2011年03月15日

地震から、4日

発生から4日も、呆然と過ごしてしまった。

私自身は被災地からは遠いところに在住なので何も不都合は起きていないのに、緊急事態モードから抜け出せない。

地震と、津波と、原発と。

リアルタイムで流れてくる被災状況に、不安が刺激され続けている。

被災された方の恐怖を思って、胸が痛い。

単純に私自身も恐怖を感じてる。

私の恐怖を、生き残っていることへの罪悪感を、被災した方に投影してしまっているかもしれない。




自分の無力さを感じる。

無力で、非力なことを情けなく感じる。

阪神のときは、ここまでだった。

できることだけしか、できないし、それ以上をしてはいけないことは、学んだ。

自分の罪悪感を紛らすために、親切を押し付けてはいけないこと。

ぐるぐると考える。

私はどうしたいのか。

私が望んでいるのは何なのか。

1人でも多く助かってほしい。

1日でも早く復興して元気を取り戻してほしい。

それは、本当だと思う。

私に出来ることを考える。

今は、募金と、節電、省エネ。

あとは、ちゃんと自分を生きること。

怖い思いもしっかり感じて表現して、自分の感覚を認める。

あとは、祈ることしか出来ないけど。




それから。外国からの応援がとても嬉しい。

日本って1人じゃない。

1人ってのも変だけど。

ピンチになったらこんなにも手を差し伸べてくれる友達がたくさんいる国だったんだ。

私はそれがとても嬉しい。

アメリカ軍は、危険な原発での作業を手伝ってくれてる。

ロシアは、ガス供給を増やしてくれるって。

ニュージーランドは、自分たちが津波の被害があったばかりなのに、助けにきてくれる。

韓国だって、中国だって、カナダだって、フランスだって、イタリアだって、他にもたくさん、たくさんの国が協力してくれるって。

普段はいろいろうまくいかない時もあるけど、仲間なんだ。

こんなに頼りになる仲間がいたんだ。



ありがとう。

私には祈ることしか出来ないけど。

どうか、1人でも多くの人が、無事で、元気で、いてくれますように。
posted by 蝉ころん at 22:53| Comment(4) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
覚えていないと思いますが、お久しぶりです。

あの頃そんな感じだったのだと初めて知りました。
被災者とは言い難いですが、被災地です。
今頃に震度7だった、津波は1、2キロ先まできていたと聞いて驚いていたところです。

旦那(結婚したんですよ)は単身赴任で、津波の被害に遭いました。
ヘドロを洗い続けた1ヶ月、余震でさらに酷くなった2ヶ月、落ち着いて情報を得られるようになった3ヶ月ですかね。

今は、窓が地震で開かないのに、節電を言われて困っています(笑)

世の中は、こんな感じだったんだーと思いつつ国内外からの支援に改めて感謝です♪

原発も収束はまだまだみたいですが、その前に実家が避難区域に入りそうです。
子ども達が本当に可哀想です(涙)
わたしの気持ちはまだ怒りですかねぇ。
怒っては寝込んで、生活して…と生活が疎かになっています。

ふと見たら、当時の記事があって嬉しかったです。
結局謎だらけなのでありがとうございます。
ゆっくり他の記事も読ませて頂きます♪
Posted by のの at 2011年07月02日 16:25
>ののさん
ご無沙汰してます!覚えていてくれて、嬉しいです。

被災されていたんですね。現地はなかなか情報が入りにくいと聞きますけど今はどうなんでしょうか。

場所にもよるんでしょうけど、節電とか、放射線とか、被災した上に追い打ちをかけられるような状況が続いてますよね・・・。

せめて電気くらいは被災地優先で節電は他の地域で負担できないものかとも思うけど、こちらは東電圏外なのでそういった面でもでも力になれず・・・とにかく継続して募金だけでもやっていこうかと・・・。

お子さんたちのことは本当に心が痛みます。学校のことも大変でしょうね。

子供さんのこともですが、ののさんもできるだけ無理されないで、体と心を労って過ごしてくださいね。

ここにはあまり世間の情報は書いていないし、最近の記事は以前とも変わってきてるので、ののさんの興味がわくことがあるかわかりませんけど、こんなところでよかったらまたコメント残していってください(^^)
Posted by 蝉ころん at 2011年07月02日 21:05
いつの記事に書き込みをしているのだと思いながら。

>それ以上を(略)

もうすぐ1年ですが、この記事がずっと頭から離れませんでした。
経験者の偽りのない言葉だと月日を追うごとに深く刻み込まれます。

アパートはやっと修理が入りました。
大規模半壊だそうで義援金や支援金などもありがたく頂きました。
でも、津波に浸かった車が今になり故障して、新車代に消えそうです。
(中古車は津波も買い取りをしていたので買えません)

いろんな経験をしたなぁとつくづく思いながら書いています。
何かしないと居られない気持ちを抑えることがわたしにできることなんだと言い聞かせています。

とはいえ、地元は除染などもしないといけないくらいなので、手に入りにくい環境な人に直接送ったりして気持ちを紛らしていたことも事実です。
わたしのために貰ってと押しつけました(苦笑)


とても気に入った言葉なので紹介させてもらってもいいですか?

これから新しい記事も読ませて頂きますわーい(嬉しい顔)
Posted by のの at 2012年02月17日 03:20
>ののさん
お返事遅くなってしまってすみません。新しい記事も書いてないし・・・(^^;

アパートに修理入ったんですね。寒さも少しは和らいだでしょうか。
義援金等、ちゃんと渡っているんですね。よかったです。
これだけの被害になるとどれだけ助けになるのかわかりませんが・・・。

 >それ以上を(略)

当時、私は被災者ではなくて、被災地付近に住んでいて、でも何もできなかった、という状態だったので、経験者ではないんですけども・・・。当時は本当に自分の無力さを知ったというか、それでも1人ずつの力が少しずつでも大きなことにつながるんだなあというか、無力だけども、私のできる範囲だけでも無駄ではないのかもしれない、なんて、思ったんですよね。

自分にはできないんだ、ってことに諦めを付けるのは難しいけど、できることまで諦めないでできることは少しずつやっていきたいです。

ののさんが押し付けに思えても、必要があるのに手に入らないなら相手の方はやっぱり助かるんじゃないでしょうか。

遠くなると、何がほんとに必要なのか、それをこちらから手助けしていいものなのかも見えにくくなるので、近くにいて状況がわかる方がそうして助けてくれるのは嬉しいんじゃないかと思います。

こちらは新学期も始まったので、ぽちぽちと新しい記事も書いていこうかな、と思っています。
Posted by 蝉ころん at 2012年04月06日 11:10
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