2011年01月25日

泣かなくなったころ

前記事に関連して、思い出したこと。

そういえば、私は自分から辛いことを人に話したりはしていなかった。

いつも、誰かが声をかけてきて、それで、聞かれたからってことで話していた。

私が選んだ相手じゃなかった。

私から話しにいったんじゃなかった。

誰かに悲しんでいることに気付いて欲しかったんだ。



そんなやり方は、親との関係で身に付いたもの。

それまでにすでに自分から話しにいくなんてことは駄目なんだって理解してた。

でも泣いてたらたまにはやさしくされることがあったから、本気で泣いていながら、半分期待混じりに泣くようになってた。

そうなると親にも嘘泣きに見えるようになる。

私は本気で泣いてるのに誰も来ないってことに対しても悲しく思ってた。



声をかけたら邪魔にされるのに。

泣かないと来てくれないのに。

もう泣いても来てくれない。

私はやっぱりいらない子なんだ。



そしてどんどん悲しみが膨らんでどんどん泣いて、泣き続けて、余計に鬱陶しがられて、もっともっと孤独を感じた。

私は馬鹿にされたくなかったし見下されたくなかったしお荷物になりたくもなかった。

とにかく対等の立場で人間でいられるようになりたかった。

泣くことで人から蔑まれるなら、泣くことを封じなければと思ったんだ。

泣いたら鬱陶しがられる。

泣いちゃ駄目。

そう思ったら余計悲しくなって涙が出た。




やっと涙が出なくなったのは高学年の頃だったかな。

そのころにはもう怒りが表に出ていた。

怒りで悲しみを封じることを身につけてた。

悲しみを封じて怒りを選んだのは私。

それも私自身のためだった。

頑張ってた。

頑張ってたね。

偉かったよ。

自分を大切にすることから離れていってしまったけど。やっぱり頑張ってたんだよ。

もう悲しくていいんだよ。泣いていいんだよ。

泣いて嫌われるなんて気にしなくていいんだよ。
posted by 蝉ころん at 23:47| Comment(0) | ころんちゃん覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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