2011年03月30日

応援したい

最近は、だいぶ気持ちもいつも通りに戻ってきたみたいで、子供たちに対するイライラも戻ってきた。

それでも記事として書きたくなるのは、やっぱり原発のこと。



福島原発は、状況が見えてきたらどうも長期戦になりそうな状態みたい。

いろいろと、体制とか対応とかを非難する声が出てきてる。

私も書いたけど、こういうのって、やっぱり不安の声なんだなと思う。

今は渦中だから、不安に振り回されてしまうのは仕方ないこと。

収束したら、きちんと調査して、みんなで先のことを考えていくのが大切だなと思う。

渦中を過ぎても、忘れずに、冷静に、みんなで決めるのが大切と思う。

感情的にならずに、でも、感情を軸に、対応を決めていくのがだいじ。

今はまだ、それを始める時じゃないんだなって思ってる。



まわりでそうこう言ってる間も、原発では危険な中で作業をされていて、本当に頭が下がる。

とにかく原発事故のやっかいなことは、事故現場での作業では放射線を浴び続けなければならないために、同じ技術者が続けて作業にあたれないことだと思う。

今日までにどれくらいの人が作業にあたったんだろう。

今後どれだけの人が必要になるんだろう。

危険な状況の中で、少しでも被害を少なくするために作業を続けてくれている人達を応援したい。そして原発周辺で生活している人達を応援したい。

と言っても、私に出来るのは、今までと変わらず周辺産の野菜を買うことくらい。今のこところ。

みんなで頑張れたらいいな。

それで少しでもマシな形で、状況が安定的に治まりますように。
posted by 蝉ころん at 15:15| Comment(0) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月26日

電力消費のこと

東京電力の電力使用状況ブログパーツができていたのでサイドバーに貼付けてみた。

こういうの、他の電力会社でもあったらいいな。

あと、自分ちの電力メーターが家の中に欲しい。



節電のためにいろいろ調べてみたら、パソコンとかの情報機器よりも依然として家電のほうが消費量多いんだってわかった。

PC関係はほぼ電気的な動きで成り立ってるから、ロスが少ないんだな。

家電製品は、エアコンとか、湯沸かしポットとか、冷蔵庫とか、炊飯器とか、コンロとか、電気を熱に変えるときに無駄が多いのと、あと、熱を利用することそのものがすごいエネルギーがいるんだな。

熱を使うのは、効率よく、同じ場所に集めるのがよさそう。

冷蔵庫なんて、寒い時期ならなくても北側の寒い部屋に置いとけば大丈夫だったりする。凍らせるのは無理だし、夏はそうはいかないけど。

キッチンは南側でも、貯蔵は北側にするとかで冷蔵庫の電力もマシにできるかな?

考えてみると、いろいろとエネルギーを無駄に使うように生活が変化してきたんだなーと思う。

昔は冬はみんなこたつに集まってたし、夏は窓を開け放してゴザ敷いたり、よしずやすだれで熱を防いだり、いろいろと工夫してた。

今は、みんなが集まる部屋が密閉性がほとんどなくてあっためても熱がどんどん逃げちゃうし、まあうちは夏はエアコン使ってないから電力消費はマシなほうだと思うけど・・・。

色々、工夫できる余地はあるなー。



あとはー。太陽光とか風力とか、家庭用発電システムつけたいな。

そんなお金使ってらんないんだけど・・・・。

いつか、ね。

今は生活を工夫して電力消費がどれだけ落とせるかやってみたい。
posted by 蝉ころん at 13:33| Comment(0) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月21日

原発のこと

福島原発の状況はまだまだ余談を許さない状態で、ニュースを見る度どきどきする。

前回原発の対応のことを書いたあとも、やっぱりいろんな思いがぐるぐるしていて、なにかひっかかる感じがした。

ひっかかった感じを探ってみたら、やっぱり昔の忘れ物が出てきた。



放射能のことについて習ったのはいつのことだったのかは忘れてしまったんだけど、原子炉の仕組みに話が及んで、私は当時、すごく恐怖を感じたんだった。

なんで原爆で被害を受けた日本が、核に大反対しているはずの日本が、そんな危険なものをエネルギー源として使ってるの?

必ず生成されてしまう放射性の廃棄物を埋めるって言うけど、埋めたら放射性がなくなるの?どこに埋めるの?いつまでそれでごまかせるの?

そんなものが大量に出るものが安全だなんて、なんで言えるの?

大人はなんで、そんな後始末に困るようなものを続々と建設させているの?




私は当時、とてもとても怖かった。

でも、誰にも怖いと言えなかった。

私を否定されることの方が怖かったから。

いくじなしだと思われたくなかった。

固いことを言う環境活動家みたいに思われたくなかった。



だから見ないふりをした。

私は今まで、きちんと原発反対の意思を表に出さないまま、ここまできた。

そうしていつの間にか、原発のことなんか意識もしないで無造作に電気を使ってきた。

政府や東京電力の上層部と何が違うのか。

私は私に怒ってる。

なんであんな怖いものをそのまま使って平気なんだって。

あんなものがなければ成り立たない発電量の電気を平気で使うんだって。



私は私の気持ちを大切にしたい。

節電じゃなくて、電気をあまり使わない生活にシフトしていこう。

原発に頼らなくていいために、自分ができること。

私は、原子力発電に反対。
posted by 蝉ころん at 19:39| Comment(0) | ころんちゃん覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月18日

私の中にあった不安

前回書いた記事について、なにか落ち着かないものを感じていたんだけど、少しわかってきた。

私は、自分の不安をごまかすために外に向けて発散していた。

報道を見ていると、思い出す。

緊急事態が怒ると、両親は、報道や、政府の対応に対して、いつも不平を言っていた。

私はいつもそれを聞かされていた。

人を責める言葉を聞かされ続けていた。

両親も不安だったんだろう。

怒りの形で、自分が何も出来ないことや、事態がなかなか好転しないことへの罪悪感を転嫁していた面が大きかったように思う。



私は両親の不安を受け止めていたんだな。

私自身の不安や恐怖は、私1人で消化しきれないまま、さらに両親の不安も引き受けていたんだな。

前回私が書いた記事はこれと同じことだ。

今も体中が緊張していて、自分が不安を感じているらしいことがわかる。

私はこの不安を外に向けただけだ。

子供の頃から消化しきれないまま、どう処理していいか分からないまま持ち続けているこの不安を、扱いあぐねて逃げただけだ。

あまりはっきりと現れてこないのは、最初から表に出せないままだったのが幸いして、否定される機会もなく、ねじれた感情にならずにすんでいたのかも。



怖いことは怖くていい。

不安なことは不安でいい。

消化できるまで時間がかかってもいい。
posted by 蝉ころん at 16:28| Comment(0) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月16日

東京電力と政府に勇気を

福島原発の状態が心配です。

今、東京電力の方々はいい知れない恐怖の中にあると思う。

自分たちが事態を収めきれない、刻々と状態が悪化する、それが露呈していく恐怖。

国民の怒りに対する恐怖、政府の怒りに対する恐怖、マスコミの怒りに対する恐怖。

日本政府も諸外国に対して同じように感じているんじゃないか。



東京電力や、日本政府だけで事態を収拾しなければならないと思い詰めてしまっているように感じる。

そして、そんなふうに追いつめているのは、マスコミだし、世間だと思う。

今は責めているときじゃない。

もう背負いきれないところまで事態は進んでいる。

見たくない事実を認めた方がいい。

そして少しでも早く情報を、世界に向けて公開した方がいい。

内部の人間よりも、外部の冷静な目の方が見えてくるものが多いはず。

努力を放棄するんじゃなくて、少しでもいい方法を見つけるために。

もう、日本だけの問題じゃなくなっている。

みんなに一緒になって考えてもらっていいんだと思う。

勇気を出して、踏み出してほしい。




そして、現地で危険な作業にあたっている東京電力の作業員の方々、周辺地域の住民の方々が、どうか無事でありますように。
posted by 蝉ころん at 15:25| Comment(0) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月15日

地震から、4日

発生から4日も、呆然と過ごしてしまった。

私自身は被災地からは遠いところに在住なので何も不都合は起きていないのに、緊急事態モードから抜け出せない。

地震と、津波と、原発と。

リアルタイムで流れてくる被災状況に、不安が刺激され続けている。

被災された方の恐怖を思って、胸が痛い。

単純に私自身も恐怖を感じてる。

私の恐怖を、生き残っていることへの罪悪感を、被災した方に投影してしまっているかもしれない。




自分の無力さを感じる。

無力で、非力なことを情けなく感じる。

阪神のときは、ここまでだった。

できることだけしか、できないし、それ以上をしてはいけないことは、学んだ。

自分の罪悪感を紛らすために、親切を押し付けてはいけないこと。

ぐるぐると考える。

私はどうしたいのか。

私が望んでいるのは何なのか。

1人でも多く助かってほしい。

1日でも早く復興して元気を取り戻してほしい。

それは、本当だと思う。

私に出来ることを考える。

今は、募金と、節電、省エネ。

あとは、ちゃんと自分を生きること。

怖い思いもしっかり感じて表現して、自分の感覚を認める。

あとは、祈ることしか出来ないけど。




それから。外国からの応援がとても嬉しい。

日本って1人じゃない。

1人ってのも変だけど。

ピンチになったらこんなにも手を差し伸べてくれる友達がたくさんいる国だったんだ。

私はそれがとても嬉しい。

アメリカ軍は、危険な原発での作業を手伝ってくれてる。

ロシアは、ガス供給を増やしてくれるって。

ニュージーランドは、自分たちが津波の被害があったばかりなのに、助けにきてくれる。

韓国だって、中国だって、カナダだって、フランスだって、イタリアだって、他にもたくさん、たくさんの国が協力してくれるって。

普段はいろいろうまくいかない時もあるけど、仲間なんだ。

こんなに頼りになる仲間がいたんだ。



ありがとう。

私には祈ることしか出来ないけど。

どうか、1人でも多くの人が、無事で、元気で、いてくれますように。
posted by 蝉ころん at 22:53| Comment(4) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月09日

いいなってことだった

ひかるに腹を立てている。

怒りが湧く。

なぜいかないのか。

無意識に気配を消してしまう私。

親への気持ちだとしたら。

なぜいる。

早く出て行け。

仕事じゃないのか。

なんで今日は行かないんだ。

親のいないところでしかのびのび出来なかった。

親がいなくなる時間を今か今かと待っていた。



だめだこれじゃない。違うところを掘ってる。

ここも何かありそうだけど今は違う。




腹が立つ。

いかないなんてありえない。

いかないことが許されるなんてありえない。

ただで済ましたくない。

罰を与えてやりたい。

どうにかして苦しめてやりたい。

思い知らせてやりたい。

学校に行かないで罰を受けないでのうのうとしていられるなんてことがあっていいわけがない。



でなきゃ私のあの日々はなんだったんだ。

違ったなんて。

違ったなんてひどすぎる。

行きたくなかったら行かなくていいなんて。

辛いことがあったら大人が力になってくれるなんて。

辛いと思うことを責められてきたのに。

辛かったらいけなかったのに。

先生は、私が辛いと言ったら、相手の子を軽く叱っておしまいだった。

違うんだと言っても聞いてくれない。

謝ったんだからもういいでしょ。あなたもいつまでもしつこいよ。

そんなふうに言った。

私の方が悪い子になった。

それでも頑張って学校に行った。

行ったのに。

頑張って頑張って頑張って通ったのに。

どれだけ頑張って行っても、私にはマイナスしか付かない。

毎日毎日、学校に行った分だけ私はマイナスをもらってきた。

勉強なんか出来たって、なにもプラスになんかならなかった。

それなのに。

ひかるは、学校に行けなくても、友達がいて。担任からもフォローしてもらえて。親にも叱られないで。

いいな。

私もそんなんがよかった。

私もそんな風に、見守られて、フォローされて、弱音はいて、休んだり、頑張ったりして、辛いことがあっても、慰めてもらったりしながら、やっていきたかった。

いいなあ。ひかる。

私はひかるになりたい。

ひかるの立場だったら、私は毎日楽しく楽しく学校に行ける。

学校に行って笑ってられるなんて。

いいなあ。

そんな学校生活がよかったよ。

そうなんだ。

いいなあって思ってたんだ。

それだけフォローされてるのにって、私が手に入れられなかったものたくさん持ってるのに我がまま言ってって、腹が立ってたんだ。

だから私が学校でもらってきていたマイナスを載せてやりたくなったんだ。同じ以上のひどい目に遭わなきゃ許せないって。

私が欲しかったものをひかるはもってる。

いいな。

うん。

いいなあって思っていいよね。

本当は、それだけでいい。

いいなあって、思っちゃいけないって、思ってたね。

ひとをうらやましがっちゃいけないって思ってたね。

うらやまいよね。

いいんだよ。

いいなあって思ったら、いいなあって言っていいんだよ。




落ち着いたら、聞いてね。

ひかるは、私が持ってなかった苦しみも、持ってるね。

私とは違う種類の苦しみ。

だから、私が欲しかったものを持っていても、辛くて学校に行けない。

学校に行けないだけのものを背負ってる。

私とは違う形で表に出てきてるんだよね。



いいなあって思うね。

私も欲しいって思うよね。

いらないなら替わってって言いたいね。

そうなんだよね。




ころんちゃんはころんちゃん。

ひかるはひかる。

欲しいものも、必要なものも、人それぞれだね。

だから。

必要なら、欲しいなら、手を伸ばそうか。

うらやましがっててもひかるのものはひかるのもの。

ひかるのものを取っても仕方ないし、本当はひかるをいじめたいんじゃないよね。

欲しいものは自分で手に入れてみようか。

敵ばかりじゃないから。

フォローに回ってくれる人たちはいるから。

自分から欲しいって言っていいんだよ。

大丈夫。

大丈夫なんだよ。







言葉って大事なんだな。

何回か探ってて、「羨ましい」って書いてたときは全く繋がらなかったのに「いいな」って言葉が出てきたとたん繋がった。

それでするするほどけて楽になった。

表現力はついたけど 言葉はあくまで当時のものじゃないとダメなんだ。

その時の心にフィットしないと繋がらないんだな。

今日は見つかってよかった。

繋がれてよかった。

諦めないでチャレンジできてよかった。

頑張った。

頑張ったなあ。
posted by 蝉ころん at 19:17| Comment(0) | ころんちゃん覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月08日

このままの私でいいや

イライラは地雷を踏まれている状態。

足が離れると、怒りになって爆発する。

イライラの時点なら、実は分解解除できる。

私の感じている怒りは、不快に感じる出来事そのものじゃなくて、その出来事から引き起こされるであろう不利益、つまり他人の不快から起こる怒りを乗せられること、に対して発生している。

予期不安ならぬ予期怒り。

不安を通り越して怒りへ突き抜けてしまっている。

この道がどれだけよく使い込まれた道なのかと思くらいスムーズに通り抜けてしまう。

予期だから、実はまだ怒りの直接的な引き金になる後乗せの怒りは被ってない。



書くことだ。

出すことだ。

頭の中でぐるぐるとイライラを持ち続けていても、同じ道を繰り返すだけ。余計に増幅されていくだけ。

私が今までブログでやってきたこと。

書くことでどれだけ自分が見つめられるか。

そして、どれだけひどい状態の自分でも、ブログに書いて公開するということで、公に見せてもいい、恥ずかしくない自分なんだって私自身が認めたという証拠として、私自身がどれだけ嬉しいことか。

私は私を誇らしく思っている。

そしてそれを書いてくれることを嬉しいと思う。

私の中は分裂している。

感情ごとの、年代ごとの、いろんな私が、記憶を共有しながら生きている。

それならそれでいいじゃないか。

私は、私のためにこれを書くことができる。

これを読んでいる私に伝えるために書くことができる。

視覚は共有しているらしい。

こんなことを書いてるだけで嬉しくて泣けてくる。

私はこんなことを伝えてほしかったんだ。

そうだ。褒めてほしかったなら、ここでどんどん褒めていいんだ。

イタくたっていいじゃないか。

どうせもう私はイタいんだ。

今更イタくない人間のふりなんかしなくたっていいじゃないか。

私はそんなイタい私のことだって大好きだ。




スイッチ入ったら書こう。

感じてるままに、書こう。

腹が立ったなら腹が立ったって書こう。

嫌な予感がするって書こう。

嫌いなら嫌いって書こう。

子供たちを嫌いだって思ったらそれも書こう。

どっかいっちゃえって思っちゃったらそれも書いていい。

バカーー!ってここで叫んじゃえばいい。

私はそれを読んだらいい。

それで一緒に怒ったり泣いたり笑ったりしたらいい。

私の中のたくさんの私と一緒に、共有したらいい。

それで最後に私に大好きって言ったらいい。

その先は、その後のことは、そのときの私が決めることなんだね。
posted by 蝉ころん at 12:57| Comment(0) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

子供たちへ

お母さんの頭の中には、鬼が棲んでるの。

今までずっと、檻の中に閉じ込めようとしていたんだけど、それでも檻を突き破って時々暴れてしまうの。

お母さんは、この鬼を、もう閉じ込めないことにしたの。

だって、本当は、鬼なんかじゃない、とっても優しい子だったはずなの。

人の気持ちのわかる、優しい人になれるはずだったのに、ずっと辛い目にあってきて、怖い目にあってきて、怖くて怖くて暴れてしまうの。

閉じ込められるのもすごく怖いの。

だから、閉じ込めようとするお母さんのこともすごく怖がっているの。



もう、怖がらなくていいんだよって教えてあげたい。

あなたは優しい、素晴らしい人だねって笑ってあげたい。

この子と一緒に入れることが嬉しいよって言ってあげたい。

お母さんと一緒にいることを安心できるようになってほしい。

だから、もう、閉じ込めるのはやめるね。



お母さん、ときどき恐くなっちゃうかもしれない。

ごめんね。

あなたたちには、とっても怖いかもしれない。

もとのお母さんには戻れないかもしれない。

でも、この子も、お母さんなんだ。

あなたたちには、嫌われても仕方ないと思う。

でも、お母さんは、この子を嫌わないでいたい。大好きでいたい。

そして、あなたたちのことも、大好きでいたい。

この子にも、あなたたちのことを大好きになってもらいたい。

だから、お母さんは、この子を閉じ込めない。

大好きだよって、大丈夫だよって、怖くなくなるまで、ずっと優しく、抱きしめて、ぎゅって抱きしめていてあげたい。

お母さんを乗っ取られても、それでも、大丈夫だよって言ってあげたいの。

この子がまた笑えるようになるまで、見守ってあげたいんだ。
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2011年03月07日

イライラも私

今日はなかなかイライラが収まらない。

というか、イライラを収めたくない感じが強くて掘り起こしにかかれないまま一日が過ぎてしまった。



発端は昨日、私が行きたいところに子供たちと一緒にでかけたことだと思う。

私自身はそれなりには楽しめたし、子供たちも楽しんではいたけど、フルパワーで遊びすぎて帰り際から2人ともぐずり通しだった。

今日は2人とも疲れが残ったせいもあってか学校に行かず。

さらに、2人が学校に行くための、私の準備が全部パアになったこと。

たぶん私の疲れもあるんだろうけど、いろいろと合わさって、もう何が原因やら、全てが原因なのやら、発作みたいに昔の情景が浮かんでは泣き、また違う状況が浮かんでは泣き。

まともに掘る気にもなれず、この気分から逃げたいと思うまま、現実逃避に浸り続けて1日。

現実逃避から現実に戻っては、イライラがぶりかえし、また逃避して落ち着いては、現実に戻るの繰り返し。

逃避してる間中、自分でも逃げてる自覚を感じつつ、それでも逃避から抜けられなかった。

しまいには、着替えもせずにゲームしてるのぞむを見てキレてしまうしもう最悪。



で、なんというか、私は今こんな状況なハラッサーであるということ。

まだ、私は良い子であろうとしているところがある。

ハラッサーな自分から大急ぎで正常な人間になろうとしているって気付いた。

それは結局、大急ぎで今までと違う仮面をかぶろうとしているだけ。

ちがうんだ。

私はハラッサーなんだ。

そういう性質を持った私を認めること。

私の中にそういう衝動があることを、大切にすること。

ハラッサー気質を持った私をまるまる、私自身が愛すること。



私はハラッサーでいい。

ハラスメント行為はいけないけど、私の中にあるハラッサー気質そのものは悪じゃない。

私はハラッサーな私との付き合い方を身につけていくってこと。

イライラしてイライラして逃げたくなる私を見捨てないってこと。

ハラッサー気質だってころんちゃんなんだ。

このことを忘れかけてた。
posted by 蝉ころん at 20:30| Comment(0) | ころんちゃん覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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