2011年01月25日

悲しみを打ち明けること

今日はちょっと凹むことがあった。

しょーもないことなので内容は書かないけど、かなりショックだった。

ひかるも見ていて、私がショックを受けているのをわかってたみたいだったから、「お母さん凹んでるから今あんまり相手できないよ」って言ったらそっとしておいてくれた。

ハラッサー的には、八つ当たりする場面だ。

実際、ひかるに打ち明ける直前まで、イライラが出てきて危なかった。

でも、ひかるに言ったら、悲しい気持ちがどっと出てきて、さめざめ泣けてきた。

本当にしょーもないことだったから少し情けなかったけど、でも今は泣きたいんだから、悲しいんだから悲しんだらいいんだと思って泣いた。

しばらくしたら、気が軽くなって、沈んでいたのが浮上してきた。

悲しい分だけ悲しめたんだなあって思えた。



それで、今までのことを思い出した。

私は辛いことがあってもほとんど人に話をしないけど、ずっとそうじゃなかったって。

辛い経験を話しても、ただ聞いてくれる人は周りにいなかった。

話しても、悲しみを出せるどころか、解決策を渡されたり、いつまでもぐじぐじ言うなって叱咤されたり、ひたすら心配されたりした。

大丈夫というまで、それは続いた。

私は、もう大丈夫、というふりをするようになった。

大丈夫にならなくては、と思った。

だんだん人に話さずに、最初から自分で大丈夫なふりをするようになった。

そのうち自分が悲しみたいことも気が付かないようになっていった。

悲しみの代わりに、怒りを感じるようになっていった。

悲しみを封じ込めなければいけない辛さを、悲しみの原因を作った出来事、出来事を引き起こした人物への怒りとして肩代わりさせていた。



「元気出して」なんて言葉さえ私を縛った。

うるさい!

凹んでるって言ってんだろ!

そんな急に元気になるか!

なんで悲しませてくれない?なんで泣かせてくれない?

なんであんたに話しただけで元気になれなきゃいけないんだ!

元気じゃないんだ!

凹んでるんだって言ってんだろ!



私が話をした相手は、私が凹んでいるのがうっとうしい人だったり、私を元気にすることで満足したい人だったり、私が凹んだままでいるのを放っておくことに罪悪感を感じている人だったり、した。

そんな人にばかり話をして、私は結局、何も癒えないまま傷だらけのままで自力で無理矢理立ち上がってた。

それでもっと傷を増やしていた。

だからもう傷を増やさないように、最初から自力で立ち上がることを選んだ。

でも傷を癒すことはできなくなった。

傷の上からゲンコツで殴って痛みを感じないようにするような、そんなことばかりしていた。

そんな小さい私。




頑張ったよ。

辛かったね。

もういいよ。

凹みたいだけ凹んで、泣きたいだけ泣いていいんだよ。

無理して平気なふりなんてしなくていいんだよ。

悲しかったね。

辛かったね。

もう泣いていいんだよ。
posted by 蝉ころん at 22:00| Comment(0) | ころんちゃん覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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