2010年03月31日

自己責任

私の育った家庭は、物心ついたときから自己責任をとらされる家庭だった。

例えばまだ小さくて難しいことに挑戦したくなったとき。

失敗して、怪我をしたり、悔しい思いをしたりする。

誰も寄り添ってはくれない。

「あんたがやりたいって言ったんでしょ」

何回聞いたことか。

痛くても、悔しくても、泣いても、全て自分で消化するんだ。

どんなに幼くても。

否応無しにやってくる別れの辛さも、新しい環境になじめずに苦戦しても。

どんなに心細くても。

寄り添うなんて、そんなことはあり得なかった。

そんな概念はなかった。

あるのは、問題。

泣いている。いじめられている。怪我をしている。

そんな事象ばかりを見られていた。

泣き止めば終わり。いじめがなくなれば終わり。手当をすれば終わり。

痛い、寂しい、怖い、そんなことはどうでもいいことだった。

そんなことは私以外の人には見えない。自分で解決することだった。

私の心はずっとひとりぼっちだった。

誰か聞いてよ。応えてよ。

解決して欲しいだけじゃないんだ。

私の気持ちを、誰か、認めてよ。ここにあるんだよ。あるんだよ。

誰か聞いてよ。

私はここに在るんだよ。

ずっと、声にならない声で、心の中で叫び続けていた。

誰にも届かない声。

誰にも気付かれない心。



頑張ったね。怖かったね。

もう無理に1人でなんとかしなくていいんだよ。

一緒に、いろいろ感じながら、進もう。

一緒ににいるからね。
posted by 蝉ころん at 16:42| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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