2010年10月06日

「あの子」になりたかった

私の怒りは、「同等に扱え!」っていうのが軸にある。

もっと言うと、せめて同等に扱えってこと。

本当は自分を特別扱いしてほしいけど、それは叶わないようだから、せめて、他の人が受けているものと同等の扱いをしてほしいということ。

抑えて抑えて、同等で納得するから、同等まではできるでしょ?

あの人に、あの子にしてあげられるんだから。

私にだってできるじゃない?

できるのにしないのは、私が、あなたにとって与えるのに値しない存在だから。

そういうことじゃない?



私の頑張りは同等に見てもらえる存在になるための頑張りだった。

権利を勝ち取るための戦いだった。

あの子みたいにできたら、褒めてもらえる、可愛がってもらえる、笑ってもらえる。

「あの子」のような自分を演出してた。

家にいるときの「あの子」は兄。

兄ができることはなんでも追い求める。兄ができないことはできなくていい。

片付けもできなくていい。宿題もできなくていい。遅刻もしていい。

学校にいるときの「あの子」は担任がお気に入りの優等生。

活発に発言する。いじめっこにも立ち向かう。勉強もできる。宿題は出さなければいけない。でも家では兄なので宿題はしない。

人がいるところでは体が動くのに、1人だと何もできない。子供の時から。

1人だと、「あの子」がない。

誰も見ていない。

誰かの目を通さないと、あるべき私が見えない。

何をしていいかわからない。する意味も見えない。

私を同等に扱ってくれる何かは何もない。



本を読んだり、テレビを見たりするようになった。

主人公や、人気者の振る舞いを参考にするようになった。

世間というものの「あの子」になろうとした。

こんな人がいいらしい。

こういうことをしたらダメらしい。

こんなことは知っていないと。

こうできないと。

誰にでも通用する完璧な「あの子」を追いかけるようになった。




私って存在していたんだろうか。

この世に私っていたんだろうか。

私を一番感じていなかったのは私なんじゃないか。

でも「ひとと同じに扱ってほしい」って気持ちがあったのはわかった。

その後の怒りのなかに、この気持ちから出ているものがすごく多いことも見えてきた。




なんでそんなこと言われなきゃいけないの!

なんで私が悪いことになるの!

なんで私だけさせてくれないの!

私も!私も!私も!

「私も」って言っている言葉さえ、聞いてはもらえなかった。

私が不平等に扱われていると感じていることを、誰もわかってくれなかった。

私の気持ちを尊重してくれる人はいなかった。

尊重される立場に立ちたかった。

そこで、聞いてもらいたかった。

いつか爆発させるつもりの爆弾を大切に大切にしまいこんで、「あの子」を追求した。

自分で取り込んで、自分で制限をかけ続けた。

叶わないのは、私が「あの子」じゃないから。

「あの子」なら、叶うはず。

希望でもあり、絶望でもあった理想の「あの子」

いつか、「あの子」になって権利を手にしてやる。見てろ。




誰かがいると頑張ってしまう。無意識にやってしまう。

まだ残ってる「あの子」。ぽいしよう。

それはまぼろし。

まぼろしを追っても、何も得られないね。

「私」を見失うだけだったね。

頑張らないで。

「私」を思い出そう。
posted by 蝉ころん at 21:56| Comment(0) | ころんちゃん覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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