2010年11月18日

存在価値とかそういうの

ときどき自分の心の状態にアンテナを張りながら生活してみている。

今日は、そろそろ晩ご飯、というときに、「ご飯だから片付けてー」と言っていたとき。

子供たち、聞かない聞かない。遊ぶ遊ぶ。

何度言っても。

今日はおやつがちょっと多めだったから、お腹空いてなかったんだろう。

全然聞かない。

もういいやって感じになって放っておいた。



私はなんだかモヤモヤしていた。

この聞いてくれない感じ。

声を出しても届かない感じ。

それでいて、私には絡んでくる感じ。

私の体はそこにあると認識されているのに、私の声は届かない。

ただの個体でしかない。

子供は正直。

お母さんが必要ないときは、お母さんの声なんか聞こえやしない。なんか言ってる音がする、くらいのもの。

それはそれで健全なんだと思う。

軽んじてるわけじゃなくて、ただそのときは自分のことに夢中なだけで。



ただ私は、そうされることに不快を感じる。

親として、しょうがないなってふうには思えてない。

個人として、聞いてよ!って、なってる。

集団の、1個人になってる。

ひかるとのぞむの集団対私個人ていう図式。

これはスイッチの入る状況なんだね。



状況のスイッチって、相手がどんな人とか関係ないみたい。

子供だろうが、大人だろうが、家族だろうが、誰でもいいみたい。

ただ、複数の人間がいること。

そんで、集団がもりあがってるだけなら、全然気にならない。スイッチ入らない。

その状況で、私の発言が完全にスルーされたとき。

そこでスイッチが入ってるんだな。

その状況で急に気分が落ちる感覚、確かに何回も経験してる。

あの、物体だけはあることになってて、心があることは認められてない扱い。

私は、なに?っていう感じ。

相手に対してどうこうって感情じゃないみたい。

ただ自分ってものの存在のなさ、必要のなさを突きつけられる感じ。

自分の存在に対する自信の揺らぎみたいな感じ。



正体はそうとして。

大丈夫。

私はそこにいるし。

私がそこにいることは、周りが私を聞かないことの影響を受けない。

私のこととは関係なく、たまたま盛り上がってて気付かれてないだけ。

子供は、まだ楽しいときに人の話を聞けるほど成熟してないだけ。

私は私を聞いてるし、感じてるから、大丈夫。

posted by 蝉ころん at 22:12| Comment(0) | ころんちゃん覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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