2006年03月14日

私の責任

私はずっと自分の行動に責任を持って生きて来たつもりだった。親から早く独立し、自分の稼ぎで一人で生きていきたいと思っていた。

実際に進んだ道は、4年生の大学まで親に出してもらい、最後には一人暮らし用の礼金、敷金まで出してもらっての一人暮らしの始まりだった。そのころには今の夫との付き合いは始まっていたし、働き出して1年も経たずに結婚している。そして3年後、子供を産むために退社した。私は、自分で目指していたはずの人生を自ら放棄してしまった。子供も、育てる自信がないから産まない、と決めていたのに、結局2人産んでいる。

私は心の中に2つの相容れない価値観を同居させていたんだろう。母のように夫や子供に振り回され自分をなくして人生を送りたくない、という気持ちと、母のように愛情を持って困難を乗り越えていく人になりたい、という気持ち。

母に憧れ、愛情に飢えていた部分が夫から離れることを拒み、夫に求められるがままに結婚、退社、出産へ流れていってしまった。どれも私が望んではいなかったことなのに。私はひどい女にはなりたくなかった。夫との付き合いは長いものだったし、求婚を断る理由もなかった。結婚前に子供はいらない、と話していたにも関わらず、結婚した以上、子供が欲しいと言う夫の気持ちを尊重するべきだと思った。

今、夫からのモラハラを受け、私は自分の不幸の責任を夫に擦り付けている。私はあなたの気持ちを尊重して、あなたの選択に従って生きて来たのに・・・。でもこれは、私が招いた結果。夫との相性も深く考えず付き合い出し、そのまま結婚して出産した。

確かにどの節目でも、自分の意見は言っていた。私はこういう女で、こういう考えだから、こういうことは受け入れられない。こういう生活がしたい。夫はうんうんと聞いていた。でも意見を聞いてもらって、それで生活が動き出すと次第に変わっていくのだ。夫は状況は変わるからと言う。確かにそれはその通りだ。でも、夫はいつまでも変わらず自分の思った通りに生活し、私はいつもそれにならって生きて来た。そこに私の意志はなかった。

何度も、この生活のおかしさに気が付く機会があった。でも、悪くとってはいけない、私の受け取り方がまずいのかも、前向きに考えよう、と、夫との関係を深く疑うことはなかった。

私は、夫から離れるのが怖かったのだ。不幸をもたらす存在から離れることで、自分の不幸を責任転嫁する対象を失うのが。私は私の不幸の責任をとる自信がないのだ・・・。

もう、自立しなければ。まだはっきりとした方向は見えていないけど、この関係を選んだ責任を、この生活をここまで続けてしまった責任を、私は自分でとらなければ。この関係を続けることになるのであれ、幕を引くのであれ、それは私が自分で考えて決断しなければいけない。これだけは、夫に引きずられることなく、固い意志を持ってとりくんでいきたい。
posted by 蝉ころん at 19:43| Comment(6) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おはようございます(^^)
蝉ころんさんも、ブログ、上手く使って下さいね。
私は、これで本当に助かりましたし、今も助けられてます。。。
書く事で、案外冷静な自分を発見できて、かなり嬉しかったもんですよ。
時間が解決する事と、振り返る事で収まって行く事と、色んな事に出会えます。
旦那さまとは、一度は縁があった人だし、離婚は最終手段ですし、お子さんの事を考えると、悩みどころだと思います。
でも、離婚、復縁どっちを選んでも、何時か絶対後悔すると思うんですよ。だったら、後悔度が少なくて小さい方を考えて下さい。そして、決めて進めたら、そうなる様に生きて行きましょう♪人生、先は長い。頑張れる様になりましょうね〜
Posted by るんた at 2006年04月05日 09:54
>るんたさん
コメントありがとうございます。(^^
誰か見ていてくれると思うと励みになります。

このところ書きかけては子供に時間をとられて、そのうちに書きたかったことがどこかへ逃げていってしまう・・・という日々が続いていてなかなか筆が進みません。
でも、自分の落としどころを見つけるために文章に必要な作業だと思うので、少しずつでも続けたいと思っています。

こうして文章にしてみると暗いですね〜。外見で見えてる私はもっと明るいんですよ。この抱え込んでいる重た〜いものを吐き出したら、また違う私が出て来るのかな〜なんて思ってます。
人生長くなるのか短くなるのかわかりませんけど、今を振り返って笑い話に出来るようになりたいな〜。
Posted by 蝉ころん at 2006年04月09日 19:13
蝉ころんさんの、自分への洞察の深さに驚いています。
>今、夫からのモラハラを受け、私は自分の不幸の責任を夫に擦り付けている

このように書く被害者の意見は初めてみました。
「そういう男を選んで生きてきたのは自分じゃないか」と私も常に自分に言いながら、それでもまた、「いつか変わってくれる、わかってくれる。そう思ったからだ」と堂々巡りしてしまうのがおちでした。

うーん、でもこの考え方は、どうでしょうね。
ちょっと自分を責めすぎな気もする。
不幸の直接原因はやはり「夫」でしょう。
あたりまえの幸福しか望んでいない妻が、そこに一縷の希望を託して生きるのは、人の情、というものだと思います。

>私は、夫から離れるのが怖かったのだ。不幸をもたらす存在から離れることで、自分の不幸を責任転嫁する対象を失うのが。私は私の不幸の責任をとる自信がないのだ・・・。

>この生活をここまで続けてしまった責任を、私は自分でとらなければ

この言葉、今の私に、問いただしたいです。
そうなんですね、現実ととりちがえて「見果てぬ夢」の中にいた自分を、夢から覚めてどのように処理していいかわからない。

自分の不幸の責任をとる自信がなくて右往左往している・・・のかもしれないですね。


Posted by なつ草 at 2006年09月08日 11:23
洞察が深いなんて、言われたことがないのでびっくりです。私はどうも考えているうちに変な方向に行っちゃう癖があって、理解してもらえないことが多いんですよ。このブログにもその傾向がかなり出てるでしょ。ちょっと気になってたので嬉しいです。

この記事は、自分を責めまくっていたころに書いたものなので、今読むとかなり自虐的ですね。でもかなり事実だと思います。私は「夫が悪いから不幸なんだ」ということにしがみついていた時期が確かにありました。でもそれは、夫を責めるためではなくて、自分を納得させるためだったかな、と思います。これを私を責めるために使うのが夫ですが。
自分で自分の幸せに責任を取る・・・考えるとなんか恐いですね。私もずっと右往左往しています。
悪夢から覚めたら、布団の上でぼーっとなったり、怖かったら誰かに話したりしますもん。したいようにして、それから現実に戻るのもアリじゃないかしら。
Posted by 蝉ころん at 2006年09月08日 15:05
>夫を責めるためではなくて、自分を納得させるためだったかな

あまりにも、あまりにも、今の私のぼんやりとした部分が明言されています。

同盟の思い出板に書き込んでいるころは、とにかく、怖い夢を誰かに聞いてもらいたい、という一心でした。

でも、自分の日記に書くようになって、これは、自分が、悪夢として追いやっていた事実を、事実として自分に認識させるための行為ではないか・・と、ぼんやりながら気づきます。

やはり、人の輪、人の力、というのは大きいですね。

どうぞこれからもよろしく。

Posted by なつ草 at 2006年09月08日 15:31
私も、この記事を書いていたときは、よくわかっていませんでした。だんだん書いているうちに見えてくるんですね。こうして、夏草さんがコメント下さっているので、もう一度記事を読み返してみて、また気付くこともあります。
共感してもらって心強くなるところもありますね。
こちらこそ、よろしくお願いします。
Posted by 蝉ころん at 2006年09月10日 18:03
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