2010年04月19日

怖がっているのは私

子供の学校のこと。

学校のルールが守れないこと。

宿題なり、登校時間なり、持ち物なり。

どうしても許せなかった。

上の子の入学のときは、まだ私が変化する前だったから、上の子が不安定なのはそのころに植え付けた影響が今でもまだ残っているせいなんじゃないかなって思ってた。

だから、下の子でも同じ状態になるとは思ってなかった。正直でかなりショックだった。

下の子は、今までずっと私の中のルール、常識をぶちこわしながら成長してきたから。

私は、思ったことをどんどん行動に移す下の子のおかげで、ずいぶんいろんなことにOKを出すことができて、上の子にもOKを出すことができた。

下の子はうちの革新者だった。

その下の子でさえ、歯が立たなかった私の中の壁。

なんでだろうって思った。なんで下の子のパワーでもかなわないんだろう。

どうして私は学校のことに関してはOKが出せないんだろうって。



私自身が、学校じゃないからなんだ、って気付いた。

下の子が今まで打ち破ってきたものは、私が「家庭」で植え付けられてきたものだった。

「お母さん」から植え付けられたものだった。

私は「お母さん」だから、壊すことにOKが出せたんだ。

子供たちの社会が一歩広がったんだ。

今立ち向かうのは「学校」にまつわる私の中の固定観念。

母は、学校生活に関わるものにはほぼ全てノータッチだった。

OKもNGもなかった。

だからほぼ全てが「学校」で植え付けられたもの。

私自身も、一歩広がらなければ、自分にOKを出せない。

母親は、切り離せた。

だからOKが出せた。

私はまだ「学校」に未練があるんだ。

「学校」に受け入れられたい。

私が、素晴らしいお子さんですねって言われたいんだよ。

いいお母さんですねって、上手にできましたねって褒められたいんだよ。

ダメなお母さんだって×をくらいたくないんだよ。

×だらけの成績を見せられたくないんだよ。

まだ×を怖がってるんだ。





たったこれだけのこと。

本当に、たったそれだけのことで。

こんな、こんなちっぽけなことで。

こんなに子供を苦しめることになるなんて。

こんなちっぽけなことに、まだまだこんなにもすがりたかったなんて。

こんなにもしがみついていたなんて。





手放そう。

子供たちの学校生活は、子供たち自身のものだ。

先生たちは、私の先生じゃない。

私の先生は、もういない。

今から私を笑顔で受け入れてくれる先生はもういないんだ。

もういないんだよ。

だからもういいんだよ。

×をもらわないために、できていないことを焦って探さなくていい。

○をもらえるように、全てを完璧にしようとしなくていい。

どれだけ確認してもなぜか忘れてしまうたった1つのために、私の全てを否定されるような評価を受けることはもうない。

そんなことで評価をコロコロ変える先生たちはもういない。

先生の評価を後ろ盾にしていじめてくる奴らももういない。

そんな、ガチガチの学校の常識は、もういらないんだよ。

だから、私が私にいちいち評価を下して苦しまなくていい。

私は私に×をつけないよ。





手放そう。

もう手放せるよ。

怖くないよ。

大丈夫。

勇気を出して手放してみよう。

きっとできる。

一緒にやってみよう。
posted by 蝉ころん at 21:21| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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