2010年05月28日

超えたかった

バク転できるようになりたい、ってのがなぜか1ヶ月ほど頭にあって。

アラフォーでねえ・・・

まったくそんな素地のない状態からねえ・・・

さすがに体に悪いんじゃないの・・・

なんてぶつぶつと浮かんできてはいた。

たぶん、なんかスクールに行ったりすれば、きっと受け入れられるんだろう。

おばちゃんだからって邪険にされたり嘲笑されたりなんてことはないんだろう。

でもなんとなく、ハードルの存在を感じたまま。



ふと、昔はこんなことができる環境はなかったんだよなー、と思って、そしたら母の声が浮かんできた。

「いいねえ、今はいろんなことができて。お母さんの頃にはそんなことはできなかったからねえ」

そうそう。そう言われてたもんだ。

言われるたびに変な罪悪感を感じたっけ。

私も子供に言いたくなることがある。

その時の心理は、私が、やりたいことを我慢しなきゃいけなくて、ひたすら我慢してきたことででてくる嫉妬だった。

子供がしていることがしたいわけじゃないんだ。たまたま同じことな場合もあるけど。

やりたいことをやりたいと言えることが納得いかないだけ。



母も、したいことをきっとずっと我慢し続けていたんだろう。

私が意識し出した頃には、なにもしたいことも出てこない、欲しいものもない、ただただ我慢をしていることに気付くことのできない人だった。

いつ頃からか、私も自分から我慢をするようになった。

母だって我慢してたんだから。

誰々だって、こういう辛さを乗り越えたんだから。

だから、私だってできるはず。

我慢してみせる。

そして

そして・・・・・

超えてみせる。



超えたかった。

見下したかった。

あなたたちがさんざん自慢してきた、昔の我慢なんて、どうってことのないことだと。

ほら、簡単に乗り越えられた。

いつまでも過去の苦しみを振りかざして、バカじゃないの?

私はもうあんたたちを超えたから。

だから、もう、言うことなんか聞かないから。

そう、宣言してみせるって。

だから、戦時中を通り超えてきた父がうざかった。

俺なんかどうのこうの〜

今の奴はどうのこうの〜

うるさいよ。

そんな苦しみ、経験できるわけがないじゃん。

今の時代にそんな状況になれるわけないじゃん。

こちらが超えられない経験を盾に取るなんて、そんなのきたない。

でもとにかく、耐えて耐えて、くぐり抜けてやるって思っていた。

超えたかった。

声の主をちっぽけな存在に落としたかった。



そうすることで、声の影響から逃れたかったんだ。

そうして、呪縛を解きたかったんだ。

呪縛を解くための行動だったのに、呪縛をよけいに絡ませることになってしまった。

声の主の価値観の上で争っていただけだった。



やっぱり頑張ってたんだね。

自分のために。

解き放たれようとして頑張ってたんだよね。

すごいよ。

でもさ、もういいよ。

解放は私ができるんだ。

その頑張りは、向ける方向を変えよう。



したいことはしたくていい。

納得いかない我慢はしなくていい。

実行するのか、実行しないことを選ぶのかだ。

我慢なんかしなくていいんだ。



動いていいよ。

表現していいよ。

ころんちゃん、あなたはあなたのままであっていい。

わたしはわたしのままであっていいんだよ。
posted by 蝉ころん at 12:04| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

終わらなくていい

最近、よく思うのは、振り返りは終わることはないんだなっていうこと。

振り返りを始めたばかりの頃は、私の中に大きい何かがどーんと居座っていて、つっかえてて、とにかくそれを外すことができれば世界が全く変わるんだ、なんていうイメージを漠然と思い描いていた。

そうすれば、解放されて未来だけをみて進めるんだと思っていた。

でも、湧き出てくるのは、小さな小さな感情の芯に、雪だるまみたいにいろんなものがくっついて大きくふくらんでしまったものばかり。

実は実体は小さい小さいものだった。

大きなかたまりがどこかにあるはず、と探してみたけれど、出てくるような気配もなく、見つかりもせず。

相変わらず小さな思いを救い出す日々が続く。



だんだん、こういうことかも、と思う。

そういうことなんだ。

私の中に埋もれた思いはたくさんたくさんあって、前に進むのを塞ぐ思いだけが浮き出てくる。

私は、それが出てきたときにそれを感じ取って、救い出していけばいい。

埋もれた思いは、きっかけがあれば浮き出てくる。

平穏に過ぎている時間の中でも、突然堰が切れて湧き出てくる。

これはずっとこれからも続くことなんだね。




問題は、それに対処できるかどうか。

いつでも、思いが出てきたら、感じて救い出す。

どうしたらいいかはもう知っている。

でも、まだうまくできないときもある。

封じられた思いは、最初は小さな思いだったけど、大きくなってしまっているから、救い出すのは結構大変。

日常に押し流されて思いを感じられないことが続いたら、また逆戻り。

ころんちゃんの信用を失ってしまう。

日常の中でも、思いを感じて救い出していける自信が、大切なんだな。

そしてその自信がしっかりとできてきたら、過去を恐れずに今を歩けるのかもしれない。

そうだね。

私が恐れているのは、未来じゃなくって、過去なんだな。

未来に起こるはずの過去の出来事を恐れているみたいな。




ケリはつかない。

つけなくていい。

私とはずっと一緒なんだからね。
posted by 蝉ころん at 09:40| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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