2010年04月23日

さみしい記憶

まだ、自分のことについて深く探り始める以前、まったく自分の問題について意識していなかった頃、ときどき、子供の頃の記憶の残る場所に行ってみたくなったことがあった。

学校や、通学路、お気に入りだった場所。

年数を経て戻ってみたら、さみしさだけを感じた。

学校も、通学路も、もう私の場所じゃないんだな。
お気に入りの場所も、こんなにさみしいところだったっけ。

大人になって、上からの視点で見るとこんなものなんだな。

そんな風に思ったことを覚えている。



その時の感覚を思い出してみて、そうじゃないな、って思った。

もともと、さみしい場所だったんだ。

記憶は、辛いことは奥深くへとしまわれていく。

学校も、通学路も、もともと私の場所だなんて感じてなかった。
辛い経験だけの場所。

お気に入りの場所は、誰も来ない秘密の場所。
痕跡さえ残さず、ただひっそりと隠れる場所。
そこにいながら、どこからもいなくなれる場所。

私が、私のままでいることを誰にも察知されないですむ、そんなところ。

よく、夏休みになると預かられていた母の実家は、自然がいっぱいの場所だった。
川で遊ぶのが大好きだった。
だから夏休みが楽しみだった。
でも私はそこでも人間社会には入れてもらえなかったね。
兄は従兄弟たちと毎日遊び回っていたけど私はひとりぼっち。
行動範囲も、ものすごく制限されていた。

心のふるさとのつもりでいたけど、やっぱり居場所はなかった。

どこにいっても、さみしさが埋まってる。

ひとりぼっちで、周りに誰もいないイメージ。誰かがいても、透けてるイメージ。声を出しても、叫んでも誰にも届かない。
さみしいんだよ。さみしかったんだよ。

私をいないものとして扱わないで。

私は見えるよね。透けてないよね。

私はいてるよね。存在してるよね。

怖いよ。

怖いよ。

怖いよ。

怖かったよ。

怖かったよ。

怖かった。





うん。

怖かったね。

大丈夫。一緒にいるよ。ほら。

抱きしめるよ。ほら。抱きしめられるよ。あなたはちゃんと、ここにいる。

聞こえるよ。聞いてるよ。

もっと話して。聞いてるよ。

泣きたいんだね。泣いていいんだよ。声だして泣いていいんだよ。
posted by 蝉ころん at 10:47| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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