2006年12月01日

言葉が届く時

夫との関係がおかしくなってから、いろいろな言葉にヒントをもらい、知識を得てきました。

なぜこんなにタイミングよく、ピッタリの言葉と出会えるんだろう、と思うこともありました。

でも違うんですね。言葉は常に私のまわりに情報としてあふれていて、必要のない時には素通りしているだけ。私がそういう知識を必要とするようになったから、私の気に留まるようになってきたんでしょうね。私も知らず知らずに情報を選んでいたんだな、と思います。

子供としっかり向き合わなければ虐待の真の意味はわからない。

人間関係に真剣に悩まなければハラスメントの意味もわからない。

逃げ続けていたら、気付けなかったこと、目にとまらなかったことが沢山あります。私が気付くことのできた最初の子供からのサインを、今はとてもありがたく思います。気付くことができた幸運を感じます。



夫は、気付きの機会があったのに、そこから逃げることを選びました。

仕方のないことなんだろうと思います。

私は生育環境を否定して育ってきたから、私に根付いている常識を疑うことに抵抗は少なかったけど、夫は何の疑問も持たないように育っていますから、言葉が届かないんですね。逃げていた方が楽だから。自分を疑わずにすむから。

もともと自分を疑っていて、それを認めている私より、言葉を受け入れるためのハードルが高いんでしょう。



私は好運でした。子供を育てなければ、一生気付かなかったかもしれない私の一面を知ることができました。これからも、言葉をキャッチするアンテナをうまく使っていきたいな、って思います。
posted by 蝉ころん at 10:32| Comment(2) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ウチ夫もまったく言葉の届かないひとです。
ぴったりと閉じています。私は何度もそこをこじ開けてやろうとしたけれど、こちらが傷つくだけでした。
しかも夫の方はますます戸締まりが頑丈になるだけ・・。

カウンセラーさん曰く、そういう人はかつて傷ついたために「自分を守ることでせいいっぱい」なんだそうです。

蝉ころんさんや私は「母」として「自分よりも子ども」というゆとりがまだ心にあったから、逃げの一手、みたいな迷路に迷い込まずにすんだんですよね。
Posted by なつ草 at 2006年12月01日 12:15
>なつ草さん

こんにちは。なかなか気が乗らず、間があいてしまいました。(^^;

戸締まりが頑丈って!その通り!

開けようとした時に無理にでも押し入って強制的に聞かせるでもしないと、変に刺激すると開かずの扉になっちゃうんですよね。たぶんそこまでして聞かせたら、おかしくなっちゃうんじゃないかみたいな気がするほど。

守りの手なんですね。なんだかんだとこちらの隙をついて攻撃してくるのも、最大の防御と思ってのことなんでしょう。聞かなくてすむように、ずっと大声を出しているような感じに見えますね。サイレントなのにおっかしいですね〜。

子供は私にとって大切な存在だから、そのために自分から逃げずに立ち向かう気になれたんだと思います。子供がいなかったら、たぶんまだ何も深く考えずに夫と普通に過ごしていたでしょう。

夫からみれば、おかしくなってるのは私だけで、それほど大切なものじゃないから勝手に壊れとけ、ってことです。夫自身が壊れるかもしれないリスクを負うほどの価値のある人間じゃないんです。まあ、それもそうかと思います。私だって、壊れかけたのが夫だったらここまで悩んだかというと、どうだろうって思うし。

逃げれば逃げるほど、後でしんどいのは自分なのにって思いますけど、最後まで気付かずに逃げ切れるんならそんな人生もありなんでしょうね。私は違う道を選びましたけど。
Posted by 蝉ころん at 2006年12月01日 15:21
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