2010年10月27日

受けるのか、受けないのか

ひかるからのコントロールを、受けるのがいいのかどうなのか、以前は迷いがあった。

それが私がした虐待の作用で、ひかるなりの表現だというなら、私は私のしたことの償いとして受けるべきじゃないのかと思った。

ひかるには私にぶつける権利があるんじゃないのかと。

でも今朝、ひかるの行為を、コントロールだ、と気付いたとき、同時に、私はこれを受けない、と決めた。

受けたらいけないことだと思った。

受けることで罪悪感を軽減するのは私の自己満足でしかないと思った。



あのとき、なぜそう思ったのか。

コントロールは、責任から完全に逃げようとする行為だ。

自分の希望に自分で責任を持たずに、他人が勝手にしたことにして責任を丸投げして逃げることだ。

そしてそのまま、自分の本当の欲求に気付かないまま、他人に背負わせて生きる道を進んでしまう。

だから、これを受けたらいけないんだって、わかったんだ。

受けることは、ひかるから責任を奪うことだ。




たとえそれが私のしでかした行為の影響だとしても、自分の責任は自分でしか背負えないことを、ひかるが学び直すために。

ひかるは、コントロールはコミュニケーションじゃないこと、希望を伝えるためには他の方法があることを知らないといけない。

まだまだ辛い道を進んで行かなければいけないことを思う。

私はただ見守るしか出来ないけど、ひかるは、その道をきっと乗り越えて行ける。

私はただ、目を背けずに見守る。

辛い道を進むひかるを、見守り続ける。

手も口も出さず、ただ、見守る。




私が受けるべきは、怒り。

虐待行為に対する怒りとして表現されたものなら、どれだけ長く続こうとも、受け続ける。

その怒りを表現して、私にぶつけることは、ひかるにとって大切な事だから。

私に向けるべき怒りを正当に表現することも、ひかるがひかるの感情に責任を持つことと繋がっていると思うから。

ひかるがひかるを受け入れるために大切な事だから。



ひかるはきっと、進んでいける。

posted by 蝉ころん at 20:42| Comment(0) | 今の私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。