2011年02月24日

ややこしい怒り

ひかるが約束をやぶった。

そして、それをうやむやにしようとしている。

私の様子をびくびくと伺いながら、普通にふるまえる隙を狙っている。

自分がしたことを認めないまま、私の機嫌が戻るのを待ち、なかったことにしようとしている。

私は、約束を破られたことより、なかったことにしようとしている態度にものすごくムカついている。

それはつまり、私が約束を破られた事実をなかったことにされること。

私が傷ついたことをなかったことにされること。

そして、びくびくしているくらい自覚があるくせに、まるで何事もなかったように気楽な声を出されたり話しかけてこられたりするともう、ムカつきを通り越してイライラMAXになる。

まっすぐ無言で目を見据えてやりたくなる。

のぞむに話しかけられても、「お母さんはひかるのせいで今機嫌が悪いの」とか言いそうになる。

とにかくイライラしてるときに言いたくなることとかしたくなることはハラスメントなのは分かってるから抑える。

でも無言が精一杯。

無言だって十分プレッシャーになるのは重々わかっている。

早くイライラを整理しなければと離れてこれを書いている。たぶんこうして離れることさえも子供は傷つく。でも今はこれがベターな道。ベストを欲張らずにベターを進もう。



書き始めるまで、直接ひかるに対する怒りしか見えなかったけど、数行書いてるうちに糸口が見えた。

私が嫌だったことをうやむやにされること。

事実を隠蔽されること。

それがとっても腹が立つことなんだ。

まるで私が傷ついていることがなかったことみたいに、私が嘘を言っているみたいに。

私が感じていることの方がおかしいみたいに。私の方が悪いみたいに。

そっちが、約束破ったんでしょ?

なんでなかったことにして、私の気持ちを放り出しておいて、その上にまた私と普通でいられると思うわけ?普通にしてやらないといけないわけ?

私だって、私を傷つけるような人とは付き合いたくないんだよ!

私の心を踏みつけにするような人間は嫌いなんだよ!



ああそうだ、これは私が子供時代にずっとさせられてきたことだ。

反省もしてない相手を、むしろこんなことくらいでとか思ってる相手を、私は無理矢理許させられた。

許してやらないといけないって押し付けられた。



今の状況は確かに似ている。

ひかるは、まだ、そういうことで謝らないといけないということに耐えられない。

自分がいけないことをしたということを、受け止められない。

そういう風になったのは、私がそうさせたからで、今はまだ、回復途中。

私は、怒りが先にきているし、このことについてどうひかると話すのがいいのか、迷っている。

迷っているうちに、うやむやにしようとされている状況を感じて、スイッチが入ったんだ。



似ているけど違うから。

ひかるは、あの、昔の、ふてぶてしい奴らとは違うし、私は、許せなんて強要しない。

うやむやにされたくなかったらテーブルに載せていい。

許せなかったら、許せるようになるまで許さなくていい。

たとえそれがひかるでも、許せないものは許さなくていい。

ただ、それと生活は別のものだっていうこと。

許せないことがあっても、私はひかると話ができる。

ひかるは、私を傷つけたくてしたんじゃないし、過去私に怒られたことが原因で認めるのが怖くなってしまったから認められないだけ。

昔とは状況は違うからね。

また私の感覚を否定されるって怯えなくても大丈夫。

私は私が傷ついた事実を持っていていいし、否定しなくていい。

なにも怖くない。



子供がらみで怒るイライラも、実は眠ってるのは大人向けの怒りがほとんどみたい。

そういえば、子供相手だけなら、私は負けないだけの怒りをそのときにしっかり表現していたのかもしれない。泣きながらでも、わめきながらでも、正当な相手に表現していたかもしれない。もっととことんまで、泣き尽くせていたかもしれない。

私は子供の頃から、直接いじめてきた子供たちよりも、そのいじめを過小評価していじめをないものと見なしたり、私に忘れることを強要する大人に対して、怒りを強く持っていたんだ。

大人たちは、それだけのことを私に押し付けてきておいて私の話はまるで聞かなかった。

「さっさと許せよしつこいな」「いつまで泣いてんだようるさいな」「早く黙れよ予定が狂う」

そんな対応だったよ。親も、教師も。

でも。

私が体験したことは、ちゃんとあった。

私が傷ついたできごとは、しっかりあった。

私は確かに、傷ついていた。

誰がなんと言おうと、その時私は傷ついていた。

そして、傷ついたっていう、その感覚を、無理矢理取り上げられたことに対して、猛烈に怒りを感じてた。

それを訴えると私の方が問題児扱いになった。

それがまたさらに納得がいかなかった。

私が何を訴えても、大人は結局、自分たちのやるべきことをスムーズに進めることしか眼中になかったんだ。

私をとことんまで否定するようなことをしていることも、まったく自覚がなかったに違いない。

でも、私はそうして一回の出来事で元にあった出来事よりも何倍も傷ついた。



私はうやむやにされたくない。

うやむやにされるのを見過ごしにさせられたくない。ああややこしい、くそう話を複雑にしやがって。どうりでなかなか掘れないはずだよ。

ただ事実を認めて、それを謝って欲しい。

元は、それだけだったんだ。
posted by 蝉ころん at 21:38| Comment(0) | ころんちゃん覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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