2011年01月26日

仲間に入れて

ひかるのゲームに付き合っていると、やたらと私のやり方をマネされる。

私はそれがとてもうっとうしく感じるんだけど、これは拒絶しない方がいいことなんだろうと思って、なるべくさせるようにしていた。

ひかるは、私と同じようにしたいんだ。

私は、ひかるの遊んでいることに付き合っているつもりだったけど、ひかるにとっては、少し意味合いが違うらしい。

ひかるは、共有できる場面で、私の仲間になりたいんだ。



私は、コミュニティの中で人と同じことをするのを許されていなかったから、人とかぶらない、独自のやり方を探してなんとか自分の立ち位置を確保してきたけど・・・。

コミュニティに入っていくとき、マネから始めるのは当然のことじゃないか。

それが子供と親との関係で自然なことなんじゃないのか。




私は、実家では、必要のない人間だった。

存在する意味のない人間だった。

私はただ邪魔な存在だった。

私が何かをしたいと思うこと、父や母、兄のすることを自分も上手にできるようになりたいと思うこと。

そのために一緒にさせてほしいと思うことは、ただ、彼らにとって邪魔をすることでしかなかった。

私は、ただ、一緒に、家族の一員としてやっていきたかっただけだった。

私は、実家のコミュニティから分離されていた。

いや、もともと実家はコミュニティなんかじゃなかった。

父はやるべき仕事が終わればさっさと家を出て遊びに行くし、母は家事をしている間は子供が周りにいるのを好まず、何も子供に見せずにやってしまう。

私と兄はお互いにお互いの子守りをしていたようなものだった。

うちはコミュニティなんてものじゃなかった。バラバラだったんだ。

私は母の仲間になりたかったけど、母には子供を仲間にする精神的な余裕なんてもともとなかった。

逆に母の方が私たちに認めてもらいたがっていたくらいで。



私はひかるたちの仲間に入れてもらいたがってるんじゃないか?と感じたことがある。

すぐに逆なんだなあって思って。

私がひかるたちを仲間に入れてあげるのにって。

私は私のままでここにいて、私が、私を営んでいるところに、ひかるを、のぞむを、入れてあげるんだ。

私は個人だけど、子供たちにとっては家庭というコミュニティでもあって。

私といることそのものが、子供たちにとっての社会経験の土台になるんだ。



私が社会のスタンダードじゃなくてもよくて。

ただ受け入れられて経験を分けてもらえること。

家庭の営みに参加すること。

メンバーとして存在すること。

そんな経験が大切で。

私が欲しかったのも、そういうことだった。

私は、完璧にできないならと排除されていたけれど。

私のレベルで、私のままで、メンバーとして存在する経験がまず必要だった。



ひかるが、私のマネをすること。

そんなことも、やっぱりきっと大切なこと。

私もやっぱり、お母さんの隣でぴったりくっついて同じことをしたかったんだ。

それはきっと大切なことだったんだ。
posted by 蝉ころん at 16:27| Comment(0) | ころんちゃん覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月25日

泣かなくなったころ

前記事に関連して、思い出したこと。

そういえば、私は自分から辛いことを人に話したりはしていなかった。

いつも、誰かが声をかけてきて、それで、聞かれたからってことで話していた。

私が選んだ相手じゃなかった。

私から話しにいったんじゃなかった。

誰かに悲しんでいることに気付いて欲しかったんだ。



そんなやり方は、親との関係で身に付いたもの。

それまでにすでに自分から話しにいくなんてことは駄目なんだって理解してた。

でも泣いてたらたまにはやさしくされることがあったから、本気で泣いていながら、半分期待混じりに泣くようになってた。

そうなると親にも嘘泣きに見えるようになる。

私は本気で泣いてるのに誰も来ないってことに対しても悲しく思ってた。



声をかけたら邪魔にされるのに。

泣かないと来てくれないのに。

もう泣いても来てくれない。

私はやっぱりいらない子なんだ。



そしてどんどん悲しみが膨らんでどんどん泣いて、泣き続けて、余計に鬱陶しがられて、もっともっと孤独を感じた。

私は馬鹿にされたくなかったし見下されたくなかったしお荷物になりたくもなかった。

とにかく対等の立場で人間でいられるようになりたかった。

泣くことで人から蔑まれるなら、泣くことを封じなければと思ったんだ。

泣いたら鬱陶しがられる。

泣いちゃ駄目。

そう思ったら余計悲しくなって涙が出た。




やっと涙が出なくなったのは高学年の頃だったかな。

そのころにはもう怒りが表に出ていた。

怒りで悲しみを封じることを身につけてた。

悲しみを封じて怒りを選んだのは私。

それも私自身のためだった。

頑張ってた。

頑張ってたね。

偉かったよ。

自分を大切にすることから離れていってしまったけど。やっぱり頑張ってたんだよ。

もう悲しくていいんだよ。泣いていいんだよ。

泣いて嫌われるなんて気にしなくていいんだよ。
posted by 蝉ころん at 23:47| Comment(0) | ころんちゃん覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

悲しみを打ち明けること

今日はちょっと凹むことがあった。

しょーもないことなので内容は書かないけど、かなりショックだった。

ひかるも見ていて、私がショックを受けているのをわかってたみたいだったから、「お母さん凹んでるから今あんまり相手できないよ」って言ったらそっとしておいてくれた。

ハラッサー的には、八つ当たりする場面だ。

実際、ひかるに打ち明ける直前まで、イライラが出てきて危なかった。

でも、ひかるに言ったら、悲しい気持ちがどっと出てきて、さめざめ泣けてきた。

本当にしょーもないことだったから少し情けなかったけど、でも今は泣きたいんだから、悲しいんだから悲しんだらいいんだと思って泣いた。

しばらくしたら、気が軽くなって、沈んでいたのが浮上してきた。

悲しい分だけ悲しめたんだなあって思えた。



それで、今までのことを思い出した。

私は辛いことがあってもほとんど人に話をしないけど、ずっとそうじゃなかったって。

辛い経験を話しても、ただ聞いてくれる人は周りにいなかった。

話しても、悲しみを出せるどころか、解決策を渡されたり、いつまでもぐじぐじ言うなって叱咤されたり、ひたすら心配されたりした。

大丈夫というまで、それは続いた。

私は、もう大丈夫、というふりをするようになった。

大丈夫にならなくては、と思った。

だんだん人に話さずに、最初から自分で大丈夫なふりをするようになった。

そのうち自分が悲しみたいことも気が付かないようになっていった。

悲しみの代わりに、怒りを感じるようになっていった。

悲しみを封じ込めなければいけない辛さを、悲しみの原因を作った出来事、出来事を引き起こした人物への怒りとして肩代わりさせていた。



「元気出して」なんて言葉さえ私を縛った。

うるさい!

凹んでるって言ってんだろ!

そんな急に元気になるか!

なんで悲しませてくれない?なんで泣かせてくれない?

なんであんたに話しただけで元気になれなきゃいけないんだ!

元気じゃないんだ!

凹んでるんだって言ってんだろ!



私が話をした相手は、私が凹んでいるのがうっとうしい人だったり、私を元気にすることで満足したい人だったり、私が凹んだままでいるのを放っておくことに罪悪感を感じている人だったり、した。

そんな人にばかり話をして、私は結局、何も癒えないまま傷だらけのままで自力で無理矢理立ち上がってた。

それでもっと傷を増やしていた。

だからもう傷を増やさないように、最初から自力で立ち上がることを選んだ。

でも傷を癒すことはできなくなった。

傷の上からゲンコツで殴って痛みを感じないようにするような、そんなことばかりしていた。

そんな小さい私。




頑張ったよ。

辛かったね。

もういいよ。

凹みたいだけ凹んで、泣きたいだけ泣いていいんだよ。

無理して平気なふりなんてしなくていいんだよ。

悲しかったね。

辛かったね。

もう泣いていいんだよ。
posted by 蝉ころん at 22:00| Comment(0) | ころんちゃん覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月23日

自慢され役

私は常に兄の下にいた。

私が興味を持つものは、常に兄が持ち込んだものだった。

当然、兄は常に先にしたことがあったし、必ず目の前で私より上手にできることを自慢してみせた。

だんだん私が上達しても、常に私の位置を確認して、私に抜かれない位置をキープするべく先に進んでまた自慢する。

私は常に同じ土俵にいることを求められながら、常にその兄のすごさを理解できる、自慢する相手としてだけ求められていて、私が兄を超えることは許されていなかった。

自慢ばかりされないためには、私が私の力で上達することを味わうためには、兄にバレないように密かに練習するなりするしかなかった。

それでも、私が兄を抜いてしまうと、兄は私の自慢を見てはくれなかったし、兄は土俵に上がらなくなった。

私が求められていたものは常に兄の優越を満たす相手として存在することだった。

「こんなのできないだろう」「俺なんかこんなのできるぞ」

そんなことを言われる度に、悔しくて、悔しくて、頑張った。

頑張っても、頑張っても、私に「そんなのできるだ」「すごい」なんて言ってくれる相手はいなかった。

「よく頑張ったね」なんて誰も言ってくれるわけがなかった。

だんだん、空しいって感覚を持つようになっていった。



母との関係でも、これは同じだった。

私は母を超えてはいけなかった。

母は私を褒めなかった。

私の至らない点ばかりを指摘した。

私にとっての嬉しいことは何一つ得られなかった。

私がどれだけ興味を失っていても、その土俵に立足され続けた。



自分で発見もできず、自分で考えることもできず、自分の楽しいようにもできず、自分が主導権を握ることはできず、何を楽しむこともできず、評価もなく。

それでもそこにいなければいけなかった。

母が、実験を握ったままで、母が、満たされるために。



私は満たされてはいけなかった。

満たされることのできる世界へ逃げることも許されていなかった。

頑張らなければならず、頑張ってもいけない。

ずっと届かないとわかっていながら鼻先にぶら下げられた人参を追いかけ続けさせられている馬のような。

止まるとムチが入る。走っても届かない。

そんな閉塞感とか、無駄骨とか、そんな経験ばかりをたくさんたくさんしていた。

私の無気力の根っこの一つ。



これも境界線だ。

コミュニティに入れるか入れないかの境界線に存在している感覚と似ている。

ライバルにはなれない。

でも常に本気で向かえる相手でいなくてはならない。



嫌いだ。

嫌いだ。

そんな役割ばかりを押し付けて、私という存在を踏みにじり続けた奴ら。

私の心はいらないんだもの。

私の心がどれだけ傷ついたって見えてない、自分たちだけ満たされれば気が済んで、私の存在なんか消してしまえるんだもの。



利用される立場じゃない私でいたかった。

でも。

私には、求められている立場しか、存在できる場所を見つけることができなかった。

そしてだんだん、求められている立場を降りはじめて、ひとりになった。

私には誰もいなかった。

もうそれでよかった。



私がしてきた努力は、ただ誰かの道具になるための努力でしかなかったんだ。

そして努力の先に喜びがないことを学習してしまったんだ。

頑張ることは失うことだって。




あれはもう過去のこと。

過去のことなんだね。



私は私であること。

それだけでいいね。

私の行動に影響される人のことは、気にしないでいいね。

影響を与えることを気にして自分の行動を抑えなくていいね。

私が動きたいように。

私が楽しいように。

それでよかったんだったね。
posted by 蝉ころん at 19:49| Comment(0) | ころんちゃん覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月20日

疲れてるみたい

リビングを片付けて、子供部屋ができて、今度は「私の部屋」が散らかって来た。

新しいPCを買った頃から、少しずつ散らかってきていた。

テレビが変わって、もっと散らかった。

なんだろう。

まだ自分のものになっていない感じのするグッズを警戒しているような、変な感じ。

自分の世界に引きこもる感じも強まってる。

子供たちは子供部屋にいることが増えて、リビングはあまり散らからなくなったけど、今度は私がリビングにいてもすることがない。

することがない状態で、落ち着かない。

なにか、不満を感じている。



どれも、はっきりしない感覚でモヤモヤする。

モヤモヤしてる。



食事の支度は前より一層手を付けるのが面倒だし、洗濯物はかなりギリギリで子供の分だけはなんとか回している。

自分がすごく疎かになってる。



この状態の前に、少し新しいことを始めたくなって始めてみたりもした。

ちょっと急いでしまったのかもしれない。




のぞむが風邪を引いて、看病というでもなく相手をして、一緒に寝たりしていたら、さらに家のことをしたくない感じが悪化した。

そしてまた涙もろくなった。

うん。悪化してる。

自分のことを放っといていた。

気を抜くとすぐ逆戻りする。

自分勝手なことをしているようでも、本当の自分の欲求と違うことをしていることがある。

「私にだって何かする権利がある」

ていうことに捕われていたころの残骸。

本当の気持ちじゃなくて、惰性でしている。

気持ちじゃなくて、思考がリードしている。



頑張ってる。

私頑張ってる。

なにも見える成果はなくても、やっぱり私は頑張ってるし、疲れてる。

疲れてるから休んだらいい。

心を休ませるのってほんと難しいなあ。
posted by 蝉ころん at 15:07| Comment(0) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月14日

頼まれたとき

ひとにものを頼むときは自分のできることをやってからにしなさい。

そんなふうに言われていた。

そして、自分でできるとこまで自分でやろうとしていると、やりきった感がでてきて、もういいやって思えたりして、諦めがついちゃう。

そしたら結局頼まないで終わっちゃうわけだ。

自分でやりきることの達成感も、やりきった到達感もあるから、頼る必要ってない。

自分でするってことが私にとってはいいことでもあった。



それとは別に、頼まれることは、嫌いじゃなかった。

やってあげて、喜ばれたらそれは嬉しいし。

でも、嫌なのは、頼まれて引き受けたのに、待たされること。

相手の不備でこちらが手伝うことが進められないこと。

ちゃんと準備してから頼めよ。って思う。

そして、怒りがわく。



これはやっぱりころんちゃんだ。

なにも整ってないのに、やれと言われ、やろうとするとまだ手を出すなと言われた子供時代。

じゃあなんでやらせるんだよ。

偉そうに怒りながらこれくらいもしてくれないとか言ってたくせに。



母は、自分がして欲しいと思うこと意外は全く手を出させない人だった。

母も、自分でするのがいいこと、自分で全部掌握していたい人だったから、自分が決めた以外のことで人に手を出されることを極端に嫌い、突然怒った。

ちょっとやり方が母の思っていたやり方と違うだけで怒った。

これって、子供が親にすることだよ。



頼んだんなら、して欲しいなら、私のしかたでさせて欲しかった。

いちいち口出さないで欲しかった。

つまんないこだわりで手を止めさせないで欲しかった。

人に頼む前に自分のできることをしろって押し付けてるくせに準備くらいもしないのか!って怒りもあった。

私が分からなくて聞いたらいちいち馬鹿にしないで教えて欲しかった。

もっと具体的にしてほしいことを伝えて欲しかった。

頼んでおいて、うまくやりとげられないようにされている感じがすごく嫌だった。



そういうことだった。

今までに時々感じた、頼まれごとが順調に進まないときのイライラのねっこ。

何か仕組まれているような、失敗させられるような、途中で手を引かされるような・・・。

そんな人間不信。

状況ででてくるこまかい人間不信がいっぱいある。
posted by 蝉ころん at 22:24| Comment(0) | ころんちゃん覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月06日

空に放す

年末くらいに頭にのぼって、泣けて泣けて、でもすごく納得がいって、すっきりしたことがある。



前々から、私のお母さんはいないんだ、とは自分に言い聞かせてた。

でも、いまひとつ納得がいかなかった。

それが納得がいった。

「私のお母さんは、死んだんだ」

私の中で、すとんと落ちた。

私の中では、私のお母さんは、もう死んだんだ。

たぶん、産まれてすぐに私のお母さんは死んだんだ。



不謹慎かもしれないけど、私はこれで納得がいった。

私のお母さんは、死んでしまった。

でも、私のお母さんは、いたんだ。

たぶん、母の中に、私のお母さんはいたのかもしれない。

でも、今は、もうお母さんは空にいる。

そんなふうに感じた。



私の求める「お母さん」と、母は、完全に別人になった。

私の「お母さん」は、ちゃんと、いた。

いなくなってしまったことが悲しくて、泣いて泣いて。

そして、本当にいたんだってことが嬉しくて、泣いて。

何日かこのことを思っては泣いて、このことは私の中で真実になった。

私は、私の求める「お母さん」を埋葬した。

このことで、少し、私って存在が固まった感じがした。



私は母に遠慮してた。

母以外に「お母さん」を求めていることに罪悪感を感じてたんだ。

そして「お母さん」を求めている事実をないことにしていた。

母は、「お母さん」じゃなくて。

ただの1人の人間でしかなくて。

嫌味の多いちっちゃなおばあちゃんでしかなくて。

母が必死で私たちに言い聞かせていたように母を理想化させていたかったけど、やっぱりそんなスーパーウーマンじゃなくて。

私たちを産んだたった1人の母親。

なんかさ。

そんだけでよかったんじゃん。

欲張って、「完璧なお母さん」なんて目指さなくてよかったんじゃん。

馬鹿だね。



私が求めてた「お母さん」って、ひょっとしたら母のなりたかった理想の「お母さん」なのかな。

母がいるように見せかけていた「お母さん」を、母の中に見いだせなくて、見失ってしまった気がして探しまわっていただけなのかもしれない。

私も目指してたもんね。完璧なお母さん。

母から引き継いでしまってたんだ。

虚像だったんだな。

なんか、もういいや。

なんか1個、軽くなったな。
posted by 蝉ころん at 18:40| Comment(0) | ころんちゃん覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

冬休みが終わる

パソコンを買い替えてからというもの、キーボードが慣れなくていまいち表現に追いつかない。

道具ってのは使っていることを意識しないようになってはじめて自己表現に使えるようになるんだなあと思う。

特にこのブログでは、そのときの感情をそのまま文章に乗せるようにしているので、表現したいことがダイレクトに書けるかどうかの差がすごく大きいんだな。パソコン買ってからいくつか記事を書きかけたけど、キーボードに違和感を感じてるうちに感情の根っこがすり抜けてしまって、掘り起こす手がかりを見失ったことが何回かあった。

最近やっとちょっと新しいキーボードも手に馴染んで来た感じがする。

パソコンはツールとしてはあんまりころころと仕様を変えすぎないで欲しいなあ。

おもちゃとしては新しい方が面白みがあっていいんだけどね。

作り手の難しいところだね。



さてそんなこんなで私が新しいパソコンとどうにかうまくやっていこうとしているうちに子供部屋はすっかり子供たちの場所となって、まだベッドも暖房も入っていないにもかかわらず、二人して部屋にこもっていることが多くなった。

年末年始は実家に行ってきた。

実家は相変わらずだけど、特に影響も受けなかった。行く度に、いろいろと見えることはあるけど、もうそんなこともそれほど重い意味は持たなくなってきたみたい。

子供たちは、サンタさんからのプレゼントと、おじいちゃんおばあちゃんに買ってもらったおもちゃでずーっと遊んでる。



そんな感じで、そろそろ冬休みが終わる。

そう、恒例の宿題追い込みが始まる。

私の関心は、もう宿題がどうとかじゃなくって、私の状態。

もちろんそれは宿題の成り行きに関係してるわけだけど。

どんな状況でどんな状態に変化してるか?今スイッチは入ってるか?何かストレス感じてることはないか?

ちょっとアンテナ張りながら過ごしてみたいと思ってる。

宿題なんて別に持ってかなくてもどうってことないし。本人がまあそれなりに叱られたりはするだろうけど。それは本人も重々わかってるわけだし。

私はそんなことに拘りすぎた。そんなことがとても重いことだっていう刷り込みに縛られてた。

それより今はね。

お母さんがいつの間にか変身してて無意識に悪影響与えることの方がよっぽど人格変えちゃうってわかったからね。

私は私の面倒を見る。



今年も、無理せず自分を取り戻してく。

焦らないこと。我慢しないこと。表現すること。伝えること。

どんとこいころんちゃん。

posted by 蝉ころん at 16:43| Comment(0) | ころんちゃん覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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