2010年11月20日

片付け

あまりにも散らかっているので、自分のために少し片付けた。

のぞむがやってきて、「ありがとう」「ひかる、見て、お母さんがきれいにしてくれた」と言った。

それで、スイッチが入った。

なんでかわからなかった。

「ありがとう」でスイッチが入るって?

私は感謝も素直に受けられないのか?

掘る前に、まずそんな自分が悲しくなった。




でも、掘る。

私は、「ありがとう」と言われることに怒りを感じる。

「ありがとう」と言われて悲しくなる。

なぜ?

なぜ?

だって。

のぞむのためにやったんじゃない。

そこか。それか。

のぞむはありがとうと言って、私が片付けたところをまた平気で散らかす。

ありがとう。私のために場所を空けてくれて。

ひかると遊ぶための場所を空けてくれて。

場所がなくなってきて困ってたんだよね。

これでまた、思う存分おもちゃを出せるよ。

それくらいの意味をこめた言葉に、私が勝手に、自動的に受け取っている。

確かにそういう刷り込みを過去に散々受けた。

実家でも、学校でも。

だからそう感じてしまうようになった。




たぶん、今後結果的に感じたような状況になるのも予測できる。

予測はできるけど・・・。

やっぱり今の段階でそこまでに受け取ることはないね。

私は私のために片付けたんだし、私が気持ちよくできる時間が少しでもあれば、それだけで、片付けた成果だね。

そのうち子供たちが散らかすのは、今のあの子たちはそんな状態だから、そうなるね。

でも、それは、別の話。

今は、ただきれいになって嬉しかったから「ありがとう」なだけ。

「ありがとう」だけ、受け取ればいい。

そゆこと。




頭の中も、ちょっとずつお片付け。

目に付いたとこからひとつずつ。

posted by 蝉ころん at 20:00| Comment(0) | ころんちゃん覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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