2010年04月30日

外出してきた

今日は、純粋に自分のためだけに出かけてきました。

欲しい雑誌があったので・・・。

ただ、やっぱり出かけるまではなかなか腰が上がらない。立ち上がったと思っても、気がつけばまた定位置に座り込んでしまってて。

でも、「自分のために行動」で得られるものがわかってきたからか、私にしては余裕のある時間に家を出ることができました。

私にしてはかなり革新的なできごと。



お目当ての雑誌を買ってから、最近心がけているころんちゃんの希望聞きますタイム。

最初は「遊園地」が出てきたんだけど、時間が足りなすぎなので、連休中に子供たちと一緒でいいかな?って聞いたらOKでたので、そういうことで。

今日は公園でお弁当に決定。

お弁当を調達して、芝生にベンチのありそうな公園に目星をつけて行ってきました。

ハトに狙われながらランチ。ふふふ。あげないよーん。

ころんちゃん、今度はできあいのお弁当じゃなくて、家から持っていきたいって。

うーん。そうだね。それも楽しそう。

そんな感じで、ちょっと時間はぎりぎりになったけど、なかなか楽しかったです。



だんだんと色々見えてくる。

今までは、条件が先にあって、それに合うものを探してた。

でも、本当は希望が先にあってよかったんだね。

ずっと理性というか、理屈がまずあって、ダメなものをフルイにかけて、残ったものを提示して、さあどれ?って選ばせてた。

理屈を上位に立たせてた。

最近わかってきたのは、まず気持ちがあって、理性とか思考とかが手助けをして、気持ちに沿うように、叶えられるように工夫するってこと。

理屈で気持ちを封じ込めていたけど、気持ちをうまく実現するために考えるんだね。

敵じゃなくて味方なんだね。



どうやったら実現させられるだろう?
外せない条件はどれかな?
本当に外せないかな?
ここは譲ってもいいかな?

いちいち自分に確かめる。

気持ちと現実との兼ね合いってそういうことかな。

自分のために実現しようと動くことが、自分を認めるってことになってる。

どうしても無理だってわかったら、嘆きたいだけ嘆く。嘆いていいの。いつまでもぐずぐず言ってもいいの。

実現できなくても、できる限り動いて、悔しい気持ちを出し尽くせれば、気持ちは納得できるんだ。

どうせ無理だからって最初から諦めさせることが、1番自分を粗末にしてるってことなんだ。

やっぱり子供に対する時と同じでいいんだね。

決めつけないでちゃんと聞くこと。

ちょっとしたことでも、ちゃんと聞くこと。



今まで現実にばかり合わせて生きてきたね。

小学生の低学年くらい?の頃までは、頑張って声に出してたなあ。

大声で泣き叫んででも訴えてた。

あの頃はまだ気持ちと自分は同じものだったんだね。

でも誰も聞いてくれなくて、実現に協力してくれなくて、辛かったね。

だんだん、思考が育っていって。

先回りして考えるようになった。

ここで言ってもどうせ無理。辛い思いをするだけって。

私の方に合わせてもらえるようなことでも、声にも出さないで諦めてたね。

それで、張り裂けるような辛さは味わうことはなくなったけど、少しずつからっぽになっていく感じがしたね。

諦めるたびにむなしくなった。



どっちも辛かったよね。

まだうまく繋がれないことが多いけど、聞くからね。

また話してね。

私はまだまだ思考が強いけど、ころんちゃんの味方だよ。
posted by 蝉ころん at 21:48| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

子供の名前

最近、子供のことを書くことが多くなってきて、上の子、下の子、と書くことに違和感が出てきたので、名前を考えました。

上の子:ひかる
下の子:のぞむ

今後の記事ではこの名前で書いていきたいと思います。

ひらがながいいかなー。
漢字がいいかなー。

って迷ったけど、ころんがひらがななので子供たちもひらがなでいきます。

ということで、よろしくお願いします。
posted by 蝉ころん at 09:40| Comment(0) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月29日

自分のために

昨日の昼ご飯にカツ丼を作った。

人生初のカツ丼つくり。

前日の買い物のとき、ころんちゃんに夕ご飯の希望を聞いてみたらカツ丼がでてきて、それはちょっと手間がかかるなって考えて、次の日の昼にって約束したから。

ちゃんと一人分、カツ用のお肉を買って。パン粉も買って。

いざ当日は面倒くさいが強くなってて、子供が帰ってくる間際まで動けなかったんだけど、他の用事を放り出して「カツ丼つくる!」ってやった。

ころんちゃんだけのために、ここ数年やってないトンカツを揚げて。

サクサクでおいしそうに揚がったトンカツ。

もうこれで食べちゃってもおいしそう!

でも卵でとじてカツ丼にして。



わくわくしてた。

手際もすごくいいの。いつものだらだら料理はどこへ?

出来はよくはなかったけど、楽しかった。

自分のためだけにやるってことが、なんとなくわかった感じ。

変な話だけど、臨場感があった。

自分がやってるって感じが強かった。

いつもはやっぱり動かされてる感じだったんだなって思った。



あと、私のためだけを思って誰かが動いてくれている喜び。

自分でしてるんだけど、だからこそ本当に純粋に自分のためだけってのがわかって、すごく嬉しかったんだ。

自分のために、面倒くさいを打ち破って動いてくれたんだよ。

ちょっと失敗したって、嬉しかったんだよ。

それで、やっぱりこっちが先ってことも実感できた。

この感じが欲しかったんだ。

こういうのなんだよ。



大事だから、きちんと話を聞いてあげたい。

希望を叶えてあげたい。

できないことはあるけど、できることなら手間をかけても叶えてあげたい。

そういう気持ちが嬉しい。

自分のことでも、それをやっていっていいんだなって思った。
posted by 蝉ころん at 13:42| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月27日

嘘つき

今日は上の子と問題発生。

毎日毎日手を変え品を変え・・・気が休まらない〜。



で、昨日約束したことを、しない。

とにかく怒りをぶつけちゃダメだーと思って、自分の気持ちを伝える。

したくなくなってできないならちゃんと伝えて欲しいこと。

守ってもらえなくて悲しいこと。

謝って欲しいこと。

上の子はちゃんと謝った。

今にも泣きそうなのを堪えて頑張って謝った。

もういいよ、って伝えた。コレはコレで終わり。って。



でも。

気持ちが収まらない!

そのあとものんびり鼻歌うたったりしてる上の子に煮えたぎる怒りを感じる。

許せてない。

私は全然許せてない。

ずるい!

私はあんなに待ったのに。やるって言ったくせに。やりもしないくせに、なんで平気で楽しそうにできるの?

おかしい!ひどい!

私の気持ちなんて全然わかってくれない!

って、ああ。

子供に対する気持ちじゃない。

しかも上の子が楽しそうにしてるのは、逃避行動だってのもわかってる。

上の子は私がピリピリしてるのも感じてるし、自分がやるって言ったこともわかってるから、プレッシャーなんだよ。

そんなのも全部わかってる。

だから余計、私も苦しい。



でも私の気持ちは、許せてない。

嘘つきって思ってる。

言ったくせに。やるって言ったくせに。嘘つき!

あんたなんか嫌い!




そうだよ。嫌いまで行っちゃう。

子供とおんなじ。

許せなかったら、嫌いまで行っちゃう。

気持ちはそのままでいい。

でも子供には向けちゃいけない。



難しいよ。

どうしたらいいの?

子供に向かえないよ!

ぶつけちゃうよ!

ぶつけたくないのに!





見るんだ。

できることは、自分の中。

見るんだ。

手がかりから伝っていくんだ。

やるっていったことをやらなくて、嘘つきって責められたことがあるね。

すっかり忘れてて、わざとしなかったわけじゃなくても、嘘をついたわけじゃなくても、事情があってできなくても、全部、嘘つきって言われたね。

私が言われてたね。

私はいろんなレッテルを貼られてた。

そのうちの1つ。

私は嘘をついたんじゃない。

私は嘘つきじゃない。

約束しても、できないこともある。

できなくてもいい。

有言実行って、かっこいいことだね。

でも、それがかっこいいことだってことは、普通はできないってことなんだよ。

できないことがあってもいい。

ちゃんと状況を把握したり、事情を聞いたりできる大人がいなかったから、誰にもわかってもらえなくて、辛かったね。

嘘つきってみんなに言われて責められて、すごく傷ついたね。

とっても悲しかったね。

それで、やるって言わなくなったよね。

約束が怖くなったね。

今でも忘れてると血の気が引くもんね。

どんな小さなことでも、一瞬体温が下がる気がして、すごく疲れるね。

怖いんだよね。

責められるのが怖いんだ。

がんばってもがんばっても、1つ失敗すると全部水の泡。

それでも認めて欲しくて、また1からがんばって。また崩れて。

どんなに口をつぐんでも、約束は向こうから降ってくる。

押し付けられる理不尽な約束ごと。

守れない自分。

怖かった。

毎日毎日。怖かった。朝が来なければいいと思った。

いつでも、その時その時が早く過ぎ去ればいいと思ってた。

過ぎ去っても過ぎ去っても、毎日が追ってくる。

果たせていない約束の山を背負って追ってくる。

そんな恐怖をずっと感じていたんだった。

見ないようにしているうちに、感じなくなっていたけど、今でもその感覚は持ったままだった。

下ろしていいよね。

今いる世界はそんな世界じゃないよね。

うん。

でもまだちょっと難しいかな。

下ろすのも怖いね。

下ろせると思ったときにね。

うん。

できるときでいい。

それでいいよ。
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2010年04月26日

今を生きたい

ここを読んでくれている人は、過去ばっかり見ているように見えるでしょうか。

今日、ころんちゃんの希望を聞いてみて感じたのは、逆でした。

私はいつも、未来を見ていた。

いつか訪れるはずの未来、抜け出した先の未来、そこを夢見て、本当にただ夢見て、そこで生きている自分を空想して、未来の自分を生きていた。

体は今ここにあるのに、今の自分のために生きず、未来になるであろう自分を見つめて生きていた。

辛い今を見ないために。辛い今を乗り切る希望のために。

未来の自分に恥ずかしくないように。未来の自分がしまったと思わないように。

したいことを全部後回しにして、したくないことばかりやっていた。

希望のない現在より、明るいはずの未来をより明るくするつもりで。

辛い時期は抜け出したはずだった。

でも、未来を見て生きるやりかたは変わらないまま、今を生きないままだった。




今日やっと、今を楽しむことがわかった気がする。

無難じゃなく、打算じゃなく、惰性じゃなく、誰かのためでもなく、ただ自分が今欲してること。

後に何が来るか、そんなことを考えずに過ごしたのは初めてかもしれない。

今の自分のまま。

ただそれだけのことが、やっとほんの少し実感できた。

そう簡単にクセは抜けないのも知ってるけど、今に意識を向けていきたい。

それが軸になるんじゃないのかな。
posted by 蝉ころん at 22:31| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

聞いてみる

今日は久しぶりにちゃんと外出した。

朝から家を出て用事を済ませて、フリーの時間。

さて、何をしようかな?

のんびりウィンドウショッピングかな、映画見ようかな、本屋に行くのもいいな。

ふと、ころんちゃんに聞いてみた。

「何がしたい?」
「どこに行きたい?」

・・・・

「ぜんざい」

は?

えっ。

ぜんざいなんだ?

びっくりしたけど、よし、ぜんざい、行こう。って、行ってきました。

イメージ的に、観光地のお茶屋さんなかんじだったから、観光地まで足を伸ばして。

普通の観光地の、ぜんざい。おいしかった。気持ちが喜んでた。

観光地でこういうのって、食べれなかったしね。食べたかったんだね。嬉しかったね。

おいしいねって食べた。




それから、まだ時間があったから、ぶらぶら歩きながら、また聞いてみる。

「次はどこいこうか。何したい?」

・・・・

「ここ歩きたい」

はっ?

まじですか。

歩いていた道の横の、花壇の縁石の上を歩きたいんだって・・・・。高さ1mほどあるんですけど。

えっと、酔っぱらいですか?私。

えーーーっと。

わかった。

やっちゃえ!

さすがに恥ずかしいから、人の少ない時を狙って。思い切って。

ああ、なんか楽しいこれ。

わーい。



そんなかんじで、帰ってきました。

なんかスッキリした。

それから、ビックリした。

全然予想もしてなかった望みがでてきたこと。

カフェでミルク飲みたいって言われたりとか。普段そんなの飲まないのに。外でも家でも。

私がそんなこと望んでるはずがないって、最初からありえないことにしてることがたくさんある。

狭い狭い自分で決めた枠の中でだけ選んでる。

自分で決めてるつもりの、したいことと、本当のしたいことが、ちゃんと繋がってないんだ。

繋がっていくといいな。



それから、ころんちゃんが気持ちを出してきたときの私が、下の子の自由奔放発言に対したときと同じだった。

予想外の言葉に対して、びっくり、困惑、ちょっと考えて、腹を決めて、やってみたら案外いい感じで、これでよかったんだなって思うとこまで。

下の子に鍛えられたおかげで、ころんちゃんにも対応できたのかな。

いろいろ影響し合って、進んでる。

こんなかんじで、ちゃんと聞いてみて、決めていこう。
posted by 蝉ころん at 19:00| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月24日

会いたいよ

今、飲み会のお誘いメールに返事をしていて、普通に「いきます」って書いたんだけど、送信したあとで、なんか物足りなかった。

なんだろ?って思ったけど、まあいいや、会いたいんだもーんって。

それだ。

会いたいんだよ。

話したいんだよ。

聞いて欲しいんだよ。

そんでハグしたいんだよ。

それそれ。

行くんじゃなくて、行きたいんだよ。



そだ。

ずっとOKもらうの待ってた。

会いたくても迷惑だから会いにいっちゃいけない。

話したくても迷惑だから話しちゃいけない。

聞いて欲しくても相手が話してるんだから聞いてなくちゃいけない。

行きたくても相手が無理かもしれないから諦める。

ハグなんて、気持ち悪がられるから絶対ダメ。

そんなの。

たくさん、たくさん。

私がどうしたいか、より、相手がどうされたくないか。

自分の気持ちより、全部相手の都合が優先。

先回りして先回りして、最初から諦めてた。

私の気持ちなんて、相手の人から見たらちっぽけなものだから。

ちっぽけな私だから。もっと大切な人がたくさんいるから。

そうやって遠ざかって。順番待ちして。

誰も私をふりむかない。

どんどん自分が消えてくみたいだった。



会いたかった。

話したかった。

遊びたかった。

笑い合いたかった。

訴えたかった。

いろいろ。

たくさんたくさん。

私のしたいこと。

人と関わりたい。

自分を認識してもらいたい。

大好きって言いたい。笑って受け止めてもらいたい。

笑って欲しいよ。

甘えたいよ。

もう頑張りたくないよ。

頑張りたくないのを許して欲しいよ。

会いたいよ。
posted by 蝉ころん at 08:24| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月23日

嫌いな年頃

最近すごくすごく家事が嫌。

特に料理。

手抜きの手抜きの手抜きなのに。

ご飯とおかず1種類とかだよ?

でもイヤ。

すごくイヤ。

それでもなんとか気持ちを向けて、やっと動き出すと、下の子が寄ってくる。

「私もお手伝いする!」

普通は嬉しいところのはずなんだよ。

ほほえましい1シーンのはずなんだよ。

素直に受け入れられない。

まだお片づけすんでないでしょー。とかいって、逃げる。




いらいらーーーー

むかむかーーーー

嫉妬だな。

素直に無邪気に寄ってくる。

私が、必死で、頑張って、やっと気持ちを向けて。

よしって思ったところに。

やっと歯車が回りだしたところに。

横からぴょいって入ってきて。

横取り。

しかも、私がサポート。

ずるい。

横取り。

悔しい。

なんで横取りされなきゃいけないの。

私ががんばって始めたのに。

やんなきゃいけないからって、がんばってやり始めたのに。

さっきまで部屋を散らかしまくって遊んでた子がなんで横からかっさらっていくの?

なんでそれがまかり通るの?

私ががんばったんじゃん!

あの子なんかなにもしてないじゃん!

なんであの子が独り占めすんの?

そんで後始末まで私がしなきゃなんないの?

もうやだ。

こんなのやだ。

こんなのばっかり。

ひどいよ。ひどいよ。

私が喜ばれたいのに。

私が褒められたいのに。

全部あの子が独り占めするんだ。

何をやっても横取りされてばっかり!

こんな役ばっかりもうイヤだよ!!!

もうイヤだよ!!!







途中から、ターゲット変わった。

下の子じゃなくなって、誰かクラスメイト。

そか。

そうだ。

私子供嫌いだった。

ちょうど下の子くらいの子が嫌いだったんだ。

自由で、好き放題。

横入り、横取り、イヤな言葉、なんでもあり。

いじめではなく、悪意なくただしたいことをしてるだけの自由な子供。

大人は、そんな子供が大好き。

元気でのびのびしてていいねって、目を細める。

でも私はその影で傷つきまくってた。

誰にも気付かれずにずたずたになってた。

誰もあの子に注意しない。横入りしたよって。この子が先だよって。

私が言っても誰にも聞いてもらえない。

下手をすれば、私が横取りしようとしてるみたいに取られる。

誰も私を信用しない。

みんなあの子の味方。

あんな子だいっきらい。

大っ嫌い!

そんなこと言うと、ひねくれてるって言われるんだ。

知るもんか。

私はあの子も、あの子の味方ばっかりしてる奴らも、みーーんな大っ嫌いなんだから!

だからつまり、みんな嫌いなんだから!




そうだね。

嫌いなんだね。

イヤなんだね。

取り上げられるのイヤなんだね。

それが誰にもわかってもらえないのもすごくイヤなんだよね。

それがイヤで、なにもやりたくなくなった?

そうだ。

途中まで描いてた絵。

先生にちょっと修正入れられただけで、やる気なくなったのも、横取りされた気持ちだったんだ。

そういうのにすごく敏感になった。

なんでも1人でやらないと気が済まなくなったね。

手伝ってもらうなんて、絶対無理だった。

どうぞ横取りしてくださいっていうようなものだった。

もうそれは私がしたんじゃないから。




下の子の無邪気さは、私にとっては攻撃と同じに感じてしまうんだね。

数少ない、成果を感じるチャンスを、そんなに簡単に奪わないで欲しいんだ。

そうだね。イヤだよね。

下の子、嫌いかな?

あの子は嫌いだけど、下の子はどうかな?

下の子は、あの子じゃないよね。

仲間だよね。

全部あげなくていいからさ。

うまく分け合って、できないかな?

今なら、きっとできるよ。

仲良くできるよ。

大丈夫。一緒にやってみようよ。

一緒だよ。
posted by 蝉ころん at 20:54| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いらいらーー

下の子がーーーー

いらいらするーーーーー

いらいらするーーーーー

なんなの?

なんでなの?

なんでそこまで癇に障るの?

あーーーーー

いらいらーーーー

もーーーーー

いらいらーーーー




だからね。

自由奔放なの。

下の子。

やりたい放題。

だからって別に悪いことしてないわけ。

そのままなだけ。

イヤなことをイヤと言い、やりたいことをやりたいと言ってるだけ。

それがすごく癇に障るだけ。

つまり私の問題。

わかってんだ。

理屈では。

感情はね。納得しない。納得できない。

好きなようにしやがってーーーー
勝手ばっかり言いやがってーーーー
こっちばっかり我慢させやがってーーーー
いい加減にしろーーーー
がーーーーー
ってなる。

でもなんで今なの。

今までだったらいいよって言えたようなことなのに。

小学校に入っただけで今までと何がそんなに違うの。

小学校に入っただけでそんなに違うの?

そこなの?

小学生だからなの?

私が、小学生になったら何か変わったの?

小学生になってたくさん押し付けられ始めたの?

小学生になったからって無理しだしたの?

自分で頑張ってたの?

頑張らなきゃいけなくなったの?





わからない。

反応しない。

反応しないけど、遠くなった。

現実が遠くなった感じ。自分から離脱しようとしてるかんじ。

きっとこのへん、何かある。

山ほど埋まってる。

たぶん。



詰め寄っちゃダメなんだな。

自然に出てくるまで。

やっぱり待つんだな。

その間、下の子とのやりとりに耐えるのか。

出てくるしかなくなるまで子供に追いつめられろってことかーーー?

それもキツいんだけどーーーー。




とにかく粘ってみよう。

うん。
posted by 蝉ころん at 17:59| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

さみしい記憶

まだ、自分のことについて深く探り始める以前、まったく自分の問題について意識していなかった頃、ときどき、子供の頃の記憶の残る場所に行ってみたくなったことがあった。

学校や、通学路、お気に入りだった場所。

年数を経て戻ってみたら、さみしさだけを感じた。

学校も、通学路も、もう私の場所じゃないんだな。
お気に入りの場所も、こんなにさみしいところだったっけ。

大人になって、上からの視点で見るとこんなものなんだな。

そんな風に思ったことを覚えている。



その時の感覚を思い出してみて、そうじゃないな、って思った。

もともと、さみしい場所だったんだ。

記憶は、辛いことは奥深くへとしまわれていく。

学校も、通学路も、もともと私の場所だなんて感じてなかった。
辛い経験だけの場所。

お気に入りの場所は、誰も来ない秘密の場所。
痕跡さえ残さず、ただひっそりと隠れる場所。
そこにいながら、どこからもいなくなれる場所。

私が、私のままでいることを誰にも察知されないですむ、そんなところ。

よく、夏休みになると預かられていた母の実家は、自然がいっぱいの場所だった。
川で遊ぶのが大好きだった。
だから夏休みが楽しみだった。
でも私はそこでも人間社会には入れてもらえなかったね。
兄は従兄弟たちと毎日遊び回っていたけど私はひとりぼっち。
行動範囲も、ものすごく制限されていた。

心のふるさとのつもりでいたけど、やっぱり居場所はなかった。

どこにいっても、さみしさが埋まってる。

ひとりぼっちで、周りに誰もいないイメージ。誰かがいても、透けてるイメージ。声を出しても、叫んでも誰にも届かない。
さみしいんだよ。さみしかったんだよ。

私をいないものとして扱わないで。

私は見えるよね。透けてないよね。

私はいてるよね。存在してるよね。

怖いよ。

怖いよ。

怖いよ。

怖かったよ。

怖かったよ。

怖かった。





うん。

怖かったね。

大丈夫。一緒にいるよ。ほら。

抱きしめるよ。ほら。抱きしめられるよ。あなたはちゃんと、ここにいる。

聞こえるよ。聞いてるよ。

もっと話して。聞いてるよ。

泣きたいんだね。泣いていいんだよ。声だして泣いていいんだよ。
posted by 蝉ころん at 10:47| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月22日

だまされるな自分

「心配してる」って。

本当はグラついたんだ。

心配してくれてるって。

愛してくれてるから心配してるんじゃんって。

何がうざいの?

なんでうざいの?




心配してればいいじゃん。

心配しとけよ。

答を出すのは私。

苦しんでるのは私。

黙って見てろ。

先走って答を渡してくんな。

人の問題を横取りすんな。

口出ししてくんな。

いっつもいっつも人の問題に介入してきやがって。

手柄まで横取りしやがって。

うっせーんだよ!!

うぜーんだよ!

そんなやつに見せられっかよ!

疎外感でも味わっとけ!

人のことさんざん疎外してたくせに!

嬉々として入ってくんな!




だまされない。

こうやっていつもいつも、私の隙をつこうとするんだ。

心配という名の槍でぐさぐさと入り込んできたんだ。

ずっとその攻撃にさらされていた兄貴がどうなった?

だから、ずっと心配かけるようなことができなかったんだ。

だから、反抗期もできなかったんだ。

わかってたんだ。




私を中には入れてくれないくせに、私の中には入ってくるんだ。

私の愛情だけ奪っていくんだ。

許せない。

許せない。

もうあんたにあげすぎて、残ってないんだよ!!

私にも、子供にも、愛情が必要なんだよ!

なんでこの期に及んでまであんたに分けてやらなきゃいけないんだよ!

絶対にやらねえーーー!
posted by 蝉ころん at 11:22| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「お母さん」って

私は母に「お母さん」を求めていた。

私の「お母さん」のイメージは、あるがままの私を受け入れてくれるもの。
光のシャワーのように、受け止めきれないくらいの愛情で満たしてくれるもの。
安心して全てをさらけ出せるもの。
私になにも押し付けてこないもの。

それを、私は母に感じられない。

「お母さん」という人は、お母さんしかいないのに。

私はお母さんに「お母さん」を感じられない。

お母さんに「お母さん」をしてほしかった。

でもお母さんはいっぱいいっぱいだったから。

お母さんは「大好きな人」「仲良しな人」。

お母さんに「お母さん」を求めても、お母さんにはできなかった。

それで、私の「お母さん」を無意識に探し続けてた。



人じゃないものに安心感を感じたりもする。

椅子だったり。
部屋だったり。
ものだったり。
自然だったり。

でもやっぱり、何も返ってこないんだ。
ただ私のままでいることに反論してこないだけ。
私のアクションに対して、なにも返ってこない。

それであきらめきれずに人を捜し続けてたんだ。

やっぱり私しかいない。

私に応えられるのは私しかいない。

違う。

私だけが、できる。

私だけが、私に、ころんちゃんに応えられる。

ころんちゃんが、光のシャワーを感じられるようになるまでにどれだけかかるかわからないけど、私は応え続けよう。

わたしの「お母さん」はわたし。
posted by 蝉ころん at 10:56| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

母からの電話

なんとなしに母からの電話に出なくなって、1ヶ月ほど。

子供が電話をとるのでまあいいか、と思っていたんだけど、さすがに気がつかれたようで「心配だから」って留守電に入っていた。

んーーー。

うるさい。

ほっといて。

ぐちゃぐちゃ言ってくんな。

私と子供との家庭に割り込んでくんな。

押し付けてくんな。

邪魔すんな。

うざいんだよ!




なんと。

反抗期だ。

やっと反抗期だ。

こんな年になってやっと反抗期きたよ。

嬉しいよ。

私、ずっと待ってたんだ。

出したかったんだ。

反抗期って、自分で自分を表現してることなんだね。

そっか。





私は反抗期なかったんだよ。

兄は中学からずーっと反抗期で。

父親はずーっと赤ちゃんで。

私はできなかったんだよ。

お母さんが壊れるから。

私がお母さんを受け止めてた。

今でもまだお母さんは私にその役をさせたがっている。

これはもう降りた。

私はあんたのお母さんじゃないから。

私はあんたの子供もやめる。

あんたのために生きるのはもうやめる。

私を出し切って私に戻るんだ。

私を取り戻すんだ。

ころんちゃんを取り戻すんだ。




お母さんなんか怖くない。

いや違う。

怖い。

お母さんから切り離されるのが怖かった。

まだ怖がってる。

でもできるよ。

わかってる。

私にはできる。

私は切り離しても歩いていける。

いけるよ。

自分を縛り付けていた糸を断ち切るんだ。

もう私は自由になるんだ。
posted by 蝉ころん at 10:22| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月21日

自立生活のプライド

私の夢は、自力で生活することだった。

とにかく実家を出たかった。

早く一人前になりたかった。

そして、思う存分やりたいことをしたかった。

なにも文句を言われずに、自分がしたいと思ったことをしたかった。

そのために、自力で生活できるようになって。

したいことをするための資金も十分あるくらい稼いで。

突然何かが起こっても持ちこたえられるくらいのお金を貯めて。

それで思う存分したいことするんだ。

ざまあみろ。

そんな夢。



なんか色々混ざってる。

本当の欲求は、ただ、その時したかったことをしたい気持ち。

それだけだったんだ。

それを実現させる道が遠回りだった。

実家の呪縛から抜けなきゃいけなかったし。

立派に生活することでいじめた奴らの鼻も明かしたかったり。

それで、それなりに稼ぐこと、が、かなり大きな目標になってた。

手段が目的になっていって、これにしがみついてたみたいな。

離婚してからは、もっとしがみついてた。

子供育てながら立派に生き抜いてやるって。

そのためにしっかり稼ぐんだって。

それくらい思ってないと保たなかったし。

なけなしのプライド。



このへん緩んできたかも。

今日ふと、お金の出所なんて、どこでもいーんじゃね?

って浮かんできた。

自分や子供たち壊してまでのもんじゃねーなって。



不幸になる人さえいなければ、私がそれに縛られるかどうかだけの問題なんだよね。

縛られない自信がでてきたのかもしれないな。




それでどう進むかはまあまだ置いておくとして。

ちょっとずつほどけてるんだな。

進んでるんだな。

って、思えた。

こういう実感って、やっぱり嬉しい。
posted by 蝉ころん at 22:35| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月19日

怖がっているのは私

子供の学校のこと。

学校のルールが守れないこと。

宿題なり、登校時間なり、持ち物なり。

どうしても許せなかった。

上の子の入学のときは、まだ私が変化する前だったから、上の子が不安定なのはそのころに植え付けた影響が今でもまだ残っているせいなんじゃないかなって思ってた。

だから、下の子でも同じ状態になるとは思ってなかった。正直でかなりショックだった。

下の子は、今までずっと私の中のルール、常識をぶちこわしながら成長してきたから。

私は、思ったことをどんどん行動に移す下の子のおかげで、ずいぶんいろんなことにOKを出すことができて、上の子にもOKを出すことができた。

下の子はうちの革新者だった。

その下の子でさえ、歯が立たなかった私の中の壁。

なんでだろうって思った。なんで下の子のパワーでもかなわないんだろう。

どうして私は学校のことに関してはOKが出せないんだろうって。



私自身が、学校じゃないからなんだ、って気付いた。

下の子が今まで打ち破ってきたものは、私が「家庭」で植え付けられてきたものだった。

「お母さん」から植え付けられたものだった。

私は「お母さん」だから、壊すことにOKが出せたんだ。

子供たちの社会が一歩広がったんだ。

今立ち向かうのは「学校」にまつわる私の中の固定観念。

母は、学校生活に関わるものにはほぼ全てノータッチだった。

OKもNGもなかった。

だからほぼ全てが「学校」で植え付けられたもの。

私自身も、一歩広がらなければ、自分にOKを出せない。

母親は、切り離せた。

だからOKが出せた。

私はまだ「学校」に未練があるんだ。

「学校」に受け入れられたい。

私が、素晴らしいお子さんですねって言われたいんだよ。

いいお母さんですねって、上手にできましたねって褒められたいんだよ。

ダメなお母さんだって×をくらいたくないんだよ。

×だらけの成績を見せられたくないんだよ。

まだ×を怖がってるんだ。





たったこれだけのこと。

本当に、たったそれだけのことで。

こんな、こんなちっぽけなことで。

こんなに子供を苦しめることになるなんて。

こんなちっぽけなことに、まだまだこんなにもすがりたかったなんて。

こんなにもしがみついていたなんて。





手放そう。

子供たちの学校生活は、子供たち自身のものだ。

先生たちは、私の先生じゃない。

私の先生は、もういない。

今から私を笑顔で受け入れてくれる先生はもういないんだ。

もういないんだよ。

だからもういいんだよ。

×をもらわないために、できていないことを焦って探さなくていい。

○をもらえるように、全てを完璧にしようとしなくていい。

どれだけ確認してもなぜか忘れてしまうたった1つのために、私の全てを否定されるような評価を受けることはもうない。

そんなことで評価をコロコロ変える先生たちはもういない。

先生の評価を後ろ盾にしていじめてくる奴らももういない。

そんな、ガチガチの学校の常識は、もういらないんだよ。

だから、私が私にいちいち評価を下して苦しまなくていい。

私は私に×をつけないよ。





手放そう。

もう手放せるよ。

怖くないよ。

大丈夫。

勇気を出して手放してみよう。

きっとできる。

一緒にやってみよう。
posted by 蝉ころん at 21:21| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月17日

私を見て

仲間に入れて欲しい。

それがかなり強いんだけど、その下にあった。

私を見て欲しい。
私のことに興味を持って欲しい。
私の気持ちに意識を向けて欲しい。

こっちが先だった。

家族の中で、一番最後にメンバーに加わって、ライバルだらけだった。

みんなが争っていた。

お母さん。

私を見てよ。

お父さんを優先するために、私を放っておかないで。
お兄ちゃんのメンツを守るために、私を無視するのはやめて。
私だっているんだよ。
私の存在がいらないなら、なんで産んだの。

私を人間として認めてよ。



認めて欲しくて、立ち位置を探した。
役割が欲しくて仕方なかったくせに、押し付けられた役割は受け入れられなかった。
矛盾してるようだけど、どっちも同じ欲求からだったんだ。

「私」を認めて。

形じゃない、私そのものをただ好きでいて。
ただ愛おしい相手として、私を見て。

私を見て。

お母さん。




こんなタイミングで、母から電話がかかってくる。

「聞いて欲しいことがあるの」だって。

笑っちゃう。

母は、完全に私に「お母さん」を求めてる。

母にはできないんだ。
昔からできなかったんだ。
母にも「お母さん」がいなかったんだ。

「私」の「お母さん」は、私がするんだよ。

私は、私を大好きだもん。
posted by 蝉ころん at 11:12| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月16日

待つ・・・

上の子がどうにも宿題をやらない。

気になって仕方がない。

なぜ?

時間はあるのに。
やったら終わるのに。

出しても手をつけない。

なぜ?

少しずつでも、やったら減っていくのに。
減らしていけば必ず終わるのに。



ネックは私なんだな。とは、感じる。

私が押し付けてるんだろうな。

何かを。

何を?

「宿題ができない子」の役割?
私が見つけたやり方で克服すること?

ああ、また、勝手に答を作って解決しようとしている。

自然に見えてきたものが答。
居心地が悪いからって、無理矢理、答を捏造しちゃダメ。

沸き上がってくるまで待つ・・・。



上の子にも。

「やりたいのに、できない」

そう言っているのに。

できないの?
本当はやりたくないんじゃないの?
できないならもうやめちゃえばいいじゃない!

詰め寄ってる。無理矢理、答にしちゃおうとしてる。

別にやらなくてもいいんだよ、なんて言っても、許可になってない。命令になってる。

違うんだ。

子供自身から今言葉になって出てきたこと。それだけ、受け止める。

言葉になるのを、態度になるのを、待つんだ。



待つのが辛い。

待つって、難しいんだ。

なんとかして終わらせてしまいたくなる。

そんな状態を見ていたくない。

見ていられない。

私も待って欲しかったんだ。

模範解答じゃない、心からの答が出るまで。

気持ちを言葉にできるまで。

焦らないで気持ちを感じさせて欲しかったんだ。

気持ちを感じたかったんだ。



いつのまにか焦っちゃってた。

私のことも、子供のことも、急がないで、待つんだ。

大丈夫。

焦らなくていい。

ゆっくり待とう。

しっかり感じられるように。

心が動けるように。
posted by 蝉ころん at 21:44| Comment(0) | 子育て関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハラッサーの私

長かった1週間、自分の衝動がぼろぼろ出てきて、暴力衝動まででてきて。

子供に向けることは押しとどめたけど。

やっぱり私、ハラッサーだ。



モラハラも、DVも、パワハラも、クレーマーも、根っこがおんなじだってよくわかる。

ハラスメントは全部おんなじ。

自分の中の怒りの衝動を全部目の前のターゲットのわずかな染みにぶつけること。

ぶつけかたも、ターゲットのあり方も関係ない。

ただ、自分が持っている怒りに似た波長の弱みをターゲットが持っていれば成立する。

どんな相手にだってできる。

こちらが向けたい衝動に対して相手が罪悪感を感じさえすれば。

とことんエスカレートさせられる。

自分の中のそんな衝動に気付いたのは中学生のときだったんだ。

それ以来、ひたすら押さえつけてきたけれど。



手段にブレーキをかけると、ころころと形は変化していく。

暴力を押さえれば言葉が暴走する。
言葉を押さえれば無視。
無視が悪ければ態度。

相手の罪悪感が反応する形で続いていく。

怒りを解かなければハラスメントは消えない。

自分でも気付かない形で進行していく。

自力で怒りの元を探して、解いていくしかない。

自分の力で、解いていくんだ。

解けば、軽くなっていくから。

軽くできるんだ。



被害者は鏡。

深いところにある自分の心。

自分の出した結果。

結果の自分。

逃げないで見つめるんだ。

軽くできるんだ。

大丈夫。

怖いけど大丈夫。

できるよ。

できるんだよ。
posted by 蝉ころん at 18:57| Comment(0) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月15日

なんで?の奥

子供の頃は、大人に対して「なんで?なんで?」と、思っていた。

今は、子供に対して思っている。

なんで?

なんでできないの?

なんでしないの?

なんで自分でしなかったのに責任だけが私に回ってくるの?

ずるいじゃん!

おかしいじゃん!

自分がしなかったんでしょ?

私がさんざん言ったのに、勝手にしなかったんでしょ?

私のせいじゃないじゃん!

なんで?なんで?なんでなの?

親だから?

子供だから?

おかしいじゃん!



私はね、全部自分で責任取ってきたんだよ。

子供の頃から。

親が用意するはずの物が用意できてなくて忘れたときだって、親が夜中まで大声で怒鳴ってて眠れなくて遅刻したときだって。

なんだって全部私のせいだったんだよ。

私は子供だから仕方ないんだって、そういうものなんだって、なにも感じないようにしてきたんだ。

封じ込めてやってきたんだよ。





そっちの方がおかしかったんだって。

親が負うはずのことだったんだって。

子供は見守られるものだったんだって。

尊重されるものだったんだって。



納得できない。

悔しい。悔しいよ。

もう私のその時間は帰ってこないのに。

見守ってくれる人なんかいないのに。

私は親の分の責任もかぶってやってきたのに。

見守ってもらいたいなんて気持ちが自分にあったのも知らずにやってきたのに。

今度は子供の分の責任も取らなきゃいけないんだって。

ずるい!ずるい!

ひどい!

なんでさ。なんでなの。

見守るなんてできない。

見守るなんてどうやるかわかんない。

見守るなんてどういうことか実感できない。

でも今度は、見守れないことまで全部私の責任なんだって。

なんでもかんでも。

ひどいよ。

嫌だよ。

嫌だ。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ



ああ。
こうやって。
嫌だで埋めてた。頭の中。

リセットしたかった。

もう何も考えないで、なにも感じないで、ただしなきゃいけないことを淡々とできるロボットになりたかった。

嫌だ嫌だって繰り返しながら、体だけは淡々と動かしていた。

やりたくない気持ちと、しなければ存在できないって現実と、バラバラにして。繋がらないようにして。

それをしなければ組織にいられなかった。

そうやって封じてきたんだ。

感情とか。疑問とか。

全部無駄って。



「それがあなたのため」
「将来こまるぞ」
「これくらいできなきゃ」

うるせえ。

私ができててくれなきゃおまえらが困るからってだけじゃねえか。
私のためとか言って責任丸投げしてんじゃねえよ。
やってられるかよ。
勝手に困ってろ。

家庭なんて、学校なんて、組織なんて、大っ嫌いだ。





これは、私の気持ち。

子供には子供の気持ちが、別にある。

身代わりにしないために、どうしたらいいのか。

まだよくわからないけど。

これは、私の気持ち。
posted by 蝉ころん at 08:48| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月14日

引き続き怒り

子供たち、今年度、初遅刻。

特に下の子。

上の子は、だいぶ要領がつかめてきているので、ギリギリになってからでも間に合うように準備することができる。

下の子は、上の子を見ているから、ギリギリまでのんびりしたあげく、準備が間に合わず、遅刻。

そんなことは別にあることだと思って、覚悟していたはずだった。

ずっと順調にいくはずがないって心の準備はできてたはずだった。

でも、気持ちは受け入れられなかった。



声も荒げた。

子供たちが出るまで、まともに顔も見られない。

キレそうで。

出てから、キレた。

叫んだ。

物も投げたし、家具も蹴った。

ちくしょう!ちくしょう!

だから時間がなくなるよって言ったのに!用意しなよって言ったのに!

全然話聞かなかったくせに、間に合わなくなってから泣くな!

言ってやってただろ!言うこと聞かないからだろ!

人のこと無視しといて、どうしようもなくなってから人にすがるな!

ふざけんな!

がーーーーーーー!!




布団を殴る蹴る・・・・

叫んで、暴れて、泣いて喚いて。

朝からぐったり。



出してみて、思った。

これだけのもの、ずっと押し込めて生きてきたんだってこと。

本来の相手にぶつけられずに、ずっとぶつける先を探して、ここまできたんだってこと。

こんなものをぶつけられる役だけを、ずっとずっとやってたんだってこと。

こんなものを、ずっと正当化されながらぶつけられ続けてきたってこと。

もう嫌だ。嫌だよ。

ぶつけたくないし、ぶつけられたくない。

子供からだって、ぶつけられたくないんだ。

もう全部、受け入れたくない。

出し切ってしまいたい。



そんなもの見たくないって自分もいる。

怒りに巻き込まれている間、怒っているままでいたくなるのを感じる。

落ち着いてしまいたくないとどこかで思っている。

もっともっと、力の限り怒り続けていたいと思う。

それだけ深い怒り、まだ出し切れていない怒りもあるんだろう。

怒りを正当化して、真意を理解することから逃げ続けていたいという欲求もある。

目を逸らさずに、怒りの底を見るんだ。

必ず、何かが潜んでいる。

進みたい。




私は下の子を身代わりにしていた。

下の子は、元気で素直で思ったことを口にする、誰とでも仲良くなれる子供に育った。

私がなれなかった活発な子供。

いつからだろう。

私は下の子を理想の自分にしてしまっていた。

遅刻は汚点だったんだ。

よくも私の理想の子供を汚したな。

許せない。

そんな気持ちがあった。

口では、完璧じゃなくていいんだよなんて言っていながら、感情は全然納得してない。

まだまだ、納得なんてできていない。

でもいつか、ちゃんと手放したい。

進みたいんだよ。




私が許せないのは、ぶっ殺したいとまで思うのは、私にダメな子のレッテルを貼った奴ら。

長所を1つも認めずに、短所ばかりをリストアップして、私に×をたくさんたくさんつけていった奴ら。

私を×な子として扱った奴ら。

自分のダメなとこ私に背負わせんじゃねえ。
自分の見たくないとこから目を逸らすために他人をターゲットにすんじゃねえよ。

そして、私の問題を横取りした母親。私を身代わりにした母親。

私に解決させろ。
頼んでないことまで手出すんじゃねえよ。
余計な役割に押し込もうとすんじゃねえよ。
勝手に諦めた自分を私にさせてんじゃねえよ。



降ろしていい。もう降ろしていい。全部、降ろしていいんだ・・・・
posted by 蝉ころん at 09:48| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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