2006年08月22日

呪縛

夫には、嫌なことは嫌だと伝えてきたつもりだ。

そして夫も、私の話しはそれなりに聞いていたし、私の訴える態度から、これは二度としないほうがよさそう、とか、この程度ならちょっとたてば大丈夫、とか、判断していたような気がする。

実際、これをされたら別れる、と宣言していた浮気、AV鑑賞、暴力についてはまったくない。いや、暴力については、頭をはたかれたことはあるか・・・でもDVというほどのものではない程度。

ただ、夫としては「我慢している」のであって、やっぱり不満はたまっているんだろう。それが、態度や表情に出てきている。私は、その雰囲気、「我慢してやっている」という態度でいられることにプレッシャーを感じて、それで自分を追いつめてしまった面がある。

私が子供の世話に追われて家事が手抜きになると、言葉では、「子供に手がかかるんだししょうがないよ」と言いつつ、家事が手抜きなことを「我慢してやっている」態度で私を非難する。言葉をまともに受け取ると、態度でプレッシャーを与え、やっぱりやってほしいのか?と聞くと「そんなこと言ってないだろ」と余計に機嫌が悪くなる。いいって言ってやってるのに信じないとは何事だというふうに。

こうして、夫は自分が態度に出していることは認めないし、態度に出ていることを指摘しても、むしろ被害妄想だと私を責める材料にされる。でも、夫が望んでいるだろうと予測して行動すると、はっきりと態度が変わることを考えると、やっぱり私が察することを求めているんだろう。

言葉に出さず、態度、表情で要求されると、それがいくら理不尽な要求でも、否定されれば要求自体がなかったことになってしまう。いくら不機嫌な態度にこちらが居心地が悪くても、暴言、暴力といったはっきりした形がない以上、態度を責めてもはぐらかされ、逆にこちらがおかしいことになる。いたたまれなくなって要求に応じると、私が勝手にしたことになってしまう。

そして、たまに「本当はしてほしかった」ということを認めても、それはものすごく昔のことだったり、今さらどうしようもないことに限られていて、「お前がどうせ嫌がるから言えなかったんだ」と、夫が言葉にしないことさえ私のせいになってしまう。これは、「この先俺が不機嫌になったら何か言いたいことがあるってことだ、でもそれを言わないのはお前が言わせないからだ」という牽制にもなっている。

こうして、夫は何も言わなくても要求が伝わり、何もかもを私が責任を取る形ができ上がっていった。それさえも、夫はほとんど口を開かずに成し遂げている。私が自分からそういう体制の中に入り込んでいっただけのように。

私が夫といい関係の夫婦でいたいと思う限り、この呪縛からは逃れられない仕組みだ。信じれば信じるほど、深みにはまっていく。夫と仲良く暮らしたいと思えば思うほど、がんじがらめになった。そして私を失っていった。

私が限界を感じて気持ちの距離を置き、言葉もほとんど交わさないようになると、やっと夫は自分の要求を私に言葉で伝えるようになってきた。とても攻撃的な態度を添えて。

雰囲気で察して動かなくなってきたから、実力行使に出ているんだろう。いつ糸が切れて、暴力に発展するかわからない恐怖も実は感じている。それくらい、最近の夫は凶暴な顔をしている。むしろ手を出してくれた方がこちらも行動がしやすいなんて思うこともある。

でも夫は手は出さないだろう。第三者が見て不利になる状況は作らないだろう。そして、いい関係を壊して距離を置いた私を責めるんだろう。

ここに書き始めたとき、それがとても怖かった。自分を守ろうとしてとった行動で、私のほうが悪者になってしまう。今は、少し自分の問題が見えてきて、開き直ったような気持ちがある。第三者は第三者。私が苦しいことは私にしかわからない。だから、私自身のために行動すればいいだけなんだと。

昨夜も泣いた。おとといも泣いた。でも、一歩ずつ前進していると思う。行動に移す前に、できるかぎり自分を取り戻していたい。
posted by 蝉ころん at 11:56| Comment(0) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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