2006年10月03日

癒し

実は私、頼まれ仕事でイラストを描いています。

最新の仕事で、わりと気に入ったものが描けました。

自分で描いといてなんですが、ときどき、この絵を眺めて癒されています。自給自足って感じでしょうか。絵そのものの癒しと、私にはできることもある、という慰めを得ています。

バレちゃうと嫌なのでここでは明かせませんが、この絵が描けててよかったなぁ〜と思います。



今日はこれだけ・・・しょうもない記事ですみません。
posted by 蝉ころん at 14:38| Comment(2) | 今の私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月21日

隠す

昨日の記事のつながりで・・・。

私は、夫に私の行動を知られるのが嫌です。以前はそんなことはなく、むしろ何でも一緒に体験したい、特に何か楽しかったことがあると、一緒にいたらよかったのに、なんて思うくらいでした。

でも、今は、椅子に座った、立った、トイレにいった、そんなごく普通の動きさえ、察せられるのが嫌でたまりません。

この感情にもどんどん拍車がかかっていて、最近では、平日の出来事を子供が夫に話すことにさえ嫌悪を感じてしまいます。無理矢理やめさせるようなことはしませんが、心の中では、頼むから私が絡む話はしないでくれ・・・なんて思ってしまいます。

子供も、告げ口をしているつもりはなく、ただ普通に話しているだけですが、夫がいなかった夜の食事がカレーの残りだったとか、友達と一緒に遊びに行って遅くなったとか、今日は昼まで寝ていたとか、そんな話をしているだけですごい不快感があるのです。

私の生活態度は夫に筒抜けです。信頼関係のない人間に全てを知られてしまう。だからといって子供が父親と話をする権利を奪うことはできません。

こういうこともあって、子供の前でさえ普通の私でいられなくなりつつあります。自分でもおかしいと思います。まるで子供のことを夫のスパイのように思ってしまう。

このブログも子供の前では書けません。ひらがなしか読めなくても、変換前に読んでしまいます。モラハラなんて、カタカナで読みやすくて覚えやすい。いつ夫に伝わるかわかりません。

夫に知られたくない、それだけのことで、私は子供にまで隠し事をするようになりました。それがまた罪悪感の元になる。

それに対して、夫はなんでもオープンです。はっきり口で言いはしませんが、絶対目に止まる、という場所に証拠の品を残しておきます。新しい物を買った、どこかで食べてきた、今度はここに行く・・・。自分では一言も喋らず、手紙でもメールでも電話でもなく、ただ事実のみが私に伝わるようになっている。それで自分は隠し事はしていないことになるんです。聞いていないと言っても言い忘れただけ、隠してないだろ、置いといただろ、と。

でも私は隠し事だらけ。家事をしていることさえ隠したいんですから。部屋を移動したことさえ知られたくないんですから。それはまた夫の攻撃材料(家族で隠し事はいけないだろ!)になって、「隠していること」そのものさえチェックされています。

さらに家計簿つけで行動範囲も知られることになり、いつでも夫に監視されているような、圧迫感を感じています。
posted by 蝉ころん at 11:04| Comment(9) | 今の私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月20日

家事ができない

家事の手抜きがひどくなっています。

また、この週末、夫からの要求がありました。昼食の支度が遅くて子供の生活に影響しているから早くしろ、というもの。

夫は、こういう家事に関する、子供に関することを要求してくる際、不適切だと思われる状態のデータを何回分もしっかり集め、付け入る隙のない理論武装をしてから責めてきます。

こういう要求をしてくるときは、夫自身の生活リズムさえきちんと整えてきます。ほとぼりが冷めたらまた休日は昼夜逆転に戻るんですが、前後1ヶ月はやり抜き、「俺だってこんなに頑張って出来ているだろう」というアピールをするのです。

実は、夫が見ていない日の生活リズムはしっかり整っています。なぜかというと夫がいないからです。

私は夫に家事をしているところを見られたくありません。家事をした結果さえ、見られたくありません。そういう心理があることがちょっとわかってきたんですけど、それでもこの気持ちはどうにもならず、夫がいる日は家事が手に付かないのです。

いつからか、夫がいる日は、洗濯も掃除もしなくなりました。朝、まだ夫が起きていない時間にははりきっていろいろしようと思います。夫が起きるまでには洗濯もします。が、夫が起きた気配を感じたとたん、一気に気持ちが萎えていって、なにもしたくなくなるのです。

なんでここまで夫がいるとダメになってしまうのか。

私は夫に評価されたくないのです。いい評価、悪い評価に関わらず、評価されたくない。できないところも見られたくないし、できることも知られたくない。

夫は上昇志向がすごく強い気がします。私にもそれを押し付けてきます。

私は、なるべく続けられることを目標にするので、ちょっと手抜きくらいで、習慣づけて、余裕ができたらもう少し上のレベルに手を出してみる、という上達を目指すんですが、夫は違います。

私が手を抜いていると、手を抜かずに頑張れ、となります。頑張っていると、引き続き頑張れ、もっと上を目指せ、と言われます。頑張っている状態を続けても、それはできるようになったことなんだからできて当然のこと。

そこで疲れて、これでは続かない、続かないよりはマシだ、と手を抜くと、なぜできることを手を抜くんだ、ちゃんとやれ、と言われる。でもずっと頑張ってて続かない、と反論すると、それは甘えだ、お前はもっとできるんだから頑張れ、俺はできると信じてる、などと、応援するようなことを言って追いつめてくるのです。

確かに一つ一つで見たらできることばかりなんです。でもそれを全部やろうと思ったら、私には辛いんです。確かに全部きちんと完璧にしていらっしゃる方もいるでしょう。でも私には無理なんだ、ということは絶対に受け入れてもらえませんでした。

最近は、私がやらない、ということを感じているようで、私を見切ったようです。どんどん家事領域に踏み込んできています。洗濯や洗い物、掃除なんかをするようになりました。私が家を空けている隙に、私に一言の断りもなしに、です。そして要求を突きつけてくる。

「俺はこれだけやってやっている」「お前はこれくらいのことはするべきだろう」というメッセージに受け取る私は変でしょうか。

ますます家事に手が付かなくなるこの状態は、私がただ怠けているだけなんでしょうか。私だってきちんとした生活がしたいんです・・・。
posted by 蝉ころん at 15:13| Comment(11) | 今の私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月30日

わかってきたこと

ここでブログを始めてから、なるべく自分の心の中を、できるだけ格好を付けないようにして書いてきました。

コメントをくれた方に暴言を吐いてみたり、夫や親、昔の同級生に対するわだかまりを書いたり。

感情をそのままぶちまけている時は、本当に極端に振れていて、かなりひどい感情が出てきます。

特に、母に対する思い(まだ書ききれてはいませんが)を書いた時は、こんなに母のことを憎んでいたのか、とびっくりするほどでした。二度と、母には顔を合わせられないのではないかと思いました。

でも、日が経つにつれて、少しずつ、爆発させた感情が心の中で落ち着いていくのを感じます。憎しみは憎しみのまま存在するけど、だから母が嫌いなわけではない。いや、嫌いだけど、でも、好きでもある。

そんな、心の中に矛盾を持っている自分を、だんだん受け入れられるようになってきました。


そして、この夏、帰省とともに、昔お世話になった恩師にも会ってきたのですが、実はこの恩師が、かなりの支配的な人物であることにも気が付き、いかに私がそういう支配、被支配の関係に自分から進んで身を置いてきたのかということを目の当たりにしました。

彼を慕う、同級生グループの面々は、支配されやすいタイプばかりで、支配的な父とその子供たち、といった関係だったんです。

この恩師は、かなり高圧的な人物で、へこたれずついていった私のことを、とてもかわいがってくれ、私が卒業した後も、ずっと自慢に思ってくれていました。そしてそれを、私はずっと誇りに思っていたのです。このことは私にとって、辛い状況を生き抜く力にもなったけれど、その後の、耐えなくてもいい状況を耐えてしまう原動力にもなっていました。

頑張れば何とかなる。威圧的な人物も、こちらのことを思ってくれている。結果を出せば、受け入れてもらえるんだと・・・。でも、先生の自慢のネタに利用されていたんだ、という事実に気が付きました。

それでもやっぱり私は先生を慕っています。あの時点で、私に一番必要だった自身を、どんな形であれ与えてくれた人です。ただ盲目的に慕うんではなくて、負の部分も受け入れた上で、それでも慕っている、そういうことでいいんだと。

こんなことも、たぶん、当時から気付いていたことなんだろうと思います。封じ込めていただけで。

一時、私の周りだけこんな人ばかりのはずがない、やっぱり私の感じ方が変なんじゃないか?とも思いました。でも、自分から進んでそういう場に身を置いていたとすれば、私の周りに私を支配する人が多いのも頷けます。

私は、私を支配するような人に自分からすり寄っていって、そして、支配されつつ、認められることを目指して、認められてかわいがられることによって存在意義を見つけていたように思います。他人の評価に寄りかかって生きてきたということです。

こんなことも、自分のこととして受け入れられるようになったことに、ちょっと自分でも驚いています。


ここを始めた頃から比べると、かなり私は変わってきました。でもまだ夫に対しての怯えはあって、やっぱり現在進行している状況には弱いなあと実感しています。
posted by 蝉ころん at 14:31| Comment(0) | 今の私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月07日

子供とイライラ

今日はちょっと不調。

朝から子供にすごくイライラしてしまって、イライラを抑えるのに精一杯。時間がない時にぐずられるとテンパってしまう。

子供の泣き声っていうのは、気持ちを不安定にさせる効果があると思う。それは、子供の危機を回避する行動をとるための親の側の機能なんだろうなあ。

「何かしてやらなければ」という心の動きと、「ここは自分で乗り越えさせるべきだ」という理性と、「時間がない!」という状況。何を選択すべきか、頭の中で落ち着いて考える余裕もなく、子供の泣き声は続き、気持ちばかりが焦る。いつまでも泣かれていると、だんだん責められているような気分になっていく。

子供が泣くのは、自分で解決できないから。解決する方法が身に付いていないから。だから、どうしようもなくて泣いている。自分で解決できるようになるまでは、間違った解決方法を身につけないためにも、大人のサポートが必要なんだから、うまくできていると思う。

つまり、私がうまい解決方法を知らないから、パニックになってるんだろうな。

私自身、赤ん坊の頃から泣かない子、いい子だったと聞かされているし、物心ついてからも、泣いて親に慰めてもらった記憶がほとんどない。いつも泣くだけ泣いて疲れきって寝て、起きたら忘れていた。なにか起こっても、親や大人は助けてくれないもの、と思って、諦めていた。

忘れること、諦めること、なかったことにすること。これが私の見つけた解決策だった。おかげで私は、過去に起こった嫌な出来事をあまり覚えていなかったりする。

でもそれじゃいけないんだ。泣いて泣いて、忘れたところで、問題はまた起きてくる。他の解決策を見つけないと。

子供と一緒に、本気で解決策を見つけていこう。私自身にも必要なことみたいだ。

こういうことを意識していたら、パニックにならずにすむかな・・・?
posted by 蝉ころん at 14:51| Comment(3) | 今の私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月02日

狭い世界

昨日、「ふざけんな!」と題して投稿してから、なんだか一気にテンションが落ちてしまった。

よかったんだろうか。名前出して「ふざけんな!」なんて題で、なんてデリカシーのないことをしてしまったんだろう。なんて攻撃的な、と、いつまでも気になっていた。

そこまで考えて、それでも書くほうがいい、今の私を出すべきだ、と信じて、覚悟して投稿したんじゃなかったのか。それなのに、しゅ〜と空気が抜けるように、怒りの気分もすっ飛んでしまった。

なんでこんなに変わってしまうんだろう。

私は人の目を気にし過ぎているんだろうか。

そういえば、夫との関係を考え直そうと思い立ってからも、「でもこんな理由でなんて、どう思われるだろう」なんてことがすぐ頭に浮かんでくる。それは確かに、うわさ話が子供に影響することを考えて、という面もある。でも、私は必要以上に人の目を恐れているように思う。

ここのブログも、更新情報の発信機能を切っているし、ほとんど宣伝もしていない。なんのためのブログ?という状態で続けている。

私は、批判コメントがくるのが怖い。気に入らなければ、気にしなければいいだけのことなのに、ショックを受けることを怖がってしまう。

一つのコメントを、全体の意見のようにとらえてしまう。結果、賛成されれば浮かれ、批判されれば落ち込む。

結局、世界が狭いんだろう。私以外の人間が1人しかいなければ、その1人から批判されれば、世界のすべてから批判されたのと同じになってしまう。同じ一言でも、世間が広い人とは、重さが全然違ってしまっているんだ。そしてその一言を恐れるあまり、小さいままの世界を広げようとしない。

結局、数少ない人に自分の価値を全て決めてもらっているようなものだ。

なんて悪循環だろう。

それが結局、夫に全てを委ねてしまって、今の事態を招くことにもなったんだろう。

少しずつ広げていこう。無理しないでいいから、虚勢張らないでいいから。落ち着いて、ゆっくりでいいんだから、自信持っていこう。
posted by 蝉ころん at 13:47| Comment(4) | 今の私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月23日

風邪

昨日、子供の風邪がうつって、ダウンしていた。

今日も、だいぶ下がったものの、まだ微熱とだるさが残っている。いつも、これくらいになると普通に動き出して、家の用事をこなして、子供の相手もして、と、していたけど、これってやっぱり体に無理をかけてるよなあと思う。

実は去年の夏くらいから体調不良で、少し元気になったな、と思ったらまた1週間くらいで調子を崩し、また長引く・・・という状態が続いている。

私は他の主婦の人に比べたら、ぜんぜん家事もできてないし、子供の面倒も中途半端に見ているし、ダメダメではあるけど、私なりには頑張ってる。無理もしてる。夫との関係が決定的におかしくなってから、それまでの頑張りが、無理が、体調として現れている気がする。

もう夫のことを気にして無理をするのはやめにする。

昨日も一日寝ていたけど、今日も一日ゆっくりする。それは、私が決めること。私のことを大事にできるのは私だけなんだから。
posted by 蝉ころん at 14:52| Comment(4) | 今の私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月20日

朝の夢

このところ、明け方に夢を見る。

場面は違うけど、同じ内容だ。

夫に、言い返している夢。昔のように自信を持って堂々とやり合っている夢。夢の中では、夫も昔のように、言い負かされない私に苦戦している。

私は、いつキレられて反撃が始まるか、と、ドキドキしている。そこだけは今の自分の自覚がある。そして、ドキドキしているうちに目が覚める。目が覚めてみると結構疲れを感じるけど、それなりの充実感があったりして。

これは、どういうことかな?

私の状態が、昔に戻りつつあるのかな。夢ですこしづつトレーニングしているのかな。だとしたら最強のイメージトレーニングだな。

明日も見れるといいな。
posted by 蝉ころん at 08:21| Comment(3) | 今の私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月19日

ありがとう

朝の連続テレビ小説が嫌いだった。

ドジなヒロインが、周りの人に助けられながら成長して、立派になっていく。

そんなうまいこといくかよ、甘いこと言ってんじゃないよ、と思っていた。私の周りには助けてくれるような人達はいなかったし、失敗したら今だとばかりに叩きのめされてきた。

私は、助けを求めるのが下手だった。それは、小さいころに求めて拒絶された経験から来ているものだと思うけど、もう、誰もいじめる人がいなくなってからも、弱みを人に見せることが、弱いことを認めることができなかったから、ただ勝手に一人で頑張ってきた。
たまに手を差し伸べられても、差し伸べられる手を見分けるのが下手だった。素直に助けを借りることもできなかった。

最近、やっと少しずつ変わってきた。できないことをできないと言ったり、失敗したことを笑って話したり、自分の欠点を人に対して認めることができるようになってきた。

助けてくれたり、気にかけてくれる人が増えた。私からは、ほとんど何も役に立てていないのに、私を助けてくれる人がいる。

まだうまく言えないけど、「ありがとう」を言う機会が増えた。

これって幸せなことだと思う。皮肉なことに、夫との関係がおかしくなってからだけど。それで余計に、夫との会話のない生活に対する違和感が増してきたわけだけど。

私の目が、外に向いたからなのか。いい変化だと思いたい。
posted by 蝉ころん at 15:06| Comment(3) | 今の私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月17日

感情の波

最近、感情の起伏が激しい。

昨日すっぱりテキパキ動いたかと思えば、今日はずるずる泣き通しでなにも手に付かない、そんな毎日を過ごしている。朝起きてみないと、いや、起きてみても、その日の自分がわからない。

子供といる時はやっぱり普通にしていないといけないと思って、とりあえずその時の感情はなかったことにして、普通に笑って過ごす。ときどきは怒ったりもして、いつものように過ごす。

でもそれ以外のとき。自転車に乗っている時とか、家事をしている時とか、子供の相手もしないでよくて、でも頭をほとんど使わないでいいとき。また感情が戻ってくる。過去を振り返ったり、今の状態をまた考えたりしながら、感情も揺れ動く。そしてたいがいは、泣けてきてしまう。

そうなると一日ずっとその考えにとらわれて泣き通しだったりする。

かと思えば、なにか今まで理解できずに苦しんでいたことに突然答を見つけて、まるで世界が開けたように明るい未来を感じ、一日浮き足立ったりする。

今日は、なんだか、笑えている日。外で食事をした。自分を急かさないで、のんびりしてみた。電車で、席に座れたことが幸せだったりした。ちっぽけな幸せだな。でもなんだかそのちっぽけなことが幸せに思えて、嬉しかった。

ちょっと優等生を外してみた、そんな日だった。

今日はこんなに楽しく過ごせても、明日はどうかわからない。まだまだ、どんどん出てくる未知の私がいる。こうやって少しずつ、押さえ込んでいた自分や、新しい考えを身につけていくんだろうか。古い自分を取り入れて、消化して、新しい自分を作っていっているような。

すごく自分に振り回されている気がするけど、しばらくこの生活でやっていこう。
posted by 蝉ころん at 15:04| Comment(3) | 今の私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月11日

春の出来事

春は、何かと忙しい。なんだかんだと子供関連の行事にまぎれて、家庭のことについて悩んでいる暇もあまりなく、ひと月以上があっというまに過ぎてしまった。

この間に、いつのまにか以前のように夫と会話するようになった。時おり、私が何か失敗した時に見せる夫の凍てつくような目線に気付かなければ、傍目には子煩悩な父親と、ドジな母親の、普通の夫婦に見えるだろう。でも私は、夫との会話が復活したことでまたストレスを抱えてしまった。正直、夫と関わることでこれほど消耗するとは計算外だった。子供のために表面上だけでもそれなりの付き合いをしなければ、と考えたからだけど、今、甘く見ていたことを後悔している。

ここ半年、夫とのコミュニケーションをあきらめて、私からはなるべく話しかけないように、必要なことだけを伝えるようにしてきた。夫から発せられる不快の気配も、ひしひしと感じながら努めて無視して来た。この生活で夫の気配を察する力が前より強くなったようで、会話の戻った今、何気ない動きにもビクビクしてしまう。夫が台所に目をやる。また何か不備があったに違いない。夫が子供と遊ぶフリをして私から見えないところに移動する。また何か溜め込んでいるんだ。夫が咳をする。ホコリっぽい部屋だと思っているな・・・。いつ爆発するんだろう。私から何か話し合いを持ちかけた時に反撃材料にされることは間違いない。気にしない気にしないと唱えても、どうしても気が付いて萎縮してしまう。

こんなこと、誰かに話しても考え過ぎだと言われるだろう。私だって、何回も夫に「深読みし過ぎだ、被害妄想だ」と言われて、そうかもしれない、もっと前向きにとらえようと努力して来た。でも、いつも裏目に出ていた。夫の表面上の言葉は、夫の真意とは別のものだった。夫の求めるものは「もっと深読みして気配を察しろ」ということだったのだろう。私も無意識にそういう要求に応えていた。表面上は何も気にしていないフリをして、夫のいない時間に夫の気になりそうなことをなくしておく・・・。

よほど身に付いていたんだろう。はっきり言葉に出されないことはなかったことにしよう、と決意してからも、体が動きそうになった。それでも、会話をなくし、接点のない人間だと思ったら、やり過ごすことができて、だいぶ楽になっていた。

それで、油断してしまった。

夫との会話が再開すると、気配を察しているのに動かないことが、かなり辛くなって来た。それでなくても子供が春休みで母子で煮詰まっている時に・・・。ここのところ収まっていたのに、ちょっとしたきっかけでずどーんと落ち込んでしまう。台所に立っていると突然悲しくなって来て、一人でお風呂場にこもって泣いたりもした。カウンセラーの方にも心療内科でお薬を貰うことを薦められたりして。カウンセリングに行って落ち込んで帰って来たのは初めてだった。

やっぱり夫と暮らしながら回復を目指すのはかなり時間がかかりそう。もう少し自分を取り戻してから動きを考えた方がいいのか、決断してしまってから自分に目を向けるべきか。子供の将来を考えると、どこまで時間を使っていいのかと不安にもなる。どうか、まだ時間がありますように・・・。
posted by 蝉ころん at 11:41| Comment(0) | 今の私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月12日

育つ実感

子供の頃には、自分が新しいことができるようになる感動をいくつも味わっていると思う。赤ん坊の頃ならほとんど覚えていることはないだろうけど、初めて水の中で目を開けたとき、自転車に乗れるようになったとき、逆上がりが出来たとき・・・新しい世界に一歩踏み出したような、不思議な感覚。

大きくなるに連れて世界も広がっていき、こんな劇的な体験をする機会もなくなってくるのが普通だろうと思う。でも私はかなり大きくなってからもこういう体験を経験している。

最初は、高校生のとき。地元で育っていない私は、どうしてもニュアンスがわからずに使えない言葉があった。ある日、友達と喋っていると、ごく自然に口からその言葉が飛び出して来た。状況にぴったりで、まさにその使い方!という使い方ができたのだ。ついその友達に「今私、○○って言ったよね!」と感動を伝えてしまったほどびっくりした(相手もそんなことで感動されてびっくりしたと思う)。このときに得た力は、言葉が使えただけのことじゃなかった。私でも、地元に馴染んでいける。今からでも、染まっていける。という、ちょっと方向性がおかしい気はするけど、当時の私にとってはかなり重大なことだった。私は少し、人間関係に積極的になった。

それから、わりと最近のこと。幼稚園の保護者会の集まりで、ある議題で話し合っていたとき。私が推す案に付いて、利点を説明してもなかなか理解してもらえず、半ばあきらめていた。ほとんど対案に決まりかけていたとき、同じ案を推す人の意見も借りて、もう一度だけ説得してみた。すると、すんなり全員が納得してくれて、あっさり決定してしまったのだ。狐につままれたような気分だった。

私は重大なことに気付いた。それまでの私は、「自分を説得する言葉」で人を説得していたのだ。自分でない人を説得するんだから、いくら私にとって重要な点を強調しても意味がない。その人にとって重要なことを説明しなければ、納得してもらえるはずがないんだと。相手の心に響かなければ、いくら道理が通っていてもダメなのだ。他の案にだって道理はあるのだから。それまで「私」が受け入れられないような人間だから「私の意見」も受け入れられないんだと、そんな風に思っていた。とんだ被害妄想だ。自分のコミュニケーションの方法を見直さなきゃ、と思った。

それからさらに最近、本当に小さな出来事があった。出かける時に、道で近所の友達と会った。彼女は帰るところで、時間もありそうだったので思い切って「一緒に行こう」と誘ってみたのだ。今までなら手を振ってバイバイ、というところ。思いがけず「行く行く」という返事が返って来て、一緒に楽しく過ごすことができた。

ただ友達をさそって一緒に行っただけ、の話だけど、かなりの力になった。いつもなら、「帰って来たばかりなのに悪い」とか「断らせるのも悪い(!)」なんてことまで理由をつけて誘いたいと思っても声がかけられなかった。でも、そんな理由は相手が考えることで、私が勝手に決めることじゃない。結局私は断られるのが嫌なだけ、嫌われていると感じるのが嫌なだけだった。断られたら嫌われてるの?ちょっと誘っただけで誰が嫌うの?

私は、人付き合いにものすごく自信がない。だから、いつも嫌われないように嫌われないように先手を打って、押すべきところもあきらめ、出るべきところも退いて、人に合わせてばかりいたように思う。必ず一言自分の意見は言っても、違う話が出たら進んでひっこめていた。誘いもせず声をかけてもらうのを待ってばかりいた。でもそれでは私のことはわかってもらえないし、相手も心を開くわけがないんだ・・・。

色んなことを、身につけずにここまで来てしまったこと、最近とても感じる。でも、今からでも身に付くものもある。私はまだ成長できる。自分の可能性をあきらめないでいたい。
posted by 蝉ころん at 16:12| Comment(4) | 今の私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月03日

泣き虫

私は、泣き虫だ。

辛いことがあっても、そのときはあまり何も考えずに通り過ぎてしまうのに、あとになって落ち込むことが多い。何かあった時、言いたいことを言えずに溜め込んでしまう。何をどう言ったらいいのか、その時はなにも思い浮かばない。あとになって、何に傷ついていたのか、ひっかかったのか、気が付いて、でも今さらどうしようもない、と抱え込んでしまう。その時に気付いても、うまくあらわす言葉が見つからなかったり、相手の立場やその場の雰囲気を崩すのが怖くて言い出せなかったりする。

その場で解決できないから、いつまでも引きずっている。普段は気にしないように、すっかり忘れて生活していても、何かのきっかけで吹き出してくる。何もなかったように振る舞っている私がちょっとしたことで限界を超えて、泣きながら訴えてくる...夫にしたらうっとおしいことだろう。最初のうちは受け止めてくれていた夫も、だんだん私が泣き出すと話を聞いてくれないようになった。私は夫と話す時に泣くのを我慢するようになった。

夫の前で泣かなくなってから、子供が遊んでいる横で家事をしながら泣くようになった。ふと昔を思い出して、夫との現在の関係を考えて、涙が出てくる。抑えられなくなった。

この泣き虫をなんとかするにはどうしたらいいんだろう。夫が私の感情を受け入れてくれなくなったことは確かに悲しいけど、それだけじゃない何かがあるような気がする。いちど昔を整理する時期なのかもしれない。
posted by 蝉ころん at 14:03| Comment(0) | 今の私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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