2007年04月18日

チャイルド出現

子供と衝突しました。というか私の爆発の方が大きいんですが・・・。

どうも、私の頭の中で子供たちどちらかと予定している計画を、もう片方が独断で行動したことでおじゃんにされると無性に腹が立つんです。

いっぺんにスイッチが入ります。

以前から、友人関係なんかでも感じてはいたことなんですが、どうも私は1対1の関係にものすごくこだわっているようで、それが誰とのことでも、間に入ってくる3人目に怒りを感じるらしいです。

1対1の関係って言ったら、やっぱり母親との関係・・・。私、そんなにも兄や父に母を奪われていたってことなのか??と考えていったら、またもや涙がボロボロと出てきました。

やっぱりそういうことみたいです。

こういう状況で私が恨みを持っているのは兄と父。そして、それを許し続けた母。私が不満を持っていないものと決めつけて、私に重荷を押し付けた母。私は物心ついた時には既にそういう役回りでした。



そんなに悲しかったんだね。悲しいこともわかってもらえてなかったんだよね。わかってほしかった。でもお母さんは家を平穏に保つのに必死だったね。どうせあの父がいたら平穏になんかなるわけがないのに。お父さんのために言うことを聞かされた場面がたくさんあったね。

私の誕生日のはずなのに、お父さんがその気になったらいつでもぶち壊しだった。そして、ぶちこわしたお父さんに合わさせられた。お父さんなんか放っといて私を見て欲しかったよね。

お兄ちゃんはいつも新しいことを真っ先にさせてもらえた。褒められていたね。よくできるって。でも私には絶対にさせてもらえなかったね。「お兄ちゃんの年になったらね。」いつもそういって、私がその年になった頃にはすっかり忘れ去られてた。そして、私には順番は回ってこなかった。私はね、お兄ちゃんがしてたその時に、私も出来ることを見せたかったよ。私だって褒められたかったよ。出来るんだ、すごいねって言って欲しかった。

お母さんもお父さんも、すごいねって思ってたんだって。この子はこんなにちっちゃいのにこんなにできるって。でも言わないようにしていたんだって。お兄ちゃんの兄としてのプライドを守るために。私のプライドは?私だってできることを褒めて欲しかったよね。言ってくれなきゃわからなかったよね。

いつでもお兄ちゃんは私が取り組んでいることを横からかっさらっていったね。そして私が返してっていっても最後までやっちゃうまで返してくれなかった。お母さんは、なんだって「お兄ちゃんが先」だった。なんで私には全部種明かしが終わってからしか回ってこないの?誰も注目しなくなってからしか回ってこないの?私だってみんなに注目されて格好いいところ見て欲しかった。

お兄ちゃんのおまけは嫌だったよ。言うことを聞かされるだけの役は嫌だったよ。私を私として見て欲しかった。私にも活躍の場を与えて欲しかった。お母さんに見ていて欲しかったよ。お父さんなんか捨てて欲しかった。



久しぶりにボロボロ出てきました。いっぱい涙でちゃった。

やっぱり強く恨みを持っているのは母に対してみたいです。理不尽な行動する父や兄よりも、それを受け入れることを私に求めてきた母に対して。父や兄は無邪気に好き勝手してるだけなんです。受け入れたくなければ受け入れなくてよかった。でもそれで振り回されている母は、より動かしやすい私に言うことを聞かせて、その場を保つのに利用していました。

私も兄も、そして母も、家庭のための道具でした。ばかみたい。うん。ばかみたいって、思ってました。子供の時から。なんのためにこんなことしてんだろって。

私はずーーーーっと母に私を見て欲しかったんですね。子供が出来てから、孫にはすごくいい顔をしている母。もちろん本心からなんですけど、私はずっと複雑でした。焼きもち焼いてたんですね私。母に対しても子供に対しても両方。

「私の時にはそんなに私を見てくれなかったくせに」ってのと、「私の子供たちなのに」ってのとある気がします。お母さんをとらないでよ。子供をとらないでよ。って。

私は子供に対して、やっと手に入れた私を私として見てくれる存在として、母に対しての思いをぶつけているんですね。子供を親にしている状態ですよね、これって。

なんとかしたいなあ。

んーーー。なんかまとまりませんけど、とりあえずこんなところで。
posted by 蝉ころん at 19:29| Comment(4) | 自分育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

同感と共感

私は、わかり合える人を探していたつもりだった。

それで、考え方の同じような、夫を選んだ。微妙にズレている部分はあるけれど、そのうちきっと同じようになっていく、と思って。

そうじゃなかった。

考え方なんて違っていてもわかりあえることを、私は知らなかった。

問題は意見が合うことじゃなくて、お互いの違う意見を受け入れ合うことができるかどうかだった。

私は受け入れられる経験が少なかったから、話が合ったことを受け入れられたことだと勘違いしてしまった。

何かが違う気はしていたけれど、何が違うのかわからなかった。



ここでコメントをもらったり、カウンセリングに行ったりして、共感と言うことを考えるようになって、わかってきた。

私が欲しかったのは、共感という名前のもの。私が掴んでしまったのは、ただの同感。

同じ経験をしたことがある、それだけの人だった。

確かに、同じ経験をした人にはわかり合える人が多いけど、同じ経験を持っていて、同じような考え方を身に付けている分、考え方が違う面を理解しようとする気持ちがあるかないか、そんなところがわかりにくいのかもしれない。

夫は私を分析しているのも確か。でもそれは、私を理解して受け入れるためでなく、間違った部分を更生するため。もっというなら、支配するのに利用できる部分を探るため。

夫は常に同感が欲しいのだ。私が、夫と全く同じ考え方になって、全く同じ心の働きをして、夫が思ったように行動する人間になって欲しいのだ。

それは間違っても共感ではない。

私が欲しいのは共感だった。

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今回、思っているままを書き出したので文調が「ですます」になっていません。書いちゃってから気付きました。まあいっか。(^^;
posted by 蝉ころん at 10:56| Comment(2) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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