2010年10月23日

自分の現実を認める

工場などの自己管理には、「人間はミスをする」前提で対策をするのが重要だって言う。

加害者性をもっている私も同じだって思った。

「私は人を傷つける衝動を持っている」

親のようにはなるものか、と思って生きてきたけど、そうはいかない現実を認められてないだけだった。

私は親のようになるように育ったんだ。

それを認めていくってこと。



私には、自分でも気付かないうちに封じ込めてしまった怒りがある。悔しさがある。妬みがある。

爆発的に表現されるのを待っている感情たちがある。

そして、取り込んでしまった表現方法がある。

コミュニケーションのつもりで身につけた間違ったやり方がたくさんある。

怒鳴る。

睨む。

見下す。

憶測で決めつける。

思い通りに動かそうとする。



無意識なほど出てくる。

リラックスするほど出てくる。

被害者だった頃、よく言われていた「加害者は、被害者相手に出す加害性を他人には出さないんだから、理解してやっている」という評価があるけど、それはやっぱりなんか違うんだ。

よそ行きの服を寝るまで着る事がないように、プライベートでは外用のキャラクターを脱ぐ。

プライベートでもよそ行きのキャラクターではいられない。

それをしようとして、爆発が大きくなる。

本当の自分が暴動する。

加害者は、もともと加害性を持っている。

加害性をもともと持っているのが私であること。

プライベートでも加害性を持たないキャラクターを演じ続けることはできないんだ。

私のプライベートの中に人を入れるということは、加害の的をつくるということ。



本当の私を消し去ることはできない。

本当の私自身が悪いわけでもない。

加害性のある衝動も、悪いわけではない。

間違った対象に向けていることに気付くこと。

コミュニケーション方法を学ぶこと。

衝動の表現方法を身につけること。

そうやって改善し続けいくこと。

これはきっと育つってこと。



きっと本当は産まれたときから始まっているコミュニケーションの学習が、うまくできてなかった。

足し算やかけ算を知らないまま、因数分解を丸暗記で解いているようなもの。

数字の意味も知らないまま、形だけ答を出したふりをしているようなもの。

足し算からやり直しても大丈夫。

頭脳は理解出来るところまで成長してる。

遅すぎるなんてない。

きっとちゃんと身につけられる。

私は育つって決めた。

posted by 蝉ころん at 09:49| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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