2010年11月11日

傷あと

どうも私の中には細かい細かい爆弾がたくさんたくさんあるらしい。

私の傷つきの場所はほとんど家庭と学校。

そのどっちもで、私は母性を求めてさまよっていて、全力ですがっていたために小さな出来事でもとても大きな傷になってしまったらしい。

今まで爆発の発端になったことってどんなことだろう?って思ったので書いてみる。

・責任をなすりつけられること
・人の仕事を押し付けられた上に感謝されないこと
・不当に待たされること
・嘘をつかれること
・理解したつもりになられること
・無視されること
・親切の押しつけ
・うるさくされること
・道具扱いされること
・オンナノコ扱いされること

列挙してる最中から怒りで手が震えてくる。

それにしても、細かいことばかり。

それこそ自己嫌悪が沸いてきそうな細かいことばかり。

怒鳴られたり、殴られたり、は、地雷になってないことに気が付いた。

そっちは怖いだけで、怒りには繋がってないような。

ああ、なんか、これか。そうか。

私は、周りに理解されない形でやられることにものすごく怒りを感じるんだ。

だから、細かいことばかり。

それくらい気にする方がおかしいって言われるようなこと。絶対わかってもらえないこと。

理解されない経験が続いて、自分の中で整理が付かなかったんだ。

でもこれってモラハラの真髄とも言えるやり方じゃん。

私は小さい頃からモラハラ被害に傷ついてたんだな。



私が境界線を踏み越えられたと感じたこと。

それで傷ついたこと。

それを、周りの人に理解してもらえなかった。私の感じ方を承認してもらえなかった。

二次被害ってやつだ。

それをずっと、子供の頃から、家庭内とか学校で受け続けてきたから。

私の学校不信、組織不信みたいなのはここからきてるんだ。

たぶんこっちの方が重いんだ。

どうせ私を受け入れない社会、って思ってる。

なにか嫌なことをされると、自動的にそこまで意識がいってる。くっそーこんなのどうせわかってもらえないって。

違う。私が思ってる。こんなことでいちいち腹を立てている自分に怒ってる。

あーくそ。頭が繋がんない。妨害されてる。

繋がんない。バリヤー張ってる。固くて掘れない。

なんかわかんないけど、怒りを正当化してる回路がある。たぶん。

ほどくのはそこだ。

今はまだタイミングじゃないのかもしれない。




話を戻して。

そういえば被害者だった頃、同じようにモラハラを受けている人たちが、二次被害を受けているのを不思議に思っていたことがある。

なんでこの人たちはわざわざ、理解してくれるはずのない人に話しにいくんだろう?わかってくれないのが当たり前なのに。

なんて。

私にとってはそうだった。理解されないのが当たり前の中で暮らしてきた。

でも、他の人たちは違ったんだ。

理解してもらえるだろうっていう信頼を持ってたってことなんだね。

だから話すことが出来たんだね。

それで、現実の中でも理解者を得ることが出来た人たちもいた。

私は話せなかった。

理解されない社会がスタンダードだと感じていたから。

相談なんてできない。決めるのは自分。

そうやって生きてきた。たぶん今も。




相談することが一番高いハードルだった。

傷ついた、って言うことそのものが怖かった。

誰にも話したくない。

誰にも否定されたくない。

それなら自分で相手を責める方がいい。

責めて受け入れられなければ悪い人ってことにできる。

それなら、もう一度傷つかなくていい。

相手が悪いんだってことにして、自分が傷ついている事実から逃げた。

怒りに逃げた。




きっと何気ない言葉。

私が一番傷ついてきたのは、すごく軽い言葉。

忙しい合間に、適当に放った一言。

それだけなら、きっとほとんど意識されないような。

私自身も気付かないくらいの言葉。

そんなのが積み重なって、積み重なって、爆弾が幾つも幾つもできた。

爆弾になんてならなくてすんだかもしれない小さな出来事が、大きく繋がってしまった。

根っこはきっともっと小さくてきっと見つからないだろう。

すり傷みたいなものだったんだ。

水で洗い流してしまっていれば何ともなかったようなこと。

傷を負うたび、小さな小さな砂つぶが、傷の中に潜り込んで忘れ去られた。

同じところを擦りむくたび、また砂つぶが入った。

痛いよって言う度、それくらい平気でしょって放っておかれた。

だんだん、砂が溜まっていって、中でおかしいことになっていった。

他人からは、すり傷にしか見えない。

でも治そうと思ったら、砂つぶを全部出さないといけない。

出しても出しても、まだ入ってる。

ずっと続く。

いつまで続くかわからないけど、ずっと続く。

深くにいくほど、痛みも大きい。

傷を開けて探さないと砂つぶは見つからない。

自分で傷を広げて、痛い痛いって大騒ぎして。

バカみたい。

バカみたいって思ってる自分にまた傷ついたりして。

ほんとバカみたい。

でも大事なこと。

私にとっては大事なこと。

辛いし嫌だし挫けたい。もうこのくらいでいいじゃんとか思う。

でも負けたくない。治したい。良くなりたい。

なにかあるたびに飛び上がるほど痛いのは嫌だ。

子供のひとことで窓ガラス割りたくなるほどの破壊衝動が沸くのは嫌だ。

私だってにこにこ平和に笑って暮らしたい。



ちゃんと治して、過去の傷跡にする。

嫌だって言おう。悲しいって言おう。辛いって言おう。

嫌だったのって話そう。悲しかったんだって話そう。辛かったって話そう。

ちっぽけなことなんかじゃない。

大切なこと。

うん。

posted by 蝉ころん at 11:19| Comment(0) | ころんちゃん覚え書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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