2011年11月07日

肯定の積み重ねのきっかけづくり

まだまだ考えつつ生活する毎日で。

考えていることの中心は自分育て&子育て。

そもそも自分育てを始めることになったのは、子供が幸せに育つにはどうしたらいいのかと考え始めたのがきっかけで、自分が幸せを感じないもとを辿ってみたら親が幸せに生きようとしていないことを生き方として学習したからということに辿り着き、んじゃあまず私が幸せのお手本になるのが大事なのかと思った。

そうしてみたらば、私は自分の幸せが何なのかが全くわからなくって、とにかく欲しいもの、したいことといえば話を聞いてほしいとか甘えたいとか休みたいとか独り占めしたいとか我がまましたいとかみんなと同じことがしたいとか同じものが欲しいとか・・・・

大人の幸せじゃないよね、てものばかり。

でもこれをクリアしていかないとその先は見えないと実感できてきたので、一つ一つ取り組んでいってるところ。

それで私のかなり大きな部分を占める欲求のひとつが「所属欲」で、受け入れられたい、認められたい、役に立ちたい、・・・そんなあたり。

これは元々育った環境で全く受け入れられたと感じられず常に余所者感を背負って生きてきたからだけど、じゃあ具体的にはどんなことが「受け入れられた」感を育むのか?と考える。

たぶん、もともと受け入れられている人達にとっては当たり前すぎて気付かない事柄の中に、「受け入れられた」体験がたくさんあるなあと思う。



で、私がそれを今から1人で経験することは無理だけど、子供たちにはまだそのチャンスはある。

子供たちにとって、私は個人でもあり、蝉家そのものでもある。私に受け入れられることがそのまま蝉家に受け入れられたことになる。なので機会があって自分にも余裕があったら、なるべくそういった経験ができるようにしたいと思ってる。



そのうちの1つがみんなですること。

なんでもないこと、簡単なこと、実は1人でした方が効率のいいことって、つい1人でしてしまいがちだけど、そこにうまく参加させてあげて、「みんなでして楽しかった」感覚をたくさん経験するといい気がする。

のぞむは思い立ったときに自分から入れて!と言えるけど、ひかるはまだ入りたいという気持ちがなかなか湧いてこない、感情の蓋の固い状態なので、入れる状況があったほうがよさそう。

で、ひかるとのぞむに提案して、ひとつみんなで取り組むことを考えた。

お片づけの時間。

ざっくりその時間になったら、5分だけ思いついたところを片付けたり、掃除する。終わったら、「おつかれさまー」っていってみんなでピノを1個ずつ。

それだけ。

やることとしては、遊んだ後に片付ける、とかで済むことだけど、それをみんなで同じ時間にする。自分のしたことのあと始末としてじゃなくて、家のみんなのこととしてする。

楽しくて終われる時間だけ。終わったらみんなで顔を合わせて1人1人がしたことを教えてもらってきれいになったねーってにこにこ笑う。決まった時間をやりきって満足すること、片付いたことで気持ちいいこと、みんなでワイワイ楽しいこと、ご褒美のアイスがおいしいこと、みんな笑顔で嬉しいこと。小さいことが少しずつ入ってる。こういうのってたぶん、掃除=楽しいにつながってく。どれくらいかけて定着していくのかはわからないけど、重ねれば重ねるだけ強くなってくはず。

楽しいのが目的だから、縛らない、こだわりすぎない、無理しない、欲張らない、頑張らない、長引かせない。ひかると私は頑張るスイッチが入りやすいから、入れないように気をつける。あと、ハラッサーの陥りがちな、「楽しいと感じさせてやろうと思ったのに」にならないように。楽しめない時があっても、それもよし。できないときも、それもよし。

今まだ1週間。ぐだぐだになってる私、自由気侭なのぞむ、こだわりのひかる、の3人でどこまで続くかわからないけど、今のところ、自分から声をかけてきたりして、楽しんでるみたい。

私も、1人でするより気分がいいみたい。思ったより私のためにもなってる。

子供たちは掃除が目的と思ってるけど、私は本当の目的、家族で一緒に嬉しいを感じること、を意識しておいて、ただゆるゆると続けられたらいいなと思ってる。
posted by 蝉ころん at 17:54| Comment(0) | 自分育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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