2010年03月31日

自己責任

私の育った家庭は、物心ついたときから自己責任をとらされる家庭だった。

例えばまだ小さくて難しいことに挑戦したくなったとき。

失敗して、怪我をしたり、悔しい思いをしたりする。

誰も寄り添ってはくれない。

「あんたがやりたいって言ったんでしょ」

何回聞いたことか。

痛くても、悔しくても、泣いても、全て自分で消化するんだ。

どんなに幼くても。

否応無しにやってくる別れの辛さも、新しい環境になじめずに苦戦しても。

どんなに心細くても。

寄り添うなんて、そんなことはあり得なかった。

そんな概念はなかった。

あるのは、問題。

泣いている。いじめられている。怪我をしている。

そんな事象ばかりを見られていた。

泣き止めば終わり。いじめがなくなれば終わり。手当をすれば終わり。

痛い、寂しい、怖い、そんなことはどうでもいいことだった。

そんなことは私以外の人には見えない。自分で解決することだった。

私の心はずっとひとりぼっちだった。

誰か聞いてよ。応えてよ。

解決して欲しいだけじゃないんだ。

私の気持ちを、誰か、認めてよ。ここにあるんだよ。あるんだよ。

誰か聞いてよ。

私はここに在るんだよ。

ずっと、声にならない声で、心の中で叫び続けていた。

誰にも届かない声。

誰にも気付かれない心。



頑張ったね。怖かったね。

もう無理に1人でなんとかしなくていいんだよ。

一緒に、いろいろ感じながら、進もう。

一緒ににいるからね。
posted by 蝉ころん at 16:42| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月29日

最近の子供たちとの関わり

子供たちのケンカが増えてきました。

いろいろなことが影響して、今の状態があるんだろうなと思います。

下の子は卒園で、一番仲良しの友達とお別れになるのがとても辛いようで、かなりナイーブになっています。全身で寂しさを感じているんだろうな。保育園からも帰りたがらず、困ることもあるくらい。

そんな感じで、少しのことで傷つきやすく、上の子がそんなことはおかまいなしにキツいことを言うとすぐ着火しちゃいます。

上の子は上の子で、最近交友関係が広がって、友達と沢山遊んでいます。今までは下の子と遊ぶことで満たしていたものを、友達と遊ぶことで満足するようになったので、下のこと遊ぶ必要がなくなってきています。

逆に下の子は今、友達と離れる寂しさからか、家でも誰かとつながっていたい気持ちが強くなっているみたい。

関係が今までのものから変化しているんですね。



私は子供の頃、兄弟ゲンカは悪いこと、として育てられてきたけど、こんなふうに状況や関係が変化することで、ぶつかることが出てきたり、関わり方を変える必要があったり、そういうことなんですね。

今は、ついつい介入しそうになる自分を抑えて、こちらに話を向けて来たときに、その相手に対して寄り添うだけ、という立場で見守るようにしています。

どちらの味方というわけでもなく、相手を非難せず、ただ話を聞いて気持ちに寄り添う・・・

なかなか難しいけど。

解決は当人同士に任せるようにしてみています。
posted by 蝉ころん at 21:53| Comment(0) | 子育て関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月27日

自分のために

今日は下の子の保育園の卒園式でした。

上の子の卒園式ではぼろぼろに泣いていた私。今日もさぞ泣くだろうと思ったんだけど・・・

自分の子供を見てても、ぜんぜん出てこない。

他の子を見てると出てくる。

子供が感情移入できない対象になったみたい。

いいことなのかよくないことなのかはわからないけど。

私の涙が出てくるのは、先生の言葉に親への労いがでてきたとき。お世話になった先生と話しているとき。仲良くなったお母さんとお別れだと思ったとき。保育園での日々を思ったとき。

私のことで泣いてるんだ。

子供のことで泣いてるんじゃないんだ。



そういうものでいいんだな。

子供が保育園を卒業することで、自分が何かから離れることが寂しくて、怖くて、泣くんだな。頑張った自分を思って泣くんだな。

それでいいんだ。

子供は自身は、堂々と、卒園証書を受け取って、堂々と卒園した。誇らしい顔で。終わってしまえばあっさりしたもの。

それでいいんだ。

子供は子供が感じるままに。

私も私が感じるままに。



泣きたいときは、私のために泣こう。
posted by 蝉ころん at 19:52| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月26日

まだイヤだよ

下の子がもうすぐ保育園を卒園する。

今日はロッカーの荷物を持って帰ってきた。

空っぽになったロッカー。

見ているとじわじわと感じる。これは親としてじゃない。

ころんちゃんだ。



まだここにいたい。

もっとずっとここにいたい。



居場所がなくなっちゃう。

寂しい。

また手がかりがなくなる。

怖い。

ここにいさせて。

ここにいたいよ。追い出さないでよ。まだここにいさせてよ。

早いよ。イヤだよ。

待ってよ。

怖いよーーーーー




そっか。追い出されてたのか。

怖かったんだ。どこにも居場所がなくて。

やっと見つけたと思ったら、すぐまた追い出されて。

怖かったよね。

空っぽのロッカー。

私のだったはずの場所。

もうちがう。他の誰かの場所。

安心したら、取り上げられるんだ。

私の場所なんて、やっぱりないんだ。

私は、いちゃいけないんだ。



そんなことないよ。

大丈夫。ここにあるんだよ。

私が、ころんちゃんの場所。

私はころんちゃんを追い出さないよ。

じゃまなんかじゃない。

ここにいていいんだよ。

ここにいてくれて、嬉しいよ。

ころんちゃん。

大好きだよ。
posted by 蝉ころん at 17:49| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月25日

子供相手に「私」を取り合い

「私」の用事で出かけると、気持ちを優先するのをつい忘れて、つい効率で動いてしまったり、染み付いた癖が出てしまう。

すると、家に帰った後で、満たされてない感情がムズムズ・・・

1人になりたい・・・

1日お母さんと一緒にいられない子供も、群がってくる。

「私」の取り合いになってしまう。

こういうときは、子供の方も甘えたい気持ちが大きいことが多くて、兼ね合いですごく手こずる。

私の気持ちが収まってないのが子供にも伝わってるんだよね。

とにかく一度おちついてから。子供を優先すると自分がまた閉じこもっちゃうから、自分の気持ちをちゃんと聞いてから。

そうやって、なんとかしのいでる。



一時期、あんまり子供とぶつかってなかったんだけど、最近よく衝突する。

たぶん、私の気持ちが出てくるようになってきたから。

もう少し、気持ちを出せる「場」を増やせるといいかもしれない。

外出先で出しちゃえるといいんだよね。

今のところ一番出せるのはこのブログだから・・・携帯で書くのは辛いし・・・

ノートPCなのかな?私は。

ちっちゃいの。

考えてみよう。
posted by 蝉ころん at 18:17| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月22日

親達へ怒りのままに書きたいままに

腹立ってきた。

あんたらはいろいろと私のものを横取りしてきたな。

さっき書いた引き出しのスペースなんてかわいいもんだ。

私の気持ちも、私の成果も横取りされてたよな。なにもかもだ。

返せよ。

謝れよ。

ごめんなさいって言え。

言えないんだよな?

「ごめんなさい」、私に教えることさえできなかったもんな。

おかげでどう使うものなのか最近までちゃんとわかってなかったよ。

使い方知らないだろ。

そういうことだ。

謝れない人間は許せない。

許してもらいたいと思ってないだろ?

こっちが傷ついたって理解できないだろ?

それを後悔なんて全然しないだろ?

じゃー仕方ないじゃん。

一生私には許してもらえないんだよ。



さようなら。

私はあんたたちが嫌いだ。

あんたたちのことは大好きで大好きで、苦しいくらいだけど、

それでも私はあんた達が嫌いだ。

許すことはできない。

大好きだけど許さない。

大好きだけど大っ嫌い。

そんなこともアリなんだってわかった。

今までは大好きだったら許せるんだと思ってた。

嫌いになったら好きじゃないんだと思ってた。



アリなんだ。

だからさようなら。

あんた達とはもう別れる。

さようなら。
posted by 蝉ころん at 01:45| Comment(2) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

わたしはわたしのもの

今日はもともと子供達が出かける予定で、夜まで時間が空くはずだった。

それが、子供が出かけるのを嫌がったので、キャンセル。でもこの時点では大丈夫だった。日中もわりといい感じでコミュニケーションしつつそれぞれに過ごせた。無理もなく、無気力でもなく。

夜、子供達だけでお風呂に入っていたので、私が入っている間に子供達は寝ておく、ということになった。

やった、時間ができる。私の時間。

おやすみ〜って言って、お風呂に入り、ゆったりのんびり湯船に浸かってリラックスしていたら、子供の声が・・・

「まだー?」
「もう10時だけど」

寝てるって言ったじゃん!

一気にリラックスが飛んでいく。何もやる気がなくなる。またこれだ。どうせこうなるんだ。あーあ。もうやだ。やだやだ。あーあだ。



きた。これだ。

何がやだ?

待たれてる。急かされてる。お風呂から上がったとたんに捕まえられて、私のだったはずの時間が占領される。

親はどうだったっけ?

待ち構えられているようなのはなかったよな・・・いや、占領というなら私の部屋のなかの一部に物を置かれていたのは占領されてたのか?

そうか。そうだ。

引っ越して新しくなった私の部屋。私の好きなように家具を置きなさいって。洋服ダンスには引き出しが少ないから、引き出し付きのベッドを入れてたくさん服が入るようにって考えてた。少しずつものが増えて埋まっていくんだろうなって思ってた。

そしたら母が荷物を持ってきて、「大きい引き出しついてたから入るなと思って」って入れていったんだ。嫌だっていっても、「たくさん空いてるんだからいいじゃない」って入れていったんだ。

この時も、さーーっとやる気がなくなったのを覚えている。

「ここは私の部屋じゃないんだ」

って思った。それまで先を考えてワクワクしていた気持ちが一遍にフラットになった。なんだ結局そういうことか。

私に好きにさせる気なんかまるでないくせに。思わせぶりに「好きにしていい」とか言うな!!!!

わたしはあんたじゃない。

わたしはあんたの遠隔操作できる道具じゃない。

わたしは、わたしだ!

あんたに利用されるために生きてるんじゃない。

わたしは、わたしが生きるために生きてるんだ!!!

わたしのままで生きるんだ。

わたしは全部、わたし。一部だって、占領させるものか。全部わたしのだ!!!



この引き出しのできごとはきっと象徴。いろんな場面で同じようなことが沢山あった。

侵入されていた。あの人たちにとって私は入れ物でしかなかった。好きなものをどんどん入れるための入れ物。

好きなものを入れて、好きな色で塗り、好きに飾り付ける。

もともと入っていたものなんて邪魔。くちゃくちゃって丸めてポイ。

ガラスの入れ物の私はそれっぽく見栄えよく飾られて、中の私は、肝心の私は、ガラスの外で叫んでいた。それは私のだって。

返せ!戻せ!見ろ!わたしを見ろ!わたしはこっちだ!

女とか、末っ子とか、娘とか、そんなものを勝手に入れるな!勝手に飾るな!それは、わたしだけのものだ!!

ガラスの中には届かない。どれだけ声を枯らしても誰も気付かない。

だんだんと、声を出すのを無駄だと諦めていったんだった・・・



悔しい。悔しい。悔しい。腹が立つ。

道具にしたいだけなら、産むんじゃねーよ。

飾り付けたいだけなら、殺してからにしろよ。

私の心がいらないんなら、生かしておくな。

生きてて欲しいなら、私を、見ろ!私を、聞け!

そんなこともできないで、ずかずか入ってくるんじゃねーよ。

もう私は明け渡さない。おまえらなんか、絶対に入れない。

許さない。

ああ。私が許せないのは、親だった・・・



許せないで、いい。

時間も。場所も。ものも。体も。気持ちも。記憶も。将来も。生も。そして死も。

全部わたしのものはわたしのもの。

全部わたしの大切なわたし。

わたしの大切なころん。

もう捨てさせない。入らせない。

わたしはわたしが守るよ。
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2010年03月20日

怒りと向き合う・・・

やっぱり子供といると怒りがでてくる。

その度に感情と向き合おうとしてみるんだけど、なんか、ころんちゃんの反応がない・・・。

手ごわい。

怒りで出てくる言葉が、子供の頃に親から受けてきたそのままとか、教師やクラスメイトに浴びせられたそのままなもんだから、「本当は言われたくなかった」気持ちがあるもんだと私が勝手に解釈して、話を進まなくしてるかも・・・

と思った。

なんとなく。



まずは怒りをしっかり受け入れることか。

今わいている感情は「怒り」なんだから、裏を見なくていいんだ。

怒りだけに目を向ける。

怒りを受け止める。

たぶん、親に向けているはずの怒り。

うまく向き合えるかな。

でもそこに苦しんでいるころんちゃんがいるんだ。

きっとできる。

待ってて。必ず辿り着く。
posted by 蝉ころん at 17:42| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

飽きっぽくなってきた

私は小さい頃から、すごく集中力があった。

対象はなんだって、取り組みだすと周りの音が聞こえないくらいその世界に入り込む。

そう、その世界に入り込む。現実の世界から逃げるために。

大人は、好きでその作業をしているんだと思っていたし、私自身もそれが集中なんだと思っていた。

でも、最近わかったんだ。

私のは集中力とは違ったんだ。

のめり込んでいない状態が怖かった。

誰も私の周りにいない状況から気をそらせる何かがほしかった。

何時間だって入り込めた。

だって現実に戻るよりその方が楽だったから。



最近実は集中がきかない。

私はいい傾向だと思っている。

子供のうちって、飽きっぽい子はとても多い。

飽きることができるのは、満足できたから。

「もういい」って思えるから。

飽きることは悪いことなんかじゃなかった。うん、これも洗脳だった。

私は飽きなかったから、「飽きっぽい子」のレッテルはもらわなかったけど。

この分野では、「集中力のある子」のレッテルをもらったけど。

そんなレッテルは私のことをまったく表してない。

私が飽きなかったのは、目的が違ったからだ。取り組むこと自体が目的でなくて、現実から逃げることが目的だったから。

昔から、なんか褒められてても居心地悪かったんだ。なぜかはわからなかったんだけど。

だから、今、本を読んだりしていても、なんとなく現実に帰ってこられるようになって、ちょっと嬉しい。

やってることから手を離せて、今までよりも軽さを感じる。

逃げることから戻ってこられる。

ちょっとずつ現実が好きになってきたのかも。

ふふ。

なんか嬉しいんだ。



こうやって、少しずつ。

私の中の現実を増やしていって。

現実で、生きていくんだな。

本当の集中は、きっとそのうちに。
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2010年03月19日

夫のいない日々

そろそろこれが書けるかな、と思います。

まっち〜さんのモラルハラスメント・ブログで、共同企画されていた、「モラといた日々、モラのいない日々」の参加記事「夫といる日々」の続編です。

元夫からのモラハラの影響は抜けたな、と感じています。

私にとって元夫のいない日々は、自分と向き合う日々となりました。

自分の感情を封印し続けた過去と向き合う日々です。

その中には、元夫から受けたモラハラに対する封印した感情も含まれています。

感情を封印することになった大元は、私の源家族、実家で植え付けられ、身につけざるを得なかった自分の捉え方、反応の仕方にあることが、わかってきました。

相手の言動に対するマイナスの反応を相手に伝えない、不快だと感じても離れない、そもそも、不快という感覚を麻痺させているなど・・・・ハラスメントの世界で生き抜くための無意識の反応の数々。

これらの原因とひとつひとつ向き合い、外していく。

新しく、感情の表現の仕方を学んでいく。感情を閉じ込めるのでなく、感じて、表現することで、ひとつひとつ、解放していく。

何重にも重なった薄い薄い破れやすい膜をはがしていくようなことをしています。

膜のとっかかりが見つからなくて、はがせないときもある。

はがし方を間違えると破れてしまったり。

それでも、じっくり、ゆっくり、はがしていく。

すべてをはがしたあと、何か残るものはあるのか?それはなんなのか?どんな私が現れるのか?

それはまだ見えないけど、そこを目指して、少しずつ進んでいきます。

そんな毎日。



ここに辿り着くために元夫から離れた。

そこに気付くために元夫と日々を過ごした。

元夫のいない今、元夫のいた日々をこんなふうに捉えるようになりました。

元夫に対する怒り、恨みなどは、今更ながらふつふつと沸いてきています。離れたことで感じられるようになった、正当な感情とともに、過剰に反応している、度を超えた感情が含まれています。

この度を超した激しい感情も、私を探る大事な鍵になっています。



たぶん、元夫と離別した直後にこのテーマで記事を書いていれば、もっと意気揚々とした内容になったかもしれません。

モラハラは苦しいものだったし、離婚してよかった。

モラハラで受けた苦しみに対する怒りは、正当なもの。

でも、私自身の人生で背負っている苦しみは、元夫に関係のないもの。私は、それまでを元夫の責任にしてしまおうとしていました。

それこそがモラハラ。私の加害者の側面です。

当時はそんな自分に気付きたくなかった。気付かずに誰かのせいにして生きていたかった。気付くのが怖かった。怖くて怖くて気配を感じながら目を背けていた。

でも、気付いて欲しかった。自分で自分に気付いて欲しかった。もう逃げ回るのは嫌だった。自分で作り上げてしまった恐怖の檻に囲まれて生きるのは嫌だった。

今は、気付けた。やっと向き合えた。

向き合ってみたら、必死で生き抜いてきたころんちゃんがいた。

誰のせいでもない。ただ必死で生きてきただけ。

それだけだったのに。

傷つけたり、傷つけられたり・・・・

そんなことになってしまってたのが、悲しい。

誰も悪くないのに。みんな必死で。見えなくなってしまって。

悲しいな・・・・




あらら、また、なんか話が別の方向へ・・・ごめんなさい。

でもこんな心境です。今現在の、「夫のいない日々」。

「夫といる日々」を書いた頃には、こんな状態は想像もできなかったな。

想像よりも、いい方向へ向いていると感じてます。

どんどんいこう。ゆっくりと。私の日々を。
posted by 蝉ころん at 12:54| Comment(0) | 夫との日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月18日

おかいもの

先日書いた、気になるピンク色のもの、買ってきました。

ピンクのクッション♪

パイル地でとっても肌触りがいいの。

家に帰って、ぎゅってしてみて、

「あ、ころんちゃんだ」

って思った。

今の私のころんちゃんのイメージに、ぽこっとはまる感じ・・・・

かなりな赤ちゃんかも。

ここからなんだね。よしよし。

癒しつつ、癒されつつ、いこう。
posted by 蝉ころん at 21:28| Comment(0) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月17日

最近見た夢

真っ暗闇の中で、小学生くらいの私が佇んでいる。

視線の先も、当然真っ暗闇。

でも感じる。

とっても恐ろしいものがその先にあることを感じる。

命に関わるくらい、恐ろしいもの。

恐ろしくて、一歩も動けずに立ちすくんでいる・・・・



こんな夢でした。

あの暗闇の先には、何があるんだろう。

封印されている記憶とかが埋まってるんだろうか。

私はいつか、そこへ進む勇気を持てるんだろうか。

そんなことを考えた朝でした。
posted by 蝉ころん at 09:43| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月16日

上の子に現れていること

上の子は、甘えるのがうまくない。

もちろんこれは、甘えてくるのをシャットアウトして私が育てからなんだけど。

構って欲しいときは「ん〜〜〜」とか「はあ〜〜〜」とか、ギリギリ聞こえるくらいの声で呻きだす。気付いてよ、のサインを出してくる。

これがどうしても鬱陶しい。

あーもう。

言いたいことがあるならはっきり言え!
ぐずぐずぐずぐず・・・何がしたいわけ?何が言いたいわけ?
何をして欲しいわけ?
いちいちいちいち、こっちが察して動いてやんないといけないわけ?
いつまでもいつまでも・・・鬱陶しい!
はっきりしないなら黙っとけ!!
なんでもかんでも人に察して動いてもらおうなんて、甘ったれんな!!

とかとか。

こんな言葉がぐわわわ〜〜〜っと溜まってくる。

これは・・・・・・私が言われてたことだね。

はっきりなんか言えるわけなかったんだ。

要求は全部否定されてきたから。否定されるのがわかってるから。怖いから。

はっきり言わないでいれば、傷つかずにすむ。だって、言ってないもん。ていうか、自分でも何をして欲しいかわかってないもん。

自分が自分の要求を知らなければ、かなえられなくても当たり前のことだから。

だから、やりたいことなんてわからない方がいい。

して欲しいことなんて気付かない方がいい。

誰かが何かを提案してくれたら、それに乗ればいい。

してくれるというなら、してもらえばいい。

そしたら、違ってても当たり前だから。

誰も気付かなければ、それでいい。

小さい声で呻いてるのなんか、気付かれなくて当たり前。

当たり前だったら、納得できる。傷つかずにすむ。

もう嫌だもん。何かを伝えて拒絶されるの。否定されるの。



私がなくなってく。

ひとつひとつ、表に出して、ダメって言われるたびに。

私がひとつずつなくなってく。

もう私、あとちょっとしか残ってないの。

もう出したくないの。

怖いの。

私、消えちゃう・・・。

怖いよ。怖いよ。

怖い・・・・













んーーーーーー

うまく声がかけられない。

なぜだろう?

まだこれだけじゃ足りない?

難しい・・・

せっかくここまできたけど。焦ってもよくない気がする。



もうちょっと時間をちょうだいね。ころんちゃん。

必ずまたくるからね。
posted by 蝉ころん at 12:02| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月15日

ちびころん改めころんちゃん

私は小さい頃から、ほとんど愛称というもので呼ばれたことがなかった。

親は、呼び捨て。母はときどき、さん付けで呼ぶ。

学校では、名字にさん付け。幼稚園でもそうだったかなあ。

さん付けって、子供の頃けっこう堪えた。一人前扱いされている感じが。

しっかりしなきゃ。

子供でいたら、ダメなんだ。できる子でいなければ。

そんなプレッシャーを、背負ってしまってた。

相手との距離も感じた。

ドライな関係に感じた。



「○○ちゃん」って呼ばれてる子が羨ましかった。

かわいくていいんだなって。みんなが、その子をかわいく思っているみたいで。

自分のままできゃあきゃあ楽しんでていいんだなって。

私はそんな風にはなれないんだなって、自分の周りだけスースー風が通っていくみたいだった。

前の職場で、「ころちゃん」(正確には本名ですが)って呼んでくれた人がいて、それが嬉しかったんだ。私もその人のことをちゃん付けで呼んで。憧れてたんだ。こんなのに。

この職場は去りがたくして去ったんだけど、この関係が捨てがたかったんだな。



封じ込められた小さい私は、「ころんちゃん」なんだ。

きゃあきゃあ笑って楽しんでみよう。

わんわん泣いて悲しもう。

気持ちのままに。

ころんちゃんと一緒に。



===============================

というわけで。

今日から「ちびころん」→「ころんちゃん」に変わります。
posted by 蝉ころん at 10:54| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月13日

優等生でた

週末になって子供とべったりになると、いつものようにモヤモヤ・・イライラ・・ピキピキ・・

離れて、視点を変えてみると確かに親にぶつけたい思いが見えてくる。

実家には細かいルールがたくさんたくさんあったんだ。

子供はこうでなきゃダメ。大人はいいの。
女の子はこれをしなきゃダメ。男の子はいいの。
下の子はこうでなきゃダメ。上の子はいいの。

もちろん逆もあった。

一生懸命訴えてた子供の私。
頑張って従ってた優等生。

だんだん優等生が強くなって、家の中で、学校で、大嵐をかわしてかわして、生きてきた。



今、子供たちがそんなルールは全部クズだと突きつけてくる。

衝動的に従わせたくなる。ルールを押し付けたくなる。

でも違ったんだ。私だってそんなルールは嫌だったんだ。

ルールはいらないんだ。いらないんだ・・・・



あんなに頑張ったのに?

やっとやっと身につけたのに?

あんなに苦労したのに?


全部、いらないっていうの?

捨てるっていうの?


ひどい。

ひどいよ。

頑張ったのに。いつか、きっと認めてもらえるんだって。頑張ったのに。

ひどいよ。

せっかく頑張ったのに、壊さないでよ!

いらないなんて言わないでよう!






うん。


そうだ。頑張ったんだ。

優等生も必死だったんだ。

試行錯誤しながら、工夫しながら、挫けそうになりながら切り抜けてきたんだったね。

誰の助けもなしに。

たった1人で道を探して切り開いてきたんだ。

本当に頑張ったよ。すごいよ。

そうだよ。頑張ったよ。

ありがとうね。ちびころんをたくさん守ってくれたよね。

ちょっと休もうね。

もう休んでいいんだよ。

あなたも、ちびころん。一緒に休もうね。

もう頑張らなくていいんだよ。頑張ったあなたの記憶は、壊したりしない。一生私の中にある大切な宝物だよ。


たくさん休んだら、今度は一緒に、楽しいことを工夫していこう。楽しもうね。

これからずっとも一緒だよ。大好きだよ。
posted by 蝉ころん at 11:43| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月12日

こんなん出た

そうだそうだ。

私は大人になったら子供をしようと思ってた。

本気でそう決意してたんだ。

そんなにはっきりそう思ってたわけじゃないけど、父がわがまま放題、やりたい放題なのを見て育ったから、私も大人になって自分でお金を稼げるようになったら好きなことをしまくろう、って思ってた。だから、子供は産まないって決めてた。子供がいたら、お母さんみたいになっちゃってわがまま放題なんてできっこないと知っていたから。

それが、元夫と結婚して、結局好きなことできなくて、「やりたい」って言っても、バカにされたり、やらしてもらえなかったり。じゃあ1人でやる、ってやろうとしたらふてくされながら無理矢理一緒にやり始めたり。

楽しめなかったんだ。

それで子供を産んで・・・・

そしたら、なんと私がさせてもらえなかったことを、夫が子供にはどんどんやらせるやらせる。

どっかーーーんっていったんだ。限界超えたんだ。

私がやりたかったのにーーーーーー!!!

やりたいって言ってたのに!!!

私が先に言ったのに!!!

ずるいーーー!!!

本当の子供だからって、ずるいーーー!!!

私はずっと我慢してきたのに!!!

やっと大人になって、好きなことできるはずだったのに!!!

ずるい!ずるい!ずるい!

嘘つき!

大人になったらできるって、大人になったら好きなだけやろうって言ったくせに!

嘘つき嘘つき!

もう絶対言うことなんか聞かないんだから!

大っ嫌いーーーーーー!!!





でも私はそれも封印したんだよ。「いいお母さん」でいるために。

あーーーー・・・・・・



そうだったよ。私が閉じ込めたんだったよ。

ごめん。ごめんね。ちびころん。

そうだった。ずっとそうやって我慢してもらってたね。大人になってからもずっと我慢させちゃってたんだね。気付かないまま閉じ込めてたんだ。

本当にごめんね。



やっぱりまずは私なんだな。ちびころんなんだな。
posted by 蝉ころん at 19:41| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

どんな気持ちも私のまま

陶芸教室、行ってきました。

感想は、

「あんまり面白くなかった・・・・」

という、残念な結果に。

あーあ、楽しみにしてたのに。せっかく予約して、ルンルンで行ったのに。



・・・・・・・・・・



あっ。



これじゃん。

私がいっつも封じ込めてた気持ち。言っちゃいけない、思っちゃいけないって押さえてた気持ち。

「楽しみにしてたけど、面白くなかった」

これだよ。

そうだよ。面白くなくてもありなんだよ。

せっかく予覚しても。
とっても楽しみにしていたことでも。
一所懸命楽しもうとしたとしても。

楽しくないことは、楽しくないんだーーーーーー!

楽しくなかったんだよーーーーー。

わーい。

楽しくなかったです。思ってたほど。

割と放ったらかしな感じだったしー。あんまり構ってくんないしー。他の生徒と雑談ばっかりしてるしー。先生も先生の作業してるしー。

何やっていいかわかんないよーーー。もっと構ってよーーー。もっと褒めてよーーー。もっと教えてよーーー。

アットホームな感じでいいところだとは思います。

でも私には合わなかったんだな。

それでよし。

つぎ行こ、つぎー。

合うところを探せばいいのだ。



でも焼き上がりは楽しみなんだな。ふふ。

土の感触。

少し乾いて固まってきたひんやりした手触り。

出来上がった作品んがちょこんと置いてあった佇まい。



ふふ。



やっぱり楽しかった。こんなくらいでいいんだ。

ちびころんの「楽しい」はこんな感じなんだな。

ほらやっぱり涙が出てくる。そうかそうか。

控えめで、誰にも気付かれないけど、「うふふ」って。

じんわりじんわり遅れてくるの。

なんかかわいいかも。

思ったより楽しくなかったけど、でもちょっと楽しかったねって、目を合わせて「うふふ」って笑うんだ。

そんな感じ。

そんなかんじが嬉しいんだね。



私も楽しかったよ。また2人でどっか行こうね。

2人で楽しいを育てようね。

先生の前で無理して楽しいフリさせて、ごめんね。
posted by 蝉ころん at 16:00| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一歩

今日は陶芸教室に予約してきました。

陶芸、小さい頃にテレビで見てからずっとやりたいなって思ってた。

「やりたいな」って何度か言ったことはあったけど、連れて行ってもらえたことはなかった。

遠いところでしかやってないと思ってたし、自力で調べてまで・・・って感じだったから、きっと私はそんなにやりたくないんだなって思ってた。

予約して帰り道、ちびころんに、「お母さんと一緒に行こうね」って声をかけたら、小学生のちびころんと、手をつないでるイメージがぱちっと出てきて、同時に涙がぼろぼろぼろぼろ出てきて。

家に着くまで泣きっぱなし。

一緒に行きたかったんだね。お母さんと行きたかったんだね。

一緒に行こう。ちびころんを放って行かないよ。一緒に行こうね。きっと楽しいよ。

なんとなくのばしてた爪を切って、行こう。



今日のお昼から。行ってきます。ちびころんと一緒の第一歩。

楽しんできます。
posted by 蝉ころん at 10:23| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月11日

すがりつきたい

あーもう。

毎日毎日振り返ってはたくさん泣いて。目がふやけてない日がないってくらい。

おとうさーーーん

おかあさーーーん

怖いよーーーー。

寂しいよーーーー。

結局はこれなんだ。

受け止めてもらえなかった悲しみ。ぬくもりが欲しかったよ。抱きとめて欲しかったよ。話を聞いて欲しかったよ。

カーテンのかげで泣いてたっけ。

「いつまで泣いてるの」
「しつこい」
「諦めなさい」
「わがままなんだから」
「せっかく〜してあげたのに」

うるさいうるさいうるさいうるさい

声が聞こえないくらい、泣き叫んでいた。

聞きたくなかったんだ。

私の気持ちは受け入れないくせに。泣くくらいもしちゃいけないのか。うるさいうるさいうるさい!こんなお父さんなんか、こんなお母さんなんかいるもんかーーー!どっかいっちゃえーーー!

大っ嫌い!大っ嫌い!



でもやっぱり、抱きしめて欲しかったんだ。

今もやっぱり、しがみつきたくなるよ。

子供がしがみついてくるたび、ざわざわする。

私もこんなふうにしたかったんだって。

抱きしめられながらでも「お母さんのバカ!」ってポカポカ殴ってくる。「お母さんなんか嫌い!」ってしがみついてくる。

これってアリだったんだなあ。子供ってこんなことにしてよかったんだなあ。



今でもまだ探してるんだ。私のお父さんとお母さんを。

私の話を聞いてくれるお母さん。受け止めてくれるお父さん。

無意識に。

友達になりたい女性は、いつもみんな母に似ていたと気付いた。
男の人は、お父さんと同じくらいの背丈の、大きな声で笑うひと。

ふー。

私は私のお母さんになれるかな。お父さんになれるかな。

ちびころんを抱きしめたいな。

怖いよー。寂しいよー。って声が出てくる。

受け止めたいな。
posted by 蝉ころん at 15:51| Comment(2) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

したいことをする・・・

したいことをする。

何がしたいんだろう、とずっと考えている。

本当にしたいことって、何だろう。

私は、たとえばなにかの集まりがあるなら、自分の意見は言う方だと思う。

じゃあ、やりたいことがあるのかっていうと、そうじゃなかったんだ。

こんな目的があるなら、こういう方法がある。この方がもっと簡単。

そんなのばっか。

「こういうふうにやりたい」

そんなこと思ったことないな。

「私ができるところを見せたい」

ならあったかもしれない・・・。

あとは、

「みんなやてることだからやりたい」

ってのと、

「みんなやってるからやっても意味がない」

ってのと両方ある。



私の希望は本当に受け入れてもらえなかった。全部兄が優先。父がいれば、父が最優先。逆に、父がなにがいい、というと、やりたいことなんかなくてもやりたいって言わなきゃいけなかった。楽しくなくても楽しくしなくちゃいけなかった。父の自己満足のために。

なんでお兄ちゃんだけさせてもらえるの。なんで私はダメなの。なんで女はダメなの。なんで昨日はダメなのに今日は突然やらされるの。私がやりたくなくなっててもやらされるの。やったら必ず楽しくなきゃいけないの。

うまくできないとすぐお兄ちゃんに横取りされるし。ダメだしばっかりされるし。私が夢中になってるとみんなどっか行っちゃうし。

全然楽しくなんかない。やんなきゃよかった。言わなきゃよかった。

そうだよ。楽しくなかったよ。なにをやっても、やりたくってやっても、結局全然楽しくないことになっちゃうんだ。



今、子供が何か一所懸命やってるとき、私が見てると、ときどきぱっと顔を上げて、目が合うととっても嬉しそうな顔をして、恥ずかしそうに「見ないで〜」って隠すの。嬉しいんだよね。それがとってもかわいくて。

私も、こんなふうに見守られていたかったよ。

見守ろう。ちびころんを見守ろう。

楽しいを積み重ねていくんだ。

少しずつだ。
posted by 蝉ころん at 13:51| Comment(0) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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