2010年03月19日

夫のいない日々

そろそろこれが書けるかな、と思います。

まっち〜さんのモラルハラスメント・ブログで、共同企画されていた、「モラといた日々、モラのいない日々」の参加記事「夫といる日々」の続編です。

元夫からのモラハラの影響は抜けたな、と感じています。

私にとって元夫のいない日々は、自分と向き合う日々となりました。

自分の感情を封印し続けた過去と向き合う日々です。

その中には、元夫から受けたモラハラに対する封印した感情も含まれています。

感情を封印することになった大元は、私の源家族、実家で植え付けられ、身につけざるを得なかった自分の捉え方、反応の仕方にあることが、わかってきました。

相手の言動に対するマイナスの反応を相手に伝えない、不快だと感じても離れない、そもそも、不快という感覚を麻痺させているなど・・・・ハラスメントの世界で生き抜くための無意識の反応の数々。

これらの原因とひとつひとつ向き合い、外していく。

新しく、感情の表現の仕方を学んでいく。感情を閉じ込めるのでなく、感じて、表現することで、ひとつひとつ、解放していく。

何重にも重なった薄い薄い破れやすい膜をはがしていくようなことをしています。

膜のとっかかりが見つからなくて、はがせないときもある。

はがし方を間違えると破れてしまったり。

それでも、じっくり、ゆっくり、はがしていく。

すべてをはがしたあと、何か残るものはあるのか?それはなんなのか?どんな私が現れるのか?

それはまだ見えないけど、そこを目指して、少しずつ進んでいきます。

そんな毎日。



ここに辿り着くために元夫から離れた。

そこに気付くために元夫と日々を過ごした。

元夫のいない今、元夫のいた日々をこんなふうに捉えるようになりました。

元夫に対する怒り、恨みなどは、今更ながらふつふつと沸いてきています。離れたことで感じられるようになった、正当な感情とともに、過剰に反応している、度を超えた感情が含まれています。

この度を超した激しい感情も、私を探る大事な鍵になっています。



たぶん、元夫と離別した直後にこのテーマで記事を書いていれば、もっと意気揚々とした内容になったかもしれません。

モラハラは苦しいものだったし、離婚してよかった。

モラハラで受けた苦しみに対する怒りは、正当なもの。

でも、私自身の人生で背負っている苦しみは、元夫に関係のないもの。私は、それまでを元夫の責任にしてしまおうとしていました。

それこそがモラハラ。私の加害者の側面です。

当時はそんな自分に気付きたくなかった。気付かずに誰かのせいにして生きていたかった。気付くのが怖かった。怖くて怖くて気配を感じながら目を背けていた。

でも、気付いて欲しかった。自分で自分に気付いて欲しかった。もう逃げ回るのは嫌だった。自分で作り上げてしまった恐怖の檻に囲まれて生きるのは嫌だった。

今は、気付けた。やっと向き合えた。

向き合ってみたら、必死で生き抜いてきたころんちゃんがいた。

誰のせいでもない。ただ必死で生きてきただけ。

それだけだったのに。

傷つけたり、傷つけられたり・・・・

そんなことになってしまってたのが、悲しい。

誰も悪くないのに。みんな必死で。見えなくなってしまって。

悲しいな・・・・




あらら、また、なんか話が別の方向へ・・・ごめんなさい。

でもこんな心境です。今現在の、「夫のいない日々」。

「夫といる日々」を書いた頃には、こんな状態は想像もできなかったな。

想像よりも、いい方向へ向いていると感じてます。

どんどんいこう。ゆっくりと。私の日々を。
posted by 蝉ころん at 12:54| Comment(0) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月16日

気分の変化と同居の秘訣

この週末は、夫が子供を連れて出かけたこともあって割と平穏に過ぎました。

それでも、余計に感じたこと。

なつ草さんのブログでも話題にされているんですが、ずっと気分が曇り空、というお話、すごく共感しました。

夫がいないときの心の中は、ピーカンに晴れている時もあれば、過去の怒りで雷ゴロゴロの大嵐、悲しみでしとしと暗い雨・・・と、いろいろの空模様です。

それが、夫の気配がしたとたん、薄曇りになり、雲の厚みが増したり、雨が降ったりすることはあっても、日が射すことはない、という状態に変わってしまいます。雨が降ることがあっても、ぽつぽつ降るところまで。大雨にはなりません。「大気の状態が不安定」状態にまではなるものの、雷が鳴るところまではいきません。

天候変化の気配を残したまま週末が終わり、夫の気配が周囲から消えると、たちまち本来の週末の天気が顔を出してきます。

影響が軽くすんだ時は晴れ間が出るし、悲しいことがあったら雨が降り、腹の立つことがあったら雷も鳴ります。通り過ぎてからでないと、自分が受けた影響がわからないんです。



それでも、わかるようになっただけマシだとも思えます。

以前は、違う意味で私の感情は表に出ませんでした。夫が楽しそうにしていれば、雰囲気を壊さないように楽しそうに振る舞い、自己暗示で楽しいんだと思い込んでいました。夫が不機嫌なら、気に障らないよう、楽しそう過ぎず、不機嫌にも見えないよう、「意に介していないよ」という自分をキープして態度を崩しませんでした。そのうち夫の気分が変わって楽しみだした時、また楽しく過ごせるように。私の感情は私のものでなく、夫の気分を映し出す鏡でしかありませんでした。

一緒にいる人間が気分の上下の激しい人な時、そうするものだと思っていました。父がそういう人間で、このように対応すれば一番波風が立たない、ということを学習してしまったようです。



今、私がずっと曇天続きで、夫から見た私はずっとどんよりした人間のはずです。夫も嫌でしょうね。夫もなんだか曇天のようです。それでも、それに引きずられまいと、部屋を掃除したり、子供と外に出かけたりして、爆発もせずに「元気な自分」をキープしているようです。

これも、私に似ている・・・と思いました。夫にも、被害者的な心理側面もあるわけです。夫も、私の機嫌に左右されているんですよね。

こちらが元気を取り戻そうとしたとたんに爆発が起こる、って、よくありましたけど、こういう心理が作用してのことだと思います。相手が元気になると、緊張が解けて本心が出てくるんですね。体調が落ち込んでいる時には「俺も病気」なわりに、気分が落ち込んでいる時には案外なにもしてこないのは、相手の気分が不安定な方が自分にぶつけられる不安が大きいからだと思います。夫も姑による洗脳を受けています。

だからといってこちらが大雨や雷になって夫に影響が出ると、すかさず反撃してきます。影響に耐えられないから、より大きい気象変動で飲み込んでしまって、うやむやにしてしまうわけです。



となると、こちらはますますはっきりした天気にはなれません。ずっと曇天のまま。それが同居の秘訣なのかもと思ったり。

でも考えれば考えるほど、こんな同居はいやです・・・。
posted by 蝉ころん at 11:50| Comment(2) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月29日

利用される子供

私は元来、それほど世話焼きな性格ではありません。

困った人を助けたいという欲求はありますが、相手が自分で立てるようになったらよかったね、と言って手助けしたことさえ忘れてしまうというような執着心のないものです。

夫に対しても、大人として自分でするべきだろう、ということはずっと手も口も出さずに過ごしてきました。

朝は起こさない。食べるか食べないかわからない朝食は用意しない。頼まれてもいないスーツのクリーニングはしない。夫がメインで使っている部屋の片付け、掃除はしない。脱ぎ散らかした服や靴下は、夫自身が洗濯籠に入れるまで洗濯しない。食後の食器も下げない。夫が使った鍋・フライパンは洗わない。

ひどい妻でしょ?

頼まれればしますよ。主婦ですし。朝起こすのだって、この日だけはどうしても遅れるわけにいかない、自信がない、と言われれば起こすかもしれません。でも、私が起きれなくて起こせなかったとしても、責任は負いませんし、先にそういうことを言っておきます。だって、朝時間通りに起きて出かけなきゃいけないのは私じゃなくて夫自身ですから。

だいたいは夫のほうがプライドが許さないんでしょうね、頼んできません。

夫は頼むのは嫌だから操作しようとしてきます。でも以前は、私はかなり夫の領域と自分の領域を区別していたので、うまく入り込めないようでした。夫が侵入しようとしても、私はうまく体をかわして、別の場所に移動して自分のスペースを確保していた、そんな感じだったと思います。

そして、いつでも何かあれば夫の元を離れる覚悟はありました。夫もそれを察知していた分、おとなしかったと思います。



それがどうしてこんなに支配されるように変わっていったか、自分の中に入り込まれてしまったかというと、どうもやはり子供が出来たこと、そこに一番のきっかけがあったと思うのです。

親は子供のことに責任を持ち、出来ないことを肩代わりして、支えてやる。子供の責任は親の責任。この、親の責任を負うことで、私の中での他者との線引きのルールにほころびが出来たように思います。子供の世話をしていると、どこから子供でどこまでが自分のことかわからなくなったりします。夫はうまくここにつけ込んできました。

夫は、自分の思う通りに私を動かすために、子供を口実に使うとよいということを学習したようです。

「子供のために総菜を食事に出すのはよくない」
「掃除をキチンとしないと子供の環境に悪い」
「食事中にテレビを見せるのはやめよう」
「早寝早起きさせて生活のリズムを整えるべきだ」

私は、子供のことを考えればもっともなことだ、私もそうした方がいいと思う、と、取り入れていきます。確かにいいこと。でもこれは、ただ夫が私を動かす口実に過ぎなかったんじゃないか、と思えてきました。

最初少しの間だけ参加した夫自身は1週間後には堕落していき、私に丸投げです。夫自身は子供の前でインスタントラーメンを食べ、物の散乱した掃除もしていない部屋に子供を入れ、食事中は子供の様子も見ないでテレビにかじりつき、昼過ぎまで寝たりするようになります。

もちろん、意図してやっているわけではありません。本人は、本気で子供のためを思っていっているつもりでいます。

そして私は、子供の生活を考えると、一度取り入れた方針を簡単に覆せず、どんどん窮屈な生活になっていきました。自分のことをする時間もなかなかとれず、ちょっとした内職のようなことにさえ、罪悪感を感じるようになりました。

家事、育児にどんどん手が回らなくなってきた私に、夫は不満を持っていたんでしょう。下の子を早めに保育園に入れたいと言ったとき、夫は言いました。

「下の子の成長が遅いのに、今保育園に入れていい時期とは思えない。だいたい、お前は家でなんかやっているみたいだけど、子供を保育園に入れてまですることか?」

下の子の成長は決して遅くありませんでした。上の子がかなり色々なことの習得が早かったので、夫は上の子を基準に見てしまっていて、下の子そのものの成長をきちんと見ていなかったのです。

私の内職についても、夫には許可を取って(お決まりの「あんたがいいならやったらいいんじゃない?」ですが)始めたものなのに、結局こうして子供を口実に使って攻撃材料にされてしまう。



夫は、「子供思いの父親」になったつもりでいます。保護者会にも自分からどんどん参加して、外に向けてのアピールも怠りません。それでいて、実際に子供と遊んでいると5分で寝てしまうのは、本当に「子供思い」なのでしょうか?外出先では世話焼きでも、家では子供の前で仕事しているか寝てばかりいる彼は、本当に「子供思いの父親」なんでしょうか?

私には、私を思い通りに操れる「子供のため」という伝家の宝刀を手に入れて、嬉々として振り回しているようにしか見えないのです。
posted by 蝉ころん at 09:51| Comment(3) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月25日

長髪フェチ?

夫はどうやら、長い髪が好きらしい。

出会った時から付き合い始めるまで、ずっと私はベリーショートだったにもかかわらず、夫は私が髪を切るたびに不機嫌になったものだった。

最初は、気付かなかった。だって、私はずっとショートなのに、ショートが嫌いだとは思わなかったし、まさかそんなしょうもないことで不機嫌になる人間がいるとは信じられなかったから。夫本人に確かめても、「そんなことないよ」と否認していたし。

でも、この「髪を切ると不機嫌」はずっと続いた。それでも私は、自分の好みを貫き通した。一度だけ、上の子の妊娠、出産時には、匂いがダメでカットに行けず、伸ばし放題に伸ばしたことがあった。このころの夫は、あまり不機嫌になることがなかったように思う。

そして、この時期の私の写真は、今も夫の部屋に飾られている。そんなにお気に入りなのか、それともイヤミか、責める口実を与えないために片付けないのか。理由はわからない。でも、まだそれなりの夫婦関係を保っていた頃にも、一度も写真を変えなかったことを考えると、やっぱりこの頃の私の外見が好きなんだろう。

一時期、私は週末ごとに少しずつ、自分で髪を切っていた。これだと、切ったことがはっきりわからないし、私も自分の好きな髪型がキープできるので、なかなかいい感じだった。その後、私のカットタイムであった入浴時は、子供と入ることになって、終了した。



今、夫のロングヘアーへの執着は子供に向けられている。(うちには女の子がいます)

子供の髪を切ってやるたび、夫の口から子供に向けて発せられる言葉は、「切っちゃったのか」。この言葉を言わなかったときはない。いくら上手に切れて、かわいくなったと子供が気にいっていても、上機嫌で「お父さん見て見て」と見せにいっても、心底残念そうに、「切っちゃったのか」と言う。

子供は、その一言ですっ・・と表情が変わる。子供でも、こんな言葉の意味はよくわかっているんだなあ。やっぱり「かわいくなったね」って言って欲しいんだなあ、と思う。

だんだん、髪を切るのを嫌がるようになった。髪が長くて洗ったり手入れが大変でも、切りたくないと言う。本人が長い髪が好きになってきたのもあるだろうと思う。髪を切るのが面倒くさいというのもあるだろう。でも、他の面でも、夫の気に入るような行動をとろうとする子供を見ていると、やっぱり夫の言動の影響は少なくないと感じる。

そんな子供を、夫はとても気に入っているようで、髪をとかしてない、ぐちゃぐちゃなままでも、梳かせとか、まとめろとか言ったことがない。ただただ、長い髪が好き、それだけなんだと思う。

夫が長い髪が好き、それはいい。でも、そのために私や子供の感情を無視して髪を切らせまいとするやり方は、やっぱり許せない。


こんなふうに、なにごとも夫自身ははっきりと口に出さず、私たちの行動を制御しようとしている。
posted by 蝉ころん at 10:08| Comment(2) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月11日

義母の世話になった日々

初めての出産のとき、私は夫の実家にお世話になった。

私の実家は仕事をしていて、朝遅く夜遅い時間軸で生活していること、母は父のことと仕事で手一杯で、私と子供の世話まで手が回らないだろうこと、父が耳が悪いため、家の中にはものすごい音があふれていること、実家までの距離が遠く、移動に4時間ほどかかること・・・などの理由で、里帰り出産はしないと決めていた。

本当は、退院後は自宅に帰ってくる予定だった。このころは夫もまだそんなに忙しくなく、できるかぎりのことはすると言っていた。そして私もそれを信頼していた。

妊娠8ヶ月くらいになったころ、電話で母に出産後はどうするんだと聞かれたので、正直に家に帰って夫婦で頑張るつもりだと話した。すると、産後に家事なんてとんでもない、向こうのお義母さんにお世話になりなさい、と言われた。

私は、出産の先輩がそういうんだから、自分たちでなんとかするのは無茶なのかも、と思い、悩んだ末に義母に電話して、産後、世話になれないかと頼んだ。通ってもらうのは申し訳なく思い、私が義母の家に行くことになった。夫は、「ふぅん、あんたがいいならいいんじゃないの」という、賛成とも反対ともわからない反応をした。

義実家での生活は、ストレス満載だった。

家の前が街道筋で夜中でも大型トラックが頻繁に通るのは仕方ないとしても、義実家で暮らしている夫の兄弟が、真夜中に大きな音を立てて帰ってくる。朝は早くから小学校に行く登校拒否気味の子供がいて、必ず玄関先で行きたくないと言い出すので、大声で叱り飛ばしてから登校させる。玄関横に部屋をあてがわれた私は、義家族が玄関を出入りするたびにその物音にびっくりして目を覚ます。もちろん寝付きかけた赤ん坊も目を覚ます。ただでさえ3時間おきの授乳で睡眠不足なのに、朝も夜も気の休まる時間がなかった。

夜中の授乳時も、赤ん坊が泣き、授乳の用意をしていると、義母から声がかかる。「泣いてるなら抱っこしてあげようか〜?手伝ってあげるよ〜」夜中くらい、放っておいて欲しかった。「大丈夫です」と返事をしつつ、どんどん「泣かせちゃいけない」と思うようになっていった。それでも泣かないわけがない。ノイローゼ気味になっていった。

義母しかいなくなる昼間は、「居間に来て一緒にテレビを見てくつろごう」と義母からお呼びがかかる。食事中に、子供が泣いて授乳をすると、戻った時には食事が片付けられている。「冷めちゃっておいしくないから。また作るね」と言ってくれたが、次の食事の時間までなにも出てこない。冷めててもいいから、食べたかった。特に授乳後でお腹はぺこぺこだった。たまに下げられていなかったときも、食べていると「そんなおいしくなくなったの食べないで!またつくるって言ってるでしょ!」と怒ったように言われた。そして、新聞でも読んでくつろぎな、と言われるのだ。私はそんなことより食べたかったし、眠りたかった。

1週間経っても悪露が減らなかった。普通ならもっと減っているはずなのに。授乳も、完全母乳を目指していたのに、母乳の状態がなかなか良くならなくて、混合が続いていた。私はどんどん憔悴していって、一人で部屋にこもっては泣いているようになった。授乳をしている最中に掃除機をかけに入ってこられたこともあったから、一人で部屋にいても、泣いていても、いつでも気を張っていた。

結局2週間でギブアップした。夫に家に帰りたいと伝えると、「あんたがそうしたいなら、いいんじゃない?」と言った。なぜ帰りたいのか、何が辛いのかを訴える雰囲気ではなかった。夫は、全く何もわかっていなかったし、わかりたいとも思っていなかったんだろう。

今振り返ると、監視されているような生活だった。授乳していても部屋に入ってくるし、それを深いに思ってちょっと隠れ気味するだけでも「なによ隠すなんていやらしい」と言われた。下着の洗濯を頼むのも、本当は嫌だった。できれば夫にして欲かった。ほとんどプライバシーというものがなかった。

義母は、私がいる間中、「産後に頼ってきてくれる嫁なんてなかなかいないわよ、いいお嫁さんもらったわね〜って、みんなに羨ましがられているのよ〜」とご機嫌に何度も繰り返していた。その時は、嬉しく思ってもらっているんだ、それならよかった。なんて思うようにしていたけど。結局自慢してただけ?嫁に頼られるいい姑なことを自慢する材料にされただけ?っていう疑問は持っていた。

あの生活はなんだったんだろう。
posted by 蝉ころん at 10:55| Comment(3) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月10日

夫といる日々

まっち〜さんのモラルハラスメント・ブログで、「モラといた日々、モラのいない日々」という共同企画をされています。

いつか、私もそんな記事が書けるようになりたいな。と思いつつ、モラといる今の生活を考えてみました。

まだモラルハラスメントと言う言葉に出会っていない頃。私はどんどん自分を失っていました。

普通に考えれば私は別に悪いことをしていないはずなのに、なぜだか機嫌が悪くなる夫。突然の機嫌の急変には、ああ、また機嫌がいいからと思ってまた私は調子に乗ってしまったんだ、と、原因を作った自分を責めます。

機嫌が良くても、とくに楽しいことがあるわけでもなく、ただ普通であるだけの夫に、不機嫌でないということだけをありがたく思って、不機嫌になられることにおびえながら暮らしていました。

私は自覚なく夫に振り回され、私が訴えるたびにころころと手の変わる夫の嫌がらせに翻弄され、いつしか私の心の中には、私の気持ちよりも夫の動向が多くを占めるようになっていました。夫ならこうするだろう、夫ならこう思うだろう。夫ならどうするかな・・・。無意識に夫の望むように行動している自分を知らず、自分がなくなっていることには気付きもしませんでした。

モラルハラスメントに気付いてから、ほとんど自分の考えと言うものが残っていない自分に愕然としました。カウンセリングに行ってさえ、自分の言葉が出てこない。夫を責める言葉より、まず自分の非を懺悔するように吐き出していました。夫から離れることが最善の道だという理解はしていたものの、「別居したい」と口に出した言葉は、ただの知識に過ぎず、自分の心からの言葉ではありませんでした。

自分を振り返ることで、気持ちを少しずつ表に出すことで、かなり自分が戻ってきたのが今の状態です。

でも、夫といると、やっぱり苦しくなってきます。自分の感情を表に出すことができません。出せないと言うより、地のままの私の姿を夫に見せたくないんです。私にとっての夫は、もうすっかり他人になってしまっています。それも、悪い印象を持つ他人です。そんな人と同じ部屋にいて、思い切りくつろげる人がいるでしょうか。

どこまで自分を取り戻しても、たとえ私が自分の気持ちを出せるようになって、夫の支配から抜け出せたとしても、夫と暮らしている限り、私の幸せはないんだと思います。今のこの家は、私が思い切りくつろげる家庭ではない。


夫のいない日々はまだ想像できません。いつか書けるようになる日を目指しています。




(2010/3/19追記:続編「夫のいない日々」アップしました)
posted by 蝉ころん at 18:36| Comment(5) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月05日

掃除のこと

結婚当初、共働きだったこともあって、家事は半々で、という約束だった。

平日は先に帰った方が夕飯を作り、遅かった方が洗い物をする。
手のあいている方が洗濯物を干し、取り入れて畳む。

最初のうちは、うまくいっていると思っていた。でも、なにかおかしいことに気付いた。

部屋の片付け、掃除は、とくに分担を決めていなかったせいもあって、夫はなかなか動かなかった。

私が散らかっているなあと思って片付け始めると、「片付けようよ」と声をかけても「うん、ちょっと待って」と言ったまま、終わるまで動かない。掃除機をかけても、夫の座っているところ付近をかけるときだけちょっとどいてそこらのものを持ち上げる程度で、手伝いにもなっていない。終われば「おつかれさま」くらいは言われるものの、不公平を感じていた。

毎回私が掃除をするのもおかしい!だいたい散らかしているのはほとんど夫なのに!と思い、夫自身が我慢できなくなるまで片付けはしないことにした。夫は散らかってると思ってないのに私が勝手に片付けている形になっていたから、逆に夫が散らかっていると思うまで待とうと思った。私も散らかってるのは平気な方だし、まあいいやと。

そのうちに、夫が突然不機嫌マックスで宣言する。「片付けるぞ!」私は有無を言わさず参加させられる。何が途中であっても。全部屋の片付けをし、掃除機をかけ、作業が終わると、普通の生活に戻る。不機嫌の余韻を残しながら。

私は夫の不機嫌に理不尽を感じながらも、一応これなら一緒に掃除をしているし、平等だから、ちょっと大きな声を出されるくらい、我慢しようと思っていた。

その生活は私が子供を産むために仕事を辞めるまで続いた。

専業主婦になってしばらくして、私たち二人の共通の友人に会った時、夫が言った言葉に空いた口が塞がらなかった。

「こいつは全然掃除をしない。散らかっているのを何とも思ってないどうしようもないヤツだ」

それはあんたのことだろ!私が掃除をしていれば自分は何もしないくせに!と言いたかったけど、友人の前で夫婦喧嘩を始めるのも失礼だし、雰囲気悪くなるし・・・と、我慢した。

正直、そんなふうに思われているとはまったく知らなかったので唖然とした。機嫌が悪いのは、部屋が散らかっているのが居心地が悪くなって限界に来たからだと思っていた。そこまで我慢している自分が悪いんでしょ、と思っていた。私に向けられた不機嫌だとは思わなかったし、思わないようにしていた。

なんで私に言わないの?他の人にチクるみたいなことをして。なんで?

夫は、こんなふうに、思っていることを直接言わず、私が反論できない状況で問題発言をする。夫は、事実として私の問題を知らしめることで、私への他人の評価を下げ、私の自己評価を下げていった。

いまだに、掃除は嫌い。
posted by 蝉ころん at 09:28| Comment(2) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月28日

最近のおもな嫌がらせ

最近はすっかり家庭内別居状態になって、モラハラらしき行為はあまり受けていないと思っていたけど、やっぱりそれは私の幻想に過ぎないらしい。


この夏、夫は子供にディズニーランドに行こうと言っていた。私には直接言わず、ただし必ず聞こえるように。

夫は、人込みが嫌いだ。人が多いところに行くだけで、どんどん機嫌が悪くなるし、行列を待つのなんかだいっ嫌いだ。ただ、それは、私と二人だけの時にしか見せない顔ではある。

そんな夫が、夏休みの混雑するディズニーランドに行って、楽しめるわけがない・・・私はそう思いながらも、乗り気になって話してくる子供と一緒に、夫の持って返ってきたパンフレットを眺めたりしていた。

夫は相変わらず子供にだけ話しかけ、「こんなのもあるぞ、これはどうかな」なんて、楽しそうにしている。私が「何日くらい行けそうなの?」「ホテル泊まるの?」なんて話しかけても、まるでなにか変な音がしたな?というふうに「ふぅ?」といった気のない声が発せられるだけで、返事もない、聞いているのかもわからない、ただ子供の手前、反応だけはしましたよ、という感じだった。

同じ部屋で、子供と談笑しながら、私一人を子供にしか見えない座敷童のように扱う夫。

だからといって、私がこの話題に入らないと、最終的に私が乗り気でないから話しが流れた、という結果に持ち込まれる。子供の楽しみでさえ、そんなふうに利用される。

そして夫とはまともに話しもできず、まあ本気で行きたければ自分で手配するだろ、と、放っておいたら、結局この話はうやむやのまま夏が過ぎた。実家にも帰っていたし、夫の中では、私のせいになっていることだろう。


それから、帰省のとき、私がいない間の生活費を渡そうとしたら、「いっそカードをくれ」と言われて、もともと夫名義の口座のカードだし、いやというわけにもいかず、渡したら、それから返してくれない。私からも言っていなかったからと思って、昨日言ってみたけど、「おぉ」かなんか言って、そのままうやむやになった。いつもなら、私の席に置いてあったりするのに。

いよいよ経済制裁がはじまるのかもしれない。ただの脅しかもしれない。どっちにしろ、計算ずくなことは間違いないと思う。


それにしても、いろいろ手を変え品を変え、嫌がらせしてくる夫には参る。どうしてもこちらも「相手の行動を悪くとる」ことに抵抗があるから、つい、嫌がらせだと気付けないで過ごしてしまう。それくらい、微妙なところを攻めてくる。免疫が付いてくると、新しい型に変わってしまうウイルスみたいだ。
posted by 蝉ころん at 13:07| Comment(0) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月22日

呪縛

夫には、嫌なことは嫌だと伝えてきたつもりだ。

そして夫も、私の話しはそれなりに聞いていたし、私の訴える態度から、これは二度としないほうがよさそう、とか、この程度ならちょっとたてば大丈夫、とか、判断していたような気がする。

実際、これをされたら別れる、と宣言していた浮気、AV鑑賞、暴力についてはまったくない。いや、暴力については、頭をはたかれたことはあるか・・・でもDVというほどのものではない程度。

ただ、夫としては「我慢している」のであって、やっぱり不満はたまっているんだろう。それが、態度や表情に出てきている。私は、その雰囲気、「我慢してやっている」という態度でいられることにプレッシャーを感じて、それで自分を追いつめてしまった面がある。

私が子供の世話に追われて家事が手抜きになると、言葉では、「子供に手がかかるんだししょうがないよ」と言いつつ、家事が手抜きなことを「我慢してやっている」態度で私を非難する。言葉をまともに受け取ると、態度でプレッシャーを与え、やっぱりやってほしいのか?と聞くと「そんなこと言ってないだろ」と余計に機嫌が悪くなる。いいって言ってやってるのに信じないとは何事だというふうに。

こうして、夫は自分が態度に出していることは認めないし、態度に出ていることを指摘しても、むしろ被害妄想だと私を責める材料にされる。でも、夫が望んでいるだろうと予測して行動すると、はっきりと態度が変わることを考えると、やっぱり私が察することを求めているんだろう。

言葉に出さず、態度、表情で要求されると、それがいくら理不尽な要求でも、否定されれば要求自体がなかったことになってしまう。いくら不機嫌な態度にこちらが居心地が悪くても、暴言、暴力といったはっきりした形がない以上、態度を責めてもはぐらかされ、逆にこちらがおかしいことになる。いたたまれなくなって要求に応じると、私が勝手にしたことになってしまう。

そして、たまに「本当はしてほしかった」ということを認めても、それはものすごく昔のことだったり、今さらどうしようもないことに限られていて、「お前がどうせ嫌がるから言えなかったんだ」と、夫が言葉にしないことさえ私のせいになってしまう。これは、「この先俺が不機嫌になったら何か言いたいことがあるってことだ、でもそれを言わないのはお前が言わせないからだ」という牽制にもなっている。

こうして、夫は何も言わなくても要求が伝わり、何もかもを私が責任を取る形ができ上がっていった。それさえも、夫はほとんど口を開かずに成し遂げている。私が自分からそういう体制の中に入り込んでいっただけのように。

私が夫といい関係の夫婦でいたいと思う限り、この呪縛からは逃れられない仕組みだ。信じれば信じるほど、深みにはまっていく。夫と仲良く暮らしたいと思えば思うほど、がんじがらめになった。そして私を失っていった。

私が限界を感じて気持ちの距離を置き、言葉もほとんど交わさないようになると、やっと夫は自分の要求を私に言葉で伝えるようになってきた。とても攻撃的な態度を添えて。

雰囲気で察して動かなくなってきたから、実力行使に出ているんだろう。いつ糸が切れて、暴力に発展するかわからない恐怖も実は感じている。それくらい、最近の夫は凶暴な顔をしている。むしろ手を出してくれた方がこちらも行動がしやすいなんて思うこともある。

でも夫は手は出さないだろう。第三者が見て不利になる状況は作らないだろう。そして、いい関係を壊して距離を置いた私を責めるんだろう。

ここに書き始めたとき、それがとても怖かった。自分を守ろうとしてとった行動で、私のほうが悪者になってしまう。今は、少し自分の問題が見えてきて、開き直ったような気持ちがある。第三者は第三者。私が苦しいことは私にしかわからない。だから、私自身のために行動すればいいだけなんだと。

昨夜も泣いた。おとといも泣いた。でも、一歩ずつ前進していると思う。行動に移す前に、できるかぎり自分を取り戻していたい。
posted by 蝉ころん at 11:56| Comment(0) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月21日

キャベツとこんにゃく

まだ付き合いはじめのころ、夫と知り合うきっかけになったサークルの仲間で、お昼を作って食べたことがあった。焼きそばと、お好み焼き。

私はキャベツを切るように言われたので、彼(現夫)にどう切ろうか?と聞くと、適当に、との答が返ってきた。じゃあ食べやすいように、と思って、1×4cmくらいの短冊に切った。全部切って彼に見せると、

「なんでそんなに細く切るんだ!焼きそばのキャベツはもっと大きく四角く切るもんだ!」

と怒鳴られた。私は訳が分からず、とっさに近くにいた他のメンバーに、「この形っておかしい?」と聞くと、「いや、おかしくないよ。これが普通だよ」と言ってくれて、その場は収まった。その人は、彼にとって憧れの対象になるような人で、その人のお墨付きを得たので彼にはぐうの音も出なかったようだった。でも、彼はあきらかに不服そうな顔をしていた。



その後、結婚してからも似たようなことがあった。その日のメニューはたこ焼き。このときは夫婦二人で初めてたこ焼きをした日で、私はこんにゃくを切るように言われた。また、私がどう切ったらいいかと尋ねると、「適当に」という返事だった。

私はたこ焼きにこんにゃくを入れるということを知らなかったので、どう切ったらいいかわからなかった。ざっくり切って歯ごたえを楽しむのか?細かくしてかさを増やすのに使うのか?だから聞いたのに、「適当に、好きなように」と言われて、じゃあ好きなように切ろうと思った。大きめに切っておけば後からまだ小さくできるし、と考えて、タコと同じくらいのサイズに四角く切った。とりあえず出来上がって見せると、夫は

「なんだこれは!どこの世界にたこ焼きに入れるこんにゃくをこんなに大きく切るヤツがいるんだ!かせ!俺がやる!」

と怒鳴って、怒った手つきで乱暴にどんどん小さくみじん切りにした。

ああ、そんなに細かくして入れるんだ・・・と思いつつ、なんで知らないことをやらされて、教えてもくれないで、なんでこんなこと言われなきゃいけないんだろう?せっかく切ったのになんで認めてくれないの?とモヤモヤ。でもあまりの突然の不可解な出来事に、どう反応したらいいかわからず、何も言えなかった。



焼きそばの時も、たこ焼きの時も、そして他の数多くの時も同じだった。私が知らないと言っていることを無知のままやらせ、失敗すると、少しは頭を使え、考えたらわかるだろ!と怒鳴られる。こちらの言い分も聞かずに。聞いたとしてもそれさえも否定して。

そして、こちらは、キャベツくらい、こんにゃくくらいのことで、荒立てるのも大人げないか、と思って、そのうち機嫌のなおった夫に対しては何も言わずに過ごしてしまった。

でもこれってキャベツ、こんにゃくのこと?って今なら思う。夫にとってはそうかもしれない。でも、私にとって、怒鳴られた側にとっては、「怒鳴られたこと」が問題だったんだ。切り方が問題なんじゃない。少し切り方が悪かったくらいのことで、そこまで怒鳴られた。そこに目を向けなきゃいけなかったのに。

こんな時にも相手の立場で考えてしまっていたんだと思う。

もっと私は私の味方をしたらいいのに。私は何に対して不当だと思ったのか。何が嫌だったのか。もっと自分の気持ちをしっかり見つめたらいいのに。切ったのを認めてくれなかったのが嫌だったんじゃないはず。だって、ダメならやり直そうっていう気持ちはあったんだから。

私は不当に蔑まれて、怒鳴られたのが嫌だったんだ。そんなに怒鳴られなきゃいけないこと?これくらいのことで怒鳴られるのは嫌だ。知らないと言っていることを無知のままさせておいて無能呼ばわりも許せない。そう言えばよかった。言ってよかったんだ。

今の私も、まだまだ自分を見つめるのが下手。でも時間はかかるけど、見えるようになってきた。
posted by 蝉ころん at 03:04| Comment(2) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月06日

傷つける冗談

私はよく夫の言葉に傷つきました。でも夫はそれを「ただの冗談」だと言います。

結婚して、子供ができたら、私自身のことを面白おかしく(夫にとって)表現するのが気に入ったようでした。

「胎児の生命維持装置」とか、「母乳製造機」とか、「抱っこマシーン」とか。
わざわざ赤ん坊の顔と見比べて、「でかっ」「気持ちわるっ」とか。
つわりで苦しんでいるとき、「つわりがきついのは旦那がやさしいからだってさ」とか。
大きくなったお腹を見ても、お腹で赤ちゃんが動いているのを見ても「気持ちわるっ」
授乳中に大きくなった胸も「気持ちわるっ」母乳が出ているのを見ても「気持ちわるっ」

しかも、とがめると、「冗談じゃないか」とか、「だって本当に気持ち悪いんだもん」なんて言って、全然悪びれもしない。

私は、冗談のわからないヤツ、と思われるのが嫌で、冗談なんだ、と自分に言い聞かせて、「ひっど〜い」と、軽く流したフリをしていました。「気持ちわるっ」がでても、ああ、また言ってるって。

でも、どんどん自分が気持ち悪いものになっていくような気持ちにもなっていました。今思えば、本気で怒ればよかった。なんで自分が傷ついているのに、冗談ですませられて、謝られもしないで許しているのか。

だいたい、子供ができてからの夫の態度を見ていたら、あながち冗談とも思えません。夫は私に子供産ませればそれでよかったんだなあ・・・って。そうとられても仕方ないような言葉だと思います。私はただの子供を産む道具であるかのような。

そんな風に悪く取っちゃいけない、彼なりの照れ隠しなんだ、って思い込もうとしてましたけど。でも、表情にも態度にも出てたし。そう受け取られたくないなら冗談でも言っちゃいけない言葉じゃないでしょうか?

妊娠中って、マタニティブルーとかって、ホルモンバランスの崩れから精神的に不安定になる、といいます。実際になると思います。でも、なんでもかんでもマタニティブルーのせいにして、実際に傷つけられていることを気付かないフリしてたら、やっぱりいけなかったとおもう。夫も私も。


言いたい放題言っていたのは夫だけど、言いたい放題言っているのを放っておいたのは私。自分が我慢してればご機嫌なんだから、細かいことでいちいち真剣に怒って険悪になるは嫌だから、そう思って、自分を粗末にしてきたのは私。そしてだんだん洗脳されていったのに気付かなかったのも、私でした。

私は育児マシーンじゃないです。母親にはなったけど、だいぶ年も取ったけど、私は私。夫の望みをかなえてあげる機械じゃない。

今はもうこんな、傷つけられる冗談を私が言われることはありません。でも、子供相手に似たようなことを言っている時があります。子供が怒ると「冗談だよ」と言う夫。今はまだ、ぷんぷん怒って夫をぽかぽか殴ったりして素直に怒りを表しています。子供は本当に冗談として受け止められる子に育つんでしょうか。それともやっぱり内心では傷ついているんでしょうか。

人を傷つけておいて、謝らずに逃げるための隠れ蓑が「冗談」なら、そんな術は身につけないで欲しいし、こういう冗談を言う人に危険を感じられるようになってほしいです。
posted by 蝉ころん at 08:10| Comment(2) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月01日

手をつないで・・・

しつこいようですが、夫は、暴力など、はっきりと私に対してひどいことはまったくしません。でもその扱いは、ネグレクトに近いものだった、と昨日書きました。私の存在を意識していない象徴のようなことを思い出したので、書いてみたいと思います。


まだ子供がいない頃、夫と遠出をすると、よく手をつないで歩きました。

足の速い夫に遅れないように、私も大股でついていきました。息を切らせていても、ほとんど会話がないのであまり支障なかったのは皮肉な話です。

夫は、人込みの中でも、私と手をつないでいるのを忘れているかのように、私が通れるスペースがあるかないかなんておかまいなしに人をかき分けて進んでいきます。スピードもほとんど落ちません。私は後ろから、人にぶつからないように、足をもつれさせながらついていきました。電柱などがあっても、そのすぐ脇を通っていったりするので、私は何度もびっくりして避けました。

手をつないでいると言うより、引きずり回されていると言った方が近い状態でした。

「私と手をつないでるんだから、私が歩く場所があるかも考えて通るところを選んでくれない?」
「私の方が歩くのが遅いんだから、もう少しゆっくり歩いてよ」

何回も言ったけど、言った直後はマシになっても、結局は元通りでした。変わっていないことを指摘しても、

「俺はこういう人間だから」

で終わってしまいました。

それでも、夫と出歩くと、家にいるより会話もあったし、手をつなぐ、という控えめなふれあいも嬉しかったので、だんだんと夫に合わせて歩くようになりました。

夫に合わせているうちに、私は夫の付録でしかなくなっていました。

そして子供ができて、成長するに従って、その付録の役でさえ、私には回ってこなくなりました。夫の愛情を気兼ねなく注げる相手ができたから、私はお役御免になりました。

「子供にそれだけできるんだから、私にももう少し愛情を表してほしいな」

と、言ってみたことがあります。

「子供に焼きもち焼くなよ大人のくせに。子供と同じようになんか扱えるか」

それでおしまいでした。そして何も変わらない。

まったく示してもらえない愛情を求めることが、焼きもちにとられてしまう。そこで子供を引き合いに出したのもうかつだったかもしれないけど、それでも、私が苦しい気持ちで吐き出した願いを、こんな言葉で片付けられてしまう、そのことに傷つきました。

控えめに言い過ぎたのか?もっと本気で伝えるべきだったのか?たぶん、どっちでも同じようなものだったでしょう。控えめに言えば軽く扱われ、まじめに伝えてもオーバーだと言われる。どっちにしても夫に軽くとられることに変わりはありません。もともと私のことを軽くしか見ていないんだから、どんな言葉でも伝わりっこなかった。

私が電柱にぶつかろうが人にぶつかって謝っていようが、変わることなく一人分のスペースを歩いていた夫。そのときの夫の心に私は本当にいたのでしょうか。自分に触れている「手」があるだけだったように思えてなりません。それほど私の存在は軽いものでした。

たかが手をつないで歩くだけのことにも、これだけのことが現れていたように思います。
posted by 蝉ころん at 09:23| Comment(2) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月30日

リンクの理由

昨日リンクをつけましたが、ちょっとした理由があります。

いろいろなブログやサイトを読ませてもらっていますが、読んでいるうちに、自分と重なる部分があったりして、感情が刺激されます。

今までは、あんまり他のサイトさんと同じ内容になってしまうのってなんとなく悪いな〜と思ってしまう部分があってできなかったんです。ここですでになんか異常な感覚が植え付けられている気もしますが・・・。とにかく、人に刺激されている部分も私の感情なんだから、そこも含めて書こうと思ったわけです。ブログにはトラックバックという機能もあるわけですし・・・。

今日のモラルハラスメント・ブログの記事を読んで、かぶる部分があるなあ、と思って、書いてみます。まっち〜さんのようなひどい虐待は受けていないので、ちょっとはばかられていたんですが、思い切って書きます。

私もまっち〜さんのように、夫にされたことに傷つき、傷ついたことを、もう限界だと言うことを伝え、そして、乗り越えるために協力してほしい、とお願いしたことがありました。

それに対する夫の言葉も、同じような主旨でした。傷ついてるのはお前だけじゃない、大変なのはお前だけじゃない。みんな乗り越えていくんだ。自分の問題を俺のせいにして俺に頼るなと。


この時点から、私の夫に対する信頼はなくなり、夫婦関係は一気に冷えていきました。いや、もともと冷えていたのを、必死で暖かいものだと思い込もうとしていただけかもしれません。

思い出すにつけ、夫から受けた扱いは、ネグレクトのようだと思います。育児に関わる言葉なのでちょっと使い方がおかしいように思いますが、そこにいる私をほぼいないもののように扱い、私と関わる時でさえ、私の個性をないもののように扱うやり方は、まさにネグレクトでした。

はじめはコミュニケーションが下手な人で、できないからなんだ、と自分に言い聞かせていました。でもだんだんと、他の人達や子供にはそれなりのコミュニケーションができていることがわかってきて、私だけが特別に放っておかれている、ということに気付き、さらに傷つくことになりました。

私は、問いつめて傷つくことを恐れるあまり、勝手に夫の行動に理由を付けて、夫を弁護していました。

彼は彼なりに愛してくれているんだから、とか、彼も疲れているんだから、家に帰ってまで苦手なコミュニケーションで疲れさせるのはかわいそうだ、などと、自分を言いくるめていました。

素人知識ですが、これはネグレクトされた子供がそれでも親を慕うときのやり方にそっくりなやり方によく似ているようです。私はどうにかして夫のすることを肯定していました。たぶんそれは、夫に気持ちを晒すことで、夫に大事にされていない事実が決定的になることを恐れていたんだと思います。

そして、我慢が限界に達し、夫を信頼して打ち明けても、さらに突き放した対応を受けたことで、その恐れは現実になってしまいました。


私は直接されたことでひどいことというのはそんなになかったと思います。ただ、何もされないという形での、感情を受け入れてもらえないという形での虐待が、確かに存在したんだと、今も存在しているんだと、感じます。

もし私の子供たちが配偶者からこんな待遇を受けていたら、迷わず帰ってきなさいと言います。そしてこう思うことが、私が夫から距離を置く決断をした決め手になりました。
posted by 蝉ころん at 16:49| Comment(0) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月31日

良妻じゃない私

ここ数年、夫とは朝も夜もほとんど顔を合わせない生活をしている。

子供ができてしばらくしてから、ちょっとしたきっかけで寝室が別になり、以来、私は子供と、夫は一人で寝る生活を続けているので、眠っている時間はばらばら。夜は、夫が帰って来る前に、子供を寝かしつけながら一緒に寝るし、朝、私は、目が覚めていても夫が出て行く気配を確認してから寝室を出る。

夫は朝食を食べない習慣だし、晩ご飯はトレーに載せて置いておくと、書斎(?)でテレビを見たりパソコンをしたりしながら食べているようだ。

私は長いこと、この状態に変な罪悪感を感じていた。私は妻としてどうなのかと。帰りも待たず、出勤も見送らず、温かいご飯も用意せず。これでは、世間一般の目で見たら私の方が悪い妻じゃないか?と。

でも、最近いろいろと思い出しているうちに、最初はそうじゃなかった、ということに思い至った。一人目の子供ができてから、睡眠は確かに足りていなかったけど、それでも朝はなるべく見送っていたし、夜は夫の帰宅時間に合わせて食事を用意して、夫と食べていた。夜だって、親子3人で同室で寝ていたこともあったんだ。

じゃあなぜ、今みたいになってしまったのか。

結局、夫に合わせて生活するメリットが、私の方には全くなかったから、というのが理由だと思う。

夫の帰宅を待っても、夫は帰ったとたんにテレビを付けて、私が話しかけても上の空。食事をしても、会話らしい会話はなく、ただ夫の見たいテレビを見せられるだけ。夫は自分の嫌いなタレントが出ていると私が見たかろうがなんだろうがチャンネルを変えるのに、私が嫌いなタレントの番組は欠かさず見る人で、しょっちゅう嫌な気分で食事をしていた。

たまにテレビの話題で話が盛り上がることがあっても、それはただ私と対立した意見を夫の意見に従わせようとするもので、こうなると夫は子供も無視で論理展開に集中するため、子供の相手をしながらの私はろくに反論もできず、納得のいかない形で屈服させられるだけ。

朝は、無理して起きても、夫自身がぎりぎりに起きるため、「おはよう」もそこそこに行ってしまう。

夫が、私が合わせようがどうしてようが、マイペースで生活していたのに比べて、私はと言えば、夫に合わせ、子供に合わせ、ほとんど主体性がなくなっていた。それでも、夫が子育てにそれなりに関わっているうちは、子供のため、私に何かあった時は夫が見るんだから、と、夫をなるべく優先して生活していた。

二人目の妊娠で、事態が変わった。夫は仕事が忙しいことを理由に子育てから遠ざかることを宣言し、つわりで苦しむ私を冷たくあしらった。顔を合わせても、私が嬉しいような出来事は何もなく、ただ夫に合わせるつまらない時間があるだけになった。もう、夫と同じ時間を過ごすメリットはなくなったのだ。

そして、すっかり夜型になってしまっていた子供の生活リズムを変えるという目的もあって、今のほとんど家庭内別居と言えるような生活が始まった。

私は、冷たい妻だろうか。確かに、暖かい妻ではないし、良い妻でもない。でも、悪い妻でもないんじゃないか。私は夫から暖かい待遇を受けたことがなくても、夫をなるべく暖かく迎えていたんだし。それがなくなっただけのことだ。夫は今、帰ってきたら子供にも妻にも煩わされることなく好きなように時間をつかっているし、土日には、好きなだけ睡眠を取って、寂しくなったら子供に構ってもらい、何度言っても寝室に行かずに子供にじゃれつかれながら昼寝をする。

夫は、今の生活で満足なんだろう。私との関係がおかしくても、それは修復する必要のないことなんだろう。今まで、私から何度も関係改善のために働きかけても何も変わらなかったし、夫からの働きかけは皆無だ。夫は、今の状態が気に入っているんだ。

だから、私は私が理想の妻でいられないことに罪悪感を持たなくていいんじゃないか。誰が見ておかしくても関係ない。たとえ、夫自身が話し合いの中で不満を出してきたとしても、自分から解決を目指さず、ただの交換条件、駆け引きの道具として引き合いに出してくるのであれば、それは気にしなくていいことだ。夫は、自分が話し合いで優位に立つために、わざわざ解決せずに私の弱点としてとっておいているだけ。だって自分からは改善しようとしないんだから。

そんな、取引みたいな関係の夫婦で良妻したってしょうがないもん。
posted by 蝉ころん at 16:43| Comment(4) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月09日

締め付け

夫とは心通わせることができない。心を込めて言葉を投げかけても、くしゃくしゃっと丸めてそこらに放っておかれるように無下に扱われた。

夫とのやり取りを諦め、長い長い冷戦で心を閉ざす日々を過ごすうち、夫に安らぎを見いだせなくなった私は、外に目を移した。友を得て、活動の場を探した。別の場所に、自分の拠点を作り出そうとした。

そのうち、夫は、家事育児への不満を言い出した。いろいろやってる暇があるなら、もっと家事を頑張れるだろうと。そんなことに時間を使うなと。

評価もされず、悪いところばかり指摘されても、もともと好きでもない家事に、そこまで力は注げない、と言ったが、「それは甘えだ」と突っぱねられた。「もっと頑張れるヤツだと思っていた」と。しつこく、こんこんと正論をぶたれ、私は縮こまって反論できなくなっていった。

それからも、私には息抜きが必要なんだ、自分だけで解消できないストレスをぶつける場所が必要なんだ、と自分に言い聞かせた。家事をなるべくこなしながらも、活動は続けた。家事育児に、手が回らないところは当然ある。毎日毎日、夫と顔を合わせないように、夫に不備を見つからないように、びくびくしながらの生活だった。いつ活動をやめさせられるか、いつ、子供を義母に託されてしまうか。

夜、夫が帰宅し、玄関の鍵の音が響く。びくっとしてさっと辺りを見回す。不備がない日はホッとし、不備があった時は、慌てて隠すか、時間が足りなければ血の気が引いて夫の反応を待つ。夫が入ってくる。「おかえり」「ただいま」と心のこもらない挨拶をかわしながら、夫が部屋を見回す。さっき、私が確認したところを今度は夫の視線が通っていく。夫は何も言わない。でも、引っかかるところがあると、そこをじっと見つめる。私はマイナス点が入ったことを知る。

そして夫は子供のオムツを替える。私はしまった、と思う。夫はオムツ替えには特にうるさく、なにもそこまで、と思うくらいオムツを替える。一時期、休みの日にも夫がオムツを替えていないことがあって、諦めたのかな?と思っていたら、私が変える頻度をチェックしていて、あとで指導されたことがある。オムツを長時間替えていないと、すぐ見つかってしまうのだ。

そして冷蔵庫。賞味期限切れの食べ物を見つけると、すぐ処分してしまう。私がそれくらい大丈夫、私が食べる、と言うと余計に怒られる。お前がいいからって冷蔵庫を腐ったもの入れにするなと。

部屋の隅にホコリが固まっている。フローリングは、一日掃除をしないとすぐホコリが集まる。夫はじーっと見つめる。

台所の濡れたタオルを、夫が荒々しく交換する。

全部私の落ち度だ。主婦なら誰でもできるし、やっていることだ。夫は、ただ私ができていないことを指摘して、実践しているだけ。反論も言い訳もできない。

私はどんどん萎縮していった。夫が気にすることばかりが気になるようになって、自分がするべきことがわからなくなってきた。だんだんと、できていたはずのこともできなくなり、夫のチェック項目も増えていく。毎日毎日、日々をまわすことだけでいっぱいいっぱいになった。

それでも、私は外での活動をやめない。その時間を家事にまわせば、少しでもできることが増えるのがわかっていても。外の世界に、外の世界の人達に、すがりついている。命綱が切れないように、無茶苦茶な精神状態を押し込めて、必死に普通に普通に、振る舞っている。私がなくならないように。消えてしまわないように。
posted by 蝉ころん at 09:11| Comment(2) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月08日

なぜ?

ときどき、なにがなんだかわからなくなる。

夫から、突然の不機嫌、無視が始まる。私は長い付き合いから、こういう時は何を言ってもしても無駄だし、こちらにはっきりした落ち度がないこともわかっているので、相手にしない。むしろ、突然はっきりした理由もなく変な行動に出られて、こちらのほうが怒っているのだ。こうして冷戦状態に突入する。

夫はそのうち、何事もなかったように普通に接してくる。突然無視を始めたことを謝りもしないで平然とされていたら、私は納得いかないし、腹が立つ。でも、普通にしている人を邪険にするわけにもいかず、いつもうやむやのまま、なんだかはっきりしないまま冷戦は終わる。

何回もこんなことを繰り返しているうち、私はうやむやで済ませられなくなった。夫が普通に接してきても、私は相手にするのをやめた。謝るまで、許してやるもんか。悪いのはあっちなのに、なんでいつもこっちが折れなきゃいけないんだ。すると、夫もまた無視を続ける。

一度この状態になると、いつまでも続く。最初の、ほんの些細なことであろう、夫の不機嫌の原因なんて、どうでも良くなるくらいの長期間だ。

いつも、先にばかばかしくなって解決を目指すのは私だった。「いつまでもこんなことしていないで、ちゃんと話し合おう。」「私もこだわりすぎた。ごめん」先に、私が謝った。確かに私も馬鹿みたいに意地を張ったし、その点は私も悪い。それに私が先に謝れば、夫も素直に自分の非についても考えられるかもしれない、と思ってのことだ。

でも夫は、「そう、意地張り過ぎ。」「まあ水に流そ。」と、あくまで夫は悪くない、私が変な態度を続けるから、自分もそうしたんだという態度を崩さない。最初に原因となる、突然の無視、不機嫌の原因を聞いてみても、「別にそんなことはしていない、被害妄想だ」と取り合ってくれない。結局いつも、悪かったのは私と言うことになる。

納得がいかないながらも、このままだとまた同じことだと思い、「お互いの理解が足りないから、もっと話をしようよ、それが一番必要なことだよ。」という提案をして、冷戦はおわる。

そしてまた、しばらくすると夫からの無言の不機嫌が始まる。

私はもう、諦めた。いくら話をしようと言ったって、肝心な不機嫌の理由は無言状態で聞き出せないし、話をすると言えばテレビの話題とか、夫が欲しいものの話、夫の愚痴ばかり。私から話をしても生返事か、知ったかぶった理想論を押し付けられるだけ。私の気持ちを理解しようとか、楽しかった経験を分かち合おうとか、そういうそぶりは何もなかった。私だけが空回りしていた。

もうやめようと思った。夫には愚痴も言わず、今日あったことも話さず、ただ必要事項と、夫からの話に対する返事だけ。それでいいじゃないかと。この人とは心通わせることはできないんだから、と。

そして、長い長い、心を閉ざす日々が始まった。

夫は子供と普通に遊ぶ。私も子供と普通に遊ぶ。連絡事項を伝えれば、普通に返事が返ってくる。直接夫と私との会話はなくても、子供の笑い声がある。家族団らんがある。でもこれは、見せかけの団らん。夫婦の間に深い溝のある、子供がいることでかろうじてメッキがかかっているだけの、崩壊寸前の家庭だ。

こんな生活を続けていくのか?これが子供を育てるのに用意したかった環境か?

私が悪いのか?私が理解し合おうとしなければ、夫と心通う生活を期待しなければ・・・。夫はそんなに悪い男ではない?たしかに突然意味不明の不機嫌になって無視はする、理論で私を言い負かす。私に対する気遣いはない・・・。でも、暴力はない。借金もない。浮気もない。子供とも仲良しだ。夫に心を開かない、開くのが怖い、私が悪いのか?

どんどん自分に、自分の行動に自信がなくなっていく。

いったい私は何がしたいんだろう。なぜ、こんなことになってしまったんだろう。
posted by 蝉ころん at 14:03| Comment(2) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月07日

共有という名の束縛

今、うちの中に私の私物はほとんどない。

私と夫は体型がほとんど同じで、靴のサイズまで一緒。共用できていいね、なんて言っていた。
一緒に暮らすうち、私の靴下やら、寝間着やら、女物でも平気で夫が着るようになり、ちょっと不思議に思ったけど、まあサイズも一緒だし、私もTシャツなんかは使っているし、夫がいいならいいか、と思っていた。外ゆきのつもりにしていたトレーナーを寝間着にされた時は少し気に障った。でも、風邪をひいてしょっちゅう寝間着を着替えていて、寝間着がなくなったからしょうがないし、と諦めた。

他に、共用のパソコンがある。最初、夫のパソコンを借りて使うのが不便で私用のものを買ったはずだったのが、触らないで、と言っていたにもかかわらず初期設定から勝手に夫がしてしまい、いつのまにか夫がメインで使うようになってしまった。ときどき私が使っていると、さっとどいてもらえないのがもどかしいらしく、結局もうひとつ、夫が選んだグレードの低いものを私用に買うことになった。私が気に入って決めた私用だったはずのものは、共用と言う名目の夫用パソコンになってしまった。

新しく買った私のノートには、夫はさわりこそしないものの、新しいOSが出たと言ってはすぐにインストールしろといい、方法まで細かく指示してくる。故障して、時間がなくて修理に出さずにいると、さっさといけと急かす。私は全然自分で管理している気がしない。

今の家に引っ越した時、新しい本棚を入れた。それまで夫の本棚しかなかったところに本棚が入ったので、半分に私の本を入れる、と言うと、「え〜〜〜!?」と本気で嫌がり、結局1/4が私の場所になった。夫は、他にもその本棚と同じくらいのスペースがあるのにも関わらず、だ。

この本棚の比率は生活の他のところにも大体あてはまって、もうほとんど夫が使うことのない台所にさえ、私の気に入りの道具は半分もない。

結局、私は夫の生活に居候させてもらっている身なのだ。夫は口では好きなことをすればいい、好きなものを買えばいい、と言うが、私が好きなことをしていても、夫の気に入ることでなければ「くだらないこと」に認定されて、無関心、無視で不機嫌を表される。それでつい、不機嫌な夫の気に入ることを選択してしまう。

私の居場所は、自由は、どこにあるんだろう。
posted by 蝉ころん at 11:44| Comment(0) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月03日

気付き

私は、一時期2ちゃんねるにどっぷりとはまっていた時期がある。

そこでは、夫婦のやり直しを目指す相談所のようなスレッドが立ち、うまくいっていない夫婦の悩みに対して仲良し夫婦側からのアドバイスがもらえていた。私は書き込みはせず、読む専門だった。ずっと読んでいると、2ちゃんねる特有の口の悪いコメントの中に、誠意を持って書き込まれている意見も多くあることがわかってきた。びっくりしたのは、とても女性寄りだと思える意見を、男性が書いていたこと。妻の話を聞き、優しい言葉をかけ、家事を分担し、妻の負担を軽くするために子供の面倒を見る。こんなに、妻を大切にしている夫も存在するんだ。

じゃあうちの夫はなんだろう?

休みの日でも、昼まで寝たあと、娘にだけ笑顔を向けて私には一目もくれずテレビを付け、おいしいとも言わずテレビを見ながら新聞を読みながら食事をし、ときどき子供を見ては、行儀を叱る。テレビのコメンテイターの話を、笑顔でうなずきつつ聞く。食事が終わると子供と遊ぶそぶりをして、そのまま2時間も3時間も寝てしまう。夕食の準備を始める頃に起きてまたテレビを付け、夕食と入浴がすんで私と娘が寝室に入ると、他の部屋にこもって夜遅くまで起きている。まるで私と時間を共有するのが嫌で、私を避けているような生活だ。

私も積極的に話しかけたり、笑いかけたり、自己主張したり、夫婦円満の秘訣とよばれるようなことは実践していた。でも夫の生活は変わらなかった。

そのうち2ちゃんねるのいつもの場所で、暴力はないがまともに相手をしてもらえない、という相談に対して、モラハラという言葉が出てきた。そのときは、ヘー、そんなものにも名前があるんだ、なんでもかんでもだなあ。くらいに軽く思っていたけど、このキーワードはなぜか頭に残った。

それからしばらくして、夫との関係改善をなかばあきらめて、夫はいないものだと、夫に夫役を期待するのはやめよう、居候だと思おう、と気持ちを切り替えて生活するようになった。夫を当てにしない生活は快適で、乳児のお風呂から、病気通院から、幼稚園の行事から、全部一人でこなした。ほとんど夫と接しない日々が続いたけれど、それでかえって私は元気になった。気持ちも張りがあるし、失敗も自分でしりぬぐいして、それで収まる。予定通りにことが進まなくても、「ま、いっか」ですむ。子供とものびのび関われるようになった。2ちゃんねるにも、いかなくなった。

でも、平穏な日々は長くは続かなかった。夫が、どうも放っておかれている、ということに気付いたようだった。あれだけ私のことは放っておいて、自分が放っておかれるのは不満なのか。夫の大好きな、自分で好きなように過ごす時間はたくさんあるじゃないか。テレビだって見放題だ。でも夫は自分の周りに人がいないことには耐えられないようだった。

相変わらず私には直接関わらず、子供にしきりに関わって来るようになった。私が子供と決まり事としていたことも平気で破るし、夜遅くなっても平気で遊んでいるし、私は私と子供の間に割り込まれることに不満をもった。いままで何もしなかったくせに!私が頑張って育ててきたのに!でも、子供にとってはやさしくて大切な父親だから、と思うと、子供に危害を加えているわけでもないのに夫を非難することはやはりできなかった。

ある日、子供がお父さんと寝たいといった。夫が見たいテレビがあるのを私は知っていた。どうするかと思っていると、子供は昼から言っていたにもかかわらず、夜になって夫は今日はダメだと断った。泣きわめく子供を「また今度」となだめるだけなだめて、それでも泣き止まないと、そのまま別部屋にこもった。そのあと、ぐずる子供を寝かしつけてから、私はどうしても我慢ができなくなって、子供と一緒に寝ようとするのはもうやめてくれ、と訴えた。変に期待だけ持たせて、かえってかわいそうだ、と。

夫からの反撃が始まった。「それはおかしい」「おまえはなんでも決めつけすぎる」「父親と寝たことのないような子供はまともに育たない」「それはお前の意見で子供の意志じゃない」正論でまくしたてられ、「おまえおかしい」を連発され、突然、私の体全体ががたがたと震えだした。なぜか冷静な頭が、あ、なんか私おかしい、と思った。結論ははっきりしないまま、1時間程度で追い出されるように話を終えると、私は相談窓口を探した。私はもうこの人とはやっていけないんだ、と感じた。

ネットで相談窓口を探しているうち、ふと、頭に残っていたモラルハラスメントを検索してみた。たくさんの体験談がヒットした。多くの体験談は私の状況とは比べ物にならないくらい壮絶で、私なんかが被害者と言うにはおこがましいように感じたけれど、共通点を感じた。ああ、これだったんだ。その後「モラルハラスメント」の書籍を探して読み、確信を新たにした。

この日の話し合いの後から、もう前のように夫に接することはできなくなった。私は確かに夫を怖いと感じている。暴力を振るわれたわけでもないのに、この恐怖はなんだろう?私の人格を否定される怖さ?私の存在を失う怖さ?それとも、もっと深い、夫の底にあるものに対する恐怖なのか。

カウンセリングを受け始めて、今、一歩踏み出す先を探している。
posted by 蝉ころん at 08:31| Comment(2) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月30日

私として

まだ夫との関係に疑問を抱いていなかった頃、夫と仕事の愚痴を言い合っていて、ふと思ったことがある。
「この人の部下として働きたくないな〜」

この時は、この考えは単に私生活をこれだけ知られている人の下で働いたらそりゃやりにくよな、くらいにしか思っていなかった。でも、これはかなり重要な意味を含んでいたんじゃないかと思う。ある意味、私は夫の下で働いているようなものなのだ。

夫は、完璧主義で仕事が速い。頭もいいのだと思う。教えられたこともすぐに飲み込んで自分のものとすることができるし、仕事を効率よく、向上させるアイデアも豊富なようだった。部下に持つにはかなり便利な男で、上役からはほとんどいい評価を得ていた。でも、人の上に立つにはかなり致命的な欠点を持っていた。

昔、まだ結婚する以前、夫は同人誌を作っていて、私もその手伝いに駆り出されることがあった。印刷の終わった紙を揃えて折っていくだけのことだったけど、私は自分はそこそこ手先の器用な方だと自負していたにもかかわらず、どうにも彼には追いつけないのだった。「わ〜はやいな〜すごいなあ」などと感心していると、「お前が遅いねん、いつまでやってんねん!」と、怒られた。同じやり方で、脇目も振らずに作業して、それでもかなわない。これはもう、作業態度でなく、能力差でしかない。それでも、彼は私を罵倒し、自分の作業効率の良さをこんこんと自慢した。どうしても追いつけない、頑張ってもそこまではできない、という人の存在自体がわかっていないようだった。

実際、夫が会社で他の人と組んで仕事をするようになると、相手方の仕事ぶりがどうにも気に入らないようで、しょっちゅう愚痴るようになった。周りに気を配って仕事をしていないから全然状況がわかっていない、と言ったかと思えば、あちこち気が散って集中していない、と言い、仕事がないと思ったら人に聞かずに仕事を探せ、と言うくせに、人に聞かずに勝手に作業をするから後始末が大変だ、だとか・・・。もう、愚痴を聞いているだけで相手への要求が矛盾だらけだ。でも結局は、自分だったらこう動く、というその通りに相手方が動いてくれないのがもどかしいだけなのだ。周りの人間が自分ではないと言うことが、理屈ではわかっていても理解できていないような、そんな夫。

当然、一緒に暮らしている私には、完全に夫の考えた通りであることを期待しているようで、ことあるごとに「それはおかしい」「これはこういうものだ」と夫流のやり方を叩き込まれた。部下に教えるように。私は地元の習慣が身に付いていないという自負があったので、この地域ではそれが普通なんだ、そういうものなんだ、と、なんでもかんでも言う通りにしていた。私の方が得意な分野でも、家事でも、夫に合わせた。夫は私を物を知らない半端者のように思っていたようだ。

私が仕事を辞めて子供を産み、家のことを徐々に私流でやるようになっていくと、夫は私を躾けだした。子供の育て方、家事の仕方、趣味まで全部夫流に染めようとする。私は夫の言うことに逆らう反抗期の子供のようだ。睨みつけられ、否定され、無視されつつ、でも、私はもう夫に付き合うのはやめにするんだ。私は夫の子供ではないし、夫でもない。私を夫の分身として差し出すのはもうやめるんだ。

私は私のやり方で、私のペースで、生きていい。私の愛し方で、子供を愛していいんだ。
posted by 蝉ころん at 15:28| Comment(2) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月14日

私の責任

私はずっと自分の行動に責任を持って生きて来たつもりだった。親から早く独立し、自分の稼ぎで一人で生きていきたいと思っていた。

実際に進んだ道は、4年生の大学まで親に出してもらい、最後には一人暮らし用の礼金、敷金まで出してもらっての一人暮らしの始まりだった。そのころには今の夫との付き合いは始まっていたし、働き出して1年も経たずに結婚している。そして3年後、子供を産むために退社した。私は、自分で目指していたはずの人生を自ら放棄してしまった。子供も、育てる自信がないから産まない、と決めていたのに、結局2人産んでいる。

私は心の中に2つの相容れない価値観を同居させていたんだろう。母のように夫や子供に振り回され自分をなくして人生を送りたくない、という気持ちと、母のように愛情を持って困難を乗り越えていく人になりたい、という気持ち。

母に憧れ、愛情に飢えていた部分が夫から離れることを拒み、夫に求められるがままに結婚、退社、出産へ流れていってしまった。どれも私が望んではいなかったことなのに。私はひどい女にはなりたくなかった。夫との付き合いは長いものだったし、求婚を断る理由もなかった。結婚前に子供はいらない、と話していたにも関わらず、結婚した以上、子供が欲しいと言う夫の気持ちを尊重するべきだと思った。

今、夫からのモラハラを受け、私は自分の不幸の責任を夫に擦り付けている。私はあなたの気持ちを尊重して、あなたの選択に従って生きて来たのに・・・。でもこれは、私が招いた結果。夫との相性も深く考えず付き合い出し、そのまま結婚して出産した。

確かにどの節目でも、自分の意見は言っていた。私はこういう女で、こういう考えだから、こういうことは受け入れられない。こういう生活がしたい。夫はうんうんと聞いていた。でも意見を聞いてもらって、それで生活が動き出すと次第に変わっていくのだ。夫は状況は変わるからと言う。確かにそれはその通りだ。でも、夫はいつまでも変わらず自分の思った通りに生活し、私はいつもそれにならって生きて来た。そこに私の意志はなかった。

何度も、この生活のおかしさに気が付く機会があった。でも、悪くとってはいけない、私の受け取り方がまずいのかも、前向きに考えよう、と、夫との関係を深く疑うことはなかった。

私は、夫から離れるのが怖かったのだ。不幸をもたらす存在から離れることで、自分の不幸を責任転嫁する対象を失うのが。私は私の不幸の責任をとる自信がないのだ・・・。

もう、自立しなければ。まだはっきりとした方向は見えていないけど、この関係を選んだ責任を、この生活をここまで続けてしまった責任を、私は自分でとらなければ。この関係を続けることになるのであれ、幕を引くのであれ、それは私が自分で考えて決断しなければいけない。これだけは、夫に引きずられることなく、固い意志を持ってとりくんでいきたい。
posted by 蝉ころん at 19:43| Comment(6) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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