2010年05月06日

一緒にいたいんだよ

この連休は、久しぶりに実家に行かずに過ごした。

子供たちと3人で過ごす連休。

どれだけ爆発することか、と、不安を感じていた。

でも、思ったほどの問題は起こらず、出かけたり、のんびりしたりしているうちに過ぎていった。



最近、子供たちが家にいるときにでも罪悪感を感じずに1人になれるようになってきたから、それが大きいと思う。

でも、それは大きな壁でもあると思う。



私は子供から逃げている。

常に私と一緒にいたいと思われていることが苦痛でならない。



感情はまだ遠くにある感覚でうまく掘り起こせないでいる。

今日はここにチャレンジしてみる。



今までの経験から、たぶんこれは、ころんちゃんの嫉妬。

私がどういう状況にあろうがかまわず寄ってくるのぞむに対する嫉妬。

離れようとしているところに寄ってくるひかるに対してもイライラを感じる。

私の母は常に何かに忙しく、物心ついた頃には母には寄っていってはいけないと知っていた。

父はほとんど家にいなかった。

兄は、私を道具にしていた・・・。

私も常に一緒にいたかったんだろうって気がする。

誰か安心できる人のそばに。

ずっと一緒にいて欲しかったんだよ。私も。

でも誰もいなかったんだよ。

常にいなかったんだよ。

そこにいるのが見えていても、それは私が寄っていっていい相手ではなかったんだよ。

周りに誰がいようが、何人いようが、私と一緒にいてくれる人はどこにも誰もいなかったんだよ。





小学生の頃、一人っ子のクラスメイトの家にお邪魔したことがある。

その子の部屋にあった、大きなパンダのぬいぐるみに、目が釘付けになった。

背丈よりも大きいぬいぐるみ。

羨ましくて仕方がなかった。



そのあとしばらくして、珍しく両親と行ったおもちゃ売り場で、好きなものを買ってあげると言われて、迷わず「パンダのぬいぐるみ」と言った。

おおきいの、と言ったが、結局買ってもらえたのはその店で一番小さいぬいぐるみだった。

悲しかった。小さいのなら、いらないって思った。

大きいのがよかったのに。



当時はなんで大きいことにこだわっているのかわからなかったけど、私は、私を抱きしめてくれる私だけの存在が欲しかったんだ。

いつでも私を待っていてくれて、安心して抱きつける相手が欲しかったんだ。

手に入ったのは、小さな小さな存在。

抱きしめたら、手の中に収まってしまうくらいの、赤ん坊のような存在。



かわいがりたいんじゃないんだよ。

かわいがってほしいんだよ。

いつでも私を包んで欲しいんだよ。

そんな感覚だったなって思う。

自分でもなんなんだかわかってなかったから、表現できなくて誰にもわかってもらえなくて、ワガママの評価をもらったっけ。

ちょっと泣けるんだ、ここ。

ころんちゃんが反応する。

でもまだまだ根は深いのを感じる。

しっかり出てきてないんだ。




ぬいぐるみ買うか?

んーーー。

自分より大きいぬいぐるみはすでに着ぐるみだな。それはヤダな。

ちょっと相談しよう。ころんちゃんと。

ここはちょっと、乗り越えたいぞ。
posted by 蝉ころん at 21:50| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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