2006年12月15日

母の期待

私は母の期待に逆らった生き方をしてきたらしい。

私が夫と付き合いだしたとき、母の反感を感じた。はっきりと言葉では言わないものの、態度に現れていた。

私が夫と結婚を決めたとき、母の落胆を知った。このときは言葉でも言われた。「お前は結婚はしないと思っていたけど。」と。

私が子供を産むために仕事を辞めたとき、母ははっきりとがっかりしていた。

どのときも、その後には特に後腐れもなく、普通に対応されていて、子供を産んだあとはむしろ大喜びで孫を構いにくるので、ああ、こんなに喜ぶならこれでも親孝行になるんだな、なんて思っていた。



私は、母の反応に縛られていた。反感をかってまで付き合っている相手とそう簡単には別れられない。落胆させた結婚を失敗するわけにはいかない。がっかりさせた失業も、家庭を円満に運営して見返してやらなければ。私が選んだ道が失敗だったとは言わせない・・・。

そんな気持ちがあったと思う。

父に対しても同じように思っていたけど、それは家庭の意志の代表が母だったからで、私が縛られていたのはやっぱり母だった。

私は母にずっと期待されていた。母の進めなかった道に進むことを。男に支配されない人間として生きることを。はっきりと言葉にされたことはないけれど、母の父に対する思い、生育環境で得た男尊女卑への怒りを、私に投影されていた面があると思う。

夫との関係から離れられなかった理由はここにもあったんだと思った。私は母に失敗するところを見られたくなかった。今までも、母に対して罪悪感のようなものがあるとは思っていたけど、それだけじゃない、失格者の烙印を私は怖れていた。

私を縛っていたのは母だった。

私が私の「お母さん」になり始めたことで、このことが見えてきた。呪縛からのがれつつあるのかもしれない。
posted by 蝉ころん at 21:26| Comment(3) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。