2010年05月16日

そのときそのとき

なりたかった職業。

実家の家業を別にすると、もの作り系が多かった。

服とか、靴とか、帽子とか。

一般サイズから微妙に外れていて、売ってるものだとサイズが合わないことが多かったから。

ないなら自分で作ればいいじゃん!って発想。

これは、なりたい職業ってのとは違うよなあって思ったり。

サイズの合う、気に入ったものが欲しいだけじゃん。サイズがあれば、別になりたくもないじゃん。

そう思うと、職業としてやりたいって思いがしぼんでいったり。

本当にやりたいことってなんなんだ?

とか、ずっとそんなふうに思ってた。



最近も、やりたいこととか考えてて、服作りたかったよなって思って。

でも今更そんなこと始めて、実にならないよ?誰も欲しがらないよ?ものになる前に引退の年だよ?

なんて、一瞬で蓋をしてる!

まて。

そんなことはどうでもいいんだ。

職業として成り立つとか、そこまで考えてどうする。

そんなのどうでもいいんだ。

未来のために今を修行に使おうとするのはいい加減にやめよう。

私が今やりたいなら、それでいいんじゃないの?

やってみちゃえばいいんじゃないの?



飽きてやめちゃったとか、もっとやりたくなったとか。

そんなのは後の結果。

そんな後の結果を勝手に決めて今を犠牲にするのはやめよう。

決めた結果で未来の自分に枷をはめるのはやめよう。

今の自分を楽しんで、そんでいい。

学ぶのも、遊ぶのも、働くのも、自分の思いからだ。

起点はそのとき。

いつでもそのとき。



完璧なものを求めて時間がかかっちゃうのもそのときの私。

時間がかかりすぎて疲れて飽きて面倒くさくなっちゃうのもそのときの私。

それぞれ、それでもいいんじゃない?

本当に欲しいものなら、したいことなら、飽きないはずとか、そんなもので縛ってない?

本当に欲しかったのも私。

飽きちゃうのも私。

それだけのこと。

欲しいものを作りたいためにお金を使ったら、そのときは使いたかったんだからそれでいい。

たくさん時間を使って完璧に進めていたら、そのとき満足できてるんだからそれでいい。

それだけのことをやっていても飽きてしまったら、それはそれ。

あれだけお金使ったのにとか、時間かけたのにとか、ダメなヤツなんて、そんなこと言った人がいたんだね。

もうその価値観は捨てていい!

私の裁量で自分のお金と時間を好きに使っただけのこと。

そのときそのときに満足してやってるんだから、飽きたってOK。

他のことがやりたくなってOK。




やっちゃいな!

やりたいんだったら、やってみちゃいな!

GO!
posted by 蝉ころん at 10:05| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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