2007年01月31日

揺らがないもの

夫と暮らす中で、自尊心はボロボロになり、自己不振に喘いでいた私ですが、そのなかでも一つだけ、私に関することで揺らがずに残った自信がありました。

それは、私という個人ではなく、人間というもの、命というものに対する信頼です。

それがほとんど医者にかからないことにもつながっているんですけど、人間の体はそんなにやわじゃない、薬に制御してもらわないといけないほど、体の機構はいいかげんにはできてない、という、回復機能に対する信頼なんです。

夫との生活で心が傷ついて、体にも症状が表れたとき、「これはただごとじゃない」と思いました。いままで経験したことのない症状だったから。

そして、心にかなりのダメージを受けていることを知りました。

でも、私は、心の回復機能も信頼することができました。

私は、私の性格や行動、能力に対しては不信感満々だったけど、心そのものに対しては、信頼を失っていませんでした。

心は、肉体と同じ、私という個体の、命そのものです。

だからこそ、私個人とは切り分けて、命の機構として、私は信頼し続けることができました。そう簡単に崩れ去ってしまうはずがないと。

感情にフタをしたり、傷ついた心をインナーチャイルドとして大切にとっておいたり、辛い記憶を忘れたり。全部、心が、生きるためにとった対応で、そこまでしてなんとか生きようとしている。回復しようとしている。

それは体が病原菌に対して発熱して抵抗力を上げるようなもの。擦り傷に血が集まってきてかさぶたを作るようなもの。骨折してさえ、適切に援助してやれば、元通りではないにしろ、回復するだけの力があるのが人間の体です。心だって、大きな傷を負ったって、回復できる道はあるはず。



私がここまで命を信頼できるようになったのは、両親の影響が大きいです。病気になると、体で今風邪と闘っている、大丈夫、と、安心させてくれた。怪我をして血が出ても、ちゃんと血が守ってくれるから、と、教えてくれた。そんなことの繰り返しで、私は自分の体に対する信頼だけは、小さいころからしっかりと持っていました。

さらに、理系の学科が好きで、生物系の知識、情報に目がなかったことで、さらにその信頼は強化されていきました。

命ってすごい。

私は無宗教ですが、唯一信心しているものがあるとすれば、それは、自然、命そのものに対してかな、と、思います。



そして一方で、命のはかなさなんてのも感じることではあって、死ぬときゃ死ぬな、それは仕方ないな、みたいな見方もしたりします。なんか矛盾してる?(^^;
posted by 蝉ころん at 15:51| Comment(2) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月30日

母と父の関係

私が子供の頃から、家の中では口論が絶えませんでした。

父が何か母に無理を言う。母が理を説く。父がへりくつを言う。母が諭す。

全て、大声で交わされる。私はこれが嫌でした。

なんでお母さんはお父さんを焚き付けるんだろう。素直に聞いていればお父さんも機嫌よくしていてくれるのに。(この時点で既にモラハラにつかまりやすい思考形態になっていた)

ときどき、私は仲裁役を買って出て、父母双方に、お互いの立場を説明したりしていました。大人気取りで。私はこんなに家を平穏に保とうとしているのに、みんな自己主張ばかりして、勝手なことばかりして!と怒りさえ持っていました。



最近、夫が、モラが、子供だということに気付いて、もう一度子供時代をふりかえってみたら、母と父の関係が、ただ口論ばかりしていたわけでないことに気が付きました。

母は、父を子供として扱っていました。それはもう、かなり小さいころから一貫して、です。

どうやら母は、父が子供であることを理解した上で、覚悟の上で結婚したらしい、ということがやっとわかったんです。母は、生きるために、父の妻として生活することを受け入れたのでした。

母はずっと父にものの道理を噛んで含めるように説明していたし、何度同じことを繰り返されても、諦めず何度でも同じことを教えていました。

母は、父を育てていました。

幸運なことに、父は母親を亡くしていて、帰るべきところがありませんでした。それに、自分より弱いものに暴力は振るわない、というプライドも持っていました。だから暴力的な問題も起こらなかったし、父の依存対象は母しかいませんでした。

母は、家の中で1人だけ、大人として、家庭をまわしていたのでした。

母の生家は大家族でしたから、いろんな年代の男性女性がたくさんの中で育って、自然と知っていたのかもしれません。心が子供のままで大人になってしまうにとがいることを。

父と母の関係は、そういうものでした。父は母を妻だと思っていたけれど、母は父を子供として見ていて、それで、両親の関係としては、うまくいっていたらしいのです。私が夫を大人として見ていたから生じた葛藤、苦しみは、母にはほとんどないようでした。もともと理解して、対処していたから、想定済みのことだったんでしょう。



問題は、そこが子供の生育環境だったことでした。

母は、自分は一貫して父を子供として扱っていたにもかかわらず、私たち子供には、父を大人として、威厳のある父親として見せようとしていました。

私たち兄弟は、母も、父も、大人として認識するよう育てられました。母は女性代表、父は男性代表ということになります。母のように男性を扱う人を大人の女性と思い、父のように女性を扱う人を大人の男性と刷り込まれてしまった面があると思います。

母は、「心が子供な大人」のことは、私たちに警告することはありませんでした。自分が教えられずに身に付けたものは、教えるべきことだとも気付かないものなんでしょう。昔は本当に常識だったことなのかもしれないし。

でも、私は、「心が子供な大人」を「大人」の代表として認識してしまいました。

「父のような人とは暮らさない」と固く誓っていた私が、夫のような人と暮らすことになったのは、父の表面的な行動に捕われて、もっと深く問題にするべき、「子供の心」のことを理解していなかったからでしょう。父のようにはっきりした自分勝手をする人だけを避けて、そのくせ、父のような心を持っている人に警戒心を持てなかった。警戒すべき性質と認識していなかったからでしょう。

私は、母の行動も父の行動も、その表面しか見ていませんでした。私は母が頑固だからいつまでたっても同じことで父と口論をするんだと思っていました。譲ってあげれば済むことなのにって。でも、母は父を子供として見ているからこそ同じことを粘り強く教えていただけだったんです。身に付くまで、諦めずに。

それから、私は父のことを、働いていて疲れているんだから、多少は我侭を言うものだ、それくらいは許されることなんだ。でも私たちにとばっちりが来るのはなんとかして欲しいな、くらいに思っていました。でも父は子供だったから我侭ばかりで母に偉そうにしていただけでした。自分が新しく知った知識を、他に誰も知らないかのように吹聴するのも幼児的でした。

母の、父に対する対処は間違っていなかったんだと思います。父の行動もかなり沈静化したし、今は母と父なりに仲良く落ち着いた生活をしています。

母は、とっても頑張ったんだなあ・・・。母だけ、意志の強い大人として、選べなかった人生を、母なりの工夫で乗り切って生きてきたんだなあ。私は、母のことを恨んだりもしたし、母のような人生は送りたくないとは思っているけど、でも、母のことはやっぱり大好きで、誇りにも思っています。

父のことは・・・まあ、憎めないヤツです。子供だし。離れているから言えることですが。(^^;

きっと夫のことも、憎めないんだろうな。死んでくれと思ったりすることはあっても、憎んだりはできない。そんな気がしてます。

それで、私はどうするんだろうなあ・・・と、ぼんやり。
posted by 蝉ころん at 11:08| Comment(4) | 考えごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月29日

のんき

最近、どうも私はかなりのんきな性格らしい、ということがわかってきました。

世間のペースに合わせて、大忙しで生きているうちに、なんだかすごくせっかちなような気分になってましたけど、なんてことはない、自分がせっかちであることを求められて、それに無理に合わせているから、他人にもせっかちになることを求めるようになってしまっただけらしいです。

そのせっかちの代表が、夫、および、夫の家族、です。

いやもうほんと、せっかちなんですよ、姑。

一緒に食事に行けば、全員食べ終わって、子供の残したものを私が平らげていると、さっさと席を立ちますし、一緒に観光に出かけても、景色を眺めて立ち止まることもなくずんずん歩いていきます。ツアーで旅行に行っても、「私は誰より歩くのが早くて若いって言われる、みんなが遅すぎるんだ」なんて自慢しています。みんな、おしゃべりや景色を楽しんでゆっくり歩いているだけだと思うんですけど・・・そういう価値観がわからないらしいです。

当然、夫もせっかちです。

出かけるギリギリまで用意をしないのは夫なのに、夫自身は自分が用意ができたらもう出発できないと我慢できない。人にものを頼めば、すぐに取りかからないと機嫌が悪くなる。

まあ、子供だと思えばこんなもんですが・・・。

私もこれに影響されてこんな人間になってました。本来のんきなのに、せっかちにさせられて、それなのにマイペースを守っている人間(それもせっかちを押し付けた本人!)がいたら、あんたもしろよ!と思うってもんです。

ここのところ、夫がうつ対策でなにも言わずに家事をするので、こちらも変に罪悪感を感じないように、夫のことを観察するくらいのつもりで過ごしています。

そしたら、自分のペースが見えてきたというか、そういえばこんなんだったけ・・・という感覚が戻ってきたというか・・・。

そうか、私はのんびり屋だったわ。

子供もかなりのんきです。私に似てるんだきっと。だから、子供を急かしていると子供も辛そうだし私も辛いです。

子供との関係でも、ヒントになりますね。のんきでいいじゃん。ゆっくりやったらいいじゃん。今できなくても明日もあるよ。そんなふうに言えたらいいなあ。

まあ、そういうわけにいかない約束事が多いのも今の社会ですけど・・・。



で、私が本来ののんきな私を完全に取り戻したら。マイペースで生きるようになったら。それこそ夫は耐えられるんでしょうかねえ。夫が私に夫像を押し付けてくるのは、私の問題じゃなくて夫の問題。押し付けても受け入れてくれないようになったせっかちな自分像を抱えて、我慢できないのは夫の方だと思うんだけど。

子供に向かうようになったら切り時、でいいのかなあ。それじゃ遅いのかなあ。

とにかく春から下の子が保育園に入れたら、仕事だけは探そう。それだけは絶対に。今の課題。

それだけ心に留めておけば、まあいいか、というのがのんきな私らしいペースな気がする。
posted by 蝉ころん at 12:06| Comment(2) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月26日

押し付けてくるもの

また間があいてしまいました。(^^;

以前、ネット上で日記を公開していた時は、更新ができないと変な罪悪感とともに焦りが出てきたものですが、ここではあまりそれがなく、安心して「更新できない状態」のままでいることができています。

これは実は私にとってはすごいことなんです。

その正体は、安心感です。日記を公開していたとき、日記コミュニティみたいなものがあって、そこについていくために、取り残されないために頑張っていました。脱落することをとても怖れていました。二つ前の記事に書いた、「仲間はずれ不安」のためだったようです。

今は、この不安が出てきません。ここも、「モラハラ被害者コミュニティ」のようなものに属しているという意識がなんとなくあるんですが、「置いていかれる」「ついていけない」なんて不安はいっさいありません。むしろ、ここにくれば、書き込めば、誰かが見ていてくれる。書けなくても、私のことを覚えてくれている、という安心感があるんです。

今までの私は、「仲間に入りたい」という欲求のために、でき上がっているコミュニティに加わりたいがために、そのコミュニティの話題を追いかける、という行動をとっていたような気がします。本来は、まずしたいことがあって、それからそのことに関するコミュニティに属していくはずなのが、私は目的と手段が反対だったんです。

でも、このブログでは、私が自分を振り返りたい、夫婦関係を見直したい、という気持ちがまずあって、それからいろんなかたと知り合いました。それがまず今までと違いました。それに、ここでは私は無理をしていません。ただ自分のペースで考えたことを綴っているだけで、それでもコメントをくださる方々がいて、私からのコメントも私が思っている以上に受け止めてくれます。べったりとくっついているわけじゃない、でもじんわりと見守り合っている、そんな安心感を感じます。

私はここで「仲間が欲しい」という欲求をかなり満たされているってことに気付きました。

なんていうか、知り合った縁はちょっとあまり嬉しくない状況が元ではあるし、「仲間」なんて勝手に感じてて悪いなあと思うんですけど、ありがたいなあ・・・って、ほんと、思いました。

改めて、みなさんありがとう。これからもよろしくお願いします。(^^

ってこれは前置きでさらっと書くつもりだったんですけど、思いがけず長くなっちゃいました〜。でも私の記事が長いのは今にはじまったことじゃないんで、気にせず本題いきます。(^^)/

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他の方のブログを拝見していてなんとなく考えたんですが、モラハラって、投影が元になっている場合が多いようだということ。では、夫が私に夫を写している、その時、夫は誰なのか?私が夫なら、夫は、同じ行為を受けた相手、つまり、夫の家族の誰かなんだろうと。

夫は、私に嫌がらせをしている自覚はないです。つまり、夫自身も、自分がされたことが「嫌がること」とは受け止めていないってこと。

むしろ、夫はそれを「愛情」として受け取っていたんじゃないか、と思ったんです。

だからこそ、私がいくら嫌がっても、むしろ、愛情とはこういうものだ、これを愛情と受けとれられないお前は未熟だ、とでも言わんばかりに押し付けてこれるんだと。

夫の中で、家族愛とは上から押し付けられるもので、受け入れるだけのものなんでしょう。

そして、夫が私に写しているのは、押し付けられた家族愛を受け入れることができなかった頃の夫。私が今の夫と同じ人間になれるように、夫に家族愛を押し付けた側の人間になって、私に成長(夫から見たら、です)することを求めているように思います。

そして、それを幸せだと思って欲しいんだろうと。幸せになれるんだよと訴えているように見えます。

それは、夫が幸せであることを証明するため、なんじゃないか。私が夫と違う価値観をもち、夫と違ったことに幸せを感じることは、夫にとっては夫の幸せを否定されること、夫の家族の家族愛を否定されること、につながっているのかもしれないなあ・・・なんて。

私が私であることが、相手が相手であることを否定しているなんて、そんな受け取られ方をしているとしたら。私をまるまる自分と同じに感じる人間しようとするのが愛だと思っている相手。

そんな人と暮らすのは嫌だなあ。と、思いました。
posted by 蝉ころん at 15:44| Comment(8) | 夫を読み解く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月17日

最近の夫

前回の記事を書いてから、体調を崩しています。

といっても、そんなに深刻なわけでなく、なんとなくだるい、咳が出る、という程度なんですが、いつもに増してやる気が出ず、頭も回らず、だらだらと日常をまわすだけ、という日々を続けています。

年末年始の疲れが出たんだな、っと思ってます。

年明け早々の心療内科受診以来、夫は私を責める姿勢なしに進んで家事をするようになりました。進んで、というより、勝手に、と言った方が正しいかもしれません。「うつには休むことが大事だけど子持ちの主婦は休めない、見守ること」という医師の話から、今度は「何もさせない」くらいの勢いで家事をします。休日だけですけど。

それだけならともかく、家の中がどんどん夫仕様に変わっていきます。すっかり「家事は俺流で」ということになってしまいそうで嫌な感じです。

世間に言わせれば、そんな協力的な旦那様になにを贅沢を言っているのか、と言われそうですが・・・やっぱり「私のやり方を認めない」という気質が変わっているわけではないので、こちらにとっては嫌なんです。

今は私が「病気だから」夫が家事をするべき、だからやっている。それだけのことなんです。そこに思いやりがあるわけではない。

その証拠に、何一つ私に聞いては来ません。何がどこにあるかわからないとか、これはどこにしまうのかとか、普段していない人が手を付けるなら、当然している人に聞かないとわからないこともあるはずだし、私が管理しているということを尊重しているなら、聞いてこないとおかしい部分もあるんですが、なにも聞かずにいつのまにか家事を進めています。

結果、子供が大切に着ていたモヘアのセーターを乾燥機にかけてしまったり、私のものと子供のものが混ぜこぜとか、普段使いのものが屋根裏にしまい込まれているとか・・・。

プライドなんでしょうねきっと。「聞かなくても出来る」っていう・・・。以前、会社で新人のことを、「わからないなら聞けばいいのに!聞かずに勝手なことするからすっごい困る」なんて言ってた同じ人だとは思えません。そして、私がこれは縮むから・・・とか、これは今使ってるから出しておいて・・・などと言うと、「そんなこと言ってくれなきゃわからない」と言い訳。逆ギレにならなかっただけ進歩ですけど、それは「病人」相手だからなだけで。

これだから手を出して欲しくないんですよね・・・余計にややこしくなるから。だから手を出されないように全部抱え込んで自分一人でやっているうちに限界を超えちゃったんだなあ。

それにしてもやっぱり子供。幼稚園児くらい?せんせいがお母さんのお手伝いしなさいって言ってたからお手伝いする!何も言われなくても自分で出来る!でも失敗したらお母さんのせい!みたいな。

まったく変わってない・・・。

しかも、この年末年始にわりとマシに過ごせたのは、夫が私の状態に理解を得たから、だけではなくて、「おねだり」状態のご機嫌取りが混じっていました。むしろこっちの方が強いと思っています。

新しいゲーム機と、パソコン。二つとも何の相談もなく、突然家にやってきました。パソコンなんかは、去年秋に買ったばかりのものを下取りに出してのものでした。家事を片付けるだけ片付けて、私の機嫌を見計らって、嬉しそうに出してきました。

そういえば、秋にパソコン買ったときも機嫌が良かった。このパソコンと引き換えに私が仕事に行く話を受け入れたようなものでした。今では私の病状を理由にこの就職話も棚上げ状態ですが(棚上げできる口実が出来てさぞ嬉しいだろう・・・)。

夫は、まず私の求めるものを受け入れてから、自分がすでに買ったものを見せる、話す、ということをします。交換条件があるからこその気前の良さ。今回の年末年始がマシだったのも、心療内科のおかげではなく、これだけのことかもしれません。来週、来月くらいにはいつもの夫に戻っているんでしょう。



そろそろ体調もマシになってきたし、家事も、夫にかき混ぜられてだいぶ調子が狂ったけど、それなりにペースを取り戻してきました。他の色々も、またゆっくり進めていきたいです。
posted by 蝉ころん at 11:21| Comment(6) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月08日

負けず嫌い?

夫も子供もいないので、久しぶりにお風呂でのんびりしました。

いつもはそうでもないんですけど、この休みは異様にお風呂好きになっていた私です。温泉とかでゆったりしたい・・・。たぶん、緊張してるからです。夫と過ごした、ただそれだけのことで体中が疲れてるのがわかります。ああ、いつもこんなに疲れてたんだなあ・・・のんびりしたくなって当たり前だなあ。夫とのんびりしてるつもりでもなぜか疲れが取れなかったのは、どんどん疲れがたまっていってたからなんだなあ・・・としみじみ。

さて、お湯につかってちょっとすっきりしたので、正月に考えたことを書き留めておきます。


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夫と生活していて、たびたび言われたこと。

「お前は勝ち負けにこだわりすぎる」

これ、夫の投影でもあるんですが、夫からそう思われる何かが私にも確かにあるんです。夫が上手なことを、一所懸命練習するとか、勝負ごとで、負けたらくやしそうにするとか。

でも、私自身に勝負にこだわっている意識はまったくないんです。そりゃ、ずっと負け続けだとたまには勝ちたいな、くらいは思います。でも、一度勝ったらあとは10ぺん負けてもいい。

勝つことにこだわっているわけではないんです。むしろ、勝ち続けないことを祈っているようなところがあります。バカにしていると思われるから手は抜けない、でも勝ちたくない。どうか勝ってくれ、と思いながら勝負している・・・そんな面があります。


なんだろうこれ?と、ここ2ヶ月ほど考えていたテーマでした。


この正月、またこのテーマについて考えていたとき、ふと、夫は負けず嫌いなわりに練習嫌いだよなあ・・・私は練習好きだけど・・・むしろ本番が嫌いだなあ・・・なんて考えて、ピンと来ました。

私は、同レベルでいたいんです。

小学生の頃や、兄との遊びの中で、私だけレベルが劣っていることが原因で仲間に入れてもらえない、仲間に入れてもらえても邪魔者扱いされることがしばしばありました。だから、私は、邪魔者にならないでいられるよう、同じレベルの仲間として、戦力に数えてもらえるように、勝負の相手として楽しんでもらえて、仲間として受け入れてもらえるように、自分の能力を上げることに力を注いでいたんです。

実際は、いつも私が上手になった頃には流行りの遊びが変わっていて、私の練習は実を結びませんでしたが。

そして、私は本番が嫌いです。失敗して仲間からブーイングされることを極端に怖れるからです。一度失敗したら次のチャンスはありません。

私はだから、いつでも、新しいものがやってくると、やっきになって練習するんです。人並み以上に出来るようになって、誰とでもそれなりに楽しく遊べるように。みんなの足を引っ張って雰囲気を崩さないように。無難に平和に同じ時間が過ごせるように。

夫が私の中に見る「負けず嫌い」は私にとっては「協調性」の成れの果てのものでした。



この正月に、家族で遊ぶ機会が多く、そこで子供や夫があまり練習したがらないのに私だけなぜか練習が好きで、これはひょっとしてあまり普通でないことなのかしら?という疑問が出てきて、考えた結論がこれでした。

周りの人から見たらそんなに練習してまで勝ちたい「負けず嫌い」に見えることもあるだろうなあ、って、とっても納得。

でもこれ、欠点ではないですよね。私の長所。これがあるから、私は新しい仕事でも努力して素早く身に付けることができるし、身に付けたものにしがみつかずに新しいことに次々と挑戦することができる。

この傾向を身に付けたきっかけは確かにあまりいい状況ではなかったけど、でも結果として身に付いたものは、私にとってプラスに働いていること。「負けず嫌い」なんて決めつけられて捨て去ることはない大事なものでした。

夫に欠点だと指摘されていたことは、長所でした。

きっと他にもこんなものがたくさんあるんでしょうね。「怠けてる」って評価だって、「自分で休むときを判断できる」とも言える。

私は、ちゃんと私なりに生きてきたんだなあ。偉かったなあ。・・・最近、過去の私を他人として見ることができるようになりました。切り離している、ということではなくて、今の自分とは別個の存在、という意味です。

ただ一人の、その時期、その場所で、そういう状況でいる子供として、客観的に見るんです。そうすると、もっと他に辛い思いをしている人は一杯いる、なんて評価は出てこなくなりました。この状況は、辛いよ。6才の子供が、この状況に置かれて、けなげに頑張ってるのに、誰も見ていないのは辛いよ。よく頑張ったよ。えらいよあんたは・・・。私だったら頑張れないよ。えらいよ・・・。

頑張ってくれてありがとう子供の頃の私。いつまでも辛いところで立ち止まってしまってごめんね。もう少しだから、一緒に頑張ろうね。

ああ、なんだか最初と最後がつながらない文章になりましたね。ちょっと興奮状態かもしれません。今日はこれくらいにしておきます。
posted by 蝉ころん at 18:02| Comment(2) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

年末年始のご報告

明けましておめでとうございます。

みなさんの年末年始はいかがでしたか?うちでは明日から夫も出勤で長い長い休みがやっと終わります。例年ならどれだけ休みが少なくても必ず一日は仕事に出ていたのに、なんで今年に限って休み中仕事もせずにうちにいるんだ・・・。(--;



さて、ご報告です。

結論からいうと、一進一退という感じです。

まず、私の状態は、かなり悪くなりました。泣き虫が再燃したし、「お母さん」の効き目も薄れてしまいました。改めて夫と長時間一緒に過ごすことの破壊力を思い知りました。これが一退の方です。

一進の方は、夫。心療内科で医師の話を直接聞いて、「俺が治してやるんだ」という変な目標を捨ててくれたようです。私も、医師の言質を切り札として使えるので、私のペースで回復することを責められたときでも心強くなりました。



さらに細かい話をすると、私は年賀状を刷りました。えらいえらい。(^-^) それを見せたときの夫のセリフ「そんなんでいいんじゃない?そんなことよりごはんつくって」→私がっくり。がっくりする私も相変わらずバカですが・・・。

夫は年末年始の間中、年が明けてからもず〜っとばたばたと家中を片付け、改造、掃除していました。姑とそっくりで、人が寛ぐタイミングで自分だけ忙しくしているのが大好きなようです。私は、自分が動かないのに人が働いている、という状況が苦手なので、年賀状で過小評価を受けたダメージに加えてこれだけでかなりプレッシャーを感じてしまっていたところ、動かない私にとうとう夫がキレました。

それで、子供のいる前で少し口論になったんですが、やはり夫には理解できるはずもなく、「頑張ろうという気がない、今日はここを頑張るとか宣言しろ」などと言います。それがプレッシャーになるんだということがわからないんですよね。この人は。

私が自力で回復を目指していることも気に入らないようです。素人判断で勝手なことをしていると。でも夫よりは私自身のことはわかっている。ということさえ、夫には理解できない。夫だって素人なのにね。

それで、ちょうど休み中に予約を取ってあった心療内科にとにかく一度一緒に行ってくれ、という話に持っていきました。私からの話は「ただのわがまま」としか捉えない夫も、医師からの話なら「権威ある専門家の対処法」として素直に聞き入れるからです。カウンセリングは受けないと言い張る夫も、医者には行けるんです。異常なのは私で、夫が異常だから受診するわけじゃないですからね。

結局、医師に「うつの治療は休養が一番」「子持ちの主婦は休むことができないので回復しにくい」「とにかく見守ること」ということを伝えてもらい(内容は全部私からも夫に口酸っぱく伝えていたことですが)、なんとかそれなりに納得したようです。

とりあえずこれでしばらくは時間が稼げるかな、と。



それにしても、私はまた少し自信喪失です。特に3が日あたり、かなりな不安定でした。子供たちと夫が別室で遊んでいる隙に、泣くわ殴るわ投げるわ、消えたくなるわ、死んで欲しくなるわ・・・。そして最後には笑い出す。「あっはっはっは!悪くなってるじゃん!ど〜するよ!」

甘かったとしか言いようがないです。

だからってこれ、抗鬱剤で治るとも思えないんですよ。この状況で、夫と暮らしている状況で、いくら薬で症状抑えたってダメなんじゃないかと。鬱を進行させる薬を打ちながら抗鬱剤を飲むようなものじゃないですか。風邪ひいてる人間に薄着で雪の舞う中に立たせたまま風邪薬飲ませりゃ治りますか?ってことですよ。

私は雪の舞うところに、必死で厚着をして布団をかぶってやり過ごそうとしているわけですけど、年末年始の暴風雪には布団も厚着も役に立ちませんでした。治りかけた風邪もまたぶり返した・・・そんな感じです。

完全な健康体に戻れば、風雪をしのげる小屋でも建てられれば、しばらくはもちこたえられるのかもしれません。10年結婚生活が続いたように。でもやっぱりこの雪山で暮らすのは私には厳しすぎるし、得るものも何もないよなあ・・・そのうちまた風邪もひくよなあ・・・とつくづく思いました。



そういうわけで、相変わらず行きつ戻りつするだろうことを予感させる2007年の始まりでしたが、こんな私を、今年もまたよろしくお願いします。m(_ _)m


つけたしです
posted by 蝉ころん at 15:05| Comment(8) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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