2010年04月30日

外出してきた

今日は、純粋に自分のためだけに出かけてきました。

欲しい雑誌があったので・・・。

ただ、やっぱり出かけるまではなかなか腰が上がらない。立ち上がったと思っても、気がつけばまた定位置に座り込んでしまってて。

でも、「自分のために行動」で得られるものがわかってきたからか、私にしては余裕のある時間に家を出ることができました。

私にしてはかなり革新的なできごと。



お目当ての雑誌を買ってから、最近心がけているころんちゃんの希望聞きますタイム。

最初は「遊園地」が出てきたんだけど、時間が足りなすぎなので、連休中に子供たちと一緒でいいかな?って聞いたらOKでたので、そういうことで。

今日は公園でお弁当に決定。

お弁当を調達して、芝生にベンチのありそうな公園に目星をつけて行ってきました。

ハトに狙われながらランチ。ふふふ。あげないよーん。

ころんちゃん、今度はできあいのお弁当じゃなくて、家から持っていきたいって。

うーん。そうだね。それも楽しそう。

そんな感じで、ちょっと時間はぎりぎりになったけど、なかなか楽しかったです。



だんだんと色々見えてくる。

今までは、条件が先にあって、それに合うものを探してた。

でも、本当は希望が先にあってよかったんだね。

ずっと理性というか、理屈がまずあって、ダメなものをフルイにかけて、残ったものを提示して、さあどれ?って選ばせてた。

理屈を上位に立たせてた。

最近わかってきたのは、まず気持ちがあって、理性とか思考とかが手助けをして、気持ちに沿うように、叶えられるように工夫するってこと。

理屈で気持ちを封じ込めていたけど、気持ちをうまく実現するために考えるんだね。

敵じゃなくて味方なんだね。



どうやったら実現させられるだろう?
外せない条件はどれかな?
本当に外せないかな?
ここは譲ってもいいかな?

いちいち自分に確かめる。

気持ちと現実との兼ね合いってそういうことかな。

自分のために実現しようと動くことが、自分を認めるってことになってる。

どうしても無理だってわかったら、嘆きたいだけ嘆く。嘆いていいの。いつまでもぐずぐず言ってもいいの。

実現できなくても、できる限り動いて、悔しい気持ちを出し尽くせれば、気持ちは納得できるんだ。

どうせ無理だからって最初から諦めさせることが、1番自分を粗末にしてるってことなんだ。

やっぱり子供に対する時と同じでいいんだね。

決めつけないでちゃんと聞くこと。

ちょっとしたことでも、ちゃんと聞くこと。



今まで現実にばかり合わせて生きてきたね。

小学生の低学年くらい?の頃までは、頑張って声に出してたなあ。

大声で泣き叫んででも訴えてた。

あの頃はまだ気持ちと自分は同じものだったんだね。

でも誰も聞いてくれなくて、実現に協力してくれなくて、辛かったね。

だんだん、思考が育っていって。

先回りして考えるようになった。

ここで言ってもどうせ無理。辛い思いをするだけって。

私の方に合わせてもらえるようなことでも、声にも出さないで諦めてたね。

それで、張り裂けるような辛さは味わうことはなくなったけど、少しずつからっぽになっていく感じがしたね。

諦めるたびにむなしくなった。



どっちも辛かったよね。

まだうまく繋がれないことが多いけど、聞くからね。

また話してね。

私はまだまだ思考が強いけど、ころんちゃんの味方だよ。
posted by 蝉ころん at 21:48| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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