by 蝉ころん at 15:38| Comment(0) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月15日

子供の環境

子供を育てていて、やっぱり地域の連携って重要だな〜と実感しています。

私は、地域の互助的な部分から外れて育ったので、必要は感じずに大きくなりましたけど。

子供には、社会性、人付き合いを身につけて欲しい、という思いから、小さいころから積極的に地域の人と関わってきました。

今、近所の人や、年上の子達、みんなに見守られて育っています。

性格はかなり私に似ていると思うのに、当時の私にできなかった、人との関わり、友達付き合いを、はらはらしながら見守っている私をよそに、軽々とこなしていきます。危なっかしいと思うことも、軽く受け止めてもらって。

ちゃんと、親以外にも、愛情を持って見守ってくれている目がある。

当時の私には監視の目としか思えなかったものも、しっかり愛情として伝わっている。子供が心から信頼を置いているのがわかります。

みんなが見守ってくれている。子供のことだけじゃない。私も含めて、家族を見守ってくれている。

子供のために、と自ら動いて築いてきた人間関係が、私にとっても大切なものになってきています。



この関係を壊したくない。

夫と別れることで、どんな形であれ、変化があるでしょう。

それがこわい。

引っ越すのは仕方ないとしても、できるならこの人達とつながりを保てる場所にしたい。でも、離婚して家から飛び出した私と、今までと同じように付き合ってくれるのか?子供が急に邪険に扱われたりいじめの原因になったりしないか?それに、同じ地域に夫がいる、そんな環境で私はやっていけるのか?やっぱり遠くはなれた場所にすべき?また一から人付き合い・・・その土地でも受け入れてもらえるか?

ぐじぐじ悩んでしまいます。結局、自分がいじめられていた過去に縛られています。
posted by 蝉ころん at 17:07| Comment(3) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月05日

今日の出来事から

今日、公園に言い争いをしている女子小学生がいた。

一人が声を荒げているのに対して、もう一人は小さい声で冷静に受け答えしていた。なんとなく聞こえて来るので気になってしまった。

しばらくして、冷静なほうの子が「あなたにそんなこと言われる筋合いはない」と言うと、声を荒げていたほうの子が「あなたが嫌だっていっているのにしつこくするからじゃない!」と泣き出した。

結局、泣いた子が謝罪を要求し、冷静な子が「ごめん」と言ったことで収まったようだった。

今の私の状況と、あんまり違わないなあ、と思った。

泣き出したほうの子は、謝って欲しいんじゃないんだよね、ほんとうは。本当に相手にして欲しいことは、謝るまでの過程にあるはず。相手の、された人の気持ちを考えて、本気でしたことを悪いと思って、それで謝るのが本当の謝罪なはずで。したことを悪いと思ってくれている、ということがわかれば謝ってもらう必要なんかないのに。

悪いと思ってくれてないのがわかるから、せめて「ごめん」の言葉でももらわないと、気持ちを納得させられない。でもそれでもモヤモヤは残っているだろうし、あとの関係もうまくいかない。だって無理矢理納得してるから。

「ごめん」を言った方も、納得してない。なんだか面倒くさいことになって、自分は悪くないと思っているけど、その場を収めるために、とりあえず言っただけ。むしろ謝らされてムカムカしてたりして。

またそのうち同じような問題が起きる関係だろうな、と思った。小学生くらいにはよくあることなんだろうけど。



うちも、ずっとこういう関係だったんだな、と思った。

夫は、色々と私を傷つけることをしても、全然悪気がなかった。そんなふうにとる私が悪いことにされて、結果謝ってくれても、本心からでないことははっきりしていた。話を終わらせるための魔法の言葉が「ごめん」だった。

私は私で、嫌なことをされても、謝られたら許さないといけないと思って、またいつも通りの関係を保っていた。そしてまた同じことの繰り返し。

小学生から成長してないじゃん。



こんな関係で、できることってなんだろう。

気持ちを理解してもらう?

今まではずっと夫にわかってもらおうとしていたけど、どうやらそれは、夫が変わらないとできないようで、それには夫自身がやる気にならないと無理。そしてそれは、私から、夫に支配されている人間からの働きかけでは無理。

次にできそうなこと。強くなること。

なんとかして力を取り戻し、夫より強い立場に立つこと。夫はどうやら、従うか従わせるか、のような関係でないと落ち着かないフシがある。私が上に立つことができれば、やっていけるのかもしれない。ただ、今、夫が会社で認められ、家を買い、子供ができたことで、夫の中で、夫の地位がかなり上がってしまったらしい。結婚当時の、「俺は自分が嫌いだ」と言っていた、自己卑下の夫はもういない。今更私が何をどう頑張ったところで、夫に「妻が上」だと認めさせることが可能なのか?そして、それは私のしたい生活ではない、という問題点もある。

じゃあ離れる?

これがどうやら、私にとっては一番良さそうだ、という気持ちは、実はかなり前から固まっている。

ただ、子供はどうなるのか。子供は、離れたくないだろう。大きくなっても、私が夫とうまくいっていないことに疑問を感じこそすれ、お父さんと慣れたいとは思わないだろう。夫は、そういうお父さんで居続けるだろう。お父さんを許さないのはお母さんで、お母さんが許してあげれば家の中はうまくいくのに。つまんないことでへそを曲げて、いつまでもこだわってるのはお母さんじゃないかと。そう思われるという確信が、なぜかある。



ここまで書いて、私が世間の目を怖がる意味が、何となく見えた。私は子供に嫌われるのを恐れているらしい。子供は大きくなるに連れて、世間の目を身につけていくだろう。そのとき、私の行為は子供にどう受け止められるのか。

子供のため、子供のためと言いながら、結局は子供の幸せより私が子供にどう思われることになるかということが気になっているんだ、私は。少なくとも、そういう面は、あるな。

なんだか初め書こうとしていた内容と変わっちゃった気がするけど、これはこれで、今日の結論。
posted by 蝉ころん at 19:48| Comment(2) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月03日

バランス感覚

私はバランスをとるのが下手だ。実際体の平衡感覚もあんまり良くないけど、精神面でもそれがある。

一人でいると、感情の波に流されまくって、悲しくなったらどっぷりとはまるし、怒りだしたらしばらく引きずるし、楽しいことはやめられない。行き過ぎてしまうのだ。極端から極端に振れている。

でも外で人付き合いをしていると、そうでもない。かなり、感情の起伏が穏やかになって、行き過ぎないようにセーブすることができている。

なにが違うんだろう。

外で誰かと一緒にいる時は、相手を見て、周りにも気を配って、常に自分の状態が場に合っているか、気にしながら過ごしているように思う。全体を見て、バランスをとりながら感情を出しているから、行き過ぎることがない。

一人になると、全体、というものが見えなくなって、感情を引き起こす対象に集中しまうから、極端まで行ってしまうのかも。

そういえば、趣味で描いている絵でも、実はそういうところがあって、今書いている一部分に集中し過ぎて、部分部分ではそれなりに味があっても、全体として見ると全然バランスがとれていない。

夫と話し合いをしている時も、そういう状態に陥っている気がする。全体として、話の流れや、メインで話し合っている話題をしっかり意識していないから、夫のへりくつがどんどん本題からそれても、ついそこに集中してそこだけを切り取って受け取ってしまって、正論に思える。夫がどんどん責任を私に押し付けてきていても、自分の全体のキャパシティを考えもせず、引き受けてしまったりする。


全体を見ながら、部分を見る。

社会の中の一個人としてしっかり立つためにも、重要なことなんだろう。周りとのバランスを保ちながら、自分も失わず、自分の立ち位置を確保して、生きていく。

今の私にはなかなか習得も難しそうだけど、意識して過ごしてみたいと思う。
posted by 蝉ころん at 08:07| Comment(2) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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