2006年09月29日

利用される子供

私は元来、それほど世話焼きな性格ではありません。

困った人を助けたいという欲求はありますが、相手が自分で立てるようになったらよかったね、と言って手助けしたことさえ忘れてしまうというような執着心のないものです。

夫に対しても、大人として自分でするべきだろう、ということはずっと手も口も出さずに過ごしてきました。

朝は起こさない。食べるか食べないかわからない朝食は用意しない。頼まれてもいないスーツのクリーニングはしない。夫がメインで使っている部屋の片付け、掃除はしない。脱ぎ散らかした服や靴下は、夫自身が洗濯籠に入れるまで洗濯しない。食後の食器も下げない。夫が使った鍋・フライパンは洗わない。

ひどい妻でしょ?

頼まれればしますよ。主婦ですし。朝起こすのだって、この日だけはどうしても遅れるわけにいかない、自信がない、と言われれば起こすかもしれません。でも、私が起きれなくて起こせなかったとしても、責任は負いませんし、先にそういうことを言っておきます。だって、朝時間通りに起きて出かけなきゃいけないのは私じゃなくて夫自身ですから。

だいたいは夫のほうがプライドが許さないんでしょうね、頼んできません。

夫は頼むのは嫌だから操作しようとしてきます。でも以前は、私はかなり夫の領域と自分の領域を区別していたので、うまく入り込めないようでした。夫が侵入しようとしても、私はうまく体をかわして、別の場所に移動して自分のスペースを確保していた、そんな感じだったと思います。

そして、いつでも何かあれば夫の元を離れる覚悟はありました。夫もそれを察知していた分、おとなしかったと思います。



それがどうしてこんなに支配されるように変わっていったか、自分の中に入り込まれてしまったかというと、どうもやはり子供が出来たこと、そこに一番のきっかけがあったと思うのです。

親は子供のことに責任を持ち、出来ないことを肩代わりして、支えてやる。子供の責任は親の責任。この、親の責任を負うことで、私の中での他者との線引きのルールにほころびが出来たように思います。子供の世話をしていると、どこから子供でどこまでが自分のことかわからなくなったりします。夫はうまくここにつけ込んできました。

夫は、自分の思う通りに私を動かすために、子供を口実に使うとよいということを学習したようです。

「子供のために総菜を食事に出すのはよくない」
「掃除をキチンとしないと子供の環境に悪い」
「食事中にテレビを見せるのはやめよう」
「早寝早起きさせて生活のリズムを整えるべきだ」

私は、子供のことを考えればもっともなことだ、私もそうした方がいいと思う、と、取り入れていきます。確かにいいこと。でもこれは、ただ夫が私を動かす口実に過ぎなかったんじゃないか、と思えてきました。

最初少しの間だけ参加した夫自身は1週間後には堕落していき、私に丸投げです。夫自身は子供の前でインスタントラーメンを食べ、物の散乱した掃除もしていない部屋に子供を入れ、食事中は子供の様子も見ないでテレビにかじりつき、昼過ぎまで寝たりするようになります。

もちろん、意図してやっているわけではありません。本人は、本気で子供のためを思っていっているつもりでいます。

そして私は、子供の生活を考えると、一度取り入れた方針を簡単に覆せず、どんどん窮屈な生活になっていきました。自分のことをする時間もなかなかとれず、ちょっとした内職のようなことにさえ、罪悪感を感じるようになりました。

家事、育児にどんどん手が回らなくなってきた私に、夫は不満を持っていたんでしょう。下の子を早めに保育園に入れたいと言ったとき、夫は言いました。

「下の子の成長が遅いのに、今保育園に入れていい時期とは思えない。だいたい、お前は家でなんかやっているみたいだけど、子供を保育園に入れてまですることか?」

下の子の成長は決して遅くありませんでした。上の子がかなり色々なことの習得が早かったので、夫は上の子を基準に見てしまっていて、下の子そのものの成長をきちんと見ていなかったのです。

私の内職についても、夫には許可を取って(お決まりの「あんたがいいならやったらいいんじゃない?」ですが)始めたものなのに、結局こうして子供を口実に使って攻撃材料にされてしまう。



夫は、「子供思いの父親」になったつもりでいます。保護者会にも自分からどんどん参加して、外に向けてのアピールも怠りません。それでいて、実際に子供と遊んでいると5分で寝てしまうのは、本当に「子供思い」なのでしょうか?外出先では世話焼きでも、家では子供の前で仕事しているか寝てばかりいる彼は、本当に「子供思いの父親」なんでしょうか?

私には、私を思い通りに操れる「子供のため」という伝家の宝刀を手に入れて、嬉々として振り回しているようにしか見えないのです。
posted by 蝉ころん at 09:51| Comment(3) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。

夫、妻のタイプはちがっても、いつも共感することが出てくるのは、不思議です。
うん、子供をダシに使うってのね。

うちは振り回さなかったけれど、
なんというのか・・私は家族みんなのためにしていても、夫の方は
「お前が子供のためか、または自分の為にしていることの、ついでか、おすそ分けを僕はもらってるだけだから」

こんな発想をずっとしていたように思うのです。

毎日のご飯だって、そういう気だったのだと思います。

「僕のためにしてほしい」
「僕にしてくれてありがとう」
こんな考え方が、出来ないひとなんですよ。

頼まない、してもらっても、心からよろこんで感謝しない、勝手にした、みたいに思ってる。
ウチはプライドって、いうのともまた違うような気がしてます。

蝉ころんさんのダンナさんも、出方はちがうけれど、中味に似たものを感じました。
Posted by なつ草 at 2006年09月29日 12:48
ご無沙汰してます^^読み逃げしてばっかりで。。。ごめんなさい。
旦那さん、やっぱり元旦那に似てる、、、ってかそれよりひどい。
イヤな事はイヤって言わずに、遠回しに理由を付けて、罪悪感を生やそうとする。自分が抱くイヤだと言う感情を見せずに、見せるのが、そう口に出す事がプライドが許さない。
単なる我がままの固まりなのに、そう評価されたく無いから。
歩み寄ろうとしない、ただ相手を自分の言う事に従わせるのを「命令」では無い形にしたいだけだもん。
Posted by るんた at 2006年10月01日 02:52
>夏草さん

 >「お前が子供のためか、または自分の為にしていることの、ついでか、おすそ分けを僕はもらってるだけだから」

こういうの、ありますね。「お前は子供のことならやるんだろう?なら、やれよ」と言われいるような感じです。そこには「どうせ俺のためにはしないんだろ」という気持ちが感じられます。
夏草さんの「誰も自分のために何かをしてくれるはずがない」という思いがあるんでしょうか。そう思うことで傷つくことから身を守っているような。書いていて私に近いような気がしました・・・。夫もそういうところがあるんですよ。

心を開けない。自分は開かないのに、人には開いて欲しい。開いてくれないと拒絶されていると感じる。拒絶されているから余計殻にこもっていっちゃう。堂々巡りです。打破するには勇気がいります。

夏草さんの旦那さんは、ご自分のこういう性質に気付かないようにしている感じがしました。



>るんたさん

こんにちは。読み逃げでも、読んでいてくれて嬉しいです。(^^

夫のやり方、ずるいよね。とにかく夫が決めて、私がそれに従うルールは変わらないみたい。
自分がそのプライドを守る行動をとっていることをほとんど自覚してないんです。それで、私のことをプライドが高い、と言います。私の自尊心が邪魔なんでしょうね。
Posted by 蝉ころん at 2006年10月02日 11:00
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