2006年11月21日

夫のセルフイメージ

夏臭さんや、他の方のブログを読んだり本を読んだりして、やっと納得できるようになったことを書きたいと思います。


夫と話し合いをしていて、言われること。

「お前は悲観的すぎる、俺も昔はそういうところはあったけど、今はそんなことはないぞ」
「きれいにしようと思わないのか?」
「なんで今の自分に安住して上を目指そうとしない」
「仕事を舐めてる。甘いことを言ってる」

こういうことを言われて、いつも疑問に思うのは、あんたにもそんな時期があったでしょう?ということ。そういう時期があったことを、私はこの目で見て知っているし、余計になんでそこまで自分はそうじゃないと思えるのかが不思議だった。

夫は、昔の自分に思いを馳せて、こういう時期もあるんだよな、なんて人を見ることができない。

夫には、現在の自分、未来のあるべき姿の自分しか見えていなくて、過去のちっぽけな自分、栄光から取り残されていた頃の自分は受け入れることができないように見える。そして、また一歩前進したら、今の自分さえ切り捨てるんだろう。

私は過去の夫を投影されているんだな、と思うようになった。

夫が攻撃しているのは、過去の夫。捨て去りたい、恥ずかしい自分。夫は、昔の自分を自分として認められていないんじゃないのか?と、思う。頑張った自分、成功した自分、楽しかった自分・・・そんな部分だけを大切にとっておいて、怠けていた自分、失敗した自分、悲しかった自分、そんなものを全部なかったことにして生きているんではないか、と思う。

自分の弱みを認められないから、人の弱みも認められない。そして、そんな、弱みを認められない自分さえ、私に投影して、こんなことを言う。

「お前はもっと、できないことはできないと認めて人に頼れ」

それ、あんたのことじゃないの・・・?

夫が何かに苦労しているとき、私が横からアドバイスをしたら睨みつけられたり、手伝おうか、と申し出てもはねのけられたり。自分ができないということを認められないのはあんたじゃないのか・・・。

こうやって、自分のいやな面、見たくない面を私に押し付けることで、夫は自分のセルフイメージを保っていたんだな。妻がどうしようもないから、それに影響されて俺までどうしようもなくなるんじゃないか、お前が悪いんだ、と。つまりは、私に勝手に投影しておいて、私の中に見える本当の自分の姿を見たくないと、そういうことなんだ。俺はそんな人間じゃないはずなのに、と。

なんとなく、私のことを言われていないような、私を見ずに私を論じているような、妙に論点がずれている感じがしたのは、夫のことだからだったんだな。

夫自身はどんどんセルフイメージを理想化している。私と言う投影対象がいなくなったら、理想的でない部分を夫はいったいどうして処理するんだろう。子供に向けるだろうか、母に向けるだろうか。それともあくまで私に向け続けるのだろうか。興味はあるけど、これは私が考えることではないかな。
posted by 蝉ころん at 09:35| Comment(4) | 夫を読み解く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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