2007年02月25日

どちらの問題か

久々にモラっぽい行動がありました。

行楽地で帰り際、私が携帯をなくしたことに気付いたので、落とし物として届いていないか、確認にいくことにしたときのことです。

子供も疲れているし、夫と子供たちに先に車に戻っておいてもらい、私は心当たりの場所の係の人に聞きにいきました。

ある程度探してもらってなかったとき、ふと、「車にあるかもしれない」と気付いたけど、確認しようにも携帯がないので夫とも連絡が取れないし、まあ、紛失記録を残しておいてもらって害はあるまい(係の人に手間はかけるけれども)、と思って、とにかく手続きだけはすませました。

さて車に戻ろうと、急いで駆け出したとたん、突然後ろから肩を叩かれ、振り向くと夫が真っ赤な顔をして携帯を突きつけてきました。そして私の言葉も聞かず、どすどすと不機嫌丸出しで先をずんずん歩いていきます。

ああ、このパターンもあったと。



夫に縛られていたころの私なら、焦って追いかけて、謝り倒していたでしょう。そして、いかに私が間抜けで冷静な判断が下せないどうしようもない人間かということを滔々と説教されていたでしょう。私は反論もできず、なぜ車に忘れたと言う可能性を思いつかなかったのか、と自分を責めていたことと思います。夫が怒るのは当然のことだと。

さらに昔の、夫には縛られてはいないけれど攻撃性の強かったころの私なら、勝手に追いかけてきて、なに勝手に怒ってるんだ、走って追いかけてきて不機嫌になるくらいなら何もせずに放っておけ、と怒鳴っていたでしょう。夫が怒るのは筋違いだと。そして当然のように、せっかく人が親切でやってやったことにいちゃもんを付けるとはどういう神経だ、と、人間性を否定されていたことでしょう。

どちらにしても、説教されることには変わりなく、少しずつ自分に疑問を持ったり自分を責めたりする思考パターンが作り上げられるカラクリだったんだなあとわかります。



昨日の私は、冷静でした。子供がその場にいなかったおかげもあると思います。夫が怒る気持ちはわからなくもない。でも、この夫の怒りは、夫の問題であって、私の問題ではない、と思えました。それで、怒りでわなわなしている夫の後ろ姿を見ながら、状況分析していました。

車に子供たちを待たせておいて追いかけるほど、逼迫した状況ではありませんでした。私は大人で、この問題に対して自分で対処できるくらいの処理能力はあります。もし立場が逆なら、私は、車で子供たちと遊びながら待ったでしょう。そして帰ってきた夫に、「車にあったよ〜」と気楽に伝えてみんなで笑っておしまい、それですんだだろうなと思います。たぶん夫はそんな状況でもプリプリ怒ってるだろうとは思いますが。

夫は、車に戻って私の携帯を見つけたとたん、テンパってしまったんだろうな、と思いました。なくした、落とした、と私が言った携帯が、そこにあった。勘違いしている私に知らせなければいけない、と思ってしまったら、動かずにはいられなかったんでしょう。そして、走って追いかけながら、なんでこんなことをしなければいけないんだ、あいつが車に忘れていって、それを気付きもせずにいるからだ、なんて私に責任転嫁をしていたんだろうと思います。

それは、あなたの問題です。

私が車に携帯を忘れていって、それを敷地内で落としたと勘違いして、家族を待たせたり、係の人の手を煩わせているのは、たしかに私自身の責任。

でも、私が車に戻ったときに、「車にあったよ」と言えばいいことを、わざわざ走って追いかけて、疲れたとか、むかつくとか、そういう感情は、あなたの責任です。

私はそこまで責任を取る義務はない。

だからといってね、待たせたことを悪かったとは思うし、走ってまであったことを知らせてくれようとしたことは、嬉しい気持ちもあるわけです。

じゃあ「ごめんね」とか「ありがとう」とか言えばいいんでしょうか?普通の人、たとえば、本当に親切から走って追いかけてきて、笑って「車にあったよ〜」なんて言ってくれる人になら、言えます。むしろ言いたいです。

でも夫は、そういう人じゃないです。待たせたことだけのつもりにせよ、一言でも謝れば夫が感じている不快感全ての責任を私が負ったことにされてしまうし、お礼を言えば、自分で判断して走って追いかけたにもかかわらずそれで生じた不快を私に押し付ける行為、にまで承認を与えたことになってしまいます。

色々考えた結果、「なかったことにしてあげる」という選択をしました。

承認を与えられる行為ではなかったこと。こちらが全ての責任を負うわけにはいかないこと。そして、そのことについて私の考えを冷静に伝えたとしても、夫は議論に持ち込んでくるだけだし、それではどのみち理解はしてもらえず、私がダメージを受けるだけ、と判断してのことです。

人として、イヤ〜〜な対応です。それはわかってます。でもこれが最善だったと確信しています。そういう相手だから、しかたないです。



あとからの様子を見るに、夫自身もなんとなく「しなくていいことをしてしまった」ように感じているふうがありました。たぶん夫は、私が勘違いで夫を待たせたことに猛烈な怒りを感じて、私の過失を目の前に突きつけずにはいられなくなったんでしょう。ふくれあがった怒りを正当化するためにわざわざ追いかけてやったという事実まで付け足さなければ気がすまなかったんでしょう。

夫が私を分離できていないから、我がことの恥のように感じていたたまれなかったんだろうな、と思います。

相手が他人だったら、きっと夫は待っているだろうと思います。「ほっとけ」って。それか、親しい友人なら、追いかけていっても笑って渡せると思います。「バカだなぁ」って。どちらも、自分の問題としてとらえていないからできることなんですね。

今でもまだ、夫は私に家族の役をさせたいんだな、と、思いました。



ここまでの分析も、共存する意識があったら辛かったかもしれません。心を離しているからこそ、冷静でいられたのかも。解決しようとしていないから。ただ事実を見ようとしているだけだから。

昨日の私は、自分を我慢させずにいられたと思います。夫の挑発に乗らず、議論になることを防げました。新しいチャイルドをつくらずに済んだと思います。
posted by 蝉ころん at 17:15| Comment(4) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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