2011年01月06日

空に放す

年末くらいに頭にのぼって、泣けて泣けて、でもすごく納得がいって、すっきりしたことがある。



前々から、私のお母さんはいないんだ、とは自分に言い聞かせてた。

でも、いまひとつ納得がいかなかった。

それが納得がいった。

「私のお母さんは、死んだんだ」

私の中で、すとんと落ちた。

私の中では、私のお母さんは、もう死んだんだ。

たぶん、産まれてすぐに私のお母さんは死んだんだ。



不謹慎かもしれないけど、私はこれで納得がいった。

私のお母さんは、死んでしまった。

でも、私のお母さんは、いたんだ。

たぶん、母の中に、私のお母さんはいたのかもしれない。

でも、今は、もうお母さんは空にいる。

そんなふうに感じた。



私の求める「お母さん」と、母は、完全に別人になった。

私の「お母さん」は、ちゃんと、いた。

いなくなってしまったことが悲しくて、泣いて泣いて。

そして、本当にいたんだってことが嬉しくて、泣いて。

何日かこのことを思っては泣いて、このことは私の中で真実になった。

私は、私の求める「お母さん」を埋葬した。

このことで、少し、私って存在が固まった感じがした。



私は母に遠慮してた。

母以外に「お母さん」を求めていることに罪悪感を感じてたんだ。

そして「お母さん」を求めている事実をないことにしていた。

母は、「お母さん」じゃなくて。

ただの1人の人間でしかなくて。

嫌味の多いちっちゃなおばあちゃんでしかなくて。

母が必死で私たちに言い聞かせていたように母を理想化させていたかったけど、やっぱりそんなスーパーウーマンじゃなくて。

私たちを産んだたった1人の母親。

なんかさ。

そんだけでよかったんじゃん。

欲張って、「完璧なお母さん」なんて目指さなくてよかったんじゃん。

馬鹿だね。



私が求めてた「お母さん」って、ひょっとしたら母のなりたかった理想の「お母さん」なのかな。

母がいるように見せかけていた「お母さん」を、母の中に見いだせなくて、見失ってしまった気がして探しまわっていただけなのかもしれない。

私も目指してたもんね。完璧なお母さん。

母から引き継いでしまってたんだ。

虚像だったんだな。

なんか、もういいや。

なんか1個、軽くなったな。
posted by 蝉ころん at 18:40| Comment(0) | ころんちゃん覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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