2010年10月26日

犠牲にした心

泣きじゃくる子供を怒鳴りつけていたとき。睨みつけていたとき。

私の目に映っていたのは誰なんだろう。

ぶつけた怒りは本来は母へのものだった。

大声で泣いて怒りを拒絶する子供は母なんだろうか。私なんだろうか。

それともやっぱり、見えていなかったのか。



ただ泣き声としか認識していなかったのか。

泣き叫んで拒絶される母親。そんな酷いことをした母親。

そんな、外から見た私の姿だけを見ていたんだったか。

あの瞬間、私の目の中には誰もいなかった。

怒りをぶつけた私も、恐怖に怯える子供も、いなかった。

ただ、私の世間体だけがあった。

あるべき姿から外れた私の外面だけがあった。



私は、子供をキチンと躾けられる母親という「あの子」を目指して子供に強制した挙げ句に、虐待をする母親という、あってはならない「ダメな子」に転落した。

どちらをとるかを天秤にかけて、虐待をしない母親という「あの子」を選択した。

あの時点では、私の思考パターンは変わっていなかった。

それでも、あの一歩があったから、私はここにいる。

あの日選択した「あの子」を目指して、「あの子」はいらないんだって気付くところまできた。



今は、ひかるが私に怒りを出せるようになることを願う。

心に力が付いて、被害者のひかるから抜け出すために、怒りのパワーをもって加害者の私を捨て去ることを願う。

怒りはきっとそのために使うもの。

私はその怒りを正しく受け止めたい。

あの頃の、ひかるの恐怖と悲しみと絶望を、きちんと受け止めたい。

どうか、ひかるが、怒りを無関係の人に向けずに、正しく私に向けることが出来ますように。

そして、怒りから解放されることが出来ますように。

posted by 蝉ころん at 11:07| Comment(0) | 今の私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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