2010年03月05日

虐待からモラハラ発現まで

私が虐待行為から足を洗う決意ができてくるまでの過程を書いてみたいと思います。久しぶりに長いです。

加害者側の心理が出てきます。読む方の状態によってはキツい内容かもしれません。辛くなったら無理して読まないようにしてくださいね。



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子供に虐待の影響が表れてきたとき、まず浮かんだのは「隠すこと」だった。

漏らすことを怖れるあまりトイレから出られなくなる、という状態。

とにかく子供の問題行動(そのときはそう捉えていた)が表に出ないようにしなければならない。早く。早く。

「一回出たらしばらくでないんだから早くトイレから出なさい」

と、押しつけようとした。

でも治らない。

明らかに、本人の意思に反してどうしようもなく行動が出るようだった。押さえつけようとすればするほど、影響は大きくなり、パニック状態になるようになっていった。

無理矢理引きずり出そうとしたこともある。すると尋常じゃない声で泣き叫ばれる。まずいまずいまずい。バレる。バレる。見つかる。黙れ。黙れ。黙れ!叫ぶな!泣くな!

これはもう、やらせておくしかない。こんなに叫ばれたら絶対近所にバレてしまう。

とにかく本人が大丈夫と思えるところまでやらせよう。本人がトイレから出たくなるまでトイレにこもらせよう。幸い今は昼間しかこの状態にはならない。周囲に、夫にバレる前に治ってくれ。頼むから!

好きなだけこもらせるようにしてから、少しずつトイレから出られるまでの時間は短くなっていき、何日か後には普通にトイレに行けるようになった。

私は心底ホッとした。子供のためでなく、自分のためにホッとした。



このころ、近所ではよく虐待のニュースについて話題にのぼることがあり、私は内心ヒヤヒヤしていた。そして、「虐待なんて信じられない」「あんなことするなんて親じゃない」などの言葉を聞くほどに苦しくなっていった。

自分のしていることが虐待の一歩手前だと思っていた私。虐待をしているとは思っていなかったけど、いつ虐待をするようになってもおかしくないと思っていた。私はこの人たちとは違う種類の人間なんだ。私には虐待をしてしまう人たちの気持ちが理解できる。私は虐待をする側の人間なんだ。普通の、子供を愛せる人たちとは違う人間なんだ・・・。



子供の状態は、トイレについてはなんとか解決したようだったけれど、他のことで問題は続いていた。なにげないこと、つまらないことで(これも当時はそう思っていた)パニックになり、全く言うことを受け付けなくなる。これは夫の前でも出ていたが、夫は全てを子供の問題にして、無理矢理言うことを聞かせていた。

どんどんひどくなる・・・。このままではもっともっとひどくなる。私がちゃんとできていないことが見つかってしまう・・・。

「怒らない育児」というものを頑張ってやってみようと思った。

あまりこのときの行動は具体的には覚えていない。ただ、怒らない→見ない、にするしかできなくて、怒らなければいけないような行動をしている子供を見ないようにする、無視する、それでなんとか怒ることから自分を遠ざけていた。

うまくいっているような気がしていた。

でも、そのうち私は、なにかのきっかけで怒ってしまうと、それまでとは比べ物にならないくらいの激しさ、しつこさで怒ってしまう、怒鳴ってしまう、暴力を押さえるのがやっと、という状態になっていることに気がついた。

怒るのを無理に押さえても溜め込んでしまうだけだ。これでは逆効果だ。

「子供を怒る必要なんてないんですよ」
「ただ見守ってあげていればいいんですよ」
「怒りたくなったら深呼吸して落ち着いて」
「怒っている自分の顔を鏡で見てみたら嫌になってやめられますよ」

育児の専門家とかいう人たちが余裕の笑顔でそんなことを言う。

じゃあなんで子供を抱きしめながら歯ぎしりをするほどの怒りがわくの?
今にも子供に向けてしまいそうなほどの力で握りしめてしまう拳をどうしたらいいの?
口を開けたら自分でもびっくりするほどの子供を傷つける言葉が溢れ出るのにどうやって「大好き」なんて言えるの?

そんな答えは誰も語ってはいない。そんな人間の存在は認められていない。やっぱり私は、普通に母親ができる人たちとはどこかが違うんだ。キレる側の人間なんだ。

誰にも理解してもらえない。バレる。はじき出される。二度と受け入れてはもらえない・・・。

なんとか取り繕わなければ。ちゃんとした親のままでいなければ。

子供にぶつけたくなる怒りは、自分で解消するしかない。他で発散させるしかない。子供といたらどんどん怒りが増えるだけ。1人にならなければいけない。自分の時間を持ってストレス発散するしかない。



ここでやっと、夫に私にも休みが欲しいことを訴え、月に1度、丸1日を休みにすることにする。自分の子供に対する怒りについては、誰にも相談できないままに。

そしてこのころから、夫からのモラハラに苦しむようになっていった。

モラハラが苦しかったのは事実だけれど、他の苦しみまでを全て夫との問題にすり替えて、全てを夫のせいにしたかったのかもしれない。

でも、モラハラを知れば知るほど、加害者は私のことだった。

被害者から脱しただけでは、私の問題は終わらない。加害者からも脱しなければ。

そこから、やっと自分の問題として観念し、覚悟を決めて取り組みだすことができた。

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これも棚卸しの一環です。こんな状態のときもすべて自分の一部です。

虐待をしてしまうのも、エスカレートさせてしまうのも、「自分が周囲に受け入れられることのできる人間」であり続けるため。

受け入れられないことへの恐怖が全てだったと思います。

虐待をするのは、「子供のしつけもできない人間」と思われたくないため。
虐待をエスカレートさせるのは、「虐待をしている人間」だということを隠すため。
さらにエスカレートさせるのは、「虐待をしている人間」になった責任を子供に押し付け、「虐待をしたくなかったのにせざるをえなかった」と周りに理解してもらうため。

全部自分のことのようで、周りの目が全てです。

そしてその「周りの目」というのは、ほぼイコール「親の目」だといいます。
親に受け入れられなくなることへの無意識の恐怖が自分をここまで突き動かすんだと思いました。

自分が子供を虐待しているのに、そのとき私は恐怖に震えていたんです。

恐ろしくて、とても冷静になんかなれない。こんなに怖いのに、なんで押さえなきゃいけないの。早くなんとかして!怖い!怖い!早く!早く!

今、こんな気持ちがあったことが見えてきました。でも、その当時には見えていません。封じられていたんですね。



虐待は人の心に傷を残すこで、許されることではないです。

でも、虐待してしまう人を周りの人が責めても、被害者には益はないんですよね。

責められると知れば、加害者の無意識の恐怖は膨らんでいきます。そして虐待がどんどんエスカレートしたり、見えない形に変わっていったり。被害者にとってはさらに辛い苦しみが続いてしまいます。

恐怖から解放されれば、よくなるのかな。加害者の救済は難しいと言いますけど、なんとかなったらいいのにな、と思います。

被害者も、加害者も、辛いです。

ちょっと、余談になりました。
posted by 蝉ころん at 11:12| Comment(6) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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