2007年05月24日

逃避人生

私は感情移入が激しいと前に書いたことがあります。

それが、感情移入どころではなかったんだと、先日気が付きました。

よく、映画なんかを見た後、なりきっている人がいますよね。私はそういうのがもっと酷いのです。漫画でも、小説でも、テレビでも、すぐその人物像の考え方などを映してしまいます。最近は「あ、また連れてきちゃった」って気付く感じです。

これも、小さいころの影響でした。



小学生の頃、私の横には常に友達がいました。私が作り上げた、架空の存在の友達です。

本物の友達はほとんどおらず、クラスの子たちに「バイキン」扱いされていた私にとって、唯一気を許して話の出来る存在は、その架空の友達だけでした。

私はずっとその透明の友達と、音を立てずに会話し、遊び、悩みを相談していました。

辛いいじめ体験があっても、仲の良い友達がいなくても、家に帰ってひとりぼっちでも、なんとか学校に行き、日々をやりすごしていけたのは、彼(そういえばいつも男の子でした)のおかげでした。彼は私にとって、ヒーローで、親友で、かけがえのない存在でした。

こんなふうに空想の友達と関わっているうちに、いつしか私とって、空想世界にいる時間の方が現実世界にいる時間より長くなっていきました。

空想の友達を持たなくなった中学以降は、自分自身では成長したつもりでいて、実はもっと重症化していました。架空の存在が1人だけだった小学生時代に対して、中学生のころからは、架空の世界を作り上げるようになっていました。

漫画や小説の影響もあったと思います。だんだんと、空想世界は現実世界からはなれていき、空想世界に入り込んだ私は空想世界の住人として生活するようになっていきました。現実は私にとって蜃気楼のようなものでした。

現実世界へは、空想世界で得た私の人物像を連れて行き、私とは違う、一匹狼で生きていける、強いキャラクターとして作り上げられた別の人格になりきって過ごしていました。

この習慣は、いじめから逃れたはずの高校以降でも続きました。気付くまで。そう、つい最近までです。今でもあります。



私は、私の人生をほとんど自分で生きていなかったんです。

私が決断したつもりになっていたことは、私が作り上げたキャラクターが決断したことでした。

私は私の人生を私のフリをした人物に委ねて、私自身はずっと空想の世界に逃げ込んで、自己満足のカッコいい人生を過ごしていました。

これを逃避と言わずしてなんというのか。私はずっと現実から逃げ回って生きてきたんです。

どうりで現実的な能力が低いわけです。心ここにあらず、が常でした。

空想癖があることは自分でも理解していたんです。それが現実から逃げていることだって、うすうすは感じていたのに、深く追求しようとしませんでした。このことに気付いたとき、かなりキツかったです。でもすごく納得しました。色々なことに。気付けてよかったです。本当に。



子供の頃、この空想力を身に付けたのは、自分を守るために必要だからでした。偉かったなあと思います。おかげで私はここまで生き延びたし、それなりに生活してこれました。

ありがとうね。ずっと私を守ってくれて。

でももういいよね。もうこんなことしなくていいよね。

私は私の人生を、私として生きていいよね。

私は現実を取り戻そうと思います。ときどき、空想世界が懐かしくなっちゃうこともあるだろうけど、でも、自分の力だけでもう生きていけるから。架空の誰かに決断を任せて、自分の気持ちがわからなくなるはもう嫌だから。しっかり実感を持って生きていきたいから。

ひとつ大きな山を越えた気がします。
posted by 蝉ころん at 19:04| Comment(3) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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