2011年03月18日

私の中にあった不安

前回書いた記事について、なにか落ち着かないものを感じていたんだけど、少しわかってきた。

私は、自分の不安をごまかすために外に向けて発散していた。

報道を見ていると、思い出す。

緊急事態が怒ると、両親は、報道や、政府の対応に対して、いつも不平を言っていた。

私はいつもそれを聞かされていた。

人を責める言葉を聞かされ続けていた。

両親も不安だったんだろう。

怒りの形で、自分が何も出来ないことや、事態がなかなか好転しないことへの罪悪感を転嫁していた面が大きかったように思う。



私は両親の不安を受け止めていたんだな。

私自身の不安や恐怖は、私1人で消化しきれないまま、さらに両親の不安も引き受けていたんだな。

前回私が書いた記事はこれと同じことだ。

今も体中が緊張していて、自分が不安を感じているらしいことがわかる。

私はこの不安を外に向けただけだ。

子供の頃から消化しきれないまま、どう処理していいか分からないまま持ち続けているこの不安を、扱いあぐねて逃げただけだ。

あまりはっきりと現れてこないのは、最初から表に出せないままだったのが幸いして、否定される機会もなく、ねじれた感情にならずにすんでいたのかも。



怖いことは怖くていい。

不安なことは不安でいい。

消化できるまで時間がかかってもいい。
posted by 蝉ころん at 16:28| Comment(0) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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