2006年10月15日

<週刊ポスト発売について>

モラルハラスメント被害者同盟の管理人さまよりのメールで掲載依頼を頂きました。

私のところへ来られるような方はたぶん他の方のブログで目にされているかと思うんですが、せっかくですので掲載させていただきます。(^^;

「モラルハラスメント」のメディア出現率が上がってきてますね。

ただ個人的には、男性よりな雑誌のようなので「モラハラらしき行為をしている人間は、正体がバレないようにうまくやれ」的な記事にならなければいいな〜なんて思ってしまうのですが・・・どうなんでしょう。

以下、メールより転載です。



突然のメールで失礼します。「モラル・ハラスメント被害者同盟」管理人です。
みなさまには日頃お世話になっております。

さて、サイトトップにありますように、10月16日(月)発売の週刊ポストに
モラハラ被害者のみなさんの生の声から構成された「熟年離婚/モラハラ」が
発売されます。

記事はモラハラ被害者同盟掲示板が、そのまま載ったような作りに
なっておりますので、ほとんどの方は納得して下さるのではと思っています。

この記事は、モラまで行かない、けれど自分の立場を勘違いしている男性たちに
自分が普段しているのはもしかしたらモラハラなのではと気づかせ、自分を
省みられるようにとの願いで作られました。

ブログ等をお持ちの方は、ぜひ記事にこの情報をのせてください。
記事を書かれた波流さんの言葉はよく読むととっても奥が深く、「もうひとつの
意味」を感じさせてくれます。

週刊ポストは男性誌ですが、正面切ってモラハラを取り上げて下さる、
その英断に感謝したいと思います。

それではよろしくお願い致します。
posted by 蝉ころん at 16:55| Comment(6) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夫と過ごした意味って・・・?

私が夫と付き合い始めたきっかけは、サークル活動だったと以前書きました。

そこで、まるでお見合いのように付き合いが始まり、サークルの状態からそう簡単に別れることができなかったとも書きました。

書いていながら、なんとなく、付き合いの理由を他人に押し付けているような、自分で別れなかった言い訳を外にぶつけているような違和感がありました。これは真実でもあるけれど、これだけではない・・・。だいたいこの当時の私は男1人ふれないほどやわな精神状態じゃなかった。やっぱり私自身に、夫と付き合うことでメリットがあったから、付き合いを続けていたんではないかという思いが消えませんでした。

この答をやっと見つけました。

私が夫との関係で得ていたもの。それは、私自身が子供にかえれるというものでした。

何回もここで書かせてもらっている通り、夫は子供の精神のまま育った人のように思います。私が夫に惹かれていたのは、まさにこの「子供」の部分でした。

私は、子供時代にとても未練がありました。ずっと子供らしくすることに憧れていたけれど、他の子に先を譲って、順番待ちをしているうちに、私の番が回ってくる前に時間切れで大人になってしまったような感覚を持っています。

私は、子供時代をやりなおせる場所をずっと求めていました。そして、夫はそれを持っていた。

だから、夫に惹かれたんです。

夫と一緒にいると、子供のようにはしゃぐことができた。子供のように大人の世界を批判することができた。子供になって、子供の遊びを本気で遊ぶことができた。たとえ、夫の好きなことだけしか出来なくても、ただ子供の世界を味わえる、それだけで私には充分だったんです。

ただ、これは私にとっては、あくまでも「大人が、子供の世界を楽しむ」という、お互いに了承した遊びの世界のつもりでした。私自身は、自分が大人であることを理解していたし、大人としての線引きはしっかりしていたつもりでした。

ときどき感じた違和感は、夫は本気で子供だったこと、私だけが大人だったことに由来すると思います。

私はよく、夫が迷いなく私に我侭をするのに、私は夫に気を使いつつお願いごとをしていることに不公平を感じていました。「いいなあ、気兼ねなく好き勝手出来るって」と、一種羨ましくもありました。

そしてこの関係は、結婚し、子供を産むにつれて、さらに変わっていきました。

夫は、私に「母であること」を無意識に押し付けていました。家事は当然「母」がするものでした。分担すると言っても、約束で取り決めた分以上はほぼしなかったし、するとしても、本来「母」がするものを「子供」であるはずの俺がなぜしなければいけないんだというような態度でした。

子供が出来ても、夫はどうみても長男にしかみえず、子供に対して「責任」というものをほとんど意識せずに過ごしているようでした。「母」は私がいるから、それでよかったんでしょう。

私だけが、どうしても大人にならなくてはいけなくなったのです。

私が夫に求めていた「子供にかえれる時間」は、なくなりました。

そして、子供の私がどんどん行き場を失って、暴れ出した・・・そんなふうに思いました。

夫との関係がどんどんおかしくなっていく中で、どんどん子供の頃の記憶がよみがえりました。私の心は子供時代に逆行していました。子供の頃に感じていたものとよく似たものを感じているからではないか、とカウンセラーさんはおっしゃっていましたが、ピンときていませんでした。

私は、子供の私を満足させられないまま、大人にならなければいけないことに納得できなかったんです。そのことをやっと理解できました。



付き合っていた頃、確かに私のニーズは満たされていたんです。私が夫を必要としていた時期が、実際にあった。だから、私が夫を選んだのはそのときの必然でした。だから私は、自分を責めなくてもいい。自分のために必要な道だったんだから。

ただ誤算は、夫が、わかって子供の振る舞いをしている大人だったのではなく、自分は大人になったと思いこんでいる子供だった、ということ。それだけのこと。

そして今、私は、子供にかえることをあまり必要としなくなっていることにも気が付きました。

夫と暮らして、それなりに子供の世界も味わいました。自分たちの子供とも暮らして、大人の目線も手に入れました。

そして、このブログやカウンセリングで、受け止めてもらっていることが、私の心を安定させているんじゃないかと思うんです。本当に私に必要だったのは、子供が親にしてもらうように、話を聞いてもらうことだったんじゃないか、気持ちを受け止めてもらうことだったんじゃないかって。

遊びたいという気持ちも受け止めてもらってなかった子供時代を振り返って、なぜこんなことをしているのかと思ったこともありました。でも、やっぱり必要だったことでした。

私は子供時代にとても未練があって、もう一度やり直してみたいと思うこともあるけれど、そう思うことこそが、私がもう子供じゃないことの証なんじゃないでしょうか?やっと私も子供時代を卒業できるのかもしれない。そう感じます。



あらためて、ずっとこのブログを読んでくださっている方々にお礼がいいたいです。本当に、ありがとう。
posted by 蝉ころん at 16:47| Comment(7) | 私を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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