2010年05月14日

大好きって

だいぶ子供たちに「大好き」とかをわりと自然に言えるようになってきた。

伝わってるのかな。

それは本人にしかわからないんだろうな。

心がこもっている自信はないから。

自分の「大好き」が本当の大好きなのか。

子供たちにとっての「大好き」になれているのか。

それでも、私にできることは続けることだから諦めはしない。




私は、親からの「大好き」を感じたことはなかった。

好きだと思われてるなんて感じたことはなかった。

産んだ責任で育てられていると感じていた。

親自身がどう思っていたかは知らないけど、私はそう感じていた。

そして、そう感じていることに罪悪感を覚えていた。

自分を育ててくれている親に対して、そんな風に思っているなんて、って。



親の立場に立ってみて、確かに子供にそんな風に思われているなんて悲しいことだと思う。

でもさ。

子供の私は悲しかったんだよ。

自分を産んでくれた、大好きな親が、私のことを大好きだとは感じられないんだもの。

義務でなければ、いなくなっても構わないんじゃないかなって。

私はなぜここにいるんだろう。

親が、産んでしまったから、無事に育てなければいけないから、無事に育たなければいけない。

だから私はここにいなければいけない。

親が責任を果たすために。

そんなふうに感じていた。

そんなことを親に確認はできなかった。

傷つけること、傷つくこと、どっちも怖かった。

ストレートには聞けない、聞いても本当の答は得られない、大好きって思い。

言葉で何と言っても、態度が大好きになるわけでないことを知っていたから。

言葉だけで言って欲しくなかった。

本当に好きでいて欲しかった。

「お母さんは私のことキライなんだ!」

って、言ったことあったな。

「なに言ってんの、そんなわけないでしょ」

って返ってきた。

求めていたのはそんな答えじゃない。

キライだと受け止めてしまうことをされているってことをわかって欲しかった。

私は傷ついていたんだ。

傷つけないで欲しかったんだ。

私のことが何よりも大切だって思ってて欲しかった。

大好きだから傷つけたくないって思ってて欲しかった。

でも傷ついていることはわかってもらえなかったね。

大切だったのは私のカラダ。

成長しているという事実。

私のココロは、見てもらえてなかったね。

ココロは存在していなかった。



私は私のココロを守ったね。

ころんちゃん、頑張ったね。

かさぶたつくって、ココロを守ったんだね。

せいいっぱいで守ったんだね。

まだかさぶたは取れないけど、もうこれ以上は増やさなくていい。

ゆっくり癒そう。

大好きだから。

早く会いたい。
posted by 蝉ころん at 11:33| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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