2007年01月31日

揺らがないもの

夫と暮らす中で、自尊心はボロボロになり、自己不振に喘いでいた私ですが、そのなかでも一つだけ、私に関することで揺らがずに残った自信がありました。

それは、私という個人ではなく、人間というもの、命というものに対する信頼です。

それがほとんど医者にかからないことにもつながっているんですけど、人間の体はそんなにやわじゃない、薬に制御してもらわないといけないほど、体の機構はいいかげんにはできてない、という、回復機能に対する信頼なんです。

夫との生活で心が傷ついて、体にも症状が表れたとき、「これはただごとじゃない」と思いました。いままで経験したことのない症状だったから。

そして、心にかなりのダメージを受けていることを知りました。

でも、私は、心の回復機能も信頼することができました。

私は、私の性格や行動、能力に対しては不信感満々だったけど、心そのものに対しては、信頼を失っていませんでした。

心は、肉体と同じ、私という個体の、命そのものです。

だからこそ、私個人とは切り分けて、命の機構として、私は信頼し続けることができました。そう簡単に崩れ去ってしまうはずがないと。

感情にフタをしたり、傷ついた心をインナーチャイルドとして大切にとっておいたり、辛い記憶を忘れたり。全部、心が、生きるためにとった対応で、そこまでしてなんとか生きようとしている。回復しようとしている。

それは体が病原菌に対して発熱して抵抗力を上げるようなもの。擦り傷に血が集まってきてかさぶたを作るようなもの。骨折してさえ、適切に援助してやれば、元通りではないにしろ、回復するだけの力があるのが人間の体です。心だって、大きな傷を負ったって、回復できる道はあるはず。



私がここまで命を信頼できるようになったのは、両親の影響が大きいです。病気になると、体で今風邪と闘っている、大丈夫、と、安心させてくれた。怪我をして血が出ても、ちゃんと血が守ってくれるから、と、教えてくれた。そんなことの繰り返しで、私は自分の体に対する信頼だけは、小さいころからしっかりと持っていました。

さらに、理系の学科が好きで、生物系の知識、情報に目がなかったことで、さらにその信頼は強化されていきました。

命ってすごい。

私は無宗教ですが、唯一信心しているものがあるとすれば、それは、自然、命そのものに対してかな、と、思います。



そして一方で、命のはかなさなんてのも感じることではあって、死ぬときゃ死ぬな、それは仕方ないな、みたいな見方もしたりします。なんか矛盾してる?(^^;
posted by 蝉ころん at 15:51| Comment(2) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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